第18話 某国の魔手

神一が大阪の病院へ移って一月が過ぎた頃には、リハビリが出来るまでに回復していた。二か月間、満足に動かせなかった彼の身体は、当初、歩く事もままならなかったが、常人離れした体力と気力で、一週間経つと日常生活に支障のない動きが出来るまでになっていた。

 そして、次の週には、屋上でこっそり風の技の練習を始めていた。


「こら、神一! 無理をしない様にって、先生に言われたでしょう!」

 神一が振り返ると、真王が屋上のドアから顔を出して、彼を睨んでいた。

「真王か、脅かすなよ。分かっているけど、何時までも寝ている訳にもいかないからな」

「そんなに焦らなくても、天真のいない今、この世に私達を脅かす存在は居ないんじゃない?」

 真王が、スッと近寄って来て神一の腕に手を回した。

「いや、風の技が公になった今、世界中から風の技を求める輩がやってくると思うんだ。テロリストや某国の諜報機関は、プロの殺し屋軍団だからね。話の分かる奴ならいいが、爆破テロのような問答無用の輩が来ないとも限らないだろ」

「そっか。考えようでは、水神軍団より怖い相手が来るかもしれないのね」

「うん、事が落ち着くまで、僕たちは何処か辺ぴな所にいる方が、大阪の人達を巻き込まずに済むんだが……」

「じゃあ。風の里はどう?」

「風の里? あそこは水神軍団との闘いで荒れ放題になってしまっているじゃないか。これ以上、あそこを戦場にして破壊するのも嫌だろう」

「平気よ。戦いが終わったら、皆の力を借りて、綺麗に整備したらどうかな? 風の里に決めましょう」

 真王の笑顔は神一に何も言わせず、風の里への引っ越しは決定した。


 それから一月後、退院した神一は真王を伴って風の里へと向かった。大きな荷物を背負った二人が里に着くと、殆どの家が倒壊していて、山や畑には戦いの傷跡がそこかしこに残っていた。

 それでも、木々は芽吹いて来ていて、大自然は風の里を再生しようとしていた。

「神ちゃん、見て! 私達の家が無傷で残っているわ!」

 真王が声を上げて指さす方向に、懐かしい稲妻の家が姿を見せていた。

「よかった、これで野宿せずに済んだね」

 稲妻家の家は、天真が根城としていた為、攻撃を受けずに最後まで残ったようだ。

 二人は小走りに駆け寄り、自分たちが暮らした懐かしの家を感慨深げに見上げてから、荷物を置いて家の中の掃除を始めた。

 神一は、襖や、障子、板戸などを全て外すと、風上から風を起こして、一気にゴミや埃を吹き飛ばした。

「風の技も、生活の役に立つじゃないか。楽しいね」

 神一が、新発見のようにはしゃいでいると、真王は、風御(ふうご。風の力で物体を思いどうりに動かす技)を駆使して家の周りの廃材や転がった大きな石などを手際よく片付けていった。

 谷川から竹の樋を連ねて引いていた飲み水も、竹の樋が壊され使い物にならなくなっていた。二人は新しい樋を作る為に、竹藪へと出かけた。

 神一が、風牙で程よい長さに切った竹を、切り口を正面にして、真王に向かってひょいひょいと風で投げつけると、彼女は風御で小石を操って竹の節を貫き、次々と樋を作っていった。

 その樋を谷から順に設置して行くと、きれいな谷川の水が、家の中の大甕に心地よい音を立てて流れ込んだ。神一と真王はその水を、喉を鳴らして美味しそうに飲んだ。

 電気は、ソーラーシステムを設置して賄った。スマホの充電が出来ないと、大阪との連絡が取れないからだ。必要なものは、ヘリで大阪の父から送ってもらったが、二人の風の里での生活は、質素なものだった。

