第6話 初戦、土の使い手

 神一と真王が、土鬼帝の車に乗って、一面の草原の中を一時間ほど走ると、車は小さな牧場の中に入っていった。

「ここが、俺の家だ。入ってくれ」

 案内されて、応接間のような部屋に通されると、暫くして、帝の父と名乗る男が入って来た。彼は、土鬼仙一、筋肉質な身体の大男で、鋭い目で神一達を見据えて、ソファーに腰を下ろした。

「私は、風神一、これは、妻の稲妻真王です」

 神一が自己紹介すると土鬼の父の顔色が、さっと変わった。

「宗家の娘さんか……。それで、俺を殺しに来たのか?」

 土鬼の父は、青ざめた顔で真王を見つめた。

「あなた方は土の使い手ですね。……ならば、十七年前の事を聞かせてもらえますか?」

「……」

「私達には、聞く権利がありますよね!」

 神一が語気を強めて、仙一に迫った。

「親父、十七年前の事って何のことだ?」

 土鬼帝も興味を示し父に詰め寄ったが、真王は何の事か分からず怪訝な顔をしていた。暫くして、仙一が観念したように重い口を開いた。

「……十七年前、風の里に伝わる秘伝書をめぐって諍いがあったんだ。宗家の稲妻家は、風の力は強大すぎて、犯罪に利用されると脅威となるから、秘伝書をこの世から消し去るべきだと主張して、土の章、水の章、火の章の三つの秘伝書を渡せと言って来たんだ。

 しかし、代々伝えて来たものを途絶えさせるのは、納得できないと、水神、火王、と私の三人は譲らなかった。何度も話し合ったのだが宗家の意志は固く、結局、稲妻夫妻との戦いになってしまった。

 お互い、奥義を極めた者同士の戦いは命掛けだった。三対二では、さすがの宗家も傷ついてしまった。私達は勝負はついたと、帰ろうとしたんだが、水神が止めを刺してしまった。……真王さんにはすまないと思っている、申し訳ない」

 仙一は、真王に向かって、涙ながらに深々と頭を下げた。

「どういう事なの? 両親は事故で死んだんじゃなかったの!?」

 真王が、動揺と怒りを含んだ顔で神一を睨んだ。

「ごめんよ、僕も卒業してから聞かされたんだが、言い出せなくて……」

「そんな大事な事……」

 真王は、突然、両親が殺されたと聞いて、俯いて押し黙ってしまったが、それは、噴出する怒りを抑える事に必死になっていたからである。

「土の秘伝書は、お返しする。私達と戦って恨みを晴らすと良い。私達に後れを取るようなら、水神と火王の二人には勝てまい」

 神一は、秘伝書を受け取ると、暖炉の中に放り込んで燃やしてしまった。

 四人が外へ出ると、

「まず、俺が相手をする!」

 帝が、神一の前に立った。

「よし、やろう!」

 神一は上着を脱いで真王に預けると、土鬼との間合いを取って、風破の構えに入った。すると、土鬼は自分の周りに、つむじ風を起こして、その砂塵の中に姿を消した。つむじ風が収まると、そこに土鬼の姿は無かった。

 神一が、彼の姿を求めて辺りを見回した、その時。一本の手が地面を突き破り、神一の足を鷲掴んだ。「何!」足を取られた神一は、バランスを崩して倒され、ググっと地中に引っ張り込まれそうになるのを、風破を浴びせて凌いだが、土鬼の姿は既に無かった。

「地中を自在に動けるのか?」神一が、地面に気を配りながら呟くと、再び、土鬼の太い腕がボコッと地面を突き破って伸びて来た。神一は飛び上がり様に風破を撃ち込んだが、またしても手応えは無かった。

 出ては叩くモグラ叩きが暫く続いていたが、神一は、悪戯っぽい笑みを浮かべると、土鬼が出て来た一つの穴に向かって手を翳し、いきなり、全力の風破を放った。すると、土鬼が掘った全ての穴から土煙が吹きあがり、土鬼はたまらず飛び出してきた。

