第35話〜幕間・冒険者ギルドにて〜
ローグライの冒険者ギルドには酒場が併設されている。理由は色々とあるのだが、冒険者の需要があったからというのが一番だろう。
そんな冒険者のギルドの酒場には、良い仕事が無かった者や、本日を休みとしている者などが昼間から入り浸り、まだ日も暮れていない時間から赤ら顔を作っていた。
基本的に冒険者は朝早くに依頼を受けて、日暮れ頃に戻って来る。故にこの時間帯に来る人は大抵依頼を出す側の人間だ。
そんな時間帯に、新たな来訪者が二人現れた。片方は育ちなの良さを感じる愛らしい顔つきの銀髪の美少女、もう片方は目を離せば直ぐに忘れてしまいそうな程印象に残らないそうな感じの黒髪の男だった。
男の方は帯剣してはいるが、二人共強そうな印象は受けなかった。時間帯も相まって、どちらかというと依頼者なのではとすら思える。
「こんにちは」
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。御依頼ですか?」
「違うよ。私達は冒険者だもん」
『ッ!』
しかし受付での話を盗み聞きした限りでは、二人共冒険者であり、しかもまだウッドランクで、割の良い仕事を探して王都からローグライまで来たのだと言う。
その話をギルドと併設された酒場で酒を飲みながら聞いていた冒険者達は鼻で笑った。ローグライは言ってしまえば、人間と魔物による生存圏の奪い合いの最前線である。そんなローグライの冒険者からすれば、平穏な王都からやって来る冒険者は、田舎者が王都にやって来るようなもの。言うなればお上りさんのようなものだった。
大方良い所の出のお嬢様が、護衛を伴って遊び半分で冒険者をやっているのだろう。そんな風に思う者もこの場には少なくなった。
「チッ!」
「何だよ。また貴族のボンボンか?」
そしてそう思う者達の大半は、それが気に食わなかった。冒険者は傭兵では無いが、それでも荒事を専門としている事に変わりは無い。割りの良い仕事というのは、その分危険を伴う仕事という事になる。それを十代そこそこの若造が熟せる訳が無いし、出来ると思われるのは気分が悪かった。
そして、そんな中の一人、スキンヘッドの大柄な男が席を立った。
「どれ、ちょっと教えてやるか」
「やり過ぎんなよ」
「分かってるっての。身の程を弁えろって言ってやるだけだ」
そういうスキンヘッドの男の口元は悪い形に歪んでいた。周りも理解している。絶対口だけでは済まないだろうと。適当に難癖付けて、怖気付くならそれも良し、反抗するなら叩き潰して身の程を分からせるんだろうと。
他にも色々と下衆な考えがあるのだろうが、それを一々説明する必要は無いだろう。純情そうな少女を前にしたゴロツキが何を考えるかなど、語るまでも無い。
そうして良からぬ考えを抱いたスキンヘッドの男は、受付に居る二人に近付いて行く。そして口を開こうとした、その時だった。
「────ッ!?」
ゾクリと、背筋が凍るような悪寒と共に動きを止めた。まるで全身が石になってしまったかのように動かず、しかし恐怖からか膝が笑うように無意識に震えてしまっていた。
原因は直ぐに分かった。少女の護衛として隣にいる黒髪の男……では無く、それに守られている筈の少女の方から、凄まじいまでの威圧感が放たれていた。
スキンヘッドの男だけでは無い。先程まで二人を
その状態を感覚的に言語化するのであれば、ドラゴンに上から頭を押さえ付けられているような感じだった。少しでも動けば、頭に乗せられた手が自身を紙屑のように握り潰すだろう。そんな気さえしていた。
だから誰も動く事が出来ない。誰も何も言えない。ただ黙って、動かず、事が過ぎ去るのを待つしか無かった。
それから体感でどれ程の時間が経過したかは分からないが、現実時間では程なくして、用事が済んだ二人が振り返った。
「ん?」
黒髪の男の方がスキンヘッドを見て訝しげに見ているが、スキンヘッドの方に反応する余裕は無い。何せ二人が近付いた事で余計近くで少女の威圧感に晒されてしまっているのだ。膝から崩れ落ちれば楽になれる物を、動けば死ぬという錯覚から自分の意思では動かせない。故に顔を引きつらせたスキンヘッドがいつの間にか後ろに立っていた事に、黒髪の男が変に思う構図が出来上がっていた。
「ほら、行こっ!」
「あ、うん」
少女は発する威圧感からは考えられないような可愛らしい笑みを浮かべ、黒髪の男の腕を引いてギルドから出て行った。
元凶の少女が居なくなった事で威圧感も消え、解放された冒険者達がくたびれたようにその場に倒れる。ある者はテーブルに突っ伏し、ある者は背に凭れて天井を仰ぐ。
そして一番近くで威圧感に当てられたスキンヘッドは、膝の力が抜けてその場に尻餅をついて座り込んだ。
「お、おい。大丈夫か?」
同じように威圧感に当てられながらも、距離があったため比較的マシだった仲間の二人が声を掛ける。
「……死ぬ……殺される……!」
「は?」
「おい、何言ってんだよ。冗談はよせよ」
「聞こえたんだ……次は無いって……!」
二人とすれ違う刹那、少女はスキンヘッドに何も言っていない。というよりも顔すら向けていなかった。
だというのに、彼には聞こえていた。まるで頭に直接響くように聞こえてきた声。
『ツ ギ ハ ナ イ ヨ』
どう考えても脅迫としか取れない言葉に、心が完全に竦み上がっていた。
「あいつらに、あの女に関わっちゃいけねえ。次は殺される!」
全身をガタガタと震わせて怯えるスキンヘッドの尋常では無い反応に、威圧感に襲われた冒険者達全員が黙り込んだ。
そしてその日からローグライの冒険者の間では、『銀髪の少女にちょっかいを掛けてはいけない』という暗黙の了解が広まる事となった。
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