第14話 日本国崩壊
米海軍が、監視衛星でフォードの行方を追うと、すぐにその姿は捉えられた。だが、その進路は日本へと大きく舵を取っていたのである。
米軍からの連絡を受けて、日本の護衛艦“むらさめ”以下五隻が急行して、出航より三十時間後、空母フォードの巨体を肉眼で捉えた。
“むらさめ”艦長の加藤一佐が無線で停船を要求するも、空母フォードからは何の応答もなかった。
その直後、数機の戦闘機が空母フォードから飛び立つと、護衛艦に向かって問答無用のミサイル攻撃を開始したのである。
「何!??」
「全艦散開せよ! 面舵いっぱい! 全速前進、回避行動を取れ!」
「空母フォードに攻撃中止の連絡を急げ! 戦闘態勢を維持! 防衛省に連絡、戦闘許可を取れ!」
不意打ちを受けて、パニック状態になった五隻の護衛艦は、反撃の間もなく多数のミサイル攻撃を受けて、一隻は大破し撃沈、あとの四隻も甚大な被害を受けてしまった。
米空母の艦載機が日本の護衛艦をミサイルで破壊したという、前代未聞のニュースは、リアルタイムで世界中に流れた。
日本政府は米国政府に、空母フォードによる日本の護衛艦攻撃に強く抗議し、説明を求めた。米国政府からは、空母フォードとの連絡が途絶えた事から、テロリストによるシージャックの可能性があるとして、急遽、第七艦隊を現場に急行させた事を明かにした。
米国政府は、このまま空母フォードが暴走を続けるなら攻撃もやむなしと判断したものの、フォードには核も搭載されていて、テロかどうかも分からぬ現状では、むやみに攻撃をする訳にはいかなかった。まして、四千名の乗員の事を思うと、攻撃は最終手段である。
その後も、空母フォードからの応答は無く、その内部で何が起きているのかは依然分からず、広い飛行甲板にはただの一人の姿も見えず、不気味さを漂わせていた。
そうしている内、到着した第七艦隊は、空母フォードの周りを取り囲んだ状態で日本へ向かって航行していった。
大阪の神一達も、このニュースに釘付けになっており、マスコミは、戦争になるかも知れないと国民の不安を煽った。
「ねえ神ちゃん、大変な事になったけど、天真の仕業じゃないでしょうね?」
「うん、今は何とも言えないけど、奴ならやりかねないと思う」
「空母は、東京へ向かっているそうよ。どっちにしても行くしかないわね」
「そうだな……。この状況で、天真との闘いになれば、僕たちの存在が世界中に知られてしまうけど、やむを得ないだろうね」
次の朝、空母フォードは東京湾へと入って停船した。米艦隊は一部の艦船が東京湾に入り、本体は湾外で待機して様子を見守った。
空母フォードが停船して一時間が経った頃、沈黙を破って、犯人からの中継画像が流れた。その犯人の正体は案の定、水神天真とその軍団だった。
画面に映った彼の右腕はロボットのような義手になっていた。彼は日本政府に向かって、とんでもない話を持ち出した。
「私の要求は、日本の全権をこちらに渡せという事だ。拒否する場合は、東京をせん滅する用意がある。この空母には七十機の戦闘機が搭載されている。これにミサイル攻撃をさせれば東京は半日で壊滅するだろう。
次に、アメリカ軍に告ぐ! 我が艦を攻撃するなら、米国本土への核攻撃を開始する! 我が軍が、核搭載の米原潜を指揮下に置いた事は既に分かっているはずだ。潜水艦は、アメリカ西海岸に待機させて、核攻撃の準備は既に終わっている。米軍は一切手出しするな!」
この声明を受けて、慌てた日本政府は、総理官邸で首相以下主だった者の緊急会議を招集した。
目の前の核武装した大型空母の存在は、頭にピストルを突き付けられているのに等しく、緊迫した中での話し合いだったが、「断じてテロに屈してはならぬ」「国民の命を守るためにも降伏すべきだ」「自衛隊の総力を持って空母を叩くべきだ」等の意見が戦わされたものの、結論の出ぬままいたずらに時間は過ぎていった。