 神一が、ここぞとばかりに風に乗って土鬼に突進した時、地面が波のように逆巻いて空中にせり上がると、神一目掛けて滝の如くに降り注いだ。不意を食らった神一は、土の波に飲まれて、地上に叩き落されてしまった。土鬼は土を自在に変化させ、操ることも出来るのだ。

 泥まみれになった神一が立ち上がると、土鬼は、数十本の土の槍を出現させ、彼に放った。神一は、風破で、半分ほどの土の槍を撃ち落としたが、間に合わず、空中に舞い上がって土の槍から逃げた。

 神一は、そのまま空中を逃げ回っていたが、急旋回し、土の槍を引き連れて、土鬼目掛けて突進した。

 不意を突かれた土鬼が、土壁を作り防御した瞬間、神一を追いかけて来た土の槍が、次々と土壁に突き刺さった。

 土煙が、もうもうと上がって、土鬼が神一を見失い振り向いた刹那、彼の後ろに降り立った神一の風破が頭部に炸裂し、土鬼は倒れ動かなくなった。


「帝!」

 土鬼の父、仙一が息子に駆け寄った。

「大丈夫です、脳震盪を起こしているだけですから」

「さすがだな、相手を殺さずに封じる業か……。お嬢さん、勝負はついたようなものだが、あなたの力も見てみたい。是非、お相手をお願いします」

 仙一は、そう言うと、真王の前に進み出た。真王は辛うじて怒りを抑え、平常心を保っていた。

「承知!」真王の吊り上がった眼が怒気を含んで更に吊り上がった。

 二人が対峙すると、仙一は、印を結んで何かを唱えだした。真王も胸の前で両手を組むと、目を閉じて気を集中させた。

 仙一の右手がスッと上がったと思うと、いきなり無数の土の槍が出現して、真王目掛けて放たれた。彼女は、後方にひと飛びすると、土の槍を、風御の風を使って、グッと止めた。二人の風がぶつかり、土の槍は空中で静止したまま小刻みに震えた。力と力のぶつかり合いだったが、仙一のパワーは帝の比ではなかった。静止していた土の槍が徐々にスピードを増して彼女を襲った。

 真王は風御を解いて、全力の風の盾で土の槍を防ぐと、今度は、牧場の柵に使われている丸太の杭や、大きな石を風で引っこ抜いて全方向から、仙一を攻めた。仙一は、土を防波堤のように変化させて難なく防ぐと、巨大な土の龍を出現させた。

 土の技の奥義“龍の牙”である。土の龍は真王を一飲み出来るような大きな口を開けて、その鋭い歯で真王を追いかけ、噛み砕こうとした。

 彼女は、空中に舞い上がって、土の龍から必死で逃げながら、いつの間にか二つのつむじ風を作っていて、その二つのつむじ風がぶつかった摩擦電気を自分の身体に取り込んだ。 そして、土の龍が真王を飲み込もうとした瞬間、彼女の眼が青白く光って、その手から凄まじい雷撃が放たれた。雷は土の龍を木っ端微塵に粉砕し、更に、二発目の雷撃が仙一の近くにあった大きな石に炸裂すると、その衝撃波をまともに食らった仙一は、吹き飛ばされ、気絶して勝負はついた。

 神一は、初めて見る真王の戦いの凄さに舌を巻いていた。

 地上に降り立った真王の顔からは怒りが消えていて、仙一を抱き起し軽い電撃で目を覚まさせると、仙一に告げた。

「これで、全て忘れます。風の宗家として言いますが、今後、貴方達の技を伝承する事を禁止します。いいですね」

「ありがとうございます。これで、胸のつかえが少し取れました。宗家の御命令に従います」

 仙一は、真王の手を取って、はらはらと涙を流した。

 戦いが終わると、彼らには、何のわだかまりも無かった。四人には、風の戦士としての強い絆が生まれていたのである。

 神一達は彼らに別れを告げ、旅行を楽しんでから、大阪へと帰っていった。


 大阪へ帰った神一と真王は、探偵業に復帰していた。神一は図らずも、北海道で風の戦いの初戦を勝利して、彼らを味方に出来た事に満足していたが、真王は、両親の死の真相を聞かされたショックが尾を引いていて、元気がなかった。

