第18話〜急転〜

 シロと少しばかり踏み込んだ話が出来て、態とらしい言い方をすれば、絆が深まったとかそんな感じだろうか。

 後はホテルでシロの話を聞くだけ……の筈だった。


「ッ!」


 歩き出して数歩、突然シロの様子が変わった。まるで何かに気付いたように、ある一点を見ている。


「ん? どうした?」


 シロの向いている方を見るが、普通に家が建っているだけだ。特に何かがあるようには見えない。


「ごめんクロウ、ちょっと用事を思い出したから、先にホテルに戻ってて!」

「え、ちょっ!?」


 どういう事か尋ねる前にシロが走り出し、家と家の間にある狭い路地へと入って行った。


「何だったんだ?」


 シロは先に帰っててと言っていたけど、気になってしょうがない。先程の話もあってか、隠し事に関係する何かが発生したんじゃないだろうかと思えてしょうがない。


「……見に行くか」


 もしシロが困っているなら可能な限り力になりたいし、仮に誰かに脅されてたりしたなら、シャドウを使って不意打ち決めればその場を逃げるくらいは出来るだろう。

 という訳でシロの向かった方へと行こうとした、その時だった。


「ちょっと良いかい?」


 急に後ろから声を掛けられた。咄嗟に振り返ると、金髪の男がこっちに歩いて来ていた。まるで王子様を連想するような甘いマスクに微笑みを浮かべている。

 上にはコートのようなものを見に纏っているが、歩く度にガシャガシャと音を鳴らし、コートから露出したブーツは金属製だ。中は鎧でも着てるのか? だとしたら何でこんな距離になるまで接近に気付かなかった?

 いや、今はそれどころじゃ無い。シロが向こうに居るんだ。こんな奴に構ってる暇は無い。


「すいませんが、ちょっと急いでるんで────」

「あの女の所に行くのなら止めておいた方が良いよ」

「…………は?」


 こいつ今なんつった? シロに近付かない方が良い? 一体何を言ってるんだこいつ。


「仰ってる意味が良く分からないですね。一体何を根拠に言ってるんですか?」

「そう警戒しなくて良いよ。私は怪しい者では無いからね」

「はあ……」


 いや無理だろ。いきなり前触れもなく現れて、しかも恩人のシロに近付くななんて言うよう奴、警戒するわ普通に。一見ただの不審者だし。

 それに周囲があからさまに静かだ。俺とこの男以外誰も見当たらない。人除けの結界とかそういう類の何かを使ってやがる。こういうのは大抵戦闘を想定しているパターンだ。騒ぎにならないように。もっと具体的に言うと殺してもバレないように。

 そんな状況で警戒を解く理由は無い。少なくとも人通りが戻らない限りは。


「フム……そうだな。説明するよりも、名乗る方が早いか」


 男は一人で納得すると、着ていたコートを脱ぎ捨て、中に着ていた白銀の金属鎧を露わにする。


「私はアリステラ教会アルファード王国王都アルファード支部所属の聖騎士、フリードリヒ・ラインバックだ」


 アリステラ……聞いた事がある。俺達を召喚したっていう女神の名前だ。王城で俺達を召喚した奴がそんな事を言ってた。つまりこいつはそこの宗教関係者。そしてシロは宗教関係者からちょっかい掛けられてると……なんか話が面倒な方向に行き始めたぞ。


「それで? その聖騎士が一体なにを根拠にシロに近付くなって言うんですか?」

「聖騎士を前にして物怖じしないその態度。豪胆なのか、それとも向こう見ずか……」


 何言ってんだこいつ。聖騎士だから何だってんだよ?


「まあ良い。それよりも、何故あの女に近付くなっていう話だったね。端的に言うと、あの女は魔族か、それに類する邪悪な存在だからだ」

「…………」


 邪悪? シロが? 本当に何を言ってるんだこいつは。あんな屈託の無い笑顔を浮かべられるような奴が邪悪な訳無いだろうに。寧ろ天使だろアレは。もしくは女神。


「その様子だと知らないようだね。無理も無い。見た目も態度も人間のそれと変わらないからね。私も驚いたよ」

「じゃあ何をもってシロを邪悪だと決め付けたんですか」

「簡単だよ。魔力の質だ」

「は?」


 魔力の質? そんな物で人の本質が分かるのか?


