第31話〜拠点確保〜

 入り口の門を潜って中に入ると、遠目では見えなかった街の様子が見て取れた。

 全体的に王都に近い感じではあるが、王都が石煉瓦の多い灰色っぽい見た目の建物が多いのに対し、ローグライは普通の煉瓦のような赤茶けた色の建物が多かった。


「おぉ……」


 そしてたった今視界に映った猫耳の尻尾の生えた女性。王都では一切見なかったが、ローグライでは今のようなケモ耳に尻尾を持つ人、所謂獣人と呼ばれる人達がチラホラと見掛けた。

 シロはそんな俺の様子を見てクスクスと小さく笑う。田舎者というよりかは、初めて海に来た子供を見るような微笑ましそうな笑みだ。


「それじゃあ、先ずはギルドで拠点の更新をして、その後家を探そうか」

「おう。そうだな」


 初めて見る生の獣人をもうちょっと見ていたい気持ちもあるが、俺達にも予定がある。それにこの街で暮らしていれば幾らでも見る機会はあるだろう。

 実際冒険者ギルドでは少ないながらも獣人を見る事が出来た。まあ殆ど男だったけど。頭がまんま狼のケモ度高めの獣人とかってどういう系列の遺伝なんだろうね?

 ギルドで更新を済ませたら、いよいよ家の購入である。ギルドから不動産を扱っている商館を教えて貰い、その商店へと向かう。

 そしてその商館での交渉も全てシロが済ませてくれた。いやぁ、札束で引っ叩くみたいな話は聞くけど、虚空から大量の金貨の入った袋を取り出して交渉でマウント取ってたのは凄かったな。何か色の違う金貨を見たような気がするけど、あれ何だったんだろうな?

 まあそれは兎も角、結果として一等地にある豪邸を手に入れた俺達は、契約を滞り無く終わらせて今後の活動拠点を手に入れた訳だ。かなりざっくりした説明だったが、特に変わった事が無かったんだからしょうがない。強いて挙げるなら此処に至るまでの過程全てにおいて、俺の存在はちょっと大きな置物以上の価値は無かったというくらいだ。

 素人が下手に口を出してもかえって足を引っ張る結果にしかならないだろうから、寧ろ何もしなかった事こそが最大の貢献だったと言えよう。


「せめてそうであって欲しいな」

「何が?」

「独り言だから気にしなくて良いよ。それより入ろう」

「うん!」


 下らない話は止めにして屋敷に入る。元々は地元の有力者の家だったそうだが、新築に引っ越した事で空き家になっていたのだ。

 二階建て、部屋数も多く広々としている。それに風呂もあった。ありがたい。後実際に見に来た時に知ったが、どうやら家と一緒に家具も一新したらしく、屋敷には家具や調度品がそのまま残っていた。お陰で一から家具を買い揃える必要が無くなったのはありがたい。その分高く付いたけど、そこはシロが適正価格まで値切ってくれた。というか元の値段と比べて随分とぼったくってたよなあの商人。やっぱあの手の人間は信用ならんよ。シロが先んじてマウント取って無かったらもっと交渉は面倒な事になってただろうな。


「それにしても、まさかこんな大きな屋敷に住めるとは思わなかったわ」


 屋敷の居間にあるソファに腰掛けてくつろぐ。異世界物で成功した冒険者がこんな感じの屋敷に住む話は聞いた事あるけど、俺最底辺のウッドランクなんだよね。シロが居なかったらこんな暮らし絶対無理だな。


「折角のクロウとの拠点だもん。ちょっとでも良いところに住みたいからね」

「シロ……」


 俺と暮らすためだけにこんな豪華な屋敷まで用意してくれるなんて……あれ? これ見方を変えると女の子に家を貢がせたクソ野郎に見えるんだけど……考えなかった事にしよう。寧ろ此処はシロの金銭感覚を心配すべきだ。

