第23話 風探偵

 雷武は裁判にかけられたが、被害者三人が極悪人であり、その犠牲者遺族から助命の嘆願書が出された事で、死刑は免れ無期懲役となった。だが、事件が忘れ去られて半年が経った風の里に、その雷武が姿を現した。


「雷武? まさか脱獄して来たのか!?」

 神一は驚き、雷武の顔をまじまじと見つめた。

「人聞きの悪い事を言うなよ。実はね、これはオフレコなんだが、その力を世界の為に使えと釈放されたんだ。表向きには病死という事になっている。但し、赴任地はニューヨークなんだ。今日は、お別れを言いに来た」

「そうなのか。でも、よかったじゃないか。僕たちの力は世の為に使ってこそ生きると思う。あっちへ行ったら、いい人を見つけて身を固めると良い。家族はいいぞ」

「ああ、そうするよ。真王さんは居ないのか?」

「うん、もうすぐ生まれるんで、大阪の母さんの所に居るんだ」

「そうか、もうすぐ父親だな。おめでとう。また会う事もあるだろう、彼女によろしく言ってくれ。幸せにな」

 雷武は、晴れやかな笑顔を見せて旅立っていった。


 次の日の朝方、神一のスマホに、真王が元気な女の赤ちゃんを産んだと知らせがあって、神一は取る物も取りあえず大阪へと向かった。

 部屋に入ると、元気そうな真王の笑顔が飛び込んで来た。  

「真王、お疲れ様。よく頑張ったね」

 神一が、ベッドの脇に立って真王の唇に優しいキスをした。

「ありがとう、神ちゃん。元気な女の子よ」

 隣のベッドには、赤ちゃんが小さな手足を動かしていた。

「あはっ、可愛いね。小さい時の真王に似ているよ」

「そうかしら、お母さんの話だと、美人になるそうよ」 

「そうか、美人か、真王の子だもんな。だったら、美王(みお)はどうかな?」

「えっ」

「この子の名前だよ」

「美王、いい名だわ。よかったわね、美王、いい名前を付けてもらって」

 二人が、赤ちゃんの顔をしげしげと見つめて、その子の未来を思い描いている所へ、神一の母が顔を見せた。

「母さんありがとう」

「私にとっても初孫よ、お世話するのが楽しいわ。真王ちゃん、あの事は言ったの?」

「あの事って?」

 神一が、何事かと真王の顔を見た。

「この子の手に触れてみて」

 神一は言われるままに、小指で、赤ちゃんの手に触った。

「僕がパパだよ、宜しくね」

 赤ちゃんの手が神一の小指を握ると、神一の身体にピリピリと電流が走った。

「参ったな。帯電体質か?」

「それだけじゃないのよ。お腹にいる時に気付いたんだけど、この子、電気を自分でコントロールしているみたいなの」

「まさか? ……真王の血を継いだんだな。しかも進化している。

 ……この世界が、まだ、この子の力を必要としているという事なんだろうか?」

 神一は、我が子を見つめながら、その行く末を思うと不憫さが込み上げて来て、思わずポロリと涙を落した。

「馬鹿ね、何を泣いてんの。時代が必要としているなら、それだけの人間に育てるだけよ。そして、この子が一人の人間として幸せな家庭をつくり、大輪の花を咲かせる人生を送れるようにするのが私達の務めだわ」

 真王が、きりっとして言い切った。

「そうだ、その通りだね。ママには敵わないな、なあ、美王」

 神一が、小指で美王の手に触ると、彼女がニコッと笑ったような気がした。

「じゃあ、仕事に戻るよ。出張で暫く留守にするけど、何かあったら電話して」

 神一が病院を出ると、夏の日差しが降り注いでいて、一気に汗が噴き出して来た。彼は大阪空港から、新しい事件調査の為、八丈島へと向かった。


 八丈島の空港に着いた神一は、小さな旅館に宿を取ってから警察署に顔を出した。そこでは、五十代で恰幅の良い、警視庁の岡田警部が待っていた。

「神一君、遠い所までご苦労様です。警視庁の岡田と申します。早速ですが事件のあらましを説明させてください」

「お願いします」

 岡田警部は、事件の内容がびっしりと書かれた、ホワイトボードを見ながら話し始めた。

「事件が起きたのは一月前の事で、被害者は、この島で建設会社を経営している田中と言う人物です。海岸に打ち上げられていたのを、観光客が発見しました。遺体は死後数週間ほど経っており、かなり腐乱していましたが、解剖の結果、心臓が握りつぶされたように破裂していたんです。胸にそのような外傷もない事から、能力者の仕業ではないかと疑われますので、貴方に来て頂いた次第です」 