「我々教会には特殊な魔道具があってね。人の魔力を見る事が出来るんだ。本来なら教会に保管されていて外に出る事は滅多に無いんだけど、今日はその滅多な事があってね」

「勇者パレード……」

「そう。実際には実戦訓練も兼ねたお披露目だけどね」


 必要な無い情報までペラペラ喋るじゃないのコイツ。ありがたいけどその情報は今は要らん。


「基本的には国の兵士達が護衛を務めていたけれど、何せ女神アルステラ様がお呼びになった神聖な方々。万が一があってはならないと、我々教会の騎士も秘密裏に護衛していたんだよ」


 なるほど、俺とシロが居たあの場所にこいつ等も居たのか。タイミング悪過ぎだろ。

 それにしても神聖な方々? 笑える冗談だな。あいつ等俺と対して変わんない元一般人なんだけど。


「驚きだったよ。あからさまに怪しい二人組の片方が、異常な程禍々しい魔力を有していたんだから。最初は何かの囮かと思ったくらいだ」

「ッ……」


 思わず舌打ちしそうになるのを全力で堪える。俺が目立たないようにした行動のせいでシロの方に迷惑が掛かってしまった。まさかこんな形でシワ寄せが来るなんて。


「あんな魔力をしているのは、魔族か殺人鬼か、もしくは邪神を崇める狂信者くらいなものだよ。いずれにしても碌なもんじゃ無いね」

「……だから何かする前に始末すると」

「そういう事だ。分かったら、君も早くこの場を離れなさい。幸い、君は何も知らなかったようだからね。巻き込まれた一般市民として罪に問われる事もないだろうから、安心して良いよ」


 なるほどね。つまりこいつ等は、シロが邪悪な魔力を保有しているから始末すると、そう言っている訳だ。


「…………そっすね」

「分かってくれて何よりだ。きっとこのまま一緒に居たら、どこかで酷い目に遭っていたかもしれない。そうなる前に止められて良かった────ッ!!」


 微笑むを浮かべていたフリードリヒが突如顔を硬直させて体の向きを後ろへ反転させ、後ろから攻撃を仕掛けようとしていたシャドウアサシンを一撃で両断した。

 シャドウアサシンはその場で掻き消え、光の粒子となって消えて行く。何気にモンスターがやられる姿は初めて見たな。


「それが君の答えという事で良いんだね?」


 先程とは打って変わって、冷たく鋭い眼差しで俺を睨むフリードリヒ。


「あんたの言いたい事は分かった。その上で幾つか言わせて貰おうか」


 召喚の魔導書を起動し、戦闘準備に入る。


「一つ、あんたの言ってる事は全部あんたが言ってるだけで、何の物的証拠も無い。今日会ったばかりの奴の言葉より、俺は俺の目を信じる」


 カードの中から五枚のカードを取り出す。


「二つ、仮にあんたの言ってる事が真実だったとして、今の所何もしていない内から攻撃するような過激な連中を信用する事は出来ない」


 手にしたカードの中から一枚を取り出して召喚する。出て来たのは小さなガラス瓶に入ったオレンジ色の液体。

 ガラス瓶のコルクを口で開け、中身を一気に飲み干す。意外と美味いじゃないの。不味かったらどうしようかと不安になったけど、これなら吐き出す心配は無いな。


「そして三つ目────」


 飲み干したガラス瓶を投げ捨て、残る四枚のカードを一斉召喚!


「俺とシロは友達だ。友達をそう簡単に見捨てるような真似、する訳無えだろ!」


 俺の背後から影の如く四体のシャドウアサシンが出現する。これで戦闘準備完了。後は倒すだけだ!


「そうか」


 フリードリヒは短く答えて、手に持った剣の切っ先を俺に向ける。


「ならば聖騎士として、魔に堕ちた者を救済する。それが私の務めだ」

「煩え! お前は此処でぶっ飛ばす!」


 こっちだってダチを悪く言われて腹立ってんだよ! 返り討ちにしてくれるわ!

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