 そんな真王を見ていた、神一の母、正子が部屋に入って来て真王の傍に座ると、そっと抱き寄せた。

「私は、あなたの母親でもあるのよ。泣きたいときは泣いていいのよ、気のすむまでお泣き」

 真王の眼から涙が溢れだし、「ワーッ」と声を出して正子の胸に顔をうずめた。正子は、「よしよし」と彼女の頭をなでながら、共に涙を流していた。

 ひとしきり泣いて、顔を上げた真王の涙を、正子はやさしく拭いてやりながら、真王の母との思い出を語りだした。

「私達は、歳も近かったから、小さい頃から姉妹のように育ったのよ。風の修行も共に汗を流した。苦しかったけど、楽しい思い出もいっぱいあった。大人になって、お互い愛する人と結婚して子供も生まれた。そんな時に、あの事件が起きて彼女は逝ってしまった。悲しくて、自分の一部をとられた感じがしたわ。あなたは小さかったから思い出が無いだろうけれど、あなたのお母さんは今も私の中にいる。だから、私を本当のお母さんだと思ってほしいの。いいわね」  

 真王が、頷いて正子の胸に抱きつくと、母の匂いが、温もりが、彼女を包み込んだ。


 ある日の夜、喫茶ウインドの常連が顔を合わせていた。神一の父、大(まさる)、母、正子、風間警部、おかまの風子、ホステスの風音、ママの風花、厨房の風太郎、源爺、そして、神一と真王の十名である。

「神一と真王には話してなかったが、此処に居るメンバーは皆、風の里の出身なんじゃ。皆で力を合わせ、秘伝書の奪回に向けての調査にも頑張ってくれていて、探偵の仕事も手伝ってもらっている。お前たちが新婚旅行で土鬼と出くわすとは思わなかったが、結果的に、一件片付いたのは良かった。だが、真王にとっては、悲しい旅にさせてしまった事は、この爺の責任じゃ、もっと早く両親の死の真相を話すべきだったと後悔している。すまない、真王」

 風の里の長老、源爺が真王に頭を下げた。

「おじいちゃん、もういいから」

 真王は、正子の胸で泣いた時、本当の母親に抱かれているように感じることが出来て、気持ちが吹切れ、いつもの真王に戻っていた。

「今度は九州の火王ね。私達も調査を開始しているから、その都度報告するわ。真王ちゃん達は、調査はいいから、探偵をしながら火と水の技の研究をしておいて」

 風花ママがお茶を運びながら言うと、

「水神の方は大阪から、兵庫の山奥へ引っ越したらしい。彼らは、使い手の中でも最強と言われているから、慎重に調査する必要がある。それから、弟子をとって訓練をしていると言う話も漏れてきている。馬鹿な奴が事件を犯さねばいいのだが、こちらも急がねばなるまい」

 風間警部が顔を険しくして話した。

「中途半端な風の力を付けた人間が、たくさん出て来たら怖いわね」

「そうだね。未熟な者が使えば、手加減が出来ないから、人を殺しかねない」

 真王の言葉に、神一も、ため息交じりで応じた。

「風使いなら雰囲気でわかるから、それらしいのが居たら、神ちゃん達に連絡するから、やっつけちゃって」

 風音が、神一に向かって悩まし気なウインクをした。

「はあ」

 神一が、少し、はにかんだのを見て、おかまの風子が絡んで来た。

「あら、神ちゃん赤くなってる。うぶねえ」

「堪忍してください」

 神一が、頭をかいて困り顔で言うと、ドッと笑い声が上がった。

「ともかく、宗家を護ることが、此処に集まった者の使命だ。宗家の真王ちゃんと神一は、風の里の最後の切り札でもある。今後とも二人を支えてやってくれ」

 神一の父、大が締めくくって、その日は散会となった。

 

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