「なるほど、心で物体を動かす念動力ですね」

「そんな物が本当に存在するのでしょうか? 私には信じられませんが」

「あるでしょう。現に、私達も心で風を動かしています」

 神一が、部屋の中で風を起こして見せると、書類が舞い上がり、ホワイトボードが倒れそうになった。神一は、それを、風御で浮かせて元の位置に戻した。

「わ、分かりました。それくらいにしてください!」

 岡田警部が、乱れた髪を抑えながら叫ぶと、風はピタリと止んだ。岡田警部は吹き出した汗をハンカチで拭いながら、飛び散った資料を神一と拾い集めた。

「それで、容疑者や不審者とかは捜査線上に浮かんでいないんですか?」

「居ません。犠牲者が行方不明になった当日の行動を追いましたが、夕方、会社を出るまでは確認出来たのですが、それ以降は消息が掴めません。それで、超能力者と仮定して、神一君なら見ればわかりますか?」

「風の使い手なら分かるんですが、……何とも言えません。ただ、風の技をかければ何らかの反応を示すはずです」

「なるほど。でも犯人を絞り込まないと、八千人の島民全員に仕掛けるわけにはいかないですからね。それに、犯人が観光客という可能性もあります。その場合、犯人捜しは不可能に近くなります」

「その可能性もありますが、ともかく、この島の交友関係から、もう一度洗ってみましょう。今までの交友関係の捜査資料を見せて下さい」

 神一は、顔写真が付いた、田中社長の友人名簿を警部から受け取り、パラパラと捲り目を通し始めた。そして、その中から数枚の資料を選び出した。

「この人達は?」

 岡田警部が、机に置かれた数枚の資料を不審げに覗いた。

「いや、特にこれと言った理由はありません。あくまでも私の勘で選んだだけです」

「勘ですか?……」


 神一は、岡田警部を伴って、被害者の経営する建設会社の社員や、幼馴染の男性に会って話したが、特に怪しいところは無かった。

 次に彼らが向かったのは、精神科医のジャック.トーマスの病院だった。彼は、イギリス人で、数年前からこの島に住みついた精神科の開業医だと岡田警部は説明した。

「警察の方が、どういったご用件でしょうか?」

 長身で顎ひげを蓄えた彼は、二人を応接室へ通すと、全てを見通すような青い鋭い目で彼らを見ながら、流暢な日本語で話した。

「建設会社の田中社長が殺害された件で調べています。田中社長は、よくこの病院に来ていたそうですね」

 岡田警部が本題を切り出した。

「殺された? 田中さんは事故死だと聞きましたが」

「いえ、私達は他殺の線で捜査しています」

「そうですか。私の所は内科もやっていますので、田中さんは高血圧の治療で通っていました」

「最近、田中さんに変わった様子はありませんでしたか?」

「特に、無かったと思います」

「では、こちらの方はどうでしょう」

 警部が、神一が選んだ最後の写真、旅館の女将の伊藤真理の写真を見せた。

「ああ、伊藤真理さんですね。彼女も当院の患者です。少し精神を病んでいますのでカウンセリングに通っています」

 いくつか質問をする警部の横で神一は、心を研ぎ澄ましてトーマスの表情を観察していた。時に、神一とトーマスの目が合って、火花を散らした。

「また、何かありましたら連絡をお願いします」

 岡田警部は、名刺を渡すと神一と病院を出たが、車へは戻らず、暫し海岸線を歩いた。涼やかな潮風が時折吹いたが、日差しは肌を焦がした。

「神一さん、トーマス医師の印象はどうでしたか?」 

「心をコントロールしているようでしたが、彼女の写真を見た時に動揺が見られました。直接事件に関係があるかは分かりませんが、調べてみる価値はあると思います」

「これから、どう揺さぶりをかけるかですね……」

 岡田警部は吹き出す汗を拭きながら考え込んでしまった。

「彼の心に聞いてみます」

「えっ? そんなことが出来るんですか?」

「出来ます。但し分かったからと言って、証拠にはなりませんけどね」

 その夜、トーマスの病院の近くに止めた車の中に、神一と、警部は居た。

「今から、心の中に入りますので、仮死状態になりますが、心配はいりません。何か不測の事態が起きれば、この身体を護ってください」

 神一は、そう言い残して、心の中へ深く潜っていった。

 

