第26話〜メイドの悔恨〜

 食後、王都で最後の風呂に入る……前に、体を洗うべくバスチェアに腰掛ける。


「この風呂とも今日でおさらばか」


 ローグライには風呂はあるのかね? あったとしても豪邸とかそういう所だけなんだろうな。シロがどうにかしてくれたりは……いや、何を考えてんだ俺は! 初めからシロを当てにしてどうするよ! 

 いかん。思考からしてヒモになって来ている。早く何とかしないと本格的に駄目人間だ。


「そうだ。先ずは自立しないと」


 シロに養われて幸せにして貰うだけでは駄目だ。俺の方からシロを養い、幸せにしてやらなければ! それが男ってもんだろ!


 ────コンコンコンッ


『御主人様、失礼致します』

「うーい」


 そしていつものようにマリアベルに背中を流して貰う。え? 自立が何だって? 人間流れに逆らい続けるのは疲れるんだよ。時には流れに身を任せるのも必要だと思うね俺は。


「…………」

「…………」


 何だろう。いつもより空気が重く感じる。初日もそうだったがマリアベルは必要な事以外はあまり喋らないから無言でいる時間は多い。しかし空気的にはそれ程気まずくは無い。精々俺が後ろにタオル一枚のマリアベルが居る事を意識して無駄に緊張している程度だ。

 しかし今のマリアベルはどこか剣呑けんのんというか、何か思い詰めているような感じがする。まあ会って二、三日程度の、しかも事務連絡以外碌に会話もしてない奴の何が分かるんだと言われたらぐうの音も出ないけど。


「お湯をお掛けします」

「あ、うん」


 頭の泡を流して貰い、次に背中を洗われる。その間もずっと無言のまま気まずい時間が流れる。これいつまで続くん? 結構しんどいんだけど。


「……申し訳御座いませんでした」

「ん?」


 突然口を開いたと思ったらいきなり謝罪された。いや、何の事? 俺何かマリアベルに謝られるような事した?


「先日、御主人様が賊に襲われたと、先程シロ様から教えて頂きました」

「あぁ」


 賊っていうか聖騎士だったけどね。襲われたっていうのは事実だけど。


「御主人様の危機にも関わらず、私は御主人様をお守りする事が出来ませんでした」

「いや、それはしょうがないじゃん」


 あの場に居なかったマリアベルに気付けという方が無理だろう。というか、戦闘中に一度マリアベルをカードに戻して再召喚すれば良いのに、それをしなかったのは俺の落ち度だ。

 マリアベルがフリードリヒにやられる姿が頭に浮かんで、それがなんか嫌な気がして、自分がピンチになっても再召喚する選択肢を無意識に考えないようにしていた。結果自爆特攻染みた危険な賭けをしてピンチになるお粗末な展開になったというのに、それでもマリアベルを再召喚する事は頭から抜け落ちていた。


「いいえ。使用人たる者、有事には主人の身を守る事も務め。それを出来なかった私は、どのようにして償えば良いか……」

「いやいや、償うも何も……」

「かくなる上は、カードに戻して頂いた後に処分して頂くしか……」

「は?」


 何言ってんだこいつは。マリアベルを処分だと?


「御主人様のお手を煩わせてしまうのはとても心苦しいですが」

「そうじゃ無いだろ」


 マリアベルの手がビクッとなって止まる。何か怯えてるのかもしれないけど、これだけは言っておかないといけない。

 マリアベルを処分だと? そんなの断じて認める事は出来ない。というかたった一度の失態……ていう程の失態じゃ無いけど、それだけで処分とかしないから。俺の事どんな鬼畜だと思ってんだよ。俺は女性には基本一歩引いて行動する男ぞ? その程度で手を上げるような真似はしない!


「マリアベル。お前は俺の従者だよな?」

「はい」

「なら俺が特に罰する必要は無いと言ってんだから、それに文句を言うのは寧ろ不敬なんじゃねえの?」

「それは……」


 理解は出来るが納得は出来ないか。真面目なのは良いけど、過ぎると堅物だな。こういうのには遠回しに言っても意味は無いかもな。全く変な所で面倒な奴だ。思わずため息が漏れる。


「理解して無いようだからはっきり言うけどさ。俺が必要としてるのに、何で処分する必要があるわけ?」

「必要……ですか?」

「当たり前だろ」


 マリアベルは俺の手札の中で唯一のゴールドカードだ。つまり性能だけで言えば全モンスター中最強。言ってしまえば切り札とも言える。今回は無意識に召喚しないようにしてしまったが、やられたモンスターがリキャストタイムが終われば再召喚可能なのであれば、次からは多少の危険を冒してでも召喚するべきだろう。それに戦闘以外にも給仕なんかも出来るから汎用性が高い。色々と有用な存在だ。人型だから平時から傍にはべっても問題無いというのもある。いつも傍で俺を守ってくれる存在というのはとてもありがたい。

 何よりマリアベルは美人だ。俺にはシロという大切な存在が出来た訳だが、それを加味してもマリアベルの存在は目の保養になる。シロが駄目と言うなら我慢するが、そうで無いなら可能な限り視界に入れておきたい、という思いもある。

 そんな訳で最悪そこに居るだけで価値があるというのに、マリアベルを処分なんてとんでもない。それは明らかな損失だ。そんなのは受け入れられない。


「俺にはお前が必要だ。だから処分する気は毛頭無い」

「御主人様……」

「そんなに悪いと思ってるんなら、その分励め。それで俺に、お前を召喚して良かったと思わせてみせろ。分かったな」

「……かしこまりました。このマリアベル、今まで以上に、誠心誠意御主人様にお仕えさせて頂きます」

「おう」


 これでマリアベル処分ルートは回避出来たな。良かった良かった。全く。風呂は疲れを癒す場所なのに、何で毎回余計に疲れてんだよ。

 まあ良いや、後はお湯に浸かって疲れを癒して寝るだけだし。それでも疲れているなら直ぐに寝れるから丁度良いだろう。

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