第12話 神一 対 天真
「ウウッ! 許さん、許さんぞ! お前たち、皆殺しにしてくれる!!」
父を殺され、怒りに震える天真の黒ずんだ顔が般若のように変貌し、今にも襲い掛かからんばかりに真王の胸ぐらを掴んだ。
「天真! お前の相手は俺だ。彼女に手を出すな!」
神一が、天真の手を振り払いその前に立つと、二人は顔をくっつけるようにして睨み合い火花を散らした。
「いいだろう。まずはお前を血祭りにあげてから、真王をゆっくりと可愛がってやる」
天真が神一の胸を拳でドンと小突いて後方へ下がり、戦いの体制に入ると、神一は傷ついた真王を両親に託して、天真に向き直った。
既に、東の空が薄っすらと白み始めていて、夜明けが近い事を告げていた。
天真は、大地にしっかと足を据えると、両手を胸の前で合わせて気を入れ、何やら呪文のようなものを唱えだした。
暫くすると、合わせた手から赤い光が漏れ始め、更に気を吹き込みながら、ゆっくりと両手を左右に離してゆくと、その光の玉は徐々に大きくなって、直径二十センチほどの赤い光を放つ球体となった。球体の中では、キラキラと輝く、ダイヤモンドダストのようなものが渦巻いていて、その赤は、どす黒い血の色をしていた。
天真は、その赤い玉を神一に向けて、両手を弾くように押し出した。
神一が、咄嗟に正体不明の赤い玉を風破で粉砕すると、その玉からキラキラと輝く赤いガス体が一気に噴出して、直径十メートルくらいに拡散した。そして、その赤いガス体に触れた、地面や木々、軍団の死骸などを一瞬で真っ白に凍らせた。
「何だこれは!?」
神一は、赤いガス体を中心に地面の凍結部分が広がって、彼の足元にまで及んでくると、十メートルほども飛びのいて、天真を睨んだ。
「ふふ、本番はこれからだ。いつまでかわせるかな」
天真は、不敵な笑みを浮かべると、一気に、四つの赤い冷気の玉を生成して、風御に乗せると、前後左右から神一を襲った。
神一は、次々と襲い来る冷気の玉を巧みにかわして、三個まで風破で打ち落とすと、最後の一つに照準を合わせた。
神一が、四個目の玉を風破で破壊したその時だった。いつの間にか神一の頭上に五個目の赤い玉が出現していて、彼が、頭上の玉の存在に気付いた刹那、赤い玉が破裂して冷気のガス体が神一を直撃した。
「ウッ!」
神一が赤いガス体に包まれると、彼の身体は瞬時に真っ白に凍ってしまって、身体を必死で動かそうとしたが、ピクリとも動かなかった。
不思議な赤い玉の正体は、全ての物を一瞬で凍らせる凄まじい冷気のガス体だったのだ。
火王親子が火炎竜を出して、神一の凍結を溶かそうとしたが、神一が粉砕した五つの赤い玉から噴出したガス体が、次々と合体し渦を巻いて巨大な赤い冷気団となると、火炎竜の炎は燃え盛ることなく消えてしまった。
「神一よ、まだ意識はあるか? 楽しみはこれからだぞ。この冷気はマイナス二百度まで下げることが出来る。これが、最強の闇の技、地獄の冷波“大紅蓮”(だいぐれん)だ。極寒地獄を充分に味わって死ぬがいい!」
天真は、真っ白に凍りついて動かなくなった神一を見ながら、勝利を確信して高笑った。
(大紅蓮とは紅蓮地獄の事で、あまりの寒さの為に骨は砕け、背中の肉が八葉に裂けて赤い蓮の花に見える事から、この名がある)
巨大化し渦巻く大紅蓮から放出された冷気は、大地を這うように拡散して、風の里をすっぽりと包んでしまって、逃げようとしていた真王達も、身動きできなくなっていた。
壮絶な、地獄の冷波“大紅蓮”に襲われた神一の身体は、手足の感覚は無くなって細胞は壊死寸前となっていた。そして、骨はギシギシと音を立てていて、終には、背中の肉がブチっと裂ける音とともに激痛が走った。
「ウウッ」神一は絶望の淵に沈みかける我が心を懸命に鼓舞しながら、
「このまま死んでたまるか!」
と、頭脳をフル回転させて脱出の方途を探し求めた。
だが、地獄の冷波“大紅蓮”は、神一の凍った身体を取り巻くように渦巻いて、その冷気の波がこれでもかと彼を攻めたてて、極寒地獄へと引き込んでいった。
