第3話〜友達〜

「フゥ、満足満足」

「美味しかった?」

「すっげぇ美味しかった」

「そっか。良かった!」


 異世界での初の食事は思っていたよりも良いものだった。味に不満は無いし、見た目も整ってる。何より対面ではとてつもない美少女が一緒に食卓を囲んでいる。

 正直地球に居た頃よりも恵まれているのではと錯覚してしまう。まあそれを用意してくれたのは全部彼女シロなんだけどな。

 ……そうだな。そろそろ切り出すか。


「そういえばさ、一つ聞きたい事があるんだけど」

「ん? 何?」

「何で助けてくれたんだ?」


 ホテルに連れてきてくれたのも、泊まれるようにしてくれたのも、料理を手配したのも全部シロだ。

 こんな高級ホテル、一泊するだけでとんでもない額の金が掛かる筈。そんな場所に会ったばかりの俺を連れて来て、此処まで恩を売って、正直何か裏があるんじゃ無いかとヒヤヒヤしている自分が居る。あまりにも親切過ぎて、シロが何か企んでいるんじゃないかと疑っている自分も居る。

 ……まあ何か企んでいる奴が寝ている奴に膝枕するとは思えないけど。


「そうだね……」


 シロは一度目を瞑って何かを考える。言うべきか言わざるべきか、そんな感じだろうか。


「親切心で放って置かなかったって言えたら良かったんだけどね。残念だけど打算はあるんだよ」


 そりゃあそうだろう。ただの親切心だけで此処までされたら流石に心配になる。それはそれでありがたいけど。

 とはいえ、打算があるって事は、俺に何かしら要求する物があるという事だ。一体なんだ? 金もコネも無い身一つの俺に何を要求する気だ?


「実はね……」

「…………」


 思わず唾を飲み込む。もし俺では手に負えない物を要求されたら、多分俺の人生が詰む。

 頼むから、俺に出来る範囲であってくれよ。頼む!


「私の…………友達になって欲しいの!」

「…………え?」


 友達? フレンド? マジで? 身寄りの無い俺を宿に泊まらせて、食事まで提供して、そこまでして求める物がそれ?


「どうかな?」


 そう言って不安そうな顔で俺を見るシロ。


「……良いけど」

「本当!?」

「うん」


 別にそんなの此処までされなくても了承するし。いや、この状況だから友達作るなんて余裕があるのか? 良く分からないけど、少なくとも今のこの状況で断る気は無かった。


「良かったぁ! 断られたらどうしようかと思ったよ!」

「いや、流石に断らないでしょ、これは」


 流石にそこまで非情じゃ無いし。それに俺も知らない世界で一人は心細かったしな。だからシロが一緒に居てくれるのはとても心強い。シロが可愛いとか、そういうのを抜きにしても。


「えへへ、実はもう何年も一人だったからさ。久々に緊張しちゃったよ」

「マジで?」

「うん!」

「マジか……」


 いや、久々の友達で嬉しいのは分かるけど、笑顔で話す内容じゃ無いからね? 結構重い話だからね?

 しかしそうか。シロは今までずっと一人だったのか。そうか……そりゃあ嬉しいだろうな。


「じゃあ……」


 喜ぶシロに手を差し伸べる。


「これから友達って事で、宜しく」

「うん! 宜しくね、クロウ!」


 伸ばした手を握り合う。俺は片手で、シロは両手。温かくて柔らかい、女性らしいたおやかな手。シロの性格を表したような、優しい手だった。




 シロと正式に友達になった後は、適当に談笑してから風呂に入った。

 そう、風呂である。この世界にも風呂はあったのだ。

 こういう世界では風呂なんて貴族しか入れないと言われているが、流石は最高級ホテル。浴槽もシャワーも石鹸も完備だった。流石に地球のと比べると質は落ちるだろうけど、文明レベル的にしょうがない。寧むしろあるだけマシと考えた方が良いだろう。

 そんな訳で異世界でも十分な食事と風呂を堪能出来た俺だったが、一つ問題が生じた。

 それは俺が風呂から上がり、シロが風呂を入り終え、身支度を整えてそろそろ寝るかとなった時に判明した。


 ベッドがキングサイズの天蓋付きベッド一つしか無かったのだ。


「マジか……」

「あはは。そうみたい」


 これだけ色々と揃えておきながらベッドは一つだけというところに作為的なものを感じるが、今はそれどころじゃ無い。

 このままだと俺とシロが同じ布団で眠る事になる。いや、別に嫌という訳では無いんだけど、友達になったばっかりでこれはどうなんだ?

