第8話 風神、雷神

 神一は二日間眠り続けて、目を覚ますと、両親と源爺に修行の成果を報告した。

「そうか、よく頑張ったな。これで、お前も一人前だ、真王の事を護ってやってくれ」

 源爺が、改まって神一に頭を下げた。それは、神一が宗家の守護者として認められた瞬間だった。

 夕刻になって真王が帰って来て、食事の支度を始めた。

「さっき、源爺に修行の成果を報告して来たよ」

「そう、それでどうだったの?」

「うん、結論から言うと、風の技のパワーを上げることに成功した。それから、四百年前の自分の人生を見ることが出来たんだ、本当だよ。そこには、風の里の五代目がいた、それが何と、真王、君だったんだ。そして、君の夫で、宗家の守護者が僕だった。僕たちは、過去世でも夫婦として生きてきたんだ。凄い事だと思わないか!?」

 少し興奮気味に話す神一を、真王は、料理の手を休めて見つめた。

「自分の過去世の人生を見たなんて信じられない話だけど……私達なら、前世で夫婦だったとしても不思議ではない気がする」

「そう、それが真実だ。信じられないのは仕方ないけど、近い内に真王にも体験してもらうよ。風の本源のパワーは心の中にあるんだ。きっと真王の力も倍加するはずだ」

「ほんとに?」

 真王が、半信半疑の顔をほころばせた。

 その夜、神一は真王を抱いた。悠久の過去からの、二人の深い縁を知った彼の思いは、深く激しい愛情となって彼女の心を満たした。

 二人は、愛し合った後、その余韻に浸りながら暫く身体を絡ませていた。

「戦いが終わるまで、子供は作れないな。欲しいんだろ? 真王」

 神一が、そう言って真王の顔を見た時には、彼女は既に可愛い寝息をたてていた。


 数日後、神一と真王は、北風博士を京都の研究所に尋ねた。

「やあ、君が真王さんか、源さんから聞いています。さあ、どうぞ」

 博士は、五十才くらいの、眼鏡をかけた細身の紳士で、二人を待ちかねていたように満面の笑みで迎えてくれた。

「早速ですが、スーツが完成しましたので見てもらいましょう」

 助手が、大きな箱を運んできて、中身を取り出してテーブルの上に並べていった。銀色の全身タイツとブルーの上着、手袋、ゴーグル付きのヘッドマスク、靴、そして、剣が二本あった。

「この銀色のタイツは、薄くて軽いですが、耐水、耐熱、耐電、耐衝撃の効果があり、服の下に着ます。そして、このブルーの上下は、あなた方のユニホームです。通常は普通の服ですが戦闘時には体にフィットして動きやすくなります。本来、忍者は黒と決まっていますが、風のイメージで青にしてみました。

 この二本の剣は真王さんの雷撃の受電と放電に使います。では、実際に試してみましょう。実験棟へ案内します」

 北風博士に案内されて、神一達は、一旦外へ出て、大きな工場のような建物へと入っていった。そこは、天井が高い実験棟で様々な実験設備が備えられていた。

「まずは、耐電試験です」

 博士は、神一にスーツと手袋を付けさせて、六千ボルトの高圧線を握らせた。博士が電源を入れた瞬間、神一は思わず身体に力を入れたが、電気の痺れは無かった。

「どうです、何ともないでしょう。本来なら、真っ黒こげになって即死です」

 博士が自慢げに言った。

 次に、耐熱試験が行われ、神一のスーツにガスバーナーを五分間噴射したが、熱さは感じなかった。

 そして、耐衝撃の試験に入った。スーツを着た神一のお腹を、筋肉質な助手が大ハンマーで思い切り叩いたが、何の痛みも感じなかった。このスーツは、普通は布のように柔らかいが、急激な衝撃を与えると硬化して身体を護るのである。

「これは、すごい! これなら、充分実戦に使えます」

「それはよかった。実は、私の家もお爺さんが風の里の出身なんです。同志ですから、これからも何でも相談してください」

「ありがとうございます、心強いです。最後に、真王の雷撃のテストも出来ますか?」

「出来ます。真王さん、戦闘用スーツに着替えて下さい」

 真王は、顔だけが覗く全身タイツに、特性のゴーグル付きのヘッドマスク、ブルーの半袖の上着と、ミニの様なショートパンツという出で立ちで別室から出てくると、巨大な放電装置の前に案内された。

「これは、十万ボルトの放電装置です。最初は手袋を脱いで、真王さんの今迄通りの雷撃をやってみてください、特異体質のあなたなら、問題ないはずです」

 スーツに調査用の配線が取り付けられ、真王が放電装置の前に立つと、放電が開始された。

 彼女は、電気を左手から吸収し、右手から一気に放電すると、的になったコンクリートの壁が吹き飛んだ。

「これは凄いですね……。電流もかなりありますし、電圧は百万ボルトを超えています。ほんとに何ともないのですか?」

 博士は、数値を見ながら、驚きの顔で彼女を見つめていた。

「少し痺れは感じますが、許容範囲内です」

 真王が、事も無げに答えた。

「では、手袋をつけて、両手に剣を持ってやってみましょう」

 真王は、博士に言われるままに準備し、再び放電設備の前に立った。放電された電気は、真王の左手の剣から入り、スーツを介して、右の剣から放電されると、コンクリートの壁を破壊した。だが、その威力は先ほどよりも小さかった。