武田総理は、何気なく、窓の外に見える隣の国会議事堂に視線を注いだ。その瞬間「ドドーン!!」轟音と地響きが起こると、議事堂は大爆発を起こして炎上した。次の瞬間、爆風と瓦礫が官邸を襲うと、窓という窓のガラスが吹き飛んで、政府首脳達は傷を負ってしまった。
国の一つのシンボルである国会議事堂が崩れ去った姿を目の当たりにして、傷だらけの武田総理達は顔面蒼白になり、天真なる者の怖さを思い知った。
爆弾の正体は、空母から発射された巡航ミサイル、トマホークだった。
頼みの、米軍や自衛隊も手が出せず、首相は全面降伏を決め、日本は天真の軍門に下って、実質的な日本国崩壊となった。
天真の軍は、全国から集結し、数百名の軍団になっていた。彼は、空母から指揮を執って、関東の自衛隊と警察を数日で指揮下に置いて、従わぬものは、虫けらのように殺された。
東京湾入り口の米海軍の大艦隊はいつしか消えていた。
多くの都民は我先にと東京を脱出しようとしたが、鉄道や道路等の交通機関は主要部分がロケット弾で完全に破壊され身動き出来なかった。一千数百万人の東京都民は人質となったのである。テレビ局も奪われて、首都はパニック状態に陥っていた。
その頃、神一と真王、そして火王、土鬼の親子六人は、東京港の古い倉庫に潜伏して、事態打開の策を練っていた。
「問題は、西海岸に居る拉致された潜水艦の核攻撃をどう阻止するかだ。これが解決しないと、空母への攻撃は出来ないからね」
神一が皆の顔を見て、意見を求めた。
「この件は米軍と連携する必要がある。自分達だけでは、どうにも出来んのではないかな」
土鬼仙一が落ち着いた口調で言うと、
「その通りですね。西海岸まで行こうと思えば、戦闘機を使った方が早いし、西海岸の地理に詳しい米軍の協力が無ければ、この作戦は不可能です!」
火王勝が興奮気味に言った。
「米海軍の、第七艦隊を探して、話し合いに行くしかないのか。問題はその方法だな」
神一は、日本政府が壊滅状態の今、誰を頼れば米国と連絡を取れるのかを考えていた。
「この中に英語を喋れる人はいるの?」
真王が皆の顔を見まわしたが、返事をする者はいなかった。
「そうか、通訳も必要だな……。そうだ! 外務省かアメリカ大使館へ行ってみたらどうだろう。天真も、まだ全てを掌握しているわけではないんだろう?」
彼らは、手分けして、外務省とアメリカ大使館へ向かう事になった。
神一と真王は港区赤坂のアメリカ大使館へ向かった。街は戒厳令下のように一般人の姿は無く、時折、武装した警官隊や自衛隊の車がパトロールしているだけだった。二人は、ビル風に乗って、数分で大使館付近に到着した。
大使館の前では、家族らしい五人の外国人が、十人ほどの警官隊に取り囲まれ、銃を突きつけられていた。
神一と真王は、警官隊の前にふわりと下り立ち、風破と電撃で一瞬のうちに彼らを倒してしまった。
外国人の家族は、五十前後の夫婦と二十才位の若者、それに高校生と小学生位の女の子の五人で、神一達を恐怖の表情で見つめて、女の子達は泣きそうな顔で親にしがみついていた。
「私達は味方です。ついて来て下さい」
真王が笑顔を見せて優しく彼らを促して、警官隊や自衛隊に見つからないように注意しながら、比較的安全な港の倉庫の中へと連れて行った。
「日本語は分かりますか? 私達は神一と真王と言います。空母のテロ軍団と戦っている者です」
神一がそう言うと、主人らしい男の顔が緩んで口を開いた。
「私達は、アメリカ大使館の者です。家族で逃げる途中捕まってしまったのです。おかげで命拾いしました、ありがとうございます」
彼の家族も安堵の色を浮かべた。
「大使ですか?」
「そうです」
「米海軍の第七艦隊の居場所は分かりませんか? 連携を取ってこの状況を打開したいのです」
「第七艦隊は、すぐ近くにいます。私達も国外へ脱出するために、迎えが来る場所へ向かうところでした」
