第20話 黄金の泉

「神一! 大丈夫なのか?」

 神一が目を覚ますと、彼の顔を覗き込む両親の他に、源爺、火王親子、土鬼親子も顔を揃えていた。

「みんなどうしたの?」

「どうしたって? お前が眠り続けているから、心配になって皆を呼んだんだよ。二日も眠り続けていたんだよ」

 母の言葉に、神一が、がばと立ち上がった。

「二日も経ってしまったのか。真王は?」

 神一は、真王に近寄って、その顔を覗き込んだ。

「相変わらず、眠り続けているよ。それで、何か分かったのかい?」

「源爺。風の里に、真王を蘇生させるカギがあるかも知れないんだ」

「うん、わしもな、四百年前の文献に、瀕死の人間を蘇生させる黄金の泉と言うものがあることを突き止めたんじゃ!」

 神一は、自分が見て来た四百年前の出来事が、寸分違わぬ事実である事を確信して、その顔を輝かせた。

「父さん、ヘリの手配を頼みます。真王を風の里へ連れていきます。土鬼、お前の力が必要だ!」


 一同は、ヘリをチャーターして風の里に向かった。ヘリの中で神一は源爺に話しかけた。

「源爺、風の里に、龍牙洞と言う洞窟があったのを知らないかい? 四百年も前の話なんだけど、今もあるはずなんだ」

「ある。だが、入り口が、崩落して中へは入れないはずだ」

「やはりそうですか……」

 ヘリは、半時間ほどで風の里に着いた。一同はヘリを下り、真王を担架に乗せて山へ入ると、龍牙洞の入り口らしき所へ着いた。だが、そこには雑木林が広がっているだけで、洞窟らしきものは何処にも見当たらなかった。


「崩落から長い時間が経って、木々が生い茂ってしまったんです。だが、ここだ。間違いない。土鬼さん、この土砂を取ることは出来ませんか?」

「うーん。取るのは簡単だが、新たな崩落の危険がある。見れば、山全体が軋んでいるようだ。入っても帰れなくなる可能性もあるが、それでもいいのか?」

 土鬼の父が、山を見上げながら顔を曇らせた。

「入れるようにしてくれるだけでいいんです。後は、どうとでもなりますから」

「よし、帝。この崩落した土砂を取り除こう!」

 土鬼親子は、土の技を使って土砂を掘り出した。ドリルのように回転する風が土煙を上げて大きな穴を掘っていった。

 十分ほどで、そこに、直径三メートルくらいの穴が洞窟の中まで貫通した。

「ありがとう、行ってきます」

 神一は、真王を背負って帯で結ぶと、不安そうに見送る両親達の視線を背に、洞窟の中へと入っていった。

 神一の頭には、心の中で見た四百年前の映像が鮮明に残っていて、過たずに最短距離で目的地に着くことが出来た。しかし、その黄金の泉の空洞の入り口も、崩落で完全に埋まっていたのだ。

「くそっ、やっと此処まで来たのに……」

 神一は、その時、真王の体温が下がってきている事に気付いた。彼女は既にピクリとも動かなかった。

「時間が無い。風破を使うしかないか? だが崩落で生き埋めになる可能性は大きい……」

 彼は、やるしかないと、真王を背負ったまま、印を結び、風を動かし始めた。


「風よ! 我に力を与え給え!!!」


 神一は、そう叫ぶと風に乗って、その入口へと突進すると、崩落した土砂目掛けて渾身の風破を放った。

 「ドドドーン」大爆発が起こり、爆風や、岩石が降り注いでくるのを風の盾で防ぎながら、神一は、一気に空洞へと飛び込んだ。

 噴煙が収まるに連れて、次第にその中の様子が見えて来た。

 そこには、今も尚、黄金の泉が、煌々と輝き渡っていたのだ。

「あった! 真王、着いたぞ!」

 神一は、真王を降ろすと、黄金の光の中に彼女を浸した。

「この光は? スペースエナジーじゃないか! 現実の世界にこんな事があるのか?……」

 スペースエナジーは、彼ら、風の使い手の、いや、生きとし生けるもの全てのパワーの源である。本来、心の奥底に繋がるその不思議な実在は、時空を超えた存在である。だが、人間に顕現するなら、大自然の中に実体化しても不思議な事ではないと神一は思った。

