第29話〜王都脱出〜

 ホテルの従業員達に見送られ、俺達はホテルを後にした。


「何か朝からもう疲れた気がする」

「お疲れ様。馬車に乗ったら後は好きなだけ休めるから、それまで頑張ろ?」


 盛大な見送りに周囲から何事かと変な目で見られて大変だった。めっちゃ居心地悪かったし。


「寧ろ何でシロ達は平然としてられるんだよ」


 見られていたのは勿論俺だけじゃ無い。一緒に居たシロ達も当然見られていた筈だ。しかもシロは美少女で、マリアベルはメイド服を着ている。注目されない訳が無い。


「うーん多分だけど、慣れてるからかな。これでも昔は神として崇められてた時期もあったし」

「私は使用人です。主人を前に緊張して無様を晒すなどあってはなりません」

「あ、はい」


 何か良く分かんないけど凄いってのは理解出来た。少なくとも参考にはならないな。


「これから寄り合いの馬車の所に行くんだっけ?」

「うん。確かもう少し行った所で待ってる筈だよ。……あっ、あそこじゃないかな?」


 そう言って指差す場所には、人を乗せる用に作られた大きな荷台の馬車と、それに乗るために集まったらしき人達が集まっていたのだが……


「何かおかしく無い?」

「うん。様子が変だね」


 何か待ってる人達が騒がしい。馬車には誰も乗ってないし。バスみたいに乗って待ってたりしないのかね?


「何かあったのかもしれません。少し聞いて参ります」

「あぁ、うん」

「お願いね」


 マリアベルがスタスタと集団の方へ移動し、何人かに話を聞いて戻って来る。そのコミュ力良いなぁ。


「ただ今戻りました」

「お帰り、それでどうだったの?」

「はい。どうやら馬車の車軸が折れてしまっているらしく、更に都合の悪い事に代わりの馬車が用意出来ないそうです」

「えぇ……」


 何つータイミングで壊れるんだよ。見事に出鼻を挫かれたぞ。


「って事は、寄り合い馬車は使えないって事か?」

「そうなりますね」

「そうか。……どうするよシロ。またホテルに戻るか?」


 流石に徒歩でローグライまで行く程の準備はしていない。徒歩で行くにせよ、別の手段を講じるにせよ、一度ホテルに戻って作戦を立て直した方が良さそうな気がする。あれだけ盛大に御見送りされといてどの面下げて戻るんだって話だけど。


「そうだね……一応他に手が無い訳でも無いけど」

「えっ、あるの?」

「え? うん」


 流石はシロだ。俺には思い付かないような事を簡単に思い付ける。


「じゃあそれで行くか」

「良いの?」

「ん? 何か問題でも?」

「いや、多分無いと思うけど……」

「じゃあ良いんじゃね?」


 今更ホテルに戻るの気まずいし。代案でどうにかなるならそっちの方が良い。


「何か新しく用意する物ってあったりする?」

「いや、特に必要無いけど」

「じゃあ今からでも行けるか。どこへ向かえば良い?」

「えっと、それじゃあ一度王都の外に出ようか」

「外?」


 王都の外に何かあるんだろうか?




 という訳でシロに連れられて王都の外にある草原にやって来た。周囲に人影は無く、俺とシロとマリアベルの三人だけだ。


「んで、どうやってローグライに行くんだ?」

「うん。この方法なら、馬車に乗る必要も、馬車の替えが来るのを待つ必要も無いし、何なら馬車よりも早くローグライに着けるよ」

「そんな便利な方法が……ん?」


 何でそんな方法があるのに態々馬車で行こうとしたんだ? パッと考えて思い付くのは、馬車で行くのに比べて明らかなデメリットがあるからじゃなかろうか。

 今更ながら、何か嫌な予感が……。


「なあ、その方法って……」

「うん。私がクロウを抱えて、直接ローグライまで行くんだよ」

「マジか……」


 嫌な予感はしてたけど、想像の斜め上を行く回答が来てしまった。


「だ、大丈夫! マリアベルをカードに戻して、私が頑張れば陽が傾く前にローグライまで行けるから!」


 シロが何かを察してフォロー入れてくれるが、違う、そうじゃ無いんだ。俺が気にしているのはシロが走って何時間でローグライに着くかじゃ無い。女の子に抱えられている野郎という絵面の方を気にしてるんだ。

 第三者視点で考えてみよう。道を歩いていたら、向こうから女の子に抱えられた良い年した野郎が現れたとしたらどうだろうか? 少なくとも俺は引く。何か事情があるにせよ一見すると抱えられてる男が情けないにも程がある。

