第22話 雷神対雷神

 その後も事件の手掛かりは無く、数日が経った真夜中の事である。俄かに雷の音が天に轟いて、神一達はホテルの外へと飛び出した。

 彼らは、風に乗って海岸沿いに不審な人物がいないか捜索を開始した。そして、雷雲の真下に来た辺りで、空中に浮かぶ一人の不審な男に遭遇した。

「天真! 天真じゃないのか?」

 神一が思わず声を掛けたのは、稲妻に照らされたその男の顔が、貴公子と言われた、高校生の頃の天真にそっくりだったからだ。男は、空中から下りてくると、つかつかと神一に近寄って来た。 

「私は水神雷武(みずがみらいむ)、天真の弟だ!」

「何と! ……そうだったのか。それで納得がいった。君が雷雲を起こしているんだな。何故、人を殺す!」

「悪い奴を殺して何故いけないんだ。お前達も兄や父を殺したじゃないか。何が違うというのだ?」

「あの時は、やらなければ多くの人間が殺され不幸になっていた。今のお前とは根本的に状況が違う。悪人だからと言って簡単に殺していい筈もない。

 今迄何処に居たんだ? 天真との闘いの時、何故、水神一族と行動を共にしなかったんだ?」

「私には野望など無い、考え方が違いすぎて父や兄達とは袂を分かち海外に居たんだ。兄の死んだ事を聞かされても、自業自得だと思っていた。それが、一月前の事にテレビで兄と闘う宗家の力を見て私の中で何かが弾けた。宗家と戦ってみたくなって帰国したんだ。それで、お前達をおびき寄せる為に事件を起こしたと言う訳だ」

「雷の技は、誰から教わったんだ?」

「父だよ。小さい時から徹底して叩きこまれた。おかげでその奥義を極めることが出来た。宗家との戦いを楽しみにして来たんだ。私と戦ってくれるよね、可愛い宗家さん」

 雷武は、神一から真王に視線を移して微笑みかけた。

「お相手しましょう」

 真王が顔を厳しくして答えた。

「雷武、実は宗家は妊娠している。戦いは僕の身体でやるがいいか?」

「? お前たちは夫婦なのか? 心を入れ替えようというんだな。好きにしろ」

 雷武はそう言うと、印を結び夜空へと上がっていった。真王は、ふーっと大きく息を吐くと、神一の中に入り雷武の後を追って空へと消えた。土鬼と火王は真王の身体を護って後方に下がって天空を見上げた。


 耳を劈く雷鳴が轟き渡り、真王と雷武の戦いが始まった。真王は最初から二匹の電光龍を出現させて一気に勝負に出た。天空で対峙した雷武も真王と同じ様に瞑目し、印を結んで“百龍雷破”を打ってきた。百龍の間断なき雷撃を、双竜はその大きな身体で防御しながら雷撃破を吐いて応戦した。百龍と双竜の激しい戦いは、夜の海岸を真昼のように明るく照らしながら互角の戦いを展開していた。

 だが、時間と共に、真王の操る双竜の動きが鈍くなってきた。

 反対に、雷武の百龍の攻撃は更に激しさを増し、双竜の防御を突破して一つ二つと神一の身体に命中しだしたのである。

 真王と神一は、電気エネルギーを凝縮した電磁バリアーを張って身体を護っていたが、力の持続が困難になって来ていた。

「真王! これでは持たないぞ!」

「雷武の力がこれほどのものとは思わなかったわ。私は自分の身体に戻るから、あなたは電磁バリアーを張り続けて海中に逃げて! 力を抜いたら真っ黒こげになるわよ!」

 真王が叫んで、神一が何か言おうとした、その瞬間、彼女の気配は消えて、双竜が雲散霧消すると、無数の雷撃が神一に炸裂し、凄まじい衝撃が彼を襲った。

「ウウッ」彼は、雷撃を懸命に電磁バリアーで防御しながら、落ちるように海中へ飛び込むと、そのまま海中を沖へと逃げていった。雷撃は、容赦なく海面に降り注いだが、海中深く潜った神一には大したダメージは無かった。


