第16話〜勇者パレード〜

 八百屋で買ったチェリーはまずまずの味だった。少なくともスーパーとかで売ってる安物よりかは上等な味ってくらいだろうか。

 まあ冷蔵技術がある故に店頭に並ぶまで数日経過しているであろう物と、冷蔵技術が無い故に採れたてを並べるしか無い物を比べれば新鮮な分差が出るのは仕方ないだろう。

 ただ新鮮な割には素材の味はそれ程強く無かった。子供の頃に果樹園で食べた果物はもっと美味しかった気がする。シロは美味しそうに食べていたからこれがこの世界の普通なのかもしれない。多分品種改良とかその辺の問題なんだろうな。

 とはいえ食べられない味じゃ無いし、旨い事には変わりないから良いんだけどね。美味しそうに食べるシロも可愛いし。


「ねえクロウ」

「うん?」

「クロウは勇者様に会いたい?」


 チェリーを食べながら王都を散策中、シロからそんな質問が飛んで来た。


「うーんどうだろうな。特に興味は無いし、別に見なくても良いような気がする」


 会うも何も、彼等は俺と同じ学校に在籍する生徒や教師達だし、しかも俺が王城から放逐される際、誰一人庇ってくれなかった程度の関係だ。

 シロのお陰で憎む程では無いにせよ、あまり良い感情は持ち合わせていない。寧ろ俺がシロと居るのがバレる方が面倒な事になりそうな気さえする。

 だからどちらかと言うと見たく無いし、俺の存在を知られたくも無い。彼等の中では俺は死んだ事にしておいた方が楽な気さえするし。


「シロはどうなんだ? 一生に一度見れるかどうかっていう存在なんだし、やっぱり興味とかあるのか?」


 シロだってこの世界の住人なら、勇者の伝説とかも知ってたりするだろう。そういうのに憧れる人は多い。シロもそうなんじゃないかと思っていた。


「うーん、私も別に良いかな。今はクロウと居る方が楽しいし」


 しかしシロの答えは割と淡泊なものだった。しかも奥さん聞きました? 勇者よりも俺の方が良いと来ましたよ。もう俺の中でのただでさえ高いシロの株がストップ高まで高騰して行く。


「嬉しい事言ってくれるじゃんかよぉ」


 そしてシロの頭を撫でる。なんだかんだこのやり取りが定番化している感じがするな。シロも喜んでるから良いんだろうけど。

 そんな感じでシロとじゃれ合っていると、周囲に人が密集し出した。


「なんか凄い人だな」

「多分、勇者様のお披露目が近いんだと思う」

「マジか。じゃ早いとこ移動して……」


 そう思っていたのだが、人混みの密度が思っていた以上に凄い。無理矢理突破出来なくも無いけど、シロとはぐれそうだ。


「仕方ない。収まるまで此処でやり過ごそう」

「良いの?」

「しょうがいだろ。シロとはぐれるよかマシだし」

「あ……えへへ、そっか。じゃあしょうがないね」


 そう言って手を握ってくる。


「はぐれないようにしないと」

「……そうだな」


 遠くの方から歓声が聞こえて来る。勇者達が来ているんだろう。


「そうだ。シロもこれ着といて」

「これ、ローブ?」

「そう。シロが勇者の目に留まると面倒だからな」


 シロは控え目に言っても美少女だ。下手に顔を覚えられでもしたら、そこから俺の存在がバレる可能性がある。それを抜きにしても、シロが他の奴に口説かれるのは良い気分じゃ無い。勇者の身分に調子乗った馬鹿がシロにちょっかいを掛けるのは避けるべきだ。

 え? 他の人は良いのかって? 良く無いに決まってんだろ。でもそっちの方は最悪シャドウさん達に頑張って貰うから。路地裏に誘導して闇討ちすりゃバレないだろ。

 という訳でシロにローブを着せて、二人揃ってフードを目深に被る。なんか怪しげな二人組が出来上がって余計目立っていそうな気がしないでも無いが、面が割れるよりはマシだろう。警備の兵士もただ突っ立ってるだけなら警戒はすれど攻撃はして来ない筈だ。警備が担当区域から離れたら意味無いからな。


「クロウとお揃い……」


 何やらシロが呟いているが、喧騒が近づいて来て聞き取れない。後で聞いておこう。この煩さじゃ大声でも聞き取れないし。

 勇者のお披露目とは、結局の所パレードのような物らしい。先頭を楽器や国旗を持った人達が進み、音楽を奏でながら前へ進む。その後ろを馬に乗った勇者達が続く形で移動している。尚勇者の乗っている馬の殆どの手綱は傍を歩く騎士っぽい人が握ってる。そりゃあ乗馬経験なんて碌に無い学生達が補助無しで馬に乗れる訳無いよな。何人か乗れてる奴居るけど。……そういう能力なのかね?


「……ん?」


 なんだろう。前の方は華やかな感じなのに、後ろの方へ行くに連れてそれが無くなっているような気がする。いや、気がするんじゃ無い。本当にそうなんだ。ちょっと目を凝らして見ればすぐに分かる。

 根拠は二つ。

 一つは見た目。前の勇者はこれ以上無いくらい豪華なファンタジー装備だというのに、後ろの方は制服のままの奴すら居て、明らかに装備のランクに差が出ている。最後尾なんて勇者じゃ無くて召使いだと思われてるんじゃないか?

 そして二つ目は表情。程度の差はあれど、後ろに行けば行くほど表情が陰っている。前の方が自信満々な顔をしている奴が多いから余計に分かり易い。

 これらから分かる事は、勇者の中にも優劣と序列があるという事だ。つまり、前に居る勇者程優れていて、後ろに居る勇者程力が弱い。あいつらは俺が居ない三日間の内にそういう上下を叩き込まれたんだろう。だから勇者なのに勇者らしく扱われなくて、それで自信が持てないから表情が暗くなる。

 そしてそんなふうに扱われていても、寄る辺の無いあいつらに逃げるという選択肢は無い。最も劣った才能無しの俺が放逐されるのを見ているからな。俺みたいになんの助けも望めない状態に陥るのは怖いだろう。少なくとも右も左も分からない今の段階では逃げる事は出来ない。


「うわぁ……」


 なんというか、社畜という言葉が頭に浮かんだ。それでも絶望の中異世界を彷徨うよりはマシなんだろうけど。

 なんというか、シロと出会って助けられた今では同情すらしてしまうな。


 ────まあ助ける気は無いんですけどね。


 残念だけど、今の俺にそっちの面倒を見る余裕は無い。仮にあったとしても、俺の事を見捨てたあいつらに俺も思う所があるんでね。

 勇者として扱われている内は衣食住は保障されるだろうからまだ大丈夫だろうしな。少なくとも放逐されたばかりの頃の俺よりはマシな筈。そしてそんな俺でも現地の人シロの助けでなんとかなったしな。きっと彼等も大丈夫だろう。……強く生きろよ。

 馬に揺られて行く勇者達の後ろ半分に同情しながらパレードが過ぎ去るのを待つ。勇者ってのも大変だな。放逐されて良か……いや、一歩ミスれば絶望しか無かったから良くは無いのか。やっぱりシロと出会えて良かったわ。

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