「……神ちゃん、私、どうしたの。ここは、死の世界なの?」

 蘇生した真王が目を開いて、朧気に神一を見ていた。

「おお! 真王、目が覚めたんだね。よかった!」

 神一は真王を抱きしめると、優しく唇を合わせた。

「暖かい。生きているのね、生きて……」

「ああ、そうだ。僕たちは生きている」

 二人は歓喜の涙を流し、生きて会えた喜びをかみしめるように、再び抱き合った。


「真王、一つだけ問題があるんだ。実は、僕たちは生き埋めになってるんだ。出られないんだよ」

「大丈夫、心配いらないわ」

 完全に復活した真王は、悪戯っぽい笑みを浮かべると、その目が青く光った。

「真王、雷撃を使っちゃいけない!……」

 神一が止めようとしたが、真王は「大丈夫」と彼を制して、そのまま続けた。

 空に雷雲が広がり雷鳴が轟くと、幾筋もの青い電光が山を突き抜けて洞窟の中へと入って来た。真王はその電光を束ねて龍に変化させると、その電光龍を天井の岩盤に突進させた。電光龍は雷撃破を吐きながら岩盤を破壊して山全体を貫き、外へ飛び出した。

 山全体が、音を立てて崩れ落ちる瞬間、真王と神一は風に乗って一気に脱出し、空に舞い上がって空中で止まった。

「凄まじいな……」

 神一が改めて真王の力に感心していると、真王は笑顔を見せて神一の胸に顔を埋めた。二人は、天空で抱き合い、熱い口づけを交わした。


「さんざ心配させて、出て来たと思ったら、何を見せつけてくれるんだ! 早く下りて来い!」

 火王勝が、地上から彼らを眺めては、大声で叫んでいた。 

 暫くして、皆の所に二人が下りて来た。

「皆さんには、大変ご心配をおかけしました。この通り、真王は元気な身体に戻りました。本当にありがとう」

 神一と真王がペコリと頭を下げると、皆にハグされながら、祝福の涙と笑顔が二人を包んだ。

「それにしても、世の中には不思議な事があるものだ。だが、惜しい事をしたな。お前たちが、洞窟を壊さなければ、わしも、毎日、黄金の泉に浴して長生き出来たんだが」

「お爺ちゃん、まだ生きるつもりなの?」

「当たり前じゃ。人生百年の時代だぞ。まだまだお前たちには負けん」

「しかし、あの場合、真王の雷撃しか、出られる方法は無かったから仕方ないよ。でも、身体に取り込む雷撃は使用禁止にしないと、また今度みたいな悲しい思いをするのは御免だからね」

 神一は、真王の手を取って、いたわるように優しい眼差しを投げかけた。

「心配いらないわ。さっきのように電光龍を自在に操ることが出来るようになったから、直接電気を身体に取り込む必要がなくなったの。これなら百歳までも生きられるでしょ」「……全く、お前は何処まで進化したら気が済むんだ? よし、こうなったら真王が無茶をしないように、早く子供をつくろう」

「私も欲しい……」

 真王が少し恥ずかしそうに神一を見た。

「ともかくよかった。私達は、ヘリで大阪へ帰るが、お前たちはどうするんだ?」

 神一の両親が、傍に来て、二人の肩を抱いた。

「ここで暮らすわ。お爺ちゃんはどうするの?」

「そうさなあ、わしも残りの余生を故郷で暮らすとするか」

「必要なものがあれば言ってくれ、何時でも送るから。仕事の件はまた相談しよう」

 神一の父がそう言い残すと、へりは轟音と共に大空へ飛び立った。

「おとうさん、本当に良かったですね。あら、屋根の上に二人が、あんなに手を振って」「ああ、これで孫が抱けるな。よかった、よか……」

 うれし涙の両親の姿が、ヘリの中に小さく見えた。へりは、風の里の上空を旋回してから、大阪へと帰っていった。 

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