第15話〜八百屋〜
「こんにちは!」
「いらっしゃい!」
店には色とりどりの野菜や果物が置かれていた。地球でも見た事のある物が結構あったが、黄色い
「おぉ、色々揃ってるな」
「そりゃあ青物屋なんだから色々あるのは当然でしょうが!」
「あぁ、はい。そうですね」
青物屋? あぁ八百屋の事か。八百屋で慣れてたから一瞬何言ってんだと思ってしまった。
「うわぁ、どれも美味しそうだね!」
「勿論! ウチのはどれも美味しいよ! ホラあんた、恋人なんだから何か買ってやんなさいよ」
「ハハハ、そっすね」
そりゃあ手を繋いで来ればそう見られてもおかしくないけどさ。あんた絶対売り上げの鴨にしようとしてるだけだろ。ニヤついてんの分かってんだからな。
でもシロは頬を染めながらも満更でも無さそうで、あまり水を差せる雰囲気じゃ無い。まあこれくらいなら財布にもダメージは無いし、どんな味か気になるのも事実だから、別に良いんだけどさ。
「何か果物で良さげなのって無いですか?」
「ウチのはどれでも美味しいけど、最近になって漸くチェリーが出回り出したからそれが一番人気だね」
「チェリーっていうとこれですか?」
「アハハハ! 当たり前じゃないかい! 他にどんなチェリーがあるって言うのさ!」
「まあ、そっすね」
日本産でよく見るのとは違う血のようなどす黒いさくらんぼの見た目の果物を指差して尋ねたらそんな言葉が返って来た。どうやら食べ物の見た目は地球産の物と大体一緒らしい。
「因みにこれって幾らするんですか?」
「一掴みで二ガルツだよ」
アバウトだなぁ。もうちょっと正確に計ったりは出来ないのか? 量り売りとか……秤が無いのか?
「それって貴方の手でですか?」
「別にあんたの手でも良いよ? あたしの方が大きいだろうけどね」
そう言ってパンパンに膨らんだ手を見せてくる。確かにこれなら大抵の人よりは大きいだろうな。余程ゴツい人で無い限り。
「それはお得ですね」
「そうでしょ? アハハハハ!」
なんだかよく分からないけど受けは良かったらしい。
それはさておき、折角だしおばちゃんお薦めのチェリーを買ってみようと思う。料理は美味しいのは分かったけど、食材そのものの味は知らないし、ぶっちゃけ旨そうだから俺も食べてみたい。
「シロ、どれ食べる?」
「うーん、折角だしチェリーでも食べようかな。クロウは何食べる」
「俺も同じだよ。チェリー二掴み分下さい。入れ物はこれで」
「はいよ!」
おばちゃんに四ガルツと入れ物用の麻袋を渡す。この麻袋もカード召喚で手に入れた物だ。
「えっ!?ク、クロウ、悪いよそんなの」
「いや、俺も食べたかったし、ついでたから」
「でも、クロウそんなにお金持ってないし……」
「いや、流石にこれくらい払う分はあるから」
そりゃあ大富豪シロさんに比べれば大差無いかもしれないけど、一応昨日稼いだ分はそのまま残ってるから。ちょっとした買い食い分はあるから。
「お嬢ちゃん。そこは男を立ててやんな。折角お嬢ちゃんに良いとこ見せようと格好付けてんだから」
「身も蓋も無えなオイ……」
そういうのは本人の居ない所で言うものじゃないんですかねぇ。しかも結構な声量で言うもんだから、なんか周りのご婦人方が微笑ましい物を見るような目で見てくるし。
「まあそういう訳で、此処は俺が出すから」
「クロウ……うん、分かった。ありがとう!」
またしてもニパッと笑顔が咲く。やっぱりこの笑顔は反則級に可愛いよな。見てると心が暖かくなる。
「はいはい、イチャつくなら商売の邪魔にならない所でやりなさいよ」
「いや、別にイチャついてはいないですけど」
「そういうのは本人は気付かないもんなのよ。わかったら買ったもん持ってどっか行きな」
砂糖を吐きそうな顔でシッシッと追い払うような仕草をするおばちゃん。売る物売ったら用は無いと言わんばかりだ。客商売としてその態度はどうよ?
「あっ! そういえば、今日っていつもより人が多い気がするけど、何かあるの?」
買う物は買ったしもう行くかという所で、シロがおばちゃんにそう尋ねる。あぁ、そういえば買い物ついでに聞く予定だったっけ。おばちゃんのキャラが濃いせいで忘れてた。
「あぁそれね。なんでも今日、勇者様のお披露目があるそうなんだよ」
「勇者?」
勇者っていうと、俺と一緒に召喚された他の連中が出て来るのか……。
「そうそう。なんでも王様が魔王を倒すために見つけ出したんだってさ。だから皆勇者様を一目見ようって集まってるそうだよ」
「そうだったんだ」
「それってどこでやるんですか?」
「何言ってんだい! 昨日城から向かいの門までの大通りを通るって御触れが出てたじゃないかい!」
「そうでしたっけ?」
昨日は殆ど街の外に居たから良く分からないな。きっと俺が街に居ない間に告知されたんだろう。
「まあそういう事ならこれだけ人が集まってるのも納得ですね」
「そうだね。お陰様で売り上げが上がるのは良いんだけど、此処から離れられないのは難点だね。店番が無ければ私も勇者様を見に行けたのに。こういう時は仕入れに行った亭主が羨ましく感じるよ」
「そうですか」
「そうなのよ! それにね──」
そこからもう兎に角喋る喋る。おばちゃんのお喋りがたまらない。別に興味も無いのにそんな愚痴言われてもこっちが困るんですけど。そういうのは家庭内で解決しとけや。旦那さんの酒癖とかどうでも良いわ。
というか、この話まだ続く感じ? そろそろ移動したいんだけど。
「ねえクロウ! あっちに面白そうなのがあるよ! 行ってみようよ」
「え?あ、うん」
「おばちゃんありがとう! また来るね!」
「はいよ! またおいで!」
シロに手を引かれて八百屋を後にする。急だったけど、ナイスシロ。お陰で面倒なお喋りから解放された。
「それで、面白そうなのって?」
「ん? あぁ、あれはクロウが困ってる感じだったから」
「マジですか……」
つまり俺のために態と話を切ってくれたというのか。流石はシロさん。これがコミュ力の為せる技なのか。
「えっと、駄目だったかな?」
「いやいや、マジで助かったわ。流石シロさんっすわ」
「えへへ、良かった」
褒められて照れ笑うシロ。何かこうしてると本当にデートしてるみたいだな。まあデートの経験なんて無いから良く分かんないけど。
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