 次の朝、神一の部屋に朝食が運ばれて来た。運んできたのは女将の伊藤真理、その人だった。彼女は、神一が泊まっていた旅館の女将だったのだ。三十代の色白の美人で、言い寄る男も多いと岡田警部が言っていた。

 食事が終わって、片付けをしている女将に、神一が不躾に話しを切り出した。

「昨日トーマス医師に聞いたんですが、貴女は超能力を使うそうですね?」

 その瞬間、彼女の手が止まり、顔がこわばって神一をキッと睨んだ。

「全てわかっています。貴女がトーマス医師により、その能力を開花させたこと。田中社長が貴女を手籠めにしようとして、貴女に殺されたこと。その遺体をトーマスと共に海に捨てたことも」

 神一が、昨夜トーマスの心に入って知り得た真実を女将にぶつけると、彼女は、荒い息遣いになって、神一から顔を背けた。

「今からでも遅くありません、自首してください。罪を償わないと、その罪悪感を生涯、背負ってゆくことになりますよ」

「……」

 女将は目を伏せて、無言で部屋を出て行った。

 その夜、神一のもとに、女将から、近くの海岸に来てほしいと電話が入った。


 神一が、月明かりを頼りに、冷たい缶コーヒーを飲みながら、民家から遠く離れた海岸に着くと、そこには、トーマスと日本髪を下して、洋服姿になった女将が寄り添って立っていた。

「こんな寂しい場所で、話とは何です?」

 神一は、油断なく身構えながら二人に近づいた。

「今、私達は捕まるわけにはいかないのです。私達を見逃してください!」

 トーマスは、必死の形相で神一に懇願した。

「それは出来ません。あなた方は愛し合っているんですね。それなら猶更罪を償うべきです。逃げたとしても幸せにはなれませんよ!」

 神一がきっぱり言うと、女将の伊藤真理は顔を覆って泣き崩れた。その肩を抱きながら、トーマスの顔がみるみるうちに怒りに満ちていった。


「ならば、死んでいただく!!」


 トーマスが神一を殺すべく心に念じると、海岸の砂が音をたてて盛り上がり、神一に襲い掛かった。砂の山が高速で神一にぶつけられるのを、彼は瞬時に風の盾で防いだ。

 海を背にしていた神一が、印を結んで竜巻で応戦しようとした瞬間、彼の背後から、海水が津波のように押し寄せて飲み込んだ。

「何! 同時に二つの物を動かせるのか!?」

 不意を突かれた神一だったが、海水に巻かれながらも風を起こし竜巻を作っていた。生き物のように神一を飲み込んで離さない海水の傍で、風の渦はその力を増して小さな竜巻となると、砂を巻き上げ、彼を飲み込んでいた海水までも吸収し、巨大化していった。

 神一は、全力の風破を打って海水を吹き飛ばすと、空中に飛び上がり竜巻を操ってトーマスを襲わせた。

 トーマスは、海の津波と砂の津波を操って、神一の竜巻を挟み撃ちにして我が身を護った。

 だが、竜巻の勢いが勝って、二つの津波を巻き込み吹き飛ばすと、神一が翳した右手から、風破が放たれた。

「ウッ」トーマスは、風破をまともに受けると、苦悶の表情でその場に倒れ込んだ。


「ジャック!! アーーーーーー!!」


 突然、女将が、泣き声の様な、叫びのような金切り声を発したと思うと、彼女の後方にあった岩や石を浮かび上がらせ、空から下りて来た神一目掛けて雨のように降らした。

 彼女の長い髪は逆立ち、その美しい顔は鬼の形相となって、神一を睨みつけていた。凄まじいパワーは、トーマスの比ではなかった。

 神一は咄嗟に風破を数発撃って、巨大な岩石を砕いたが、無数の岩石群を防ぎきれずに、風に乗って後方へと後退した。これでは埒が明かないと考えた彼は、今度は風御で応戦した。岩と岩とが空中で激しくぶつかりあい砕け散って辺りは砂塵に覆われた。


「うおーーーッ!!!」彼女の怒りは更に増長し理性を突き破って暴走を始めた。砂が、水が、岩がそこにある全ての物が、彼女を中心にしてゴーゴーと巨大な渦を巻きだした。時折放つ神一の風破が彼女にヒットしたが、怒り猛る彼女に痛みは感じなかった。神一は、彼女のパワーに押され気味になりながら、殺す訳にもいかず、どうしたものかと思いを巡らしていた。

