第30話〜ローグライ〜

 晴天。美しい青空の下には青々とした草木が生い茂り、自然の美しさを演出する。深く息を吸い込めばマイナスイオンで心身共にリラックス出来るのだろうが、残念ながら今の俺にその景色や空気を堪能する余裕は一切無かった。


「んんんんんンンンンンーーーーーー!!」


 王都から離れてローグライへと向かう道中。俺はシロにお姫様抱っこされるという情けない格好で、それも新幹線もかくやの超高速での移動を敢行していた。言っておくが俺の案では無い。シロの案だ。

 移動を開始してからどれだけ経っただろうか。生身で高速に晒される恐怖は薄れる所を知らず、寧ろ先に慣れたのかシロが『もうちょっと早くするね』と言って俺の了解無くスピードを上げたせいでずっと怖い状態が続いている。

 流れるという表現を通り越して瞬く間に流れ行く景色を堪能する事など出来ず、また恐怖を声にならない絶叫で誤魔化すのに深呼吸をする余裕など勿論無い。ただただ早く終わってくれと、まるで悪夢を見ているかのような気持ちで一杯だった。

 いや、もしかしたら俺が体感しているこれはただの悪夢で、現実世界の俺は今もホテルのベッドでシロと一緒に横になっているかもしれない。もしくは本来乗るはずだった寄り合い馬車に揺られて眠りこけてるとか……はい、そんな訳無いですよね。

 てかそろそろ腕に力が入らなくなって来た。何十分もしがみ付いてれば疲れるのも当然ではあるのだが、今手を離したら拙い。下手すれば頭から落ちて擦りおろされる大根の気分を直に味わう羽目になりかねない!


「クロウ、もうちょっとでローグライだよ!」

「ッ!!」


 此処に来てシロからもたらされた朗報。後少し耐えれば終わる。その希望が俺に残り少ない力を振り絞らせる。やってやらぁ! もう少しくらいなら耐えてやろうじゃねえかよぉ!


「だからもうちょっとスピード上げるね?」

「え? ちょっと待──ヴェアァァァァァァ!!!」


 嘘やんシロまだ全力じゃ無かったの!? というか後ちょっとならスピード上げなくても良くね!? 何で!?


「……クフッ」


 あ、今ちょっと笑っただろ! 全力でシロにしがみ付く俺を笑っただろ! チクショウ後で覚えてろよシロ──あ、嘘です冗談です。だから急に上下に激しく揺らすのは止めてぇ!!




 シロプレゼンツの人力ジェットコースターの感想は凄まじいの一言に尽きた。何せ自分と機体を固定する安全バーの役割をする物が二本のアームと己の両腕という時点で冷や汗が出るくらい不安になるというのに、最高時速は三百キロを超えて景色がモザイクに見える程、更に飛び跳ねたりする度に上下左右に振動が来て、俺を機体から引き剥がそうとして来る鬼畜仕様。最早俺は木にしがみ付くコアラのようにして耐える他無く、その間心の中は落ちた時の恐怖しか無かった。

 しかし先程言った通り本当にローグライまで直ぐそこという所まで来ていたようで、俺の両腕が限界を迎える前に止まってくれた。


「ゼェ……ゼェ……」


 地面に四つん這いになって地に手足をくっつける。嗚呼ビバ大地。俺の手足を暖かく受け止めてくれるお前が今は愛おしい。


「ごめんね、クロウ。クロウの反応が可愛くてつい……」


 テヘペロしそうな顔でシロが謝ってくるが、ついうっかりで命の危機を感じさせられるのは流石にどうかと。まあ許すけどさ。


「次からは気を付けてくれよ。マジで」

「うん」


 まあこんな経験、滅多に無いだろうから大丈夫だとは思うけど。……あれ、今のフラグじゃ無いよな? 何か不安になって来たぞ。


「それで、着いた?」

「うん。あれが冒険者の街、ローグライだよ」


 心の中で自己主張してそうな何かから目を背けつつ立ち上がって、シロの見つめる方を俺も見る。まだ足が震えている気がするが無視だ。

 シロが見つめる先には、外壁に囲まれた街が見えた。城郭という奴だろうか? ちょっと離れた位置に居るからか、遠目からだと具体的にどうとかは分からない。


「本当にローグライまで来たんだな」


 太陽は天高く、影はそれ程長く無いから、日時計的に正午前後だろうか。馬車で五日の道のりを、朝に出て昼頃に辿り着けるとはな。流石は神様。身体能力が凄過ぎる。


「じゃ、行こっか」

「おう」


 二人で歩いてローグライへと向かう。え? 最初から入り口まで行った方が楽だって? それだと第一印象に女の子に抱っこされて現れた不審な男という烙印を押されかねないので却下。

 という訳で普通に歩いて入り口の門まで行った。その頃には足の震えが治ったから、良いインターバルになったんじゃないだろうか?

 入り口には門番の衛兵が居て、街に入ろうとする人達をチェックし、馬車には荷物検査がされていた。


「その見た目、冒険者か?」

「うん。こっちの方が良い依頼が受けられると聞いたんだ」


 そう言ってシロが身に付けていたウッドランクのタグを見せる。今のシロはいつもの格好に黒いローブを羽織り、更に腰にホルスターのようなバッグを提げている。何でもこの世界における魔法使いに多い格好らしい。主にローブと、杖を仕舞うバッグが。

 因みに俺の格好は勇者パレードの時に着ていた物に鉄の剣を帯剣して、最低限の水の入った皮袋と干し肉やドライフルーツなどの食料の入った大きめの麻袋を背負った状態だ。無手だと商人と間違われそうだったから歩いている間に準備したんだが、上手く行ったようだ。


「更新日が最近だな」

「更新した後直ぐにこっちに来たんだよ。王都には良い依頼が無かったからね」


 この辺の話はシロが付ける手筈になっている。慣れない俺がやるとボロを出す危険性があるからだ。適材適所である。決してサボっている訳では無い。


「フム……宜しい。ローグライへようこそ」

「ありがと」


 案の定特に言及される事無く入り口を突破出来た。いよいよローグライの街だ。はてさてどんな所なんだろうね。

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