 取り合えて仕事のない彼らは、荒れ放題になった田畑を修復して、作物を植えて自給自足の足しにした。


 二人が、そんな生活に慣れて来た頃、世界の国々から、軍隊に風の技の指南をしてほしいとの依頼が殺到した。それは電話であったり、直接来る者は、ヘリや徒歩でやって来た。一時、稲妻家は千客万来となって、神一の畑の時間が無くなるほどであった。

 だが、神一は、風の技が世界に広がれば、悪用する者が出て社会の乱れの元になると、丁重に断るしかなかった。中には訳の分からぬ筋からの問い合わせもあったが、全てきっぱりと断った。

 それでも諦めきれぬ者は金や権力をちらつかせて、何度も訪れるのであったが、最後には、すごすごと帰るしかなかった。そうしている内に冬がやってきた。

「この辺りは雪も少ないから、これだけあれば足りるだろう」

 家の裏の軒下には、神一が風牙で割った薪がうづ高く積まれていた。

 そんな折、最初に土足で踏み込んで来たのは、アメリカの特殊部隊だった。夜陰に紛れて二十名余りの精鋭が稲妻家を襲った。腕づくでも風の技の修行法を聞き出そうというのだ。

 彼らは、家に踏み込むなり、青い光を浴びて吹き飛んだ。真王の電撃の餌食となったのである。

「家を壊したくない。真王、外へ出よう!」

 二人は、風に乗って、一気に空に舞い上がった。暗視ゴーグルをつけた彼らの、機関銃が火を吹き、夜空に銃声が轟いた。

 夜空に舞い上がった神一は、火を吹く機関銃目掛けて風破を連射して、彼らの動きを止めた。次の瞬間、真王の止めの雷撃が幾筋も落ちると、兵士達の悲鳴が聞こえて、勝負はついた。

 怒った神一が、彼らを縛り、ビデオに撮ってアメリカ大使館に送りつけると、翌日早々に、数機の米軍ヘリがやって来て、彼らを連れ帰った。

 その昼過ぎに再び一機の米軍ヘリがやって来た。軍の高官らしい彼らは、今回の事件は一人の将軍による独断行動で、アメリカ政府の意志ではないと弁明し、当事者達を厳罰に処した事を告げて、この事は穏便にと頭を下げた。

「私共は、米国に命をなげうってまで協力したものを、このような仕打ちにあって非常に心外です。今回だけは目を瞑りますが、一つ貸だと大統領にお伝えください!」

 怒りを含んだ神一の言葉に、彼らは最後まで頭を下げ通して帰っていった。

「まったく、来るなら、お菓子の一つも持ってくればいいのにね」

 真王もちょっぴり怒り顔になっていた。


 年が明けた寒い日に、顔中髭の外国人が、数人の部下を連れてやって来た。中東のどこかの国だろうか、詳細は名乗らなかった。通訳の男の日本語も分かりづらかったが、彼らも風の技を教えてほしいという事のようだった。神一は、丁重に断ったが、相手も引かずに、ダイヤなどをチラつかせて帰ろうとしなかった。最後は神一が強引に玄関から押し出すと、何かをわめきながら帰っていった。

 彼らが姿を消してまもなく、稲妻家にロケット弾が打ち込まれ、家は木っ端微塵に吹き飛び炎上して、風の里を真っ赤に染めた。


 一月後、アフガニスタンの砂漠地帯を、砂煙を上げて疾走する一台のジープがあった。それには、軍服を着た二人の日本人が乗っていた。

「どうでもいいけど、もう少しいい車は無かったの? お尻が痛いわ」

「アメリカ政府の口利きで、この国で自由に動けるようにしてもらったんだから、文句を言わないの」

「それはそうだけど……。早く日本に帰りたいわ」

 長旅の疲れか、今日の真王は機嫌が悪かった。

「外国へ来ると、日本の良さが分かるよね。さっさと終わらせて帰ろう」

 神一と真王は、風の里でロケット弾攻撃を受けたが、地下壕に避難して辛くも生き延びていたのである。神一と真王は、このまま彼らを放置すると悪を増長させてしまうと判断して、アメリカ政府の協力を得て容疑者を特定し、アフガニスタン迄やって来たのである。 容疑者はサルジャー将軍と言って、数千名の兵士を統率する、その筋の実力者だった。