「くそっ、これまでか!」
踏ん張っていた神一の心が音を立てて砕け散って、凄まじい冷気が彼の心までも凍らせようとした、その時、
「神一!!!」
薄れゆく意識の中で 真王の声が神一の魂を揺さぶった。
「神ちゃん、私を置いて逝かないわよね。貴方の愛は、そんなもんだったの。起きて! 神ちゃん、神一ー!!!」
真王の甲高い必死の叫び声が神一の頭の中に響き渡った。
「真王! そうだ、此処で死ぬわけにはいかないんだ。天真などに負けてはいられない。真王を護るんだ! 風よ我に力を!! 我に力を!! ウオーーー!!!」
神一の心が叫ぶと、心の奥底の厚い闇を打ち破って、スペースエナジーの黄金の光が、凄まじい勢いで噴出してきて、彼の身体を包み込んだ。
そして、神一の身体から溢れ出たスペースエナジーは、地獄の冷波“大紅蓮”の冷気をも打ち破り押し返していた。
次の瞬間、気合もろとも氷をぶち割って、地獄の“大紅蓮”から脱出した神一は、背中から血を流しながらも天真目掛けて駆け出し、そのスピードを上げた。
スペースエナジーを纏った神一の身体からは黄金の闘気が噴出し、天真の、赤い闇の闘気とがぶつかって、激しい衝撃波が風の里を揺るがした。
神一は構わず前進して、風でジャンプすると、新たな“大紅蓮”を打とうとしている天真に向かって、右手で手刀を作って大きく振り上げ、一気に振り下ろした。「風牙!!!」
天真目掛けて放たれた渾身の風牙は、黄金の弧を描いて、天真の赤い闘気を切り裂き、彼の肩口に「ズン!」と炸裂した。
「ウグッ!」
うめき声と共に、天真の肩口から血飛沫がほとばしって、ゴロンと右腕が地面に転がると、彼は、右肩を抑えて苦悶の表情でのた打ち回った。
天真が倒れると同時に、地獄の冷波“大紅蓮”の赤い渦巻は完全に消滅し、徐々に冷気は消えていった。氷の世界となっていた風の里は、煌々と昇る朝日に照らされて、シューシューと蒸気を発して、元の姿を取り戻していった。
神一は、よろけながら、真王達の居た辺りを探していると、地面が割れて土鬼親子が顔を出した。彼らは、地中深く穴を掘って、皆を避難させていたのだ。やがて、神一の両親や、真王も姿を現した。皆、戦いの傷や凍傷で満身創痍だった。
「みんな無事でよかった。真王、怪我は大丈夫なのか? さっきはありがとう、僕の心の中に入って来てくれたんだね」
「私は大丈夫よ。貴方が死んでいたら、私達も終わっていたわ。本当に良かった」
神一は、真王の手を取って穴から引っ張り上げようとして、バランスを失ってガックリと膝を着いた。
「神ちゃん、……血が? 怪我してるじゃない。いやだ、こんなに!」
真王が、倒れた神一の背中を見ると、大きく裂けて血が滴り落ちていた。
「早く手当てしなきゃ。お母さん手伝って下さい!」
真王の甲高い声が遠くなっていく中「天真を助けてやってくれ」と言い残して神一は気を失った。
神一が、和歌山の病院で目覚めたのは、それから二日目の朝だった。真王が心配そうに神一の顔を覗き込んでいた。
「真王、お前、怪我は治ったのか?」
神一が虚ろな頭で聞いて、真王の手を取ろうとして動くと、背中に痛みが走った。
「だめよ、動いちゃ。背中の肉が裂けて百針以上も縫ったんだから。暫くは仰向けに寝られないそうよ。私の方はこの通り元気よ」
神一は、横向きに寝ていて、寝返りが打てない様にストッパーがかまされていた。
「みんなは?」
「お父さん達は、比較的軽傷だったので大阪の病院に行くと言って帰ったわ。貴方を担いで、みんなで山を下りたのよ」
「そうだったのか。それで天真は?」
「それがね、私が行った時には腕だけが残っていて、彼は居なかったわ」
「そうか、軍団の生き残りが運んでいったのかも知れないな。きっとまた現れるだろう……」
それから三週間が経って、真王の献身的な介護を受けて神一が動けるようになると、夫婦は大阪へと帰って行った。
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