第28話〜旅立ちの日〜

 晴天の暖かな日差しが降り注ぐ穏やかな朝。この世界では多くの人が活動を始め、最近はこの時間に起きるのも慣れて来た俺であるが、今現在、俺はベッドに横になって真っ白になっていた。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」

「クロウ、大丈夫?」


 つい今朝方帰って来たシロの問い掛けに返答する余裕も無い。それ程までに、昨日の夜は激戦であった。マリアベルの手練手管は凄まじく、正に魂を吸われているのではないかと思う程だった。

 されるがままでは精も根も尽き果てると無い知恵絞って反撃を試みるも、抵抗虚しくこのザマである。ハハハ、笑えよ。え? 羨ましくて笑えない? それはスマンね。


「申し訳御座いません。御主人様の喜ぶ姿につい夢中になってしまいました」

「あぁ、それは分かる。クロウのそういう所って可愛いよね」


 分かっちゃうんだ。ていうか本人の目の前でそういう話は止めてくれ。恥ずかしい。

 てか何でマリアベルは何とも無いんだよ。俺はこんな干からびる寸前なのに、マリアベルの肌は艶々してる。昨日俺から何かいけないものまで吸い取ったりしました?


「でも、こんなに疲れてるんなら無理はさせない方が良いかな?」

「いや、ちょっと色々抜き取られて足りなくなってるだけだから。ご飯食べて少しすれば回復するだろ」


 こんな事で予定を遅らせる訳には行かない。ていうかそれで予定遅らせてたらいつまで経っても王都から出られないだろうし。

 という訳で朝食を済ませて準備をする。と言っても私物なんて殆どカード化して魔導書にしまってあるから、俺が用意する事なんて身支度くらいしか無い。ただ女性陣は色々と準備があるようで、俺はそれをソファに腰掛けながら眺めていた。やっぱりこのソファ座り心地良いよなぁ。こっそり持って行けないかしらん。……まあ無理よな。普通に窃盗だし。

 柔らかいソファにダラーンと腰掛けてボーッとしていると、シロが部屋に戻って来た。


「お待たせ。準備出来たよ」

「おう、分かった。じゃあ後はマリアベルか」

「マリーならもう準備を終わらせて下で待ってるよ」

「え、そうなの?」

「うん」


 何か見かけないと思ったらそっちに居たのか。というか何で態々下で待つんだろう? 何かあるんかね?


「そうか。じゃあ行くか」

「うん!」


 シロと一緒に部屋を出る……直前、ふと部屋の方を振り返る。思えばたった数日なのにそれなりに思い入れを感じる。シロと過ごした思い出の場所だからかね?


「クロウ、どうかした?」

「いや、何でも無い」


 まあ縁があればまた来ることもあるだろう。王都自体はあまり良い思い出が無いけど、此処に限れば良い思い出の方が多い。何らかの理由でまた王都を訪れなきゃならなくなったら、此処を利用するのも有りかもな。


「そういえば、昨日はどこに行ってたんだ?」


 エントランスへ向かう途中、ふと気になってシロに尋ねる。階段を延々と下るのも気が滅入るから、暇潰しという意味もある。


「うん。今日で王都を出るから、その前に悪い人達からお金を掻き集めてたんだよ」

「え?」

「何かそのお金で色々悪さをしようとしてたから、こっそり取り上げて、お金の無さそうな人達に少しだけ分けてあげたりしたんだ」

「どこの義賊ですか?」


 ていうか俺がマリアベルに美味しく頂かれてる間にそんな事してたん?


「バレたらヤバくないかそれ」

「大丈夫。誰にも見つかって無いし、盗まれたお金は悪い事して稼いだお金だから、向こうも表沙汰には出来ないよ。そんな事すれば、自分達がどうやってそのお金を稼いだのかバレちゃうからね」

「そっすか」


 可愛い顔してえげつない事考えるな。まあ取られた側も悪人だから別に良いか。その金も他の人を苦しめて手にした金なんだろうし、俺達が有効活用してやろう。


「でも、何で急にそんな事を?」

「それはね……」


 とても楽しそうな顔で、シロが答える。


「向こうに行ったら、家を買おうと思って」

「家?」

「うん。王都じゃ急だったからホテル暮らしだったけど、ローグライに此処と同じレベルのホテルがあるか分からないし、それならいっそ拠点になる家を買っちゃった方が良いかなと思って」

「なるほど」


 確かにホテル暮らしだと困る事も多い。俺の場合マリアベルみたいに召喚しっぱなしのモンスターが増えた時に、逐一シロに従業員全員の記憶を弄って貰う訳にも行かないからな。持ち家があれば多少増えても言い訳はどうとでもなるか。

 方法はどうあれ、考え方自体は良いと思う。方法は……うん、慈善活動の一環という事にしておこう。深く考えたらドツボに嵌りそうだ。


「どんな家が良いかなぁ。大きいベッドは欲しいかな。クロウと二人でゆったり寝られるような……」


 何やらブツブツと呟いては小さく笑うシロを横目に、俺は俺でまだ見ぬ場所であるローグライに思いを馳せる。

 冒険者の街か。やっぱり物語で聴くような感じの場所なんだろうか。広大な自然、王都とは違った活気のある街並み、そしてシロとの新しい生活。


「エプロン……」

「今から楽しみだね、クロウ」

「え? あぁ、そうな。楽しみだな」


 エプロン姿のシロが頭に浮かんでつい浮かれてしまった。実際シロが料理してるのなんて見た事無いから着るかどうかも分からないのに。……今度頼んでみるか?


「あ、マリーだ」


 考えている内に一階まで降りて来たらしい。シロの言葉に前を向いた俺は……その異様な光景に足を止めた。

 エントランス、ホテルの出入り口近くには、マリアベル以外にも大勢のホテルの従業員達が待っていた。給仕だけで無くコックとかも居る。これ従業員全員来てるんじゃ無いのか?


「本日は、当ホテルを御利用頂き、誠にありがとう御座いました」


 支配人らしき男がそう言うと、後ろに控えていた従業員達が一斉に頭を下げる。


「……どういう事?」

「主人の御出掛けの際は、使用人全員で御見送りするのが当たり前です」

「お前の仕業かい」


 こんな目立つ事しなくて良いんだよ。別に崇め奉られたい訳じゃ無いんだからさ。ほら、あそこの従業員の女性なんか感極まって泣いてるし。


「マリアベル様。私、いつか貴女のような立派な人になれるよう頑張ります」


 咽び泣く女性にマリアベルが肩に手を置く。


「貴女は筋が良いです。努力を怠らなければ、きっと立派なメイドになれるでしょう」

「はい!」


 何か良い雰囲気だけど、その人メイドじゃ無いからね? 普通の従業員だからね?


「お前何したん?」

「使用人として当然の事を」


 それは具体的に何の事を言ってるんですかねぇ? 明らかに羨望の眼差しでマリアベルの事見てるんですけど。

 まあ本人が良いなら俺は良いけどさ。なんか方向性おかしくない? 俺がおかしいの?

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