第13話〜ありがとう〜

「はぁ〜!」

「ハァ〜……」


 同じセリフなのに正反対のテンションで、俺とシロはベッドに倒れた。

 いや、本当大変だったよ。主に二人に見られないようにするのにな。疲れを癒すために風呂に入ったのに、なんで入る前より疲れてるんですかねぇ。


「それでは、私は入り口に控えておりますので、御用があればなんなりとお呼び下さい」

「あぁ〜うん。分かったぁ」


 マリアベルの言葉にもおざなりにしか返せないが、マリアベルは丁寧に一礼して去って行った。

 因みに召喚された者には睡眠は不要らしい。疲労はするみたいだが、それも椅子に座るなり楽な姿勢でジッとしていれば自然と治るそうな。便利な体してるよな。




 そんな訳でマリアベルに灯りを消して貰い、俺とシロは昨日と同じく一つのベッドで一緒に横になる。


「クロウ」

「ん?」

「今日は楽しかったね」

「楽しいっていうか……まあ、色々あったな」


 なんというか、地球に居た頃からは考えられないくらい濃い一日だったと言える。こんな濃い一日は修学旅行よりも上だろう。なんたってリアルファンタジーだ。魔法をこの目で見たり、魔物との戦闘を間近で見たり。勇者召喚された昨日からは考えられないくらい充実した一日だった。そういう意味では、楽しかったと言えるのかもしれない。


「誰かと一緒に外を歩いて、一緒にご飯を食べて、一緒に大騒ぎして。こんなに一杯楽しい事をしたの久し振り」


 普段の弾けるような笑顔とは違う、どこか遠く、過去を懐かしむように微笑んで、それから俺に目を向ける。


「クロウのお陰で、楽しい事が一杯。ありがとね、クロウ」


 いつものとは違う、でも心から嬉しい気持ちが伝わって来るありがとうの言葉。出会って二日だというのに、そんなシロの気持ちが感じ取れる。それ程までに、シロの気持ちが強いって事なんだろうか。

 あぁ、でも、でもな────


「それはこっちのセリフだって」

「え?」


 自然と思っていた事が言葉になって口から出ていた。普段ならこんな事恥ずかしくて言えないだろうに、でも今だけは言っても良いような気がした。寧ろ言わないといけない気がした。


「訳も分かんない場所に急に放り出されて、どうしたら良いのかも分からなくて、シロに出会うまで、人生のどん底に居るような気がしてたんだよ」


 あの日、シロと出会わなければ、きっとスラムで身包み剥がされて、無力なまま死んで行ったかもしれない。俺にはサバイバルスキルは皆無だからな。


「シロが居なければ今の俺は居ないし、シロが俺を引っ張ってくれたお陰で、こうして腹一杯ご飯食べれて、あったかい風呂に入れて、柔らかいベッドで寝られる。生きるためのスキルもくれたし、その力を活かす方法も一緒に考えてくれた」


 そして何より、この世界に来て不安で一杯だった俺の心を、シロの笑顔が優しく解きほぐしてくれた。出会ったのがシロじゃ無ければ此処まで上手くは行かなかっただろうし、もしそれでシロが俺に礼を言うのであれば、それは俺にそうさせるだけの行動力を与えたシロのお陰だと断言出来る。


「全部シロがくれたんだよ。俺が今、こうして居られるだけの全てを」


 ──だから、これだけは言いたい。言わせて欲しい。


「だから、こっちこそありがとうな、シロ」


 今までの想いの丈を全て告げる。これで白けたら黒歴史確定だろうが、この時の俺には、そんな事は一切頭に無かった。

 俺に礼を言われたシロはポカンと数秒程呆けて、やがて言葉の意味を飲み込んだのか顔がポフンッと一気に赤くなった。そして顔を隠して丸まった。


「あうぅ〜……」

「えっと、シロ? どうした?」

「な、なんでも無い! 気にしないで!」

「いや、明らかに顔真っ赤……もしかして照れてんのか?」

「ちちち違うよっ! これは……ちょっと目にゴミが入っただけだから!」

「その言い訳はどうなんだ?」


 どちらかと言うと泣いてるのを誤魔化す時に使う奴だよねそれ。

 しかしだ、この反応はもしかしなくても俺の言葉でめっちゃ嬉し恥ずかししてるって事なんじゃないの? だとしたら俺もちょっと……いや、結構嬉しい。嬉しさのあまりテンション上がって来た。


「そっかそっかぁ。シロは嬉しかったんだなぁ? 可愛い奴め、うりうり」


 テンションに身を任せ、顔を隠すシロの頭を撫でる。それによってシロがうにゃうにゃ言いながら身をよじるのが可愛くて、つい撫でる行為をずっと続けてしまう。


「う……ううううう……うにゃあぁぁぁぁぁーーーーー!!」

「うおっ!?」


 シロの中の何かが爆発し、真っ赤になったシロが奇声を上げて俺の胸に突っ込んで来た。そしてしがみ付くようにしてスッポリと収まり、顔を擦り付けてくる。多分顔を見えないようにしているんだろうけど、はたから見たら抱き付いているようにしか見えない。


「あの……シロさん?」

「…………クロウ」

「ん?」

「私と一緒に居れて、嬉しい?」

「……そうだな」

「楽しい?」

「おう、楽しいよ」

「幸せ?」

「しっ!? それは……その……」


 流石にそれを口にするのは恥ずかしい気が……。


「……クロウ?」

「ッ……!」


 言葉に詰まっていると、シロから再度問い掛けが来る。その声がどこか不安そうな気がして……これは恥ずかしいとか言ってる場合じゃ無いな。

 俺は抱き付いたシロの頭を撫でながら答える。不安そうなシロを安心させるように。


「あぁ、俺はシロと居れて、幸せだよ」

「…………えへへ、私と一緒だね」


 隠していた顔を上げると、頬を真っ赤に染めながらも幸せそうに笑うシロの顔があった。

 何この可愛い生き物、語彙力低下するくらいヤバい。


「わぷっ!?」


 可愛さのあまりそのまま抱き締めて頭を撫で続ける。これはあれだ、小動物が甘えて来た時の兎に角愛でたくなる気持ちに近い。兎に角シロを愛でたくて仕方ない。つまりシロは小動物だった? ヤバい、なんか錯乱してきた。


「クロウ、苦しいよ……」

「あぁ、悪い。つい」


 我に帰ってシロを解放すると、シロは顔を離して気道を確保しつつも、体を離したりはしなかった。


「ねえクロウ、今日はこのまま寝ても良い?」

「え? うん。良いけど」


 特に深く考えずに答えると、シロはそのまま抱き付いて寝る態勢に入った。本当にこのまま寝るつもりらしい。

 そんな事を思ってる内に、冷静になって来た俺の頭が今の状況を客観的に分析する。美少女と同じベッドの中、しかも呼吸音や体温すら伝わってくる程に密着した状態。

 ……俺、今日眠れんかもしれない。

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