 今でこそ俺一人がその恩恵に浴しているが、もし悪い奴に利用されたりしたら大変な事になりそうだ。


「俺以外にはそう言う事はしないようにな」

「え? うん……それって、『俺だけの物』って言う事?」

「あぁ〜、うん、まあ、そんな感じ」


 何か変な脳内変換のされ方をしているような気がしないでも無いけど、それでシロが変な奴に騙されないようになるならそれで良いや。


「そ、そっかぁ……えへへ」


 その結果シロの脳内で俺がオラついてるが、気にしないでおこう。シロ嬉しそうだし、シロの認識が完全に間違ってる訳でも無いからな。俺にも独占欲はあるんで。


「んで、後はもう今日中にやる事は無い感じ?」

「あ、うん。もう直ぐ日が暮れるからね」


 外はもう暗くなって来ている。流石にこれ以上今日中にやらないといけない事は無いらしい。まあこれ以上予定を詰め込まれても困るというのもあるんだけどさ。

 だって考えてみてくれよ。今日一日で馬車で五日の距離を走破して、冒険者ギルドで拠点の更新を済ませ、拠点となる家を買ったんだせ? 信じられるか? 字面だけ見ると凄い事になってるだろ? 特に最初の部分。

 これだけやったんだから、もう今日は良いだろってなってる訳よ。 え? 俺自身は何もしてないだろって? 何もして無くても心労は溜まるんだよ。長時間好きでも無いジェットコースターに乗り続けたりな。

 それに俺個人にもやっておきたい事はあるんだよ、不要不急じゃ無いけど。いや、一つだけあったな。


「じゃあマリアベル召喚するか」


 落ち着いたら召喚するって約束だしな。というかマリアベルが居ないとこんな大きな家持て余すに決まっている。掃除だけで何時間掛かると思ってんだよ。その上炊事洗濯とかもやるんだぞ? 出来なくはないけど、絶対やりたく無い 。そういうのは任せられる人に任せるに限る。

 という訳でマリアベルを召喚。数時間振りの美女メイドと御対面だ。


「マリアベル、参上致しました」

「おう」

「マリー、久し振り」

「ご無沙汰しております、シロ様」


 マリアベルはいつも通りの無表情と平坦な声で言い、そして部屋を見渡して、もう一度俺を見る。


「どうしたん?」

「いえ、御主人様が住まわれるには些か質素な気も致しますが、紹介された屋敷の中では悪く無い選択かと思います」

「お、おう」


 魔導書の効果である程度知識を共有しているから、何も言わなくても大体の事情は把握しているらしい。それにしたって大袈裟な気もするけど。俺そんな豪華な部屋で踏ん反り返る趣味無いんだけど。


「まあその辺はしょうが無いよね。流石に今住んでいる人を追い出してまでってなると今日中には済まないだろうし」

「そうですね」

「え?」


 もしかして現状で満足行ってるの俺だけ? そりゃあ王都で過ごしたホテルと比べると質素かもしれないけど、敷地面積とか部屋数とかは段違いに多いからな?


「それでは御主人様」

「ん?」

「お食事になさいますか? それともお風呂に入られますか? それとも……寝室に参りますか?」


 ……それ奥さんが言うやつじゃね? いや、実際準備するのはマリアベルなんだろうから良いんだけどさ。


「……ご飯で」

「寝室には参りませんか?」

「いや、流石にまだ早くね?」


 飯も風呂もまだの状態でベッドに直行はしないからね? せめてそれ等を終わらせてからにしてくれ。


「……畏まりました。ではお手数ですが、食材の御用意をお願い出来ますでしょうか?」

「良いよ」


 変な間についてな考えないようにして、王都で買っておいた食材をカードから召喚する。いざという時にあると便利だからと色々買ってカード化しておいたのがこんなところで役に立つとはな。


「それでは準備を致しますので、少々お待ち下さい」

「分かった」


 食材を抱えたマリアベルが部屋から出て行くのを見送る。さて、次はあれをやるか。

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