 その時、彼女の眼が神一の眼を捉えると、一気に力を神一に放った。「ウウッ」神一は、身体の中が張り裂けそうな感覚に襲われてガクンと膝を折った。彼女は田中社長を殺した時のように、神一の心臓を握りつぶそうとしているのだ。

 神一は、苦しみながらも雷雲を呼んで、空中に舞い上がると雷撃の体制に入った。ゴロゴロとなっていた雷がパーンと弾けた瞬間、神一がポケットに入れてあった空き缶を彼女に向かって投げつけた。その途端、空き缶に雷が落ちて、そこから別れた電撃が彼女を直撃した。

「ギャーッ」

 悲鳴が上がり、彼女は数メートルも弾かれて動かなくなった。

 海水が、砂が、岩石群が、一気に力を失って、ドドーンと落下し戦いは終わった。

 神一は、救急車と岡田警部を呼んで、彼らを病院へと運んだ。


「二人共、一命はとりとめたようです」

 岡田警部が、待合室で座っている神一の横に来て、安堵の色を浮かべた。

「そうですか。能力者とはいえ、身体は普通の人間ですから、少し心配していたんです。よかった」

 神一は、今朝からのいきさつを、岡田警部に説明した。

「なるほど、現場の砂浜がひどい事になっていたので、何があったのかと思いました」

「怪我が完治すれば彼女も収監されるんでしょうが、その気になれば一メートルのコンクリートの壁も壊してしまう力がありますから、よく話しておく方がいいと思います」

「そんなに凄いんですか!? 我々の手には負えませんね。……もう少し滞在して、力を貸してもらうわけにはいきませんか?」

「いいですよ。彼らが話せるようになるまで、観光でもしてきます」

「是非、そうしてください」

 困り顔の岡田警部に笑みが戻った。


 それから、二週間、神一は、周囲の島々をめぐって、釣りやら、海水浴、山登り等を楽しんだ。彼にとっては最高のバカンスになったが、真王や美王がいない事を思うと、時に虚しくもなった。

 八丈島へ戻った神一は、そのまま病院へと向かった。彼が病室に入ると、そこには、トーマスと女将の伊藤真理がベッドを並べて寝ていた。

「調子はどうですか? 怪我をさせてすみません」

 優しく声を掛ける神一を見て、二人はベッドの上で起き上がった。

「ああ、そのままでいいですよ、楽にしてください。今日は世間話をしに来たのです」

「ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 トーマスと女将が深く頭を下げた。

「私の事はいいんです。あの戦いは無かった事にしてありますので、お二人は田中社長の殺人の罪で裁かれます。過剰防衛の感もありますが、そう長くはならないと思います。問題は、その後の事です。世間はあなた方の能力の事を知りませんから、密やかに暮らす事も出来ますが、いつ何が起きるか分からないのが人生です。また発作的に能力を使う事があるかも知れません。その根を取っておきたいのです」

「どうすればいいのですか?」

 トーマスと女将が身を乗り出して神一の答えを待った。

「一つは、私達と同じ能力者として、世の為に働く事です。しかし、これは茨の道と考えて下さい、二人で戦えますが命の保証はありません。もう一つは、何があっても能力を使わないように、精神面の訓練を受けてもらいます。きつい訓練となるでしょうが、それに合格できれば、普通の生活に戻れます。但し、万一の為に常に監視はされますが、全てのプライベイトが無くなるわけではありませんから安心して下さい」

「真理、どうする。僕は君に従うよ」

 トーマスが、女将の伊藤真理に選択を促した。

「あんな事をしておいて何ですが、戦いは私達には向いていません。許されるなら、精神力で抑える訓練を受けて、二人静かに暮らしたいです」

 真理はそう言ってトーマスを振り返ると彼はニコッと笑って頷いた。

「分かりました、その線で、政府と相談します。訓練は収監中も行われますから、順調にいけば数年で出られるかもしれません。では、私はこれで失礼します。お元気で」

 神一は、病院を出ると岡田警部にお礼を言って機中の人となった。


 それから、一年の月日が経った。神一の両親や、以前、里に住んでいた人達も風の里に帰って来て、里は十数軒の村落を形成していた。神一の両親は探偵社の本部を里において、大阪と和歌山市内の出張所を窓口としてテレビ電話などで仕事を熟していた。火王家と、土鬼家も里に住むことになり、家を新築中である。風花、風太郎、も越してきて、喫茶、ウインドも開業まじかである。風間警部や、おかまの風子は大阪に残っている。


