第2話 風の修行

 夏休みが終わって二学期になった。神一と真王は、風の修行に専念しすぎて、学校の勉強が疎かになっていた。

「最近、授業も上の空みたいで、成績が落ちて来てるけど何かあったの? 長距離の通学も大変だと思うけど、しっかり勉強しないと高校や大学に行けないわよ。授業に集中しなさい」

 校長先生が、俯く神一と真王に優しく諭すと、二人は勉強にも励むようになった。


 厳しい修行に耐えて、瞬く間に一年が過ぎると、神一と真王は風の実力をメキメキと上げていて、修行は、武器としての風の使い方の段階に入っていた。

「この風の修行の目的は、風の力を身に着けた悪人が出た時に、戦い勝つ為のものだから、対戦訓練が必要となる。基本の訓練は、ほぼ完成したようだから、今日からは実戦に即した修行に入っていこう」

 源爺の話で、二人は、風の力を使う人間が源爺以外にも居る事を知った。そして、自分達が修行をしているのは、その使い手達と戦う為なんだと朧気ながら気付き始めていた。

 神一達を訓練する源爺の顔が、以前より厳しくなって、神一達の眼の色も変わった。

「風の武器には、風牙(ふうが、高速の風で全てをぶった切る技)、風の盾(風圧で、攻撃を防御する技)、風破(かざは、掌や足から一気に風を放ち攻撃する技)、風御(ふうご、風で物体【刀やナイフ、鉄球など】を動かし武器とする技)、竜の風(竜巻を制御して、全てを吹き飛ばす最強の技。小型化して、自在に竜の如く操る事も出来る)、これだけの技がある。 

 風の盾は防御だから必須だが、自分の得意な技を身に着けて、磨き上げることが大事だ。全てを習得するには時間が無いかもしれんからな。

 そして、此処が一番肝心なところだ、全ての技は殺傷能力があるという事を忘れるな! お前達も、一つ間違えば命を落とすことになる。心して取り組んでもらいたい。いいな!」

 「命を落とす」と聞いて、二人の心に恐怖心が起きたが、後戻りするわけにはいかなかった。二人は、まず、風の盾を修得すると、神一は風破(かざは)を、真王は風御(ふうご)を選択した。

 風破は、風を掌に集めて一気に放ち、その衝撃で相手を倒す技で、風の衝撃波のようなものである。強力になると、相手の内臓を破壊してしまうから、実戦では、力のコントロールが必要となってくる。神一は、一メートルくらいの大きさの石の前に立つと、懸命に風を放ったが、石の上の埃を飛ばすだけで、石はビクともしなかった。

 一方、真王の風御は、武器となる物体を風に乗せて自在に操り、相手を攻撃する技で、物体を操る念動力に似ている(本来は、刀や手裏剣、鉄球などを使う)。彼女は、まず、小さな石を風に乗せて、二十メートル先の空き缶を撃ち抜く訓練に入ったが、思うように石は飛ばなかった。

 

 二人の修行は、相変わらず登下校の時間も惜しんで、山道を駆けながら行われ、夜は学校の勉強、休みの日は朝から晩まで修行に明け暮れて、気が付けば二年という月日が経っていた。神一は中学二年に、真王は中学一年になっていた。修行を続けながらも、二人は、相変わらず、布団を並べて寝ていて、真王も自分の寝顔を神一に見せる事にも無頓着だった。異性と言うより、兄妹の気持ちが強かったようだ。

 学校の行き帰りは、風に乗って山の木々をかすめて飛んだ。この頃には、山を抜けるまで十分とかからななかった。

 中学生になるとスカートの制服を着るから、通学時にいつもは先を争う彼女も、神一の前を飛ばなくなった。

「先に行って。私のパンツを見たいの?」

「えっ、あ、そうか、真王もお年頃だもんな」

 神一は照れながら、最近女性らしくなった真王をちらりと見た。

 激しい修行の末に二人は、風破と、風御を修得して、既に対戦訓練に入っていた。

 真王は、野球のボールくらいの十数個の石を自在にコントロールする力を付けていた。真王が操る石が次々と神一を襲うと、神一の風破が音を立てて放たれ的確に打ち砕いていった。彼も、二十メートル以内なら風破で小石を撃ち砕く力を付けていて、例の一メートルの石も一撃で木っ端微塵に砕く事が出来るようになっていた。

 当初、二人は防具を付けて戦ったが、それでも、生傷や打撲痕は絶えなかった。戦闘中はお互いを思いやる事も出来ずに、敵として戦わなければならなかった。手心を加えたり、音を上げそうになると源爺の叱責が飛んだ。限界を超えた訓練は二人の身体も心もボロボロにしていった。

 二人は、その身心を癒すかのように、朝になると無意識に抱き合って寝ていた。不思議と寝ている時は、抱き合っていても感電する事は無かった。神一が目覚めると真王の顔が目の前にあって、甘い髪の香りが神一の心を癒した。神一は彼女の腕を解いて、そっと自分の布団に戻って朝を迎えるのだった。時には、真王が神一の布団に居る事もあった。

 心身ともの極限状態にあって、神一と真王が無意識に求めたものは、互いの匂いであり、鼓動であり、温もりだった。それは、生きている実感への渇望か、単なる癒しへの渇望だったのか、それとも、愛だったのか、二人にも分からなかった。