 そして今、そんな状況の当事者に俺がなろうとしている。自尊心的にどうなんだ? ただでさえお荷物レベルで何も出来て無いのに、寧ろ足引っ張ってる感もある役立たずなのに、金魚の糞みたいに付いて行くしか出来無い文字通りのクソ野郎なのに……。


 ………アァ、俺、オ荷物ダカラ運バレテモ問題無イヤ……。


「宜しくお願いしまーす」

「え? う、うん。……クロウ、大丈夫?」

「ハーイ、大丈夫デース!」

「クロウ!? しっかり! 自分を強く持って!」


 アハハハハ! 今日も空が青いなぁーーーーー!




「ごめん、取り乱した」

「う、うん」


 暫くして、シロからの根気強い説得の末漸く正気に戻れた。何かこの世界に来てから黒歴史増える頻度が上がってる気がしてならない。地球じゃ年一回あるか無いかだというのに、こっち来てもう二回だぞ。俺頭おかしくなってんのか?


「それで、どうする? 嫌なら止めたくけど」

「いや、今日中にローグライに辿り着けるなら寧ろそっちの方が良いかもしれない。シロの案で行こう」

「い、良いの?」

「良いの良いの。全然問題無いから」


 実際被害に遭うのは俺だけなんだ。俺一人犠牲になれば万事上手く行く。俺なら大丈夫だ。だって既にゴミ屑レベルの役立たず──おっと、思考がブレてしまった。修正修正。


「じゃあマリアベルには一旦カードに戻って貰うけど、良い?」

「はい。そういう事であれば構いません。ですが──」


 マリアベルがずいっと顔を近付ける。そして耳元で囁くように、


「どうか、落ち着きましたら、召喚して下さいね」

「お、おう! 分かった! 必ず!」


 ドギマギしながらそう返すと、マリアベルはほんの少しだけ微笑んで、そして光の粒子となって消えて行った。

 マリアベルのイラストが描かれたカードを手に取り、魔導書のバインダーページの一番先頭に入れる。その様子を、シロが微笑ましげに見ていた。


「好かれてるね」

「まあ、シロのお陰で」


 マリアベルとの仲が深まったのはシロが色々と手を回した事が大きいと思う。でないと今もただの主人とメイドの関係でしか無かったと思う。


「なあシロ」

「ん?」

「何でマリアベルに俺が襲われた事を教えたんだ?」


 何というか、実はシロはそれを狙ったんじゃないかと思えてしまう。全てを予想した上で、ああして二人にしてくれたんじゃないかと。


「あぁ、それね」


 シロ何かを懐かしむように笑う。


「実は……クロウと仲良くなれたのが嬉しくって! ついマリーにもその時の話をしちゃったんだ!」

「…………」


 なるほど、つまり惚気てたら口を滑らせてしまったと。あぁそうあぁそう。

 まああれだな。何でもかんでも陰謀論みたく考えるのは良く無いって事だな。


「じゃ、じゃあ気を取り直して、行きますか」

「はい、どうぞ」


 シロが両手を広げて答える。そこにしがみ付きに行く事を想像して一瞬躊躇したが、立ち止まっても仕方ないと素直に従った。シロの首に腕を回し、シロが俺の背中と膝の近くを抱える。結果、美少女にお姫様抱っこされた元男子高校生の爆誕だ。絵面も字面も酷過ぎる。


「じゃあ、しっかり捕まっててね」

「おう」


 事も無げに言ってるけど、重くないのかね? 少なくともシロよりは重いと思うんだけど。


「じゃ、行くよ!」

「ん、んおぇ!?」


 グイッと急な慣性と共に、俺の視界が高速で流れる。まるで新幹線の車窓から外を見ているような感じだが、残念ながら此処は車内では無い。


「んんんんんンンンンンーーーーーー!!!」


 怖い怖い怖い怖い怖い!! 超怖いっ!!

 シロが何かしたのか空気抵抗は感じないけど、高速の世界に生身で晒されているという恐怖が俺を襲う。

 少しでもずり落ちないようにシロの首に回した腕に力を入れて必死にしがみ付くと、それに答えてシロが俺を抱える手にギュッと力を込めてくれるが、生身の恐怖は全然薄れない。

 一体いつまでこれが続くんだろうか。そんな思いが膨らみつつある中、俺達は王都から離れ、ローグライへ向けて高速で移動するのだった。

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