第13話 静かな日々

風の里での戦いから数カ月が過ぎて、新緑が萌える五月となった。神一は背中の傷も完全に癒えて探偵稼業に精を出しており、真王と二人で平和な日々を楽しんでいた。

「真王、帰ったよ」

 調査の仕事で、京都の方へ出張していた神一が三日ぶりに帰って来た。

「神ちゃん、お帰りなさい。お疲れ様」

 真王の笑顔に迎えられると、神一の顔もほころび疲れも吹き飛ぶように思えた。

「京都はどうだった?」

 神一の着替えを手伝いながら、真王が話しかけてくる。彼女は、仕事をしていないから、神一が仕事に出ている間は、家事が済めば時間を持て余して、母、正子の元で過ごしたり、一階の喫茶店で時間を潰していたので、神一が帰るのを待ちかねて、何やかやと聞いてくるのが常だった。

「今は、いい季節だからね。街並みを歩くだけでも風情があるよ」

「私も行きたかったな」 

「真王も留守番ばかりじゃ退屈だろう。日曜日に京都へ出掛けてみるか?」

「ほんとに? 行きたい行きたい」

 真王が、それは嬉しそうな表情になって、神一に抱き着いた。

「我慢できない。ご飯の前に、真王を食べちゃおう」 

 神一は、そのまま真王を抱き上げると、寝室へと運んだ。二人はベッドの上で待ちきれないように服を脱がし合って、肌を合わせた。


 二人が、心ゆくまで愛し合ってその余韻に浸っていたとき、神一のお腹がグーと鳴った。

「あら、神ちゃん、私じゃお腹は膨らまないようね」

 真王のジョークに、神一は大笑いしてから「ご飯だ、ご飯だ」とベッドから起き上がったが、シャワーを浴びながら、二人はまだじゃれあって、互いの身体を流し合ったりしていた。


 待ちかねた日曜日になって、神一達は朝早くから真王の手作りの弁当を持って、電車で京都へと向かった。

 二人共ラフな服装に帽子をかぶり、背中にリュックを背負っていて、神一の首には一眼レフのカメラがぶら下がっていた。

 彼らは、京都駅に着くと、タクシーやバスを使い、有名どころのお寺や二条城などを見て回った。咲き乱れた五月の花々が目を楽しませて、歴史ある建物は、二人の興味を引いた。

 二条城では、江戸時代に帰ったような気持ちになって、忍者であった過去の自分達が蘇って来た。色々と見て回って、二条城を出る頃には昼前になっていた。

「姫、お腹がすいたでござる」

「合い分かった。神之助お昼にいたそう」

 二人が冗談を言いながら、近くの公園に入っていくと、そこには、ピンク色の大きな花びらの八重桜が見ごろで、多くの花見客が桜の下で賑やかに宴を催していた。神一達は、端の方の小さな桜の木の下でお弁当を開いた。

「おいしいね。京都にもごちそうは多いけど、真王の手料理が一番だね」

「あら、そんなに褒めてもらっても何も出ないわよ」

「いや、お世辞じゃなく本当に美味しいよ。そう言えば、真王の料理褒めたことなかったっけ」

「神ちゃん、何も言わなくても顔に出て分かりやすいから、私も作りがいがあるわ」 

「考えてみれば、真王は小学生の頃から家事をやっていたんだもんなあ……。あの頃が懐かしいね。二人で、学校への山道を競争しながら通ったよね」

「ほんと、懐かしい……」 

 真王も遠くを見るような目をして、幼かった頃を懐かしんでいるようだった。

 その時、花見客の一隅が騒めき、怒声が上がって、神一達は我に返った。

「ちょっと見てくるよ」

 神一は、真王が立とうとするのを制して、一人で声のする方向へと歩いて行った。

 

 神一が現場に着くと、取り巻いていた人達が悲鳴を上げて一斉に逃げ出して来た。見ると、一人の男が手に包丁のような物を持って立っていて、その足元には、刺された男が腹を押さえて苦しんでいた。

「警察と救急車を呼んでください!」

 神一は、近くの人に指示すると、刃物を持つ男の方に向かった。

「落ち着け、刃物を捨てるんだ!」

「何、近寄るな! 殺すぞ!」

 男は、狂ったように包丁を振り回して、訳の分からない事を叫びだした。そして、男は包丁を構えると、神一目掛けて突進した。その時、小さなつむじ風がゴーと起こって、男を包み込むと、神一の手がピクリと動いた。つむじ風が消えた後には、男は気を失って倒れていた。

 神一がつむじ風を起こして、野次馬の眼をそらした隙に風破を放ったのだ。暫くすると警察と救急車がやって来て、犯人と、怪我人を連れて行った。


「どうだった?」

 お弁当の片づけをしていた真王が、帰って来た神一に尋ねた。

「ああ、刃物男が暴れていたんだけど、警察が連れて行ったよ」

「そう、よかった」

「お腹も膨れたし、もう一回りしようか」

 二人は、リュックを背負うと再び京都の街をあちこちと見て回った。

 予定のコースをほぼ終えて、鴨川を渡った交差点で多くの人達と信号待ちしていた時の事である。一台の暴走トラックが、信号待ちしていた群衆目掛けて突進してきた。

「真王!」

「任せて!」

 暴走トラックが群衆に突っ込もうとしたその瞬間、トラックがふわっと浮き上がり群衆の頭を飛び越えて、人のいない所へドンと落ちて、ひっくり返って止まった。最前列に並んでいた人達が、びっくりして尻餅をついたりしたが、大した怪我は無かった。近くにいた警官がトラックの中の運転手を助け出して事情を聴いたりしている。多くの人は何が起こったのか分からず、呆然として信号が青になっても誰も動かなかった。

「間一髪だったな」

「あんなの朝飯前よ」

 二人は何もなかったかのように、近くの駅へと歩いて行った。


 帰りの電車の中で、神一が一瞬、浮かぬ顔をしたのを真王が見逃さなかった。

「天真の事を考えているのね」

「えっ、分かっちゃった。まいったな」

「今、二人にとっての悩みと言えば、それしかないでしょ」

「うん、天真は必ず僕たちの前に現れるだろう。天真の事を思うと気が滅入るんだ。また、どんな手を使ってくるか……。今度こそ最終決戦になるだろうからね」

「大丈夫よ。彼の力は闇の力、私達には、この宇宙の根源の力、スペースエナジーがある。勝負はついているわ」

「そうだね、真王は強いね、恐れ入るよ」

「私、宗家ですもの」

 真王が、背筋を伸ばして、ツンとすまし顔をすると、神一が、お道化て両手をつくようなしぐさで「姫様の言う通りです」と返すと、彼女は吹き出してしまった。周りの人達もそれが面白かったのか、くすくすと笑い声が漏れた。

 静かな日々、こんな平和な日々が永遠に続けばいいと二人は思った。だが、それは嵐の前の静けさでしかなかった。

 その頃、日本から数千キロ離れた太平洋上では、中東監視の任務を受けた米空母フォードが、一隻の難破船を救助していた。それは、二百トン位の小さな貨物船で、船員二十名が救助された。それからまもなくして、巨大空母フォードからの通信が途絶えた。

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