第21話 百龍雷破

それから半年が経った。神一達、風の使い手の六人は、表向きは探偵事務所の社員だったが、日本政府からの要請で公安警察の特務課に所属して、各地から依頼があった難事件の解決に当たっていた。


 二か月前に、土鬼帝はホステスの風音を気に入って結婚していた。また火王勝も神一の友人の鳳さやかを見初めて、結婚式が終わったばかりである。それぞれ、大阪郊外に新居を建てて、親と共に住んでいる。二人共新婚ではあるが、仕事柄出張が多く、文句を言いながらも懸命に事件に挑んでいた。


 一方、神一達は風の里に住んでいたが、仕事が忙しくなると交通の便が悪いというので、政府に無理を言って、専用ヘリを買ってもらった。

 ヘリポートを建設し、整備、運転の職員が常時五名体制で勤務しており、人気のなかった風の里も少しだけ騒がしくなってきた。

 神一達の家も、増築されて最新設備を揃えたチームのセンターの機能を備えていた。そこでは、真王が数名のオペレーターと共に、入ってくる情報や、火王、土鬼からの連絡を受けて的確な指示を出していた。

「神ちゃん、帰ったばかりで悪いんだけど、千葉に行ってもらえないかしら?」 

「千葉だって。昨日、東京から帰ったばっかりだよ、堪忍してくれよ」

「そう、じゃあ私が行ってくるから、留守番お願いね」

「えっ、あかんあかん。今大事な時なのに千葉になんか行かせられないよ。分かった、行きます、行きゃあいいんでしょう!」

 神一が、口を尖らせると、真王がニコッと笑って自分のお腹を撫でた。彼女のお腹には待望の赤ちゃんが宿っていたのだ。

「どれどれ、赤ちゃんのご機嫌はどうかな?」

 神一が、彼女のお腹に耳をつけて赤ちゃんの動きを聞こうとした。

「まだ三か月だから聞こえるわけないでしょう」

「いやまて、何か言っている。ママはパパにもっと優しくしてねだって」

「あら、私には、ママのいう事を素直に聞きなさいって聞こえたわ」

 二人の漫才のようなやり取りに、周りのオペレーターが吹き出していた。 

 

 神一は、気を取り直して、千葉の事件の詳細に目を通し始めた。

 この事件は、千葉県の片田舎の海岸線に殺人犯が出没して、三人が犠牲者になるというものだった。千葉県警は、数百人の警察官を投入して捜索したが、犯人の手がかりは掴めなかった。ただ、三人の死因は、いずれも感電死だったのである。

「真王、お前の他に、雷撃を使う者がいる可能性はあるかな?」

「そうね、風の使い手なら、修行次第で使えると思うから、天真の残党の中に居てもおかしくは無いわね。もう一つは、機械を使ってる可能性もあるんじゃない?」

「機械? それなら普通の人間にでも出来るな。さっさと終わらせて来よう、明日一番に発つよ」

 次の日の早朝、神一はヘリで関空まで行って、関空から飛行機で羽田に向かい、そこから電車で千葉へと入った。千葉駅には県警、警備部の森田係長が出迎えに来ていた。

「特務課の神一さんですね、県警の森田です。早速ですが、現場を見てもらいましょう。車を待たせてあります」

 森田は先に立って車に案内すると、事件現場へと向かった。そこは、九十九里浜の海岸沿いを走る、道路から少し外れた草むらにあった。草が黒く焼け焦げて、落雷らしい痕跡が残っていた。

「ここが、第一現場です。第二、第三と同じ海岸線の数キロの間に事件が起きているのです。遺体は、真っ黒に焦げて判別に時間がかかりました」

「そうですか、三件の事件発生当時の天候は分かりますか?」

「それが、三件とも現場付近が雷雨だったと聞いています」

「単なる落雷事故ではないと決めたのは、どうしてですか?」

「三件とも、事件の夜は、ピンポイントで事件現場の上空にのみ雷雲が発生していたようです。それから、日本では雷は同じ所に落ちないと言いますが、犠牲者はすべて数十回の直撃を受けていました。このような現象が日本で起きるはずがないというのが専門家の意見です。

