第17話 決戦、天真

 海に投げ出された彼らは、土鬼仙一の操る土の龍の中で生きていた。土の龍は海中を泳ぎ、海岸に乗り上げると、崩れ去って砂に戻った。彼らは、動かなくなった真王と神一を懸命に木陰へと運んだ。

「神一、大丈夫か!?」

 火王勝が必死の形相で神一の顔を覗き込んだ。

「俺は、動けそうもない。ま、真王は大丈夫なのか?」

 神一は、寝返りも打てずに、かすかな声で応じた。

「お前の横にいる。生きてはいるが反応は無い」  

「天真は何処だ?」

「どうやら、フォードを捨てて、空母レーガンに向かったようだ」

「天真は、レーガンを操って、世界への見せしめに東京を空爆する気だ。止めなければ」

「俺たちでは歯が立たん。神一、今はどうする事も出来ないよ……」

 土鬼帝が、無念の顔を伏せた。

「僕に考えがある。今から真王の心の中へ入って彼女を呼び戻してくる。天真を倒せるのは彼女だけだ」

「そんな事が出来るのか?」

「ああ、僕も死んだようになるが心配はいらない。事が終わるまで二人の身体を護ってくれ。頼んだぞ」

 神一はそう言うと目を閉じ、心の中へと潜っていった。


 その頃、天真は第七艦隊の空母レーガンを襲撃し、ボルト艦長以下の乗員に“無間”の術を浴びせて制圧していた。

「ボルト艦長、東京を破壊せよ! 準備を急ぐんだ」

「了解! 天真様」

 死人のような眼をしたボルト大佐は、従順な僕となっていた。空母レーガンは、その巨体を、東京湾入り口付近へと舵を切っていった。


 神一は、身は瀕死の状態であったが、心の奥に進むほどに痛みは無くなり、意識は鮮明になっていった。

 彼は、久遠の昔から、自らが思念と行動で刻み付けた、業のデータの河まで下りた。この領域は人類すべての生命に繋がっている場所で、そこから真王の心の深層を目指した。

 無数の見えない糸。最初は、どれが真王の心に繋がっているのかが分からなかった。神一は、精神を集中させて真王の思念を懸命に探したが、分からなかった。

 彼は、更に心を凝らして、無限の生命の糸の中から、サーチライトで照らすように真王を探していった。すると、

「シンイチ……」

 突然、真王の心の声が聞こえて来た。

 神一は、その声のする方へと進み、彼女の心の中へと入る事に成功した。

 暫く進むと、業のデータの河の畔に眠っている、真王の思念体を見つけた。彼女は、透明の固い殻の中で心を閉じていた。

「真王! 僕だ、神一だ。目を覚ましてくれ!!」

 神一は、真王を護る硬い殻のような物を、激しく叩いたが、ビクともしなかった。


「そうか、あれだ、あれしかない!」

 神一はそう叫ぶと、再び心を集中して、大宇宙の力の源、スペースエナジーの世界を思い出し、強くイメージした。

「風よ! スペースエナジーよ! 我に力を与えたまえ!!」

 神一の魂から発する願いが宇宙に遍満した。すると、生命の奥底より黄金の光が吹き上がって、神一の思念体を黄金に染めた。その光は、真王を覆う厚い殻をも突き抜けて、彼女の思念体へと降り注いだ。真王の思念体が黄金に染まると、真王を覆った硬い殻は、音を立てて砕け散った。


「真王!」

 神一が抱き起すと、彼女は静かに目を開いた。

「神ちゃん?……」

「そうだ、神一だ。目が覚めたんだね。よかった……」

 神一の眼から涙が溢れ出た。

「真王、外は大変な事になっている。僕は怪我をしていて動けないんだ。世界を救えるのは君しかいない。天真と戦ってくれ!」

「あなた、怪我をしているの。大丈夫なの?」

「心配はいらない、この思念体が消えるまでは生きている証拠さ」

「分かった。身体に戻って決着を付けるわ。あなたも一緒に来て!」

「ああ、二人で天真を倒そう!」

 二人の思念体は、真王の心の底から浮上し、彼女の身体へと戻っていった。

 横たわっている真王の身体から、黄金の光が噴出して、彼女の顔に生気が戻った。

「戻ったのか!」

 土鬼帝と火王勝が喜びの声を上げると、目覚めた真王は「神一をお願い!」と一言いうと、風に乗って勢いよく空中に舞った。眠っている神一の身体を上空から確認しながら、真王は空母レーガンへと飛んでいった。


 空母レーガンでは、東京爆撃の為、ミサイルを搭載した爆撃機が、格納庫から飛行甲板へと上げられていて、次々と艦を飛び立っていた。

「天真! 私が相手よ。出てきなさい!」

 真王が飛行甲板に降り立つと、天真が驚いた顔で姿を現した。

「生きていたか……。既に爆撃機は飛び立った。東京は、先の大戦の時のように、焼け野原となるだろう。真王よ、もう一度無間地獄を味わわせてやる。来い!!」

「ハーッ!」天真が悪魔の形相になって、両腕を顔の前でクロスすると、一気に闇の術“無間”を真王に放った。だが、真王の身体から吹き出した黄金の闘気が“無間”を跳ね返した。