 二人は、テロリストの基地があるという、千メートル級の岩山がそびえる一角に車を止めて、山に登り始めた。

 一時間ほどで頂上付近に到着して見下ろすと、麓にその要塞はあった。米軍の情報では、この要塞は約千名の兵士が常駐しているとのことだった。要塞の警備は厳重で、多くの兵士の姿が確認できた。二人は夜まで待って奇襲する事にした。

 神一は、双眼鏡で要塞のチェックをしながら、戦いのイメージを練っていた。

 夕方近くになった頃、真王が居眠りを始めた。

「真王、おい真王、眠いのかい? これから戦いだというのに、のんきだなあ……」

 真王の瞼が引っ付きそうになっている。日本を発ってからの強行スケジュールで、あまり眠れていなかったのだが、こんな事は初めてだった。

「眠い、少し眠らせて」

 そう言うと、彼女はスヤスヤと寝息を立て始めた。神一は、真王を抱き上げると岩陰に運び、自分の上着を彼女に被せた。

 彼は、山の頂上に立つと、再び攻撃のイメージを練り始めた。

 一時間ほど経って辺りが暗くなった頃、真王が起き上がって来た。

「すっきりした。これで、思う存分戦えるわ」

「そろそろ行くか!」

 神一は、どっかと腰を下ろし、両の手を組み印を結んで精神を統一すると、アフガンの風がゆっくりと流れ始め、天空に渦巻きだした。さらに、その空気の渦巻が成長して、一気に地上に下りると、砂塵を舞い上げ黒い竜巻が出現した。竜巻は地上のあらゆるものを飲み込みながら巨大化して要塞のある方向に進んでいった。

 既に真王は風に乗って空中へと浮かび上がって出番を待っていた。

 大竜巻は、その威力を強めながら要塞を襲うと、兵士達は逃げ惑い、建物は紙のように壊されて空中へと吸い込まれていった。


 破壊の限りを尽くした竜巻が去って、何処からともなく兵士達が現れると、再び、空が掻き曇り雷鳴が轟いて、真王の電光龍が雷撃の雨を降らした。

 壊滅状態となった要塞に、真王と神一が下り立って、本部らしいひと際堅固な建物の中へと入っていった。

 あちこちで銃声が響く中、神一の風破が炸裂して建物の壁が吹き飛んだ。その後を追うように、廊下を進む真王の目が青く光って、その両手から放たれた白い電光が生き物のように四方に拡散すると、各部屋に隠れていた兵士達は悲鳴を上げて倒れていった。

 二人は、数分で館内を制圧して、一つの部屋に入っていった。

 神一がドアを開けた、その瞬間、部屋の中から、兵士達の銃が一斉に火を吹いた。神一は横跳びに銃弾をかわしながら風破を連射すると、一瞬の内に、彼らは弾き飛ばされて床に倒れ伏した。

 その部屋には、風の里にやって来て、神一達にロケット弾を浴びせた男、サルジャー将軍が例の通訳の男と悲痛な表情で震えて立っていた。

 サルジャーが持っていた銃の引き金を引こうとした刹那、神一の右手がスッと動くと、サルジャー将軍の悲鳴と共に、腕がドサッと斬り落とされた。のたうち回るサルジャーを見ながら神一は通訳の男を睨みつけた。

「今度テロを起こしたら、その首を貰いに来ると将軍に伝えておけ!」

 男は、怯えも極まって涙を流して座り込み、首を振るのが精一杯だった。

 夜が明けると、巨大な太陽をを背にしながら、神一と真王の乗るジープが砂煙を上げて、アフガンの荒野を疾走していった。 

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