 もう一つ、その犠牲者が三人とも指名手配されていた殺人者だったんです。それも、全員、県外から来ているのです」

「……不思議な事件ですね。確かに誰かの意図があるような気もします」

「あ、そうそう、これがその時の写真です。たまたま、沖を通った船から撮ったものです」

 神一は、その写真を森田から受け取ると、驚きの声を上げた。

「こ、これは! 百龍雷破じゃないか!」

「ヒャクリュウ? 何ですそれは?」

「我々、風の使い手の雷の技の奥義です。無数の雷を間断なく落とすことが出来ます。無数の稲妻を百龍に見立てて、この名があります」

 神一の言うように、その写真には無数の雷光がナイアガラの滝のように降り注いでいた。

「やはりそうですか。それで、止められそうですか?」

「簡単にはいきません。ともかく雷の技の専門家と相談してみます」

 神一は、その場で写真をスマホで送って、真王に電話を入れた。

「真王か、大変な事になった。ともかく、送った写真を見てくれ」

「分かった。……これって、百龍雷破よね。私が、水神の父と戦った時に使った技よ。眼下にいる敵を無差別に攻撃する危険な技だわ。天真の残党の仕業のようね」

「うん、それはまだ何とも言えないけど、雷の奥義を操る敵となると、真王に来てもらわなければならなくなった。身重の君に戦いは無理だから、僕に雷撃を教えてほしいんだ」

「すぐに、そちらに向かうから。詳しい事はそれからにしましょう」

「頼む、くれぐれも無理をしないでよ」

「了解!」


 次の日の昼過ぎに、神一が待つ千葉県警の一室に、キャメルのコートに身を包んだ真王が姿を見せた。

「なんだ、お前たちも来てくれたのか」

 小さな真王の後ろに、火王と土鬼が守護神のように立っていた。

「ご懐妊の姫様を、一人で旅に出す訳にも行かんだろうよ」

「ありがとう勝、帝も悪いな。座ってくれ、事件の説明をするよ」

 神一は、真王たちを座らせると、事件のあらましを説明して例の写真を見せた。

「こいつは凄まじいな。真王ちゃんの雷撃より凄いんじゃないか?」

 土鬼帝が写真と真王の顔を交互に見ながら興奮気味に言った。

「そうね、これだけの雷撃を一度に落とそうと思ったら、とんでもないエネルギーが要るはずよ。間違いなく私と同等か、それ以上の使い手の仕業だと思うわ」

「しかし、真王以上の使い手がいるなんて信じ難いな。天真ほどの敵がもう一人居るという事だろう。水神軍団にそんな使い手がいたなら、今迄に出会っているはずじゃないか。そうだろう」

 神一は、天真が死んだ今、自分達以外にS 級の使い手がいる事に合点がいかなかった。

「確かに不思議な話だが、現実に居るんだから何とかしないとな。真王ちゃんが戦えないとなると、三人でやるしかないな」

 火王勝が、皆の顔を見まわした。

「今回の相手は強敵よ。私の雷撃に勝つ自信が無ければ、この敵には歯が立たないと思うけど」

 真王の意見に「それもそうだ」と一同は沈黙した。

「まさか、君が戦おうというんじゃないだろうな。子供に何かあればどうするんだ。そんな事は僕が承知しないよ」

 神一が、真王ならやりかねないと、釘を刺した。

「じゃあ、どうするつもり?」 

「……僕に雷撃を教えてくれ、それなら問題は無いだろう?」

「確かに、あなたは雷雲を起こすことは出来るから、雷撃をすぐマスターするでしょうけど、今回の敵はレベルが違いすぎるのよ。その程度じゃ勝てないわ」

「真王なら勝てるのかい?」

「何とかなると思う」

「だったら、僕の身体を使えないかな?」

「あなたの身体を? ……そうか、その手があったわね。私が神ちゃんの心の中に入り自分の身体のように動かすのね」

「そう、天真を倒した時のようにね。あれなら、二人の力を合わせる事も出来る。技を操るのは身体じゃなく、心だからね。ただ、長時間他人の中に入ることは出来ないんだ。勝負は急がないといけないけど」

「どうも話についていけませんな……」

 森田係長が要領を得ない表情で口を挟んだ。

「あ、すみません。今回の犯人は、かなりの強敵です。私と妻は戦うための訓練に二三日欲しいので、それまでの間は土鬼と火王の二人にパトロールをしてもらいます。それから、現場近くに宿を取りたいのですが」

「用意しています。今日の所はホテルでゆっくりしてもらいましょう。部下に送らせます」

 神一達は、海岸沿いにあるホテルへと向かって、その夜は早めに休んで明日に備えた。


 朝早くから、目が覚めた神一と真王は海岸に出て、ザーザーと寄せては返す、波打ち際の砂を踏んで歩いた。冷たい潮風が、二人のコートを揺らして山の方へと抜けていった。

「少し寒いけど、大丈夫?」

「コートを着てるから大丈夫よ。見て、砂浜があんなに遠くまで続いて、綺麗ね」

「ああ、こんな所で殺人事件があったなんて信じられないね」

「私達のこんな戦いもいつまで続くんでしょうね。私達に本当の幸せな人生は訪れるのかしら」

 真王は、子供が出来た事で、この子の為にも、平和で幸福な日々が早く来てほしいと思う気持ちが強くなっていた。だが、戦いに次ぐ戦いの日々が終わる気配は、まだ無かった。

「来るさ! 冬は必ず春となるだよ。この子の為にも、自分たちがその春を引き寄せるんだ!」

「そうね、その通りだわ」

 気弱になっていた真王の心に神一の言葉が沁み込んだ。

 二人は、何処までも続く砂浜と、水平線で分かれた青い空と海を楽しんでホテルへと戻った。


 数時間後、神一達はボートに乗って遠くに見える無人島へと向かった。そこで手頃な場所を見つけて真王を寝かせた。

「僕の心を見つけるのは難しいと思うから、僕が入り口で待っているよ、そこまで降りて来てくれればいい」

 と注意を言って、心の中へと潜水させた。神一も真王の横に仰向けになると、真王を迎えに心の中へと沈んでいった。

 暫くして、神一の身体に真王の思念が浮かび上がって来た。

「僕は、意識の下にいるから、真王は僕の身体を動かしてみてくれ」

 思念が入れ替わると、真王は神一の身体を使って雷撃の訓練に入った。雷雲が一瞬にして空を埋めると、神一の身体は空中へと舞い上がった。彼の身体は耐電スーツで護られていて、長い二本の剣を持っていた。彼女はその剣を使って雷撃を数発撃った。

「どんな塩梅だ?」

 意識の下から神一が語り掛けて来た。

「少し重いけど、これくらいなら許容範囲ね。次は、双竜雷破をやってみるから、あなたは左側の電光龍を動かしてみて」

「了解」

 神一の身体は、更に上空へと上がると、雷雲の活動を活発化させて、二匹の電光龍を具現化させた。

 二匹の電光龍は絡み合って、スパークを起こしながら目標物の大岩に近づき、クワッとその大きな口を開いて巨大な雷撃破を吐き出すと、目標となった十メートル程の大岩が、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 彼らは、百龍雷破を想定した動きを何度も試して二日間の訓練を終えた。

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