第9話 火王との闘い

季節は進んで冬がやって来た。神一と真王は、火王(かおう)との対決の為、満を持して彼らの住む南海の島へと向かった。

 鹿児島から小型船で、二時間の所にその島はあった。周囲数キロの小さな島で、昔は、百人ほどの人が住んでいたが、過疎化が進み数年前に無人島になったのを、火王家が買い取ったようである。

 小さな港に入ると、火王勝(かおうまさる)が出迎えていた。

「風か、空手の全国大会以来だから五年になるかな。お前たちの事は、父から聞いている。まずは、父に会わせよう」

 勝は、そう言うと先に立って歩きだした。神一と真王は、周りの景色を眺めながら後に続いた。何軒かの廃屋の横を過ぎて、細い石段を登っていくと開けた所があり、そこに真新しい大きな家が建っていた。

 神一達が、その家の和室に通されると、既に火王の父、竜一(りゅういち)が正座して待っていた。彼は、年齢は五十台くらいだろうか、恰幅の良い体格をしていて、その目は、やはり鋭かった。

「貴女が宗家の娘さんか、貴女のご両親のことは本当にすまなかったと思っている。詫びて済む話ではないが、心からお詫び申し上げる」

 火王の父は畳に額を擦り付けるようにして真王に頭を下げた。土鬼仙一のように、彼もまた、悔恨の人生を送って来ていたのである。

「手を上げて下さい。私は貴方を攻めに来たのではありません。火の章の巻物を渡し、今後火の技を伝承しないと誓うなら、このまま帰ります」

 真王が竜一の手を取って静かな口調で言った。

「おっしゃる通りにします。しかし、このままでは私の気持が済みません。是非、私共と戦って思いを晴らしてください!」

 懇願する火王の親子に、真王もどうすればいいのかと、困り顔で神一を見た。

「あなた方が納得するなら、勝負しましょう。宗家最強の陣、雷撃陣でお相手します」

 神一が答えると、真王も頷いた。


 四人が、島の中央にある高台へ移動すると、神一は、胸の前で印を結んで上昇気流を起こし、雷雲を呼んで雷撃陣の体制に入った。

「それでは、こちらも最強奥義、火炎竜でお相手します!」

 火王親子は、それぞれ、高さ数十メートルの竜巻を起こすと、一気に着火して、二匹の火炎竜を作り出した。真王は既に空中にあって火王親子の出方を待っている。

 二匹の竜はそれぞれ、神一と真王に接近すると、その大きな口を開けて火炎弾を吐き出した。神一達がそれをかわすと、着弾した火炎弾は大爆発を起こして地面に大きな穴をあけた。

「真王、気を付けろ! こいつをまともに食らったら、ひとたまりもないぞ!」

 神一が火炎弾の破壊力に驚き、天空の真王に向かって叫んだ。

「分かってる」

 真王は、落ち着き払っていて、風御で海水を操ると、水龍を作り出して竜一の操る火炎竜目掛けて突進させ、火炎竜を飲み込んだ。

 だが、次の瞬間、水龍は火炎竜の炎の強さに負けて蒸発してしまった。

 神一も、勝の操る火炎竜が吐き出す火炎弾から、身をかわしながら、特大の風破を放った。火炎竜は、一旦は吹き飛んだかに見えたが、すぐに再生して神一を睨んだ。

「なかなか手強いな……」

 地上にいる神一の周りでは、火炎竜の炎の放射熱に草や木々が焦がされて異様な臭いがしていたが、彼の身体は防護スーツに護られて影響は無かった。

 神一は、火王親子を探したが、火炎竜の後ろに居るのか、地上からはその姿は見えなかった。

 彼は、心を静め、目を閉じて火王親子の気配を探した。神一の動きが止まると、待っていたかのように、勝の火炎竜が神一目掛けて火炎弾を吐き出した。「そこか!」神一は、その火炎弾を辛うじてかわし、爆風を風の盾で防ぎながら、勝の気配がする方向に風破を打ち込んだ。

 すると、「ウッ」と、うめき声が聞こえて、一匹の火炎竜が姿を消した。


 その時、真王が高台全域を見渡せる高度まで一気に上昇すると、火炎竜は、さすがにそこまでは上がってこれなかった。だが、真王が上空から竜一の姿を捉えて、雷撃の体制に入ろうとしたその時、竜一の火炎竜が、上空の真王目掛けて渾身の火炎弾を放った。

 彼女は、それには構わず、左手の長剣を高々と翳すと、凄まじい雷鳴が鳴り響き、その剣に閃光が走り稲妻が纏わりついた刹那、右の長剣から強烈な雷撃が地上に放たれた。

 竜一の横の地面に雷撃が炸裂するのと、神一の高速風破が高射砲のように、真王に向かって放たれた火炎弾を捉えて大爆発を起こしたのが同時だった。更に、逃げる竜一の前方に真王が止めの雷撃を炸裂させると、その衝撃波で竜一は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて、火炎竜は消えた。