 今からホテルの人に頼んで簡易的なものでも良いからベッド一つ追加するのは……流石に無理か。


「しゃあない。俺は其処のソファで寝るから、シロはベッドな」

「えっ!? そんな、悪いよ! 折角出来た友達を床で寝かせるなんて!」

「あれ? 俺今ソファで寝るっつったよな?」


 何で勝手に床で寝る事になってんの? 遠回しにどうせ寝るなら床で寝ろと? ソファあるんだからソファで寝かせてよ。


「そもそも俺が泊めさせて貰ってる側だから。それなのにシロをソファにほっぽって俺だけベッドとか気まずいんだけど」

「じゃあ私もソファで寝るよ!」

「それ本末転倒じゃね?」


 結局ベッドで寝れないまま一緒に寝る羽目になるじゃねえか。当初の目的を見失うなよ。


「ムゥゥ、クロウは私と一緒に寝るのは嫌なの?」

「嫌というか、緊張して寝れなさそうだから遠慮したいんだよ」

「ん? 何で一緒に寝ると緊張するの?」

「それ聞きますか」

「うん」


 えぇっ? めっちゃ恥ずかしいんだけど。でも此処で下手に誤魔化すと変な拗れ方しそうなんだよなぁ。


「いやさ……ほら、あれだ。シロって美人じゃん。だからあまり距離が近いと緊張するんだよ」

「美人? 私が?」

「……うん」


 案の定めっちゃ恥ずかしい。何で別々で寝るためにその相手を口説くような事しなきゃならないんだよ。

 あぁ顔熱い。絶対赤くなってるよ。


「そ、そっか。ならしょうがないね……」


 唐突に褒められて恥ずかしいのか、シロも頬を染めて引き下がる。なんか気まずくなって来たな。


「じゃあそんな訳で、俺はソファで寝るから」


 寝るために掛け布団の代わりになる物を探そうと背を向ける。が、何かに引き止められて前に進めなかった。いや、此処で引き止める人なんて一人しか居ないんだけどね。

 振り返ると、案の定シロが俺の服の袖を掴んで引き止めていた。


「でもね、私としては、折角出来た友達のクロウが離れた所に居るっていうのは寂しいというか」


 恥じらいながら、上目遣いで俺を見るその姿はグッと来る程可愛かった。しかも着ているバスローブから覗く鎖骨のラインがヤバくて、思わず心拍数が上がる。


「別に恥じらいが無い訳じゃ無いんだよ? でもそれ以上に、今はクロウと一緒に居たくって」


 ちょっ!? 何その恋人みたいなノリ! 俺達今日会ったばっかだよな!? 


「クロウは私と寝るの、嫌じゃ無いんだよね?」


 ヤバい。このままでは完全に同衾どうきんルートだ。ここは多少無理をしてでも引いて貰うしか無い。


「い、嫌じゃ無い。けど、俺も男だからさ。美人なシロさんを襲わない可能性は無いと言いますか」


 一歩ミスれば変態扱い待った無しのセリフ。だがシロなら大丈夫だと信じてる! ……会って初日の相手に何を信じてるんだろうな俺。

 だが効果はあった。シロの顔が頬だけでなく全面真っ赤に染まる。ヨッシ! これは行けるだろ!


「大丈夫……信じてるから」


 信頼が重ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい!!

 おぉい嘘だろっ!? 俺達今日初対面だぞ!? どこを信じたんだよ!! どこに信じられる要素があったんだよ!!


「クロウが嫌じゃ無いなら、一緒に寝よ?」

「…………………………ハイ」


 詰んだ。此処まで来たら断れん。

 恥ずかしそうに、しかし嬉しげに微笑むシロを見て、俺は思う。

 保ってくれよ、俺の理性。そしてさっさと落ちてくれよ、俺の意識。

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