第23話〜大切な人〜
それから暫くの間、俺とシロは抱き合っていた。シロが今まで溜め込みながらも抑え込んでいた反動か、シロが落ち着くまでにそれなりの時間が掛かった。
「じゃあ、これからも宜しくって事で」
「うん」
顔を擦り付けるのを止めた段階で、シロに確認を取る。何だか心の距離が近くなったような気がする。まだシロの過去を聞いただけだけど、それでも大きな前進だろう。
少しずつでも進んで行ければ良いだろう。少なくとも、今日はこのくらいで。
「でも、それだけじゃちょっと物足りないかも」
「え?」
そう思っていた矢先のシロの呟きに何やら不穏な気配を感じるも、俺に行動する時間は与えられず、次の瞬間、俺はシロに持ち上げられ、そのままベッドにまで連行された。
「あの、シロさん?」
俺の身体に馬乗りになったシロは色気すら感じさせる笑顔で俺の事を見下ろす。何か危ないよかーん。
「クロウ。前に言ってたよね。私と一緒に寝ると、我慢出来るか分からないって」
「そ、そうだな」
確かに言った。まだ二回だけど、毎回寝る度に馬鹿らしいくらいシロの寝姿にドキドキさせられている。こんな美少女とそういう仲になれたらどれだけ幸せかと何度思った事か。……あれ? 今の状況、立場が違うけど限り無く妄想で思い描いていた光景に近くね?
「じゃあ、もう我慢しなくて良いよ」
「え?」
シロが体を倒して必然的に顔が近付いて来る。瞳の奥にハートマークが見えるのは気のせいですか?
「私ももう、我慢出来ないから」
「ちょっ!?」
ちょっと待って! これ、立場違くね!? 普通逆じゃね!? いや、受け入れてくれるのは嬉しいんだけど、何か思い描いてたのと違う!
あぁ待って! あれよあれよと服を脱がさないで! せめてもうちょっとムードのある方法でやらせてぇ!!
深夜、疲れ果ててぐっすりと眠るクロウを見て、シロは幸せそうな笑みを浮かべる。
思えば邪神と呼ばれ出してから長い時間が経ったが、此処までの仲に至ったのはクロウが初めてだろう。今まで話したり親切にされる事はあっても、邪神だと知っても尚仲良くしてくれたのは間違い無くクロウが初めてだった。
それだけ邪神の肩書きというのは重い。少なくともクロウが思っていた以上に。世界を永遠の闇に落とそうとした悪しき存在。真実はどうであれ、人々はそう
そんな経験はシロの心に影を落とし、いつしか人と必要以上に関わる事に恐怖心を抱くようになっていた。いつか嫌われるのではないか、そんな感情に
そんな時に見つけたのがクロウだった。クロウは正体が邪神だと知っても尚、変わらずに接してくれた。過去の事は興味無いと。今のシロの方が重要だと。終いには救いの女神とすら呼び出した。
嬉しかった。邪神と呼ばれて以来、そんな風に好意的に接してくれる人なんて居なかったから。人と仲良くなりたくて、でも出来なくて、苦しんだ果てのクロウとの出会いは、シロの今までの心の闇を振り払い、更に溜め込んだ感情が爆発する程の出来事だった。
嬉しさと愛しさが爆発してしまい、ついクロウを押し倒すという行動に出てしまったが、最終的にはクロウも喜んでくれていたから結果オーライとシロは思っている。
事後、疲労して寝落ちする寸前の状態で、クロウが自らの素性を明かしてくれた。自分が異世界から召喚された勇者で、才能が無いから追放された事を。
その時は『うん』と返しておいたが、実を言うと、シロは全部知っていた。
あの日、王都を気配を消して散策している最中に突然感じた膨大な魔力。世界規模の事象干渉、具体的に言えば以前に感じた勇者召喚と同じ感じの魔力。その全貌を確かめるべく侵入した王城で見つけた、たった一人だけ女神の加護を持たない人間。
力も無く、寄る辺も無く、ただ一人怯える姿を見て、放っておく事が出来なかった。そこにもしかしたら、異世界から来た彼なら自分の事を邪神では無く、一人の存在として見てくれるのではないかという期待もあったのかもしれない。
結果としてその人間、クロウは友達になってくれ、更には自分の正体を知っても尚慕ってくれる大切な存在へと成長した。
「クロウ……」
クロウが起きないよう、とても小さな声で彼の中を呼び、手を握る。そうすると心が暖かくなる気がした。
クロウはシロが欲しかった物を与えてくれた人だ。自分の事を一人の存在として見てくれる人。自分の事を優しいと言ってくれる人。自分に人と関わる喜びを思い出させてくれた人。クロウは何かとシロのお陰と言っているが、それはシロとて同じだ。
「ありがとう」
クロウのお陰で、今の自分が居る。だからもっと色々としてあげたい。クロウが幸せになれるよう、自分が与えられる物は全て与えたい。
クロウは申し訳ないと言うかもしれない。それでも何だかんだで受け取って、喜んで、そしてその分だけ返そうとして来るだろう。そうしてお互いにどんどん幸せが積み重なって行く。そう思うだけで胸が熱くなる。
ふと、クロウが言った言葉が思い出される。女神様。今の自分にはそんな資格は無いのかもしれない。でももし出来るのなら、クロウを幸せへと導いてあげたい。時に英雄を導く女神のように、時に支え合う友のように、時に寄り添い合う家族のように。
嗚呼、己の全てをもって尽くす事が出来て、そして尽くして貰える、なんて幸せなんだろうか。叶うならばそんな時間がずっと続いて欲しい。神である自分が願うのはおかしいかもしれないが、今はそう思わずには居られなかった。
「これからもよろしくね」
クロウの傍に寄って体をくっつける。孤独に苦しんでいた自分を救ってくれた大切な人の温もりを感じながら、夜はゆっくりと更けて行った。
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