 そんな最悪の期間を二人の絆で見事に勝ち越え、今は、防具を脱いでも自在に戦えるようになっていた。力のコントロールが出来るようになったのだ。

 春がやって来て、神一は三年生になった。

「お前たちの修行も、神一が中学を卒業するまでの一年となった。神一も大阪へ出たら今のような修業は出来なくなるだろうから、この一年が最後と思って頑張ってくれ。決して他人にこの技を見せてはいけないぞ」

 源爺の言葉に、真王が一瞬寂しそうな顔になるのを神一は見逃さなかった。

「一年たてば、大阪でまた会えるよ。同じ高校に来るんだよ」

 真王の顔に笑顔が戻って「うん」と頷いた。真王も十四歳になって、背は相変わらず低かったが、少しずつ子供から大人の身体へと変わりつつあって、綺麗になったと神一は思った。

「ところで、帯電体質の方はよくなったの?」

 神一が、真王の顔を覗き込むように聞くと、いきなり真王が神一の手を素手で握ってきた。思わず手を振り払おうとした神一だったが、電気は感じなかった。

「コントロールできるようになったんだね、よかったなあ」

 神一が彼女の両手を取って、歓喜の声を上げた。

「ありがとう。放電、蓄電が自在にできるようになったから、これも武器の一つになると思う」

「うむ、少し、雷の章を修行してみるか。神一は竜の風に挑戦してみろ」

 源爺の指示で、二人の最後の修行が始まった。

 二人とも基本は完全に出来ているから、飲み込みも早かった。神一はつむじ風を起こして、それをコントロールして岩に激突させたり、水を巻き上げたりしたが、まだまだ竜巻のレベルではなかった。だが、日にちが経つにつれて、彼は雲を操る事を覚え、巨大な竜巻を出現させる事に成功して、風の里の木々を倒さんばかりに揺らした。

「神一! それくらいにしておけ、里が壊れてしまうぞ」

 あまりのパワーの強大さに源爺がストップをかけた。

 真王の、雷の修行も凄まじかった。二つのつむじ風を激突させて、その摩擦で起きた電気を身体に取り込み、一気に相手に放電する真王ならではの技である。今は、接近戦でしか使えなかったし、電力が大きすぎると身体に負担がかかってしまう難点があった。だが、彼女は雷雲を発生させて、自然の雷を操る修行へと入っていった。


 学校では、帯電体質も消え、真王に友達も出来て、普通の学校生活が送れるようになっていた。ある日の帰り道、お互いの今日の出来事を話し合いながら山道を登っていると、前方に二メートルはありそうな、大イノシシに出くわした。神一が、真王をかばって前に出て、風破の構えになった。

「神ちゃん、私に任せて!」

 真王は、神一を制して前に出ると、風を起こし大イノシシを宙に浮かせた。イノシシは足をバタつかせながら彼らの頭上を通過して、下の山道にそっと下ろされた。イノシシは、振り返りもしないで一目散に立ち去っていった。

「真王は優しいんだな。今日は猪鍋が食えると思っていたのに残念だったなあ」

「ばか」

 月日は経って、終に修行の終わりの日が来た。彼らは、ほぼ、すべての風の技を修得しており、彼女に至っては、雷の技も身に付けていた。

 家に帰って囲炉裏を囲むと、源爺は、風、心、雷の三つの巻物を火の中に投げ入れた。

「これで、修行は終わりだ。神一も真王もよく頑張って、立派な風の戦士になった。来月には、神一も大阪へ行ってしまうし寂しくなるが、来年の春には、わし達も大阪へ行くからな。また一緒に暮らすことになるだろう。

 この稲妻家は風の宗家の末裔でな、真王はその血を継いでいる。帯電体質もその証の一つだろう。さて、これからの事なんだが……」

 源爺は、言葉を切って二人をじっと見てから再び話し始めた。

「二人とも、風の力を付けた以上、他人にその事を知られてはいけない。知られてしまうと、超能力者として、世間のさらし者になってしまう可能性があるからだ。残る三つの秘伝書の件も隠密裏に運ばねばならない。

 そこで、今後協力し合って事に当たらなければならないなら、お前たちは夫婦になるのが一番いいと思うんだが、どうだろう。むろん、高校を卒業してからの話だが」

 神一達は、突然の結婚の話に「夫婦?」と言って顔を見合わせた。 

「神ちゃん、私みたいなチビなんかと結婚したくないでしょ」

「えっ、いや、そんな事は……」

 神一は、真王に見つめられて、思わず視線をそらした。

「いや、無理にというのではないから、考えておいてくれ」

「……」


 神一が、出発する前の夜、いつものように、二人は布団を並べて遅くまで語り合った。

「俺が居なくなると寂しい?」

「寂しくなんかない。すぐ会えるし、友達もいるから」

「そうか、よかった」

「夫婦になる話だけど、……僕は真王さえよかったらそうしたいと思う」

 神一は、顔を赤らめながら言った。

「ほんとに私でいいの? 嬉しい!」

 真王の瞳が潤んで、神一の布団の中に飛び込んで来た。神一は、思わずドキッとしたが、見つめ合って真王が静かに目を閉じると、二人は、初めての口づけをした。それは、唇を合わせただけのものだったが、うぶな二人の婚約の儀式でもあった。

 次の朝、綺麗に晴れた故郷の山々を感慨深げに仰ぎながら、神一は大阪へと旅立って行った。

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