第27話〜マリアベルの思い〜

「……で、何でこうなった?」


 今、俺の目の前にはメイド服では無くベビードールのようなものを着たマリアベルが立っていた。どういう訳かシロはこの場に居らず、俺とマリアベルの二人きりである。本当に何で?


「シロ様に許可を頂き、今宵は私が、御主人様のお相手を務めさせて頂きます」

「シロォ……」


 全部お前の差し金ですかい。いや、マリアベルとそういう展開を想像しなかったと言えば嘘になるし、シロにはシロの考えがあっての事なんだろうけどさ、ちょっと急すぎるって。こういうのはもうちょっとゆっくりと距離を縮めていくものじゃなかったの? 

 まあシロとの馴れ初めも結構急接近ではあったけどさ。出会って三日だし。この世界ではこれが普通だったりするの?


「それで? そのシロはどこ行った?」

「シロ様は用事があるからとお出掛けになられました。帰りが遅くなるそうですので、その間に二人で話しておくようにと」

「なるほど」


 シロの奴逃げやがったな。風呂の件といい色々と問い詰めるつもりだったのに、居ないと思ったらそういう事か。

 いや、今はこの場に居ないシロを気にしてもしょうかない。それよりも目の前のマリアベルだ。


「えーっと、マリアベルは良い訳? その、俺とそういう事して」


 俺の方はシロが許可を出してるし、俺自身としても問題無いんだけど、流石に義務感でそういう事をされるのは困る。『仕方なくやってあげてるんだからね!』で興奮するにはシチュエーションが大事だと思うの。


「構いません。元よりこの身は御主人様の物。そして御主人様に必要とされた今の私にとって、御主人様の身を癒す事に至上の喜びすら感じております」

「そんなに?」

「はい。これまでは命じられる事はあっても、必要とされる事は御座いませんでしたから」

「嘘ぉ?」

「事実です。所詮は薄汚い人殺し。命令はされど、必要とされる事は御座いませんでしたから」

「でも、それだけ色々と出来るんなら、暗殺者なんてやらなくても引く手数多なんじゃ無いの?」


 マリアベルの給仕の腕はかなりの物だ。所作も流麗で淀み無いし、位置取りや話し掛けるタイミングなんかも邪魔にならないように考えられている。メイドとしての仕事振りだけ見ても必要とされないというのは考えられない。

 しかしマリアベルは首を横に振った。


「いいえ。私の所属する組織は粛清以外で抜ける術はありません。所属した者は任務の失敗で自害するか、口を封じられるまで一生働き続けるのです。それは幾らメイドとしての技能を磨こうとも変わりません。私にとって私メイドとしてのスキルは、殺しをやり易くするための道具でしかありませんでした」

「それでそのレベルなら凄いもんだと思うけど」

「身に余る光栄です」


 丁寧に頭を下げるマリアベル。しかしその反応はあまり嬉しそうなものでは無かった。


「私は幼い頃から組織に育てられ、暗殺の事だけを考えて生きて来ました。組織の在り方に疑問を抱く事無く、ただ粛々と任務を熟し、何人もの標的を殺しました。その中には幼い子供も含まれます」

「うへぇ……」


 この状況でそんな話聞きとう無かったわい。


「そんなただ命令されて動くだけの殺戮人形だった私を、あるお方が変えて下さったのです。そのお方は私に暗殺者としてでは無く、メイドとして生きる道を示して下さいました。ただ殺すためだけに生きて来た私には、それは導きにすら感じられました」


 それを語るマリアベルの表情は何となく優しげで、その時の事をとても大切にしている事が伝わって来る。

 しかし、その表情がまた無に掻き消える。


「しかしそんな事を組織は許しません。そうして組織は私と、私を変えたお方を消すために追っ手を差し向けました。私は全力で抗い、追っ手を返り討ちにする事が出来ましたが、あのお方を守り通す事は出来ませんでした」

「………………」


 重い。真面目に聞き続けるのがキツくなって来る内容だ。そういうシリアスは苦手なんだよな。牛乳加えたら柔らかくならないかしらん。


「あの時の私は、殺す事は出来ても、守る事は出来ませんでした。その時私は誓ったのです。もし次があるのであれば、その時こそは、必ず守り通して見せると。暗殺者としてでは無く、メイドとして、主人に尽くす存在になると」


 なるほどな。暗殺術について触れようとしなかったのにはそういう過去があったのね。暗殺者としてでは無く、あくまでメイドとして在りたかったから。


「しかし蓋を開けてみれば、足場の安全を確かめるのに夢中になるあまり、またしても主人を危険に晒し、私はその事に気付かない始末。結局私は、殺す事しか出来ない存在だと、そう思っていたのです。主人を守る事も出来ない無能なメイドなど、いっそ消えてしまえば良いと」


 マリアベルは悔しさを表すようにギュッと両手の拳を強く握り、そしてそれを打ち消すように胸の前で両手を組む。


 「しかし御主人様は私が必要だと仰ってくださり、そして命じてまで私を生かし、仕えるように言って下さいました」

「あぁ……」


 言ったね、確かに。めっちゃ思い詰めてたから気にするな的な感じで言ったつもりだったんだけど、まさかそう取られたとは。いや、そんな過去があるとか知らないから気付かないって。


「私は御主人様に必要とされ、救われました。そんな御主人様に私は、私の出来る全てで応えたいのです。ですからどうか──」


 マリアベルが俺をベッドに押し倒す。仰向けになった俺にマリアベルが寄り添い、密着し、足を絡ませる。


「私に、御主人様に尽くさせて下さい。私の全てを捧げる事を、お許し下さい」


 マリアベルの吐息が耳に掛かってくすぐったい。マリアベルの熱が俺にまで伝わって来る。此処で俺がオーケーを出せば、マリアベルは直ぐにでも行動に移すだろう。

 俺としては、良いんじゃないかと思っている。マリアベルが俺に対して不穏な事を考えている訳では無い事は分かったし、シロからの許可も出ている訳だしな。


「じゃあ、その、宜しくお願いします」

「はい。御主人様」 


 緊張のあまりガチガチになった俺を見て、マリアベルが柔らかく微笑む。その笑顔はとても蠱惑的で、美しく、


「私に、全て、お任せ下さい」


 息を飲む程妖艶だった。

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