第2話〜クロウとシロ〜

「こちらが御部屋になります」


 従業員に連れられて都合何十段もの階段を上り、五階分くらい上がった先で漸く部屋に辿り着いた。

 この世界にエレベーターやエスカレーターなんていう文明の力は無いようで、無駄に長い階段を延々と上らされた。こんなに階段上ったのは久し振り……いや、城で召喚されり追い出されたりした時にも散々上り下りしたから別に久しくも無いのか。

 そんな事は兎も角、案内されて入った部屋はとんでも無く豪華だった。フロントよりもフカフカなカーペット、白を基調に上品に取り揃えられた家具、天井にはフロントにあった物よりも豪華なシャンデリアが吊り下げられ、極め付けは天蓋付きのでっかいベッド。あれがキングサイズという奴なのだろうか。

 ……これ、本当に俺が泊まって良いの? 大丈夫? 後で何か請求されない?


「御用の際は、なんなりとお申し付け下さい」

「分かった。ありがと」


 従業員はペコリと会釈して部屋を出て行った。


「さてと、それじゃあ私はちょっとだけ用事を済ませて来るから、部屋で寛いでてよ」

「あ、うん。ありがとな」


 そう言うと、彼女はニコッと笑って部屋を出て行った。

 ……さて、部屋に一人取り残された訳だけど……なんか落ち着かない。部屋が豪華過ぎて下手に汚してしまったらと思うと……あっ、既に土足でカーペット上がってたや。手遅れだった。

 とはいえベッドに腰掛ける勇気はまだ無いから、取り敢えず近くのソファに腰掛け……うわっ、これもフカフカだ。インテリア用品のお店で触った高級な奴に近い。


「フゥ……」


 なんというか、此処まで怒涛の勢いだったな。いきなり異世界に拉致られて、そのまま放逐されて、広場でボーッとしていたら知らない女の子にホテルに連れ込まれた。……最後だけ字面がおかしい気がするけど、事実なんだよなぁこれ。

 それにしても良い座り心地だ。背中をもたれているとちょっと、疲れてたんかなぁ……眠くなって………




 ふと意識が覚醒して目を開けると、先程の少女が俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、起きた。思ってたより疲れてたんだね」


 そう言って俺の頭を撫でる。まるで頭全体を包み込まれるような温かさが……ていうか後頭部も柔らかい温もりががががが。


「……なんで膝枕?」

「寝苦しそうだったから。嫌だった?」

「いいえ……全然」

「そっか。良かった」


 そう言いながら嬉しそうに笑って、慈しむように頭を撫でる。見た目は明らかに年上には見えないのに、その姿からは心を安心させるような、そんな何かを感じる。

 なんだかこのまま微睡んで行きそうで、優しげな表情に溺れてしまいそうな気がして……


 コンコンコン───


「御食事の用意が整いました」

「ッ!?」

「入って良いよ」


 あっぶねぇ! 今変な感じになってた! 初対面の女の子にバブみを感じてオギャるとか事案だろ! しっかりしろ俺!

 体を起こして必死に頬を叩いて正気に戻る俺をよそに、テーブルには夕食の料理が並べられて行く。地球に居た頃でも滅多に見ない豪勢な料理が目白押しだ。


「すっげぇ」

「さ、食べよっか」

「あぁうん。いただきます」

「うん? なにそれ?」

「え? 何が?」

「そのイタダキマスっていうの」

「あぁ〜」


 そういえば『いただきます』は日本特有のものなんだっけか。言葉は通じるけど、此処も異世界なんだよな。


「これは俺の故郷に伝わる食事の挨拶なんだよ」

「挨拶? お祈りじゃ無くて?」

「そう。食事を用意してくれた人、料理を作ってくれた人、食材そのもの、それらに感謝の意を表して言葉にするんだよ」


 詳しい事は知らないけど、確かそんな感じだった筈。自身無いけど。


「食事を用意してくれた人……それって私にも感謝してるって事?」

「まあ、そうなるな」


 この子が居なきゃこの状況にはならなかっただろうしな。実際感謝してる。

 そう伝えると、彼女は目をキラキラを輝かせて「えへへ!」と嬉しそうに笑った。

 その感情がこっちにも伝わって来るようで、なんだか見ていてこっちも温かい気持ちになる。


「……んで、食べても良い?」


 喜んでる所申し訳無いんだけど、気持ちで腹は膨れないんだよ。すまんね。


「あ、うん! 食べて食べて!」


 本人の許可を貰ったので、早速料理に手を付ける。見た感じフルコース的なメニューだけど、別に公の場でも無いのでマナーガン無視でメインの鶏肉っぽい料理から食べる。


「……うん、美味い」


 牛や豚と比べて油が少なく淡泊なイメージだが、どっしりした味と豊かな風味が堪らない。主食のバゲットも硬過ぎず料理と合わせると良い感じだ。

 他にも多種多様な野菜の盛られたサラダ、ミネストローネのような酸味の効いた赤いスープ、オリーブオイルの掛かった白身魚のマリネ、蜂蜜の香るパンケーキ。

 正直世界観が中世ヨーロッパ的な感じだから文明的にどうなんだと心配していたけど、流石は最高級ホテル。調理技術は確かだ。

 そんな風に次々と料理を食べ進める俺を、少女はニコニコと見つめていた。


「食べないのか?」

「え? あぁうん。君が美味しそうに食べるから、つい夢中になっちゃったよ」


 フム……君、か。


「そう言えば、まだ自己紹介して無かったな」


 此処まで色々と世話になったのに、いつまでも君呼びさせるのもアレだしな。


「俺は暁月あかつき 黒烏くろう。今回は助けてくれてありがとうな」

「あ……」


 どうしたのか一瞬ポカンとしたシロだったが、次の瞬間にはパッと笑顔に変わる。


「うん。うん! 私はシロ! 宜しくね!」

「あぁ、宜しく」


 テーブルに身を乗り出して、互いに握手する。ちょっと行儀悪いかもしれないけど、替わりに気分は割と良い。

 それにしても、クロウとシロって。黒と白みたいじゃん。変な巡り合わせもあったもんだな。

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