風探偵

安田 けいじ

第1話 風の里の二人

(主な登場人物)


風 神一   風の宗家の守り人、風を使う

稲妻真王   風の宗家、雷を使う

稲妻源太郎  風の長老

風 大    神一の父、探偵社を経営

風 正子   神一の母

水神一鬼   水の使い手の総帥

水神天真   神一の宿敵

水神雷武   天真の弟、雷を使う

火王 勝   火を使う、父

火王竜一   火を使う 息子

土鬼仙一   土を使う 父

土鬼 帝   土を使う 息子


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和歌山県中部の人里離れた山奥に、数軒の集落があった。今は廃れてしまったこの里も、戦国時代には、土、水、火、風、雷などの技を使う、風の一族と呼ばれる数百人の忍者軍団が住んでいた。

 その力の凄まじさに恐怖を覚えた時の権力者信長は、彼らを抹殺せんと大軍を持って、風の里を攻めたが、四方を山に囲まれた地形は天然の要塞となって大軍の侵攻を阻み、更に風の一族の激しい攻撃に遭うと、信長は討伐を断念したという伝説が残るほどの、最強の忍者の里だったのである。彼らは、龍の風、水龍、火竜、、土龍など、龍を使う技が多いことから、龍の一族とも呼ばれ恐れられた。


それから四百五十年後、風の里は、年月と共に多くの者は街に出てゆき、今は数軒が密かに暮らしているだけだった。

 里に子供は二人しかいなかった。一人は、林業で暮らす夫婦の子、風神一(かぜしんいち)。今一人は、一歳年下の稲妻真王(いなずままお)、彼女の両親は事故で亡くなっていて、おじいさんと二人暮らしである。

 学校までは、車も自転車も通れない約十キロの山道を、二時間以上かけて歩くしかなかった。二人はいつも一緒に登下校していて、谷川の大きな石の上を忍者のようにぴょんぴょんと飛び、先を争うように山道を駆けていた。

 彼女は、クラスでは一番背が低かったが、足は速かった。

 上級生になる頃には、二人の足腰は更に鍛えられ、四十分で学校に着くようになっていて、学校では、かけっこで二人に敵う者はいなくなっていた。

 大自然に囲まれた、山奥での平和な生活のよう思われたが、真王には、ある悩みがあった。それは、生来の帯電体質で、人や金物に触れるとスパークしてしまうのである。神一が、彼女の手に触れて感電し、気を失いかけた事もあった。その為、学校では敬遠され、友達は出来なくて、ゴムの手袋をして暗い顔で教室の隅にいる事が多かった。それでも、神一にだけは心を開いていて、彼と一緒に登下校する時だけが、彼女の楽しみだったようだ。

 神一が小学五年生になった時のこと、突然、父から話があると部屋に呼ばれた。

「神一、実は、お父さん達の仕事の事なんだが、こちらでの仕事が今月で終わる事になったんだ。それで、来月から大阪の方で働くことにした。他の家の者も同じで、集落で残るのは稲妻家だけとなってしまうんだ。

 だが、お前が居なくなると、真王ちゃんは一人で山道を通う事になる。それでは、彼女が可哀想だ。

 そこで、お前が中学を卒業するまで、稲妻家で面倒を見てもらおうと思っている。

 真王ちゃんは、お前を頼ってくれているから、彼女の事を考えると、それが一番いい選択だと思うんだが、神一はどう思う?」

「稲妻の爺ちゃんとこで、一緒に暮らすの?」

 神一が、不安そうな顔で日焼けした父の顔を見た。

「そうだ、爺ちゃんも歳だから、働きに出るのは無理がある。お前が真王ちゃんを護ってやってほしいんだ」

「……分かった。僕、こっちで頑張るよ」

「そうか、苦労を掛けてすまんな。高校へ行くときは大阪へ呼ぶからな。それまで辛抱してくれ」

 神一は、両親と離れて、知り合いとはいえ他人と暮らさなければいけないと思うと、不安は募ったが「真王を護る」との言葉に反応し、頑張るしかないと腹を決めた。

 真王が小学生になり、共に通学するようになってから、可哀想な境遇の彼女を護るのは自分の役目だと、いつも思ってきたからである。


 四月の末、鶯の鳴き声があちこちから聞こえてくる長閑な朝だった。

「神一、寂しい思いをさせるけど、お前なら大丈夫だね。頑張るのよ」

 母は、笑顔でそう言って父と共に大阪へ旅立っていった。

 そして、神一は稲妻家の一員となった。稲妻の爺さんは、源太郎と言い、通称、源爺(げんじい)と呼ばれていた。歳は七十くらいだが、がっしりとした体格をしていて、田畑を耕し自給自足の生活をしていた。家事は、幼い真王の仕事だった。

 一緒に暮らすようになった神一と真王は、最初は、お互い恥ずかしくてぎこちなかったが、一月もすると「神ちゃん」「真王」と呼び合って兄弟のように接することが出来るようになっていて、寝る時も同じ部屋で布団を並べて眠った。

 真王は、相変わらずゴム手袋は手放せなかった。神一も、家事や、畑を手伝ったりしたが、子供の体力では大した戦力にはならなかった。生活費は神一の両親から毎月仕送りがあり、源爺も多少の貯えがあったので食うに困る事は無かった。

 神一が稲妻家での生活に慣れて来た、ある日のこと。二人は、源爺から驚くべき話を聞かされたのである。

 源爺は、かしこまる二人を前にして、真剣な面持ちで話しだした。

「お前たちも知っての通り、私達の祖先は、風を操る不思議な力を持っていた。その秘術を記した巻物が代々我が家にも受け継がれてきたんじゃ。風の宗家でもある我が稲妻家には、雷の章と心の章。風家には、風の章。此処にはこの三つの巻物がある」

