第11話 決戦、水神家

「神一、尼崎まで行ってくるからお父さんに言っといてね。帰りは少し遅くなるから」

 二月の初めに、神一の母、正子が神一の部屋に顔を出して、寒そうにコートの襟を立てて出掛けたのは、朝の九時頃だった。

 だが、その夜の零時を過ぎても正子は帰って来なかった。


「父さん、母さんに何かあったんだ。もしかしたら刺客に襲われたんじゃ……」

 探偵社の一室で、神一と真王が顔色を変えて父と話していた。

「母さんも風の使い手の一人だから、簡単にやられはしない。おそらく、拉致されたのだと思う。ともかく風間警部に連絡して、皆で手分けして母さんの足取りを追うんだ」

 神一は、仲間と協力して母の足取りを追った。尼崎の駅まで来たことは確かだったが、そこから先の足取りが掴めなかった。彼らは、正子の写真を手に、駅周辺での聞き込みを開始したが、その日は、何の手掛かりも無いまま終わってしまった。

 しかし、次の日から執念の聞き込みを続ける中、一つの有力な証言に出くわした。歓楽街の一人のホステスが、正子らしき女性が黒装束の男達に連れ去られるのを見たというのである。

 神一は、すぐさま兵庫県警と連携を取って、防犯カメラの映像から車を特定し、Nシステムで追跡すると、和歌山方面へ逃走した事が分かった。

 その夜、大阪の父から電話があって、今度は、真王が行方不明になったと告げられた。神一達は、急遽、大阪へと戻った。


「父さん、真王まで行方不明だなんて信じられないよ。彼女を拉致できる人間がこの世に居るとも思えない。きっと、水神の仕業だ。母さんを囮にしたんだ!」

「落ち着け! 彼らの行先が和歌山なら、風の里しかないと私は思う。神一準備しろ、今回は私も行く。火王家と土鬼家にもお願いしたいが、いいかな?」

「分かりました!」

 火王勝と土鬼帝が、声を揃えて力強く返事をした。

 次の日、留守を源爺に頼んで、神一親子、土鬼親子、火王親子の六人は和歌山の風の里へと向かった。


 和歌山の風の里では、正子と真王が縛り上げられて、稲妻家の蔵の中に閉じ込められていた。

「お母さん、神ちゃん達がきっと助けに来てくれるわ。もう少し我慢してくださいね」

「私は大丈夫よ。真王ちゃんこそ、さっき何処かへ連れていかれたけど何もされなかったの?」

「心配いりません。天真の奴、結婚している私に嫁に成れと言うんですよ。気が違っているとしか思えないわ」

「宗家の血が欲しいのかもしれないね。野望を達成するために最高の後継者が欲しいんだよ」

「こんな事、神ちゃんが知ったらブチ切れるわ」

「そうだね、また暴走したら大変だものね」

 二人は囚われの身なのに、母娘の会話に花を咲かせるゆとりがあった。

 その夜の事である。二人が、暗い部屋で壁にもたれて眠りに入ろうとした時、床に小さな振動を感じた。二人が不審に思っていると、床板が外され、誰かが入って来る気配がした。