 彼が、数百メートル沖で顔を出すと、海岸の方では、無数の龍のような雷がまだ、海面に降り注いで辺りを明るく照らし出していた。

「何て奴だ! 双竜雷破も効かんとは……」

 その時、雷撃が止んで、暗くなった海岸の方から、青い光が空に上がって行くのが見えた。

「真王! 何をする気だ。子供に何かあったらどうするんだ! くそっ!」

 神一の叫びは真王には届かなかった。彼は、慌てて風を起こすと、再び、雷武のいる空へと舞い上がった。そこでは、既に真王と雷武が睨み合っていた。

「今度は自分の身体で来たのか? あの程度では僕は倒せないよ。もう少し期待していたんだがなあ。そんな身体では何も出来ないだろ」

「さあ、それはどうかしら。但し、こちらは二人で行くわ。あの人に攻撃はさせないから、その位のハンデはいいでしょ?」

 真王が話しているところへ神一がやって来た。

「真王、やめろ! 俺たちに勝ち目はない。子供を死なす気か!」

「神ちゃん、電磁バリアーで、この子を守ってほしいの。攻撃に専念させてくれたら勝って見せるから、お願い!」

 真王の真剣な目に見つめられて、どうしたものかと神一が考えあぐねていると、

「神一、君に宗家が護れるのか? この戦いに勝ったら真王さんを貰うが、いいんだな! それとも、私に土下座をして命乞いをするか!?」

 雷武が、神一を煽って決断を迫った。

「言いたい事を言ってくれる。真王、信じていいんだな? 分かった。徹底してお前と子供を護ってやる!」


 眼下には、少し離れた所に、十台ほどのパトカーが赤色灯を点滅させて、様子を伺っていて、その手前に、火王と土鬼が息を呑んで天空を睨んでいた。

 神一は、真王と、我が子の盾になるように、雷武に背を向け、真王と向かい合って、手を伸ばせば届く距離まで近付くと、雷雲を活性化させて電気を電磁バリアーに変換して二人の身体を包んだ。それと同時に、雷武の“百龍雷破”が炸裂して、凄まじい閃光と、無数の雷撃が二人を襲った。

 神一は、その雷撃を電磁バリアーで懸命に防いでいたが、次々と炸裂する雷撃は、更に激しさを増して、神一の電磁バリアーを凌駕し始めた。

 「くそっ!」神一は、“百龍雷破”の壮絶なパワーに、電磁バリアーが破られそうになるのを必死に堪えた。


 それから、どれくらいの時間が経ったか、間断なく続く雷武の攻撃を、辛うじて持ち堪えていた神一だったが、すでに、その身体は限界を超えていた。

 そして、気が遠くなり、爆発音さえも彼の耳には入らなくなって、無音の中で、無数に炸裂する雷撃の光だけが神一の眼に映っていた。

 その時、


「お父さん!」


 聞きなれぬ声が神一の脳に響いて、彼は、ハッと我に返った。

 目の前に、懸命に精神を集中している我妻、真王の姿があった。何故か、彼の眼に涙が溢れ、真王のお腹に、そっと触れた。

 その刹那、限界を破った彼の心は、地球を飛び出し、月を、太陽系を、銀河をも越えて宇宙大に広がったと思うと、彼の身体にスペースエナジーの黄金の闘気が噴出してきた。すると、電磁バリアーがパワーアップして一気に雷武の雷撃を跳ね返した。

 そして、それに呼応するように、微動だにせずに、精神を集中して瞑目していた彼女が、カッと目を見開くと、その身体から、黄金の闘気が溢れだして、今までに見た事も無い、オレンジ色の電光龍を出現させた。

 その龍は、雷武が放つ“百龍雷破”のエネルギーを吸収して、自身の力へと変換して徐々に大きくなっていった。

「何!!」

 雷武が驚きの顔を見せて、止めの最高パワーの“百龍雷破”を電光龍目掛けて放った。「行けーッ」

 爆音と共に凄まじい勢いの無数の雷撃が電光龍に炸裂し、大爆発を起こして辺りは真っ白に輝いた。

「やったか!?」

 閃光が収まり雷武が見たものは、雷撃を更に吸収して巨大化した、黄金に輝く電光龍の姿だった。

 電光龍は、ギラっと、その目を光らせると、巨大な口を開けて、逃げようとした雷武目掛けて、爆雷破(貯めた電気エネルギーを一気に放出する、最強の破壊光線)を吐き出した。

 青い凄まじい光線は、雷武を弾き飛ばすと、雷雲を突き抜けて宇宙空間にまでも達した。

 “百龍雷破”は消えて、巨大な電光龍も徐々にその姿を消していった。

 空を覆っていた雷雲は去って、夜の海岸に静寂が戻った。


 神一は、電磁バリアーを解いて、落下してゆく雷武をキャッチすると、静かに砂浜に着地した。

「あなた、ありがとう。お腹の子供も大丈夫よ」

「そうか、よかった。それにしても、あの技は何なんだ? 相手の力を吸収して倍返しするなんて……」

「相手の力を利用して倒す、究極奥義「太極電龍」よ。相手の力を利用すればこちらの力を使わずに済むから、省エネになって疲れないの」

「ふーん、だったら最初からあれを出せば勝てたんじゃないの?」

「防御をしながら、「太極電龍」を使う事は無理なの。それだけ、集中力がいる技なのね。さっきのように二身一体で臨まなければ出来ない技よ」

 二人が話している内に、雷武が「うーん」と目を覚ました。

「……何故、助けた?」

「結果的に、あなたのお父さんもお兄さんも私が手に賭けてしまった。もう沢山よ。あなたは、闇の力に飲まれていない。世の為に生き直す事も出来るはずだわ」

 真王は、爆雷破を打つ瞬間、狙いをわざと外していたのだ。

「……ともかく完敗だ。後は好きにしてくれ」

 雷武は、森田係長らに逮捕され連行されていった。


 東の空が白み始め、夜が明けて来た。雷撃で荒らされた砂浜を、土鬼が土の技で綺麗に元通り戻すと四人は、ホテルの方へ歩き出した。水平線に顔を出した太陽が、はしゃぎながら砂浜を歩く神一達の顔を赤く染めた。

 神一は、戦いの際に、窮地を救ってくれた「お父さん!」と言う声は、まだ姿も見せぬ、我が子だったのかも知れないと、一人納得していた。

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