「ぜひ、同行させてください!」
神一の真剣な顔を見て、大使は快く承諾してくれた。
神一は、外務省へ向かった火王達と連絡を取り、米軍との話し合いに行く事を告げ、空母の監視を頼むと伝言すると、大使家族を伴って米軍との約束地点へと急いだ。
そこには、小型の漁船が止まっていて、神一達を見つけると、慌てて銃を構えた。大使が手を振って近付き乗組員に状況を話すと、彼らは銃を下し、神一達も乗船する事を許された。船は港を出ると、暗い海を沖へと進んでいった。
「それにしても、天真は自衛隊や警官をどうやって味方にしたのだろうね」
神一が真王に聞こうとすると、
「あの警官隊達は、何か変でした。目の輝きも無いし、何かに操られているような感じでしたね」
横から、大使が口を挟んだ。
「そうですか。天真は東京に上陸していないし、多くの人間を一度に支配する事は催眠術でも困難だと思うが、奴の闇の力なら可能かもしれないな。おそらく、この事件を起こす前から綿密な計画を立てて、着々と準備して来たんだろう」
神一は、大使から真王に視線を移しながら言った。
この時、神一達は知らなかったが、天真が使ったのは闇の奥義“無間”(むげん)だったのだ。
天真が発する思念波“無間”を浴びた者の心は、間断なき苦しみの世界(無間地獄)へと入って行く。そして、その地獄の苦しみに耐えられなくなると、正気を失い、天真の僕となってしまうのである。
天真は今回の作戦の前に、関東の自衛隊や警官隊に術をかけていたのだ。
「ともかく、むやみに天真の前に出ない方がいいかもしれないわね」
「うん、お互い気をつけよう」
船は、一時間ほどで第七艦隊の空母レーガンに到着した。彼らは、いざと言う時に備えて東京湾沖に待機していたのである。
艦に乗り込んで、暫くすると神一と真王は会議室へと案内された。
艦長のボルト大佐に、神一達が訪れた理由を大使が説明すると、艦長は怪訝な顔で二人を見た。
「君達は、米軍と共同戦線を張るというが、一体何が出来るのかね?」
「彼女は雷を、私は風を操ることが出来ます」
艦長は「えっ」と聞き返して、二人の真剣な顔を見つめた。
「私には信じられませんが、見せてもらえますか?」
「分かりました。此処では危険ですので、外へ出ましょう」
二人が飛行甲板に出た時には、真王が大気を操って既にゴロゴロと雷が鳴っていた。真王は空中に上がり静止すると、二つの剣を使って雷撃を艦の避雷針に数回放って見せた。
次に、印を結んだ神一の周りに風が起こると、それが渦を巻いて竜巻になり、更に海上で大竜巻となって、レーガンの巨大な船体を揺らした。竜巻は空母の周りを一周して消えた。
帽子を吹き飛ばされた艦長たちは、信じられないといった様子で彼らを見つめていた。
ボルト艦長は、会議室に戻ると、真剣に西海岸の潜水艦ポセイドン奪還の作戦を練り始めた。
「ポセイドンに核を発射する隙を与えず、空母フォードにも気取られない事が重要です。この作戦は時間が勝負です。奇襲作戦でなくては奪還は出来ないでしょう」
ボルト艦長はこの作戦の難しさを説明して一同を見渡した。
「敵に気づかれずに、私達をポセイドンの近くに連れて行ってもらう事は可能でしょうか? ポセイドンに近づければ数分で制圧して見せます」
神一は、何でもない事のように簡単に言った。
「本当にそんなことが出来るんですか? ……分かりました。この作戦をあなた方に委ねましょう。西海岸の軍とも連携してあなた方を輸送します。時間もありませんので、すぐに発ってもらいましょう」
それから、半時間後に、最速戦闘機二機で神一と真王が西海岸へと向かった。空に舞い上がると、東京湾に空母フォードが、その不気味な巨体を浮かべていた。
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