第21話〜理由〜

 それからホテルに戻り、夕食と風呂を済ませ、後は寝るだけという段階でシロから話の準備が出来たとの報告が入った。そこに至るまで一切その話に触れられなかったから、てっきり忘れられてると思ってた。

 という訳でシロとテーブルを挟んで向かい合う。マリアベルは席を外している。シロが二人きりで話したいとの理由だ。


「まさかクロウに隠し事がある事を見抜かれてるなんてね」

「いや、別に俺で無くても気付いたんじゃね?」


 割と所々にヒントはあったと思うし、多少目端が効く人なら誰でも気付けると思う。


「普通はそれに気付いた時点で私と仲良くしようとしないし、逆に仲良く出来る人は気付けてないと思うな。何か裏がある人と近付こうとは思わないだろうし」

「まあ、そうだな」

「そういう意味では、裏があるって知っていながら私と仲良くしてくれたクロウは凄いって事になるね」

「それって、凄い能天気って事?」

「ち、違うよ! 心が広いなって思っただけで、別に馬鹿にしたんじゃ無いから!」

「あ、うん。大丈夫。分かってるから」


 まあちょっとばかり気にはなったけど。


「クロウはさ、私の事、怪しいとは思わないの?」

「まあ思わないって言ったら嘘になるけど。出会ったばかりの頃なんて、金も家も力も無い俺にそこまで優しくする理由が分からなかったから、そりゃあもう警戒したよ。こいつ何考えてんだって」

「うん」

「それが友達になって欲しいからって言われた時も、どこか裏があるんじゃないかって心のどこかで思ってたと思う」

「でも、クロウは私と仲良くしてくれた。飴をくれたし、頭を撫でてくれたし、一緒の布団で寝てくれた。……何で?」


 怖い筈なのに、良くそういう質問出来るよな。そういう所もコミュ力なのかね? 


「多分だけど、色々な要素が合わさった結果だとは思う。色々と恩が積み重なって雁字搦めになっていたのもあるし、俺が基本的に甘い性格してるだけなのかもしれない。でも一番は、シロが嘘をついてるように見えなかったからだと思う」

「嘘?」

「うん。もしシロが何かしら俺を利用して良く無い事考えてたとしたら、きっとどこかでボロが出てたと思う」


 ほぼ四六時中一緒に居て、常に完璧な演技を続けるのは不可能だ。必ずどこかで無理をしたシワ寄せが来る。もしそれが小さな違和感の積み重ねとなれば、俺はシロと此処まで仲良くはならなかっただろう。もしかしたらフリードリヒの説得を真に受けていた可能性も十分考えられる。


「でもシロはいつだって本当に楽しそうだった。俺と一緒に居れるのが心から嬉しいってなんとなく感じ取れた気がしたんだよ」

「でも、もしクロウと全力で遊びながらも、裏で利用する事を考えていたとしたら?」

「そういう奴って精神に異常があるんじゃねえの? だとしたら人を人として見ていないから、言葉の端々に人をおもちゃにするような雰囲気が出たりする……んじゃね? 実際会った事無いから良く分かんないけど、俺はそう思う」


 言動というのはその人の性格や人柄の影響を色濃く受けるものだと俺は思う。優しい人の言葉遣いは丁寧だし、活発な人はハキハキと喋るし、荒々しい性格の人は言葉遣いも悪い。

 心から思っている事は相手にもそうだと伝わり易いし、興味の無い事を喋っている時は返事や態度がどこか適当に感じられる。

 そういう意味ではシロには嘘を言っている感じには見えなかったし、俺を騙しているようには感じられなかった。俺に褒められたら素直に喜んでたと思うし、一人で居るのが寂しいから俺と一緒に居ようとするなど、喋っている内容と行動に違和感は無かったように思える。これらの感覚は俺の個人的な所感でしか無い。けど、俺はシロは信用出来ると思ったし、そんなシロを信じたい。それだけ分かれば十分だと思う。


「だからシロが嘘を吐いているとは思えなかったし、だとしたらこんなに優しいシロがずっと一人だったのには何か尋常じゃ無い理由があるんだろうなって思ったんだよ」

「そうだったんだ」

「まあシロが可愛かったから補正が働いた可能性もあるけど」

「……此処でそう言うのはズルいと思う」


 頬を染めて拗ねるように言うシロが可愛くて悶えそうになるが、今はそういう雰囲気じゃ無いから我慢。


「兎に角、俺はシロが良い奴だと思ったから、多少の事情があってもどうでも良いんだよ。それよりもシロと居る時間の方が大切だし、それなのに怪しいからって理由だけでシロを見捨てたりしたら、それこそ俺は自分が嫌いになりそうだし」


 シロにとって俺がどの程度の存在かは知らないけど、俺にとってシロはこの世界で初めての頼れる人だし、初めて出来た友人だし、少なくとも悪人というイメージは無かった。

 だからフリードリヒにシロについて言われても、考察よりも先に否定の材料を探していた。それだけシロの事を信じていたって事なんだろう。信じたいだけなのかもしれないけど。


「そっか……クロウは良い人なんだね」

「それって都合が良いって意味?」

「違うってば! 優しい人だなって事!」

「うん、知ってた」

「ムゥ〜、今日のクロウはなんか意地悪だよ」

「それだけ慣れて来たって事なんだろうな」


 誰彼構わずこんな態度取ってたら周囲からのヘイトが凄い事になりそうだからな。俺なりの処世術って奴だ。


「逆に言えば、シロにならこれくらいしても大丈夫そうって思えるくらい心を許してるって事だから」

「やっぱり意地悪だよ……」


 そう言いつつも頬が赤くなって照れているのは隠せていない。そして本当に拗ねている訳では無いようで、直ぐにフッと小さく笑った。


「でも、クロウがそんなに私の事を信じてくれてるのは素直に嬉しいかな」


 良くそんな事を言えるよな。聞いてるこっちがむず痒くなる。


「ねえクロウ」

「何?」

「これから話す事は、もしかしたら信じられないかもしれないけど、最後まで聞いてくれる?」


 いよいよか。一体何が隠されているのやら。

 好奇心とほんの少しの恐れを胸に、俺は一つ頷いた。

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