 山道を歩いて学校へ通った道は車が通れる道路に改修されて、街との行き来も楽になっていた。

 神一達、風の使い手は、相変わらず日本中の難事件の解決に当たっていたが、たまに海外の仕事も飛び込んでくることがあった。アメリカの雷武とも連絡を取り合う事が多くなって、テレビ越しではあるが、彼の元気な顔を見ることができた。


 神一の家は、一階が特務のセンターとなっており二階は彼らの居住区になっている。

「あなた、買い物に行ってくるから、美王をお願い」

「ああ、気をつけてね」

 真王は免許を持たないので、いつも街までは風に乗っていく。運転手付きの車が一台

あるのだが、あまり使おうとしなくて、買い物籠代わりのリュックを背負って、空へと舞い上がって行くのが常だった。

 神一は、美王を抱きあげると、センターに顔を出してオペレーターから報告を受けたり、資料に目を通したりしている。美王も一歳になり、一人歩きが出来るようになっていた。美王は、神一の周りでウロウロしているが、何か用事があると腕を引っ張りに来る。彼が仕事に熱中していて構ってやらないと可愛い電撃が飛んでくる。

「イテッ、こらっ、美王そんな事をしちゃだめだろう!」

 神一が叱っても、あまり泣かない。いつ頃から訓練を始めようかと、そんなことが神一の頭をよぎるようになっていた。


 今日は、喫茶ウインドの落成を祝って里の皆が集まる日で、大阪の風間警部や風子も駆けつけて来た。

 風花と風太郎は数年前に一緒になって、商売に精を出していたが、神一達や、両親の仕事に携わる、二十人を超す職員の食事を賄う事になって、里に移ってきたわけである。

 一階は喫茶、二階が食堂になっていて、ウエイターも数人雇っている。

「風花さん、風太郎さん、開店おめでとうございます」

 昼前になると、次々とお祝いの言葉を述べながら皆が集まって来た。

 全員が集まると、長老の源爺が挨拶に立った。

「風花さん、風太郎君、開店おめでとう。風の里が、こんな形で復興するなんて夢にも思わなんだ。最後まで里を護って来た私にとっては、感慨深いものがあります。皆もよく帰って来てくれた。本当にありがとう。さて、神一と真王を中心として、風の技の使い手が世界の為に働いてくれている事は、長老としても、ありがたい事だと思っています。今までは、強力すぎる風の技を真王の代で終わりにしたいと考えて、全ての秘伝書を焼却して来ましたが、世の乱れは、まだまだ、私達を必要としていると感じる日々です。そこで、宗家の後見人として、後継者の育成をする方向に、考え方を変えたいと思うがどうじゃろう?」

 一同から、「源爺と、真王さん、神一さんに一任します!」と賛同の意見があがった。

「ありがとう、今後は真王と神一を中心に風の里を盛り立てて行ってもらいたい。喫茶ウインドの開店本当におめでとう。皆さん、せいぜいお金を使っていってください」

 爆笑の内に歓談に入り、皆、懐かしい面々と至福のひと時を過ごした。話の中で、火王の嫁さやかと、土鬼の嫁風音が懐妊したことが発表されて、歓声が上がった。

「ベビーラッシュだな。これで、風の里も、安泰じゃ。いや、めでたい、めでたい」

 源爺の嬉しそうな笑い声が部屋に響いた。


 楽しい宴会も終わって、神一が、お眠になった美王を抱いて真王と共に外へ出ると、日はとっぷりと暮れていた。あちこちに点在する家々の明かりが点いて、何とも言えぬ風情を醸し出していた。

「美王もつかれたみたいね。でも、今日は楽しかったわ。風の里にこんな日が来るなんて夢のようだわ」

「うん、僕たちが命懸けで戦い続けた結果だよ。美王の世代の為にも、これからも頑張らないとな」

「そうね」

 真王が嬉しそうに神一と美王に寄り添った。空には、大月天が風の里の新たな船出を祝福するかのように、煌々と輝いていた。


                              - END -

      ご愛読ありがとうございました。                

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風探偵 安田 けいじ @yasudk2

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