「これでは、電気を貯めることが出来ないから、破壊力が劣ります。身体への負担はありませんが、放電のタイミングを自分でコントロール出来ません」

 真王は、率直な感想を博士に述べて、神一に視線を移した。

「真王の雷撃は、自在に給電、放電出来るのが、利点です。攻撃するもしないも雷次第では、実戦に向きません。しかし、本物の雷を使うとなると数億ボルトの電圧を受けるから、真王の身体を護るためには、これでいくしかないのですかね」

 神一が、北風博士に意見を求めた。

「そうですね。大容量の蓄電装置は大掛かりなものなってしまいますから、本物の雷の時のみ、この方法を使うようにするといいでしょう。破壊力は問題ないですし、雷雲の操り方次第で自在の攻撃も出来るんじゃないでしょうか」

「なるほど、本物の雷の場合は雷雲を操作するのか! 真王はどう思う?」

「そうね、雷雲の操作で雷撃のタイミングを調整する事は可能だと思う。そのやり方で修行してみるわ」

「そうか、じゃあ、決まりだな。博士、このスーツで修行をやってみます」

「分かりました。何か気付いたことがありましたら、改善しますから連絡してください」

 二人は、スーツを数着受け取ると、北風博士に礼を述べて研究所を後にした。


 それから、何日が経ったある日、神一と真王は修行の為、例の、日本海の孤島へと向かった。

今回の滞在は一週間の予定で、目的は、心の章の奥義を真王に伝える事と、二人の二身一体の技、“雷撃陣”の完成である。

 一日目の夜に、真王は、神一から瞑想の注意事項を聞いた。

「僕は一人で自分の心の中へ入っていったが、瞑想中に何かあると引き返せなくなる事があるそうだ。傍で見守っているから安心して心の旅を楽しんできてくれ」

 彼女は静に目を閉じて、自分の心の中へと深く潜っていった。

 暫くすると、彼女の顔の表情に変化が起こって、怒り、悲しみ、喜び、恐怖、驚きなどの感情が次々と現れては消えた。神一は、その表情の変化から、彼女が今、何処ら辺りを旅しているかが手を取るように分かった。彼女は、データの河で四百年前の自分と出会い、その人生を数時間かけて具に体験した。

 最後に、心の最深部に到達すると、スペースエナジーに包まれ、至福の表情になって、目を開いた。

 目を開けた彼女は、今迄とは違う目で神一を見ていた。

「真王、どうだった? 四百年前の自分が見えたか?」

「本当だったのね」

 真王は、そう言って暫く神一を見つめていたが、神一に抱き着くと、喜びの涙が溢れて頬を伝った。


 翌朝は快晴の秋日和となり、二人は、ブルーの戦闘スーツに身を包んで、“雷撃陣”の訓練に入った。

 “雷撃陣”は、真王の最強の技である雷撃を、神一の風の技と組み合わせた、二身一体の攻撃方法である。

 神一が風を操り上昇気流を起こすと、快晴の空に黒い雲が湧きだした。それは、この季節には珍しい積乱雲となって、もくもくと巨大化してゆき、雲の中で氷の粒が衝突しあって静電気が発生し、稲光と雷鳴が起こると激しい雨となった。

 真王は、両手に剣を持って神一の前方二十メートルの上空に浮かび上がった。風を使っているのか彼女の周りに雨は落ちない。

 彼女が、左手の剣を天に突きあげて、その目がブルーに光った瞬間、天を揺るがす雷鳴が轟いて、突きあげた剣に落雷し、スーツを介して右手の剣から凄まじい雷撃が眼下の大岩に炸裂すると、大岩は木っ端微塵に吹き飛んだ。 更に彼女は、二度、三度と連続して雷撃を放った。放つ度に地上では、雷撃に集中している真王を護るために、神一が風破と風牙を駆使して援護射撃を行っていた。

 自然を操る彼らは、既に神の領域へと足を踏み入れていて、その姿は、風神と雷神を思わせた。

 神一達は、一週間かけて技を練り抜いて“雷撃陣”を完成させた。

「真王、どうだ感触は?」

「そうね、破壊力、落雷のタイミング、持続性、身体への負担、全て問題ないわ。四百年前の私に近づいたと思う」

「例のスペースエナジーに触れてパワーアップしたんだ。しかし、数億ボルトの破壊力は凄いな。現実に使わない事を祈るばかりだ」

「大丈夫。力の加減は出来るから、心配いらないわ」    

「そうか、じゃあ完成だな。明日にでも大阪へ帰ろう」

 神一が、真王の手を取って引き寄せ、口元にやさしいキスをすると。真王は、神一の首に手を回して、その柔らかな唇を寄せてきた。

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