「誰!?」

 真王が警戒しながら、暗闇に話しかけると、

「真王、母さん、大丈夫かい?」

 それは、待ちに待った神一の声だった。

「神ちゃん! よかった来てくれたのね」

 喜ぶ真王の声を頼りに、神一は彼女の身体を探り縄をほどいて、傍らにいた母の縄も解いた。

「神一、よく来られたね。どうやってきたんだい」

「帝に掘ってもらって、地下から来たのさ。母さん怪我は無いかい、父さんも来ているんだよ」

 四人は、土鬼帝が掘った穴を通って裏山に出た。

「正子、よかった。何ともないのか?」

 心配顔で待っていた父が母の身体をひっしと抱き寄せた。

「お父さん……」

 両親は、抱き合って無事を喜んだが、皆の視線を感じてか、すぐに離れた。

「さあ、これからどうする。一戦交えるか?」

 火王勝が、神一に判断を迫った。

「二人を無事取り返したし、ここは、一旦大阪へ帰りましょう」

「私は反対よ。此処で叩いておかないと、また同じような事が起きるわ」

 神一の判断に、真王が異を唱えた。

「心配ない。今度は母さんにも警護をつけるから」

「ダメよ。天真はね、私を妻にすると言っているのよ! 絶対諦めないわ」

「真王ちゃん、それを言ったら……」

 正子が遮ろうとしたが既に遅かった。

「何!」月明りに照らされた神一の顔に見る見る怒りの色が浮かんできて、拳を固く握り締めて暫く沈黙が続いた。

「ここで決着をつける!」

 神一は意を決したように言った。

「神一、怒りに任せての話だったら止めておけ。やるなら、命のやり取りになるぞ。その覚悟はあるんだな?」

 大が顔を険しくして、念を押すように言った。

「父さん、相手がそこまでの思いでいるなら戦わない訳にはいきません。僕は天真と戦う。真王は水神の親父の方を頼む。存分にご両親の仇を討ってくれ。皆さんは、軍団の方をお願いします」

 彼らは頷いて持ち場に就き、神一の合図を待った。

 神一が精神を集中して、特大の風破を誰もいない蔵に放つと、轟音と共に蔵の屋根が吹き飛んで崩れ去った。次の瞬間、里の家々から百人近い水神軍団が湧いて来て、真夜中の戦いが始まった。

「天真、勝負だ。出てこい!」

 神一が大声で叫ぶと、水神親子が稲妻の家から出てきた。

「死に損ないが何を吠える。今日こそ闇の力の怖さを思い知らせてやる!」

 神一と、天真は対峙し、水神一鬼の前には真王が進み出た。

「宗家の力が、どの位のものか見せてもらおう」

 一鬼は、そう言いながら、いきなり巨大な水龍を出現させた。

「両親の仇を討たせてもらうわ。覚悟なさい!」

 既に雷雲は月を隠し、稲光が空に舞い上がった真王の姿を、青く浮かび上がらせていた。


 隣では、神一の風破と天真の冷波が激突し火花を散らしていた。そして、水神軍団が機関銃や火の技、水の技、風の技で怒涛の攻撃を火王達に浴びせると、火王親子の火炎竜が大きく首をもたげて、辺りを赤く染めながら火炎弾の雨を降らせた。

 更に、土鬼帝はモグラ戦法で敵を撹乱し、土鬼竜一は土の龍を出現させて、その牙で軍団を追い回した。神一の両親も、真王と神一の援護に回り、襲い掛かる軍団を風の技で撃退した。

 一時間ほどの壮絶な戦いで水神軍団は壊滅状態となった。


「天真、一旦引け! わしと宗家の戦いをよく見ておけ。何があっても手出しはならん。いいな!」

「わかった。親父の戦いぶりを見せてもらおう」

 天真と神一が戦いを止めて、一同は一鬼と真王の因縁の対決を見守る事になった。

「宗家はまだ若い。雷神の力を得たとはいっても、所詮わしの敵ではないことを思い知るがいい」

 一鬼は不敵な笑いを見せると、胸の前で印を結び風を起こした。風は冷たく、その冷たい風は雪を運んできて、見る間に吹雪となった。更に霙となり、氷の塊がいくつも出来ると、その氷の塊が積みあがって巨大な氷の龍となった。

 氷の龍が動き出し、氷と氷がぶつかって、骨がきしむような不気味な音をたてながら真王に迫っていった。

 すると突然、氷の龍の口からブリザードのような冷凍破(すべての物を瞬時に凍らせ、無数の小さな氷の塊を放出して、物体を破壊する闇の技)が吐き出され、真王を襲った。真王は咄嗟に避けたが、冷凍破がかすめた戦闘服の一部が吹き飛んでいた。

「真王、気をつけろ! そのブリザードを浴びたら、ひとたまりもないぞ!」

 空中の真王に向かって、神一が大声で叫んだ。  真王は、一鬼への憎しみの心が起これば起こるほど、身体の動きが鈍くなっていくのを感じて、憤怒の心を懸命に抑え込んでいた。

 彼女は、氷の龍との間合いを取って、空中で右へ左へと冷凍破を避けながら、攻撃のタイミングを計っていた。氷の龍が、冷凍破を吐こうと大きく口を開けた瞬間、真王が放った特大の雷撃が、氷の龍の頭部に炸裂すると、頭から尻尾迄、竹が割れるように砕け散った。