 神一達が、彼らの倒れている所へ駆け寄ると、二人とも気を失っていた。彼らを風に乗せて家へ運び、介抱しているうちに二人は目を覚ました。幸い、大した怪我はなかった。

 竜一は起き上がるなり、火の章の巻物を取ると、マジシャンのように手から炎を出して焼却した。

「真王さん、完敗です。よくぞ、此処まで力を付けられましたな。貴女を宗家と認め、その命に従います。また、水神との闘いにも及ばずながら参戦させて頂ければと思います」

 火王親子が、真王の前に手をつき頭を下げた。

「ありがとうございます。その時は宜しくお願いします」

 真王は、素早く二人の手を取って優しく微笑んだ。

 神一達は、火王親子と暫く懇談してから島を後にした。


 意気揚々と帰った神一達だったが、大阪では、とんでもない事件が起きていた。それは、喫茶ウインドのメンバーの、おかまの風子、ホステスの風音、調理人の風太郎の三人が何者かに襲われ大怪我をしたというのである。風子と風音は入院し、風太朗も頭に軽傷を負っていた。

 神一達が喫茶ウインドに入ると、店内は嵐が吹き荒れたように物が散乱して、所々の壁には穴が開いていた。

「一体何があったの?」

 真王が驚きの顔で、店内を見渡しながら風花ママに尋ねた。

「昨日の夜の事なんだけど、突然二人の客が暴れ出したの。知らない客だったわ。それで、不意を突かれた風子と風音が重傷を負ってしまったの。彼女達には、正子さんがついてくれているわ。風太郎が撃退してくれて彼らは逃げ去ったけど、正体は分からずじまいよ。昨日は夜遅くまで警察の調べがあって大変だったの」 

「それで、どんな技を使ったんですか?」

 神一が、頭に包帯をして黙々と片づけをしている風太郎に聞いた。

「あれは、間違いなく風の技の風破だった。使い方は、無茶苦茶だったが、パワーはそこそこあった」

「恐らく、水神の手の者でしょうね。こちらも対応策を練らなければいけませんね」

 神一が言うと、風花ママが答えた。

「店の修理に一週間はかかるから、今夜、探偵事務所に集まることになっているのよ」

「分かりました。荷物を置いたら、片づけを手伝います」

 神一と真王は、自分たちの部屋へ帰って荷物を置いて着替えると、真王は病院の風子たちの見舞いに出掛け、神一は夕方まで店の片づけを手伝った。


 その夜、探偵事務所にメンバー七人が集まった。

「……いよいよ始まったな。神一と真王の力の開眼が間に合ってよかった」

 風の長老、源爺が、深いため息の後、神一と真王を見て言った。

「問題は、これからどうするかだが、敵の顔も人数も分からんとなると、こちらも手の出しようがない。かと言って、待つしか無いというのでは無能と言うもんじゃ」

 源爺は、皆の顔を見回しながら、「何か意見は無いか」と続けた。

「先手必勝といいますから、まず、敵の本拠地を叩いてはどうでしょう」

「うん、それも一案だが、情報が少なすぎる。行き当たりばったりでは、どんな犠牲を強いられるか分からないぞ」

 勢い込んだ神一の意見も、あっさり源爺に却下されてしまった。

「やはり、ここはしっかり情報を集める必要があるようだな。兵庫の様子も探ってみるか」

 父、大(まさる)が腕組みをしながら神一の方を見て言った。

「では、僕が探ってきます」

「うん、ここは神一に行ってもらおう。衛星写真があるから持って行ってくれ」

 大は、机の上に置いてあった写真の封筒を取って、神一に手渡した。

「私も行くわ」

「真王、お前は留守番だ。すぐにも第二、第三の刺客が来るだろうから皆を護ってもらわなければならん」

 源爺に言われて納得がいかない真王は、隣の神一の顔を見たが、神一が彼女の肩を笑顔でポンと叩くと、いやいや頷いた。

「風間警部、今回の事件、警察ではどんな対応をしているんですか?」

 大が、警部に問いかけた。

「傷害事件で悪質ですから、全力で犯人を探しています。警察も、確固たる証拠がないと動けませんので、兵庫への捜索は現時点では無理でしょう。それから、風の使い手の事が公になる日もそう遠くないと思う、こちらも心の準備をしておくべきです。私達を含めた風の使い手が取り締まられる可能性も無いとは言えないですからな」

「そんな馬鹿な事って……」

 風花ママが、憤りの表情を浮かべて警部を睨んだ。

「いや、あくまで可能性の話です。そうならないように、今後は警察との連携を模索する必要があると思います」

「その件は警部に任せます。必要なら、代表として私が警察幹部と会いましょう。それから、火王と土鬼には応援を要請しておきます。皆も身体を護るために出来るだけ防護スーツを着る事にしよう。ともかく、この戦いには、何が何でも勝たねばならない。水神の暴走を止められるのは我々だけだ。皆で力を合わせて取り組んでいこう」

 大が、話を結んで会議は終わった。

 彼らは、本格的な水神軍団の調査に入り、神一は単身、兵庫の水神の本拠地へと向かった。

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