「私に、その術はもう効かないわ。地獄の苦しみも楽しみに変える強い力が、心の中に輝いているからよ。無間地獄に落ちるのはあなたの方だわ。受けよ! 雷神奥義“双竜雷破”(そうりゅうらいは)!!」

 真王が、空中で印を結ぶと、凄まじい雷鳴が、乱打する太鼓のように天を震えさせ、稲光が走ると、その電光が巨大な二匹の龍と変化した。(電光龍は電気を龍の形に実体化させた技)

「神一、行くわよ!」

「任せろ、真王!」

 二人が操る雷の龍は、その巨体をくねらせ、互いに交差しながら天高く昇ると、そこから、一気に天真目掛けて降下していった。

 空中に居た天真は、二匹の龍に向かって、地獄の冷波“大紅蓮”の巨大な赤い玉を放った。その途端、耳をつんざく雷鳴が轟き、神一が操る電光龍の口から、巨大な雷撃破が放たれた。「行けーッ!!」その凄まじい光は“大紅蓮”の赤い玉を粉砕すると、その冷気の赤い霧もろとも一瞬で吹き飛ばした。

 同時に、真王の操る電光龍が雷撃破を放つと、天真の身体は雷光に包まれた。

「ウ、ウゲーッ」

 悲鳴と共に、彼の身体は、スローモーションのように分子崩壊していった。

 天真が絶命すると、ボルト艦長たちは正気に戻った。

 東京上空では、今まさに爆撃機のパイロットが、東京を空爆しようとミサイルの発射ボタンに手をかけていた。

「攻撃中止! 攻撃中止!!」

 ボルト艦長の声が響いた。

「ラジャー! 全機旋回せよ。帰還する!」

 東京空爆は回避され、世界の六隻の潜水艦からも核攻撃中止の報が入って、世界の脅威は取り払われた。


 真王が神一の眠っている所へ下りて来て彼の手を取ると、自分の身体に戻った神一が目を覚ました。

「ひどい傷ね。天真にやられたの?」

 真王は、この時、神一を倒したのが自分だとは、まだ知らなかった。

「何のこれしき。俺を誰だと思っているんだ!」

 真王の事を気遣って強がる神一を、火王達が担ぎ上げた。

「……ウウッ、痛い! 真王早く病院へ連れて行ってくれ。痛い! ゆっくりだと言ったろう。土鬼、火王、痛いってば!」

 神一は皆に担がれて、病院へと運ばれていった。


 戦いが終わって一週間が過ぎた。日本国政府は復活し、その機能を果たしだした。

 自衛隊や近隣の建設会社を総動員して、道路、線路、主要建物の復旧が夜を徹して行われていた。国会議事堂も建て直しが決まったが、当面は代用できる建屋を探すことになった。


 病院では、真王に付き添われて、神一がベッドに寝かされていた。

「ごめんね、神ちゃん。私のせいで……」

「心を操られていたんだから仕方ないさ。真王の雷撃をまともに受けて、生きていられたのは、真王が無意識に手加減してくれたからだと思う。お前は凄いよ、やっぱり宗家なんだな」 

 神一は、真王の手を握ったまま、唇をとんがらせて、キスの催促をした。

「そんな元気があるなら、大丈夫ね。先生は一月もすれば、大阪の病院へ移れると言っていたわ」

 真王は、そういって神一の唇にやさしいキスをした。

「ああ、もっと濃厚なキスがしたい」

「ちゃんと治ったらね。それまで、お預けよ」

 そこへ、土鬼と火王が訪ねて来た。

「神一、だいぶいいようだな。お前には、どんな薬より真王さんに看病してもらう方がよく効くもんな」

「そうかもな、へへ」

 土鬼帝にいじられて神一は照れ笑いした。

「天真の隠れ家に行ってきたんだ。水の章を見つけて来たよ」

 火王勝が、土鬼と反対側のベッドの横から近づいて来て言った。

「ありがとう。処分しておいてもらえるかな」

 火王は、水の章の巻物を取り出して、窓の方へ行くと、炎を操り手の中で巻物を焼却した。

「これで、俺達の使命は終わったな。故郷に帰ってもいいだろ?」

 土鬼が、そう言って神一と真王の顔を見た。

「うん、だが、もう少し大阪に居てもらえないかな。気になることがあるんだ」

 神一が言うと、土鬼と火王は、彼の次の言葉を待った。

「今回の事で、僕たちの力は世界中に知られてしまった。マスコミも騒がしく僕たちを追っかけるだろう。問題は、テロリストや、どこかの国が、風の力を手に入れようと画策するかもしれないという事だ。だから、暫くは、一つの場所で居た方が安全だと思う。どうだろう?」

「なるほど、それは大いに可能性はあるな。わかった、暫く様子を見よう。大阪のメンバーにも連絡しておくよ」

 火王と土鬼は、そう言って帰っていった。

「これからも、戦いは続くのかしら?」

「そうだな、力を持つ者の宿命かもね」

 二人は話ながら、窓の向こうに盛り上がる入道雲を見ていた。

 

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