「やったか!?」

 神一の父達が歓喜の声を上げた途端、一鬼は新たな氷の龍を、いとも簡単に出現させた。

「どれだけ破壊されようが、この氷の龍は何体でも作れるぞ。これならどうだ!」

 一鬼は、更に二匹目の氷の龍を出現させると、左右から真王を挟み撃ちにした。真王は、左右からの冷凍破の攻撃を、大きな岩を風御で操って盾としたが、岩は冷凍破に貫かれると、木っ端微塵に砕け散った。

 防戦一方の真王だったが、隙を突いて片方の龍の頭に飛び乗った。狂ったように冷凍破を吐き続けて暴れる龍の頭を、彼女が強引にもう一匹の龍に向けると、互いに冷凍破を打ち合って二匹の龍は跡形も無く消滅した。

「なかなかやるな。次はヤマタノオロチだ!」

 一鬼は、今度は八匹の氷の龍を一度に出現させて、真王を取り囲んだ。

 破壊しては現れる氷の龍とのいたちごっこに「これでは埒が明かない!」と考えた真王は、八匹の氷の龍の息をも継がせぬ冷凍破の総攻撃を、風の浮遊術で巧みにかわしながら、徐々に一鬼との間合いを詰めていった。そして、真王が、左手の剣を突き上げて雷撃の体勢に入ると、一鬼目掛けて渾身の雷撃を放った。

 その刹那、地上の一鬼の右手から、冷凍破が放たれて、稲妻と冷凍破が交差した。

 真王の雷撃は、僅かに外れ、一鬼の冷凍破は空中の真王を捉えていた。彼女は、右手の剣を大きく弾かれ、ぐったりとして落下し始めた。

「真王!!」

 神一の叫びに、一鬼は勝ち誇ったかのように、ニヤリと笑った。

 真王は、地上に激突する寸前で体勢を立て直し、風に乗ってゆっくりと下り立ったが、左腕を押さえながらガックリと膝をついて、腕からは血が滴り落ちていた。

「あの冷凍破をまともに受けて、それだけの傷で済むとは大したものだ。未完成だが、電磁バリアーのようなものを咄嗟に出したのだろう。だが、ここまでだ。お前の両親も、傷ついた時点で、宗家として終わっていた。だから、このわしが引導を渡してやったのよ。 ふふ、あの時のお前の両親の泣き面を見せてやりたかった。二人して、抱き合って我が技の前に消え去った。お前の名を呼びながらな」

 一鬼の狂気の不気味な顔が、稲光に照らされた。

 その時、腕の傷の痛みに顔を歪めていた真王の眼に涙が溢れ、込み上げる怒りの炎が身体中を駆け巡ると、彼女の心の奥で何かが弾けて、その表情を夜叉の如くに変貌させた。

 次の瞬間、真王は立ち上がると、一気に空に躍り上がって雷雲の中に消えた。

 すると、雷雲の活動が俄かに活発になって、雷鳴が間断なく鳴り響いた。

「こ、これは? 全員避難しろ! 途轍もない雷撃が来るぞ!!」

 空の様子を伺っていた神一が叫んで、仲間をエリアから遠ざけた。真王の奥義の一つ“百龍雷破”(ひゃくりゅうらいは)の予兆を感じたからだ。この技は、地上にいる者を無差別に攻撃する恐ろしい技だった。

「ふん、最後のあがきか? ならば、我が奥義で葬ってやろう!」

 水神一鬼は、再び印を結んで、百体の氷の龍を出現させると、一斉に冷凍破を天空目掛けて吐き出した。

 その刹那、耳を劈き、はらわたをえぐるような雷鳴が地面を揺るがし、木々を震わせて、風の里が悲鳴を上げた。暗かった夜空が真っ白に輝くと、見た事も無いような無数の稲妻が、天と地を繋いだかと思うと、風の里を昼間のように照らして、地上の百体の氷の龍を一瞬で破壊し、逃げ惑う一鬼の身体に、幾筋もの稲妻が炸裂した。

「親父!!」

 遠くに避難していた天真が、血相を変えて一鬼の傍に駆け寄った。

 空から降りて来た、真王の顔から夜叉は消えていた。

 雷撃で焼け焦げた一鬼の身体からは、煙がシューシューと上がっていた。

「さすがだな、百龍雷破か……、見事な技だ。貴女を宗家と認めよう。……それから、御両親は、最後まで果敢に戦った。宗家らしくな……」

 一鬼は真王に顔を向けて、そう言うと、天真の悲痛な叫びを聞きながら苦悶の表情を浮かべて、息絶えた。

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