 源爺は、その古びた巻物を二人の前に並べて置いた。

「戦国時代から五百年が経ち、今の時代、この力を付けたからといって幸せになるわけではない。むしろ、悪用されれば、殺戮の武器にもなってしまうから、無い方がいいんじゃが、問題は各地に散らばった他の秘伝書「火の章、地の章、水の章」の行方だ。

 秘伝書を読んだからと言って、簡単に使い手になれる性質のものではないが、その力を付けて悪用する人間が現れないとも限らない。そこで、お前達にお願いなんじゃが、全ての秘伝書を回収してこの世から抹殺してほしいんだ。やってもらえるかな?」

 神一達は、キョトンとした顔で聞いていた。

「お前達には、まだ飲み込めないだろうが、その為には、風の使い手になる必要がある。修行をするなら今しかない。是非やってもらいたいんじゃ」

 源爺は、顔を突き出すようにして、小さな二人に頭を下げた。

「その修行をすれば、私の帯電体質をなんとかできるの?」

 真王が、食い入るような目で源爺を見つめた。

「本来、この六つの巻物は、元々一つの物を分類したものだ。風の章に全てが含まれていて、あとは応用編なんじゃ。風は、気で動かす。気は心の制御、つまり、精神統一が肝心となるから、お前の体質のコントロールも可能なはずじゃ」

「だったらやってみる」

 神一は驚いて真王の顔を見たが、真王がやるならと、神一も頷いた。

「よし、では、学校が休みの日を修行の時間としよう。風の章には、具体的な技が網羅されている。心の章では、修行の為の心構えや、心の作用、精神集中の方法などが書かれてあるからよく読んでおくといい。雷の章は、今回は必要ない」


その土曜日、三人は近くの谷川の大きな石の上に立った。山には新緑が芽を吹いていて、五月の爽やかな風が頬を撫でて心地よかった。

「この谷は常に風が吹いている。まずは、この風を動かすことから始めよう。訓練で大事なことは、風を感じ、風と友達になることだ。そうなれば、こちらの言うことを聞いてくれる。見本を見せよう」

 源爺は、岩の上にあぐらをかいて座ると、両手の指を組んで、目を閉じて瞑想するような格好になった。

 不意に、静かに流れていた風が、急に源爺の周りを回りだして、彼の服や髪の毛が風に揺れ出した。段々と風の勢いが増して、木の葉や砂塵を巻き上げると、風の渦巻きがはっきりと見えた。更に、風の渦巻きが強く大きくなると、木々が騒めいて、近くにいた鳥たちが一斉に羽音をたてて飛び立っていった。次の瞬間、風は暴風となり、辺りの物を飲み込み、凄まじい竜巻となって、谷の木々を薙ぎ倒さんばかりに揺らした。

 神一と真王は、吹き飛ばされそうになるのを、必死で岩にしがみつきながら見ると、風の渦は龍のように空へと続いていた。

 源爺が目を開けると、竜巻は消えて、元の緩やかな風に戻っていった。

「どうだ、これが風の技だ」

 二人は、驚きの目で源爺の顔を見つめるしかなかった。 

 そして、神一と真王の修行が始まったが、一日目は、何を得るでもなく終わった。

「そう簡単に、出来るはずもない。わしは、風を動かすまで三年はかかったからな」

「三年も……」

 源爺の言葉に、二人はガックリと肩を落とした。

 精神を集中させることは体力の消耗が激しくて、二人は食事を済ますと、倒れるように布団の上に転がった。

それから二人は、時間を見つけては我が心を風に集中させた。学校の行き帰りも、駆けながら風を意識しての修行の場となった。

「真王、何か感じる? 僕は全然わからん」

 神一が、気になって聞いてみた。一緒に修行をする以上、彼女はライバルでもあった。

「分からんけど、頑張る!」 

 まだ十歳前後の二人には、難しい事は分からなかったが、純真さだけはあった。風の事が頭から離れず夢にまで見るような生活が数カ月続いて、夏休みとなった。


 毎日、朝から晩まで修行に明け暮れていると、ある日突然、真王の周りに変化が起きた。

 僅かだが、風が纏わりだして、彼女のおかっぱ頭の髪を揺らし始めたのだ。そして、次の日には、風は唸りを上げて舞い出したのである。

 神一は、年下の真王に先を越された事が悔しかった。彼女には、帯電体質を何とかしたいという切実な目標があったから、その差が出たのかも知れないと神一は思った。

 神一の心に火がついて顔つきが変わった。そして、数日経つと、神一の心にも風を感じるようになり、風と話しが出来るようになった。風よ回れと念じると、神一の周りに風が回転をはじめ、更に念じると、小さなつむじ風が巻き上がって消えた。神一は、初めて風を動かせた事に嬉しさを隠せなかったが、同時に激しい疲労感に襲われていた。

「神ちゃんやったね」

「真王が出来たから、僕にも出来る気がした。お前のお陰だよ」

 二人は、不可能と思われた事が自分達にも出来た事が嬉しくて、抱き合って喜びたい気持ちになったが、彼女の帯電体質がそれを許さなかった。

「ほう、こいつは凄いな。血は争えんという事か……」

 二人を見ていた源爺が、驚きを隠せないふうに呟いた。

「よし、今の感覚を忘れるな。あとは、修練あるのみだ!」

 疲れを知らない年齢だったが、朝から晩までの修行は、さすがに、二人の疲れもピークに達していた。源爺は二人の疲れを考えて、一日休みを取った。

 そして次の日から、新たな訓練が始まった。

「次は、飛行術を教えよう。飛行と言っても空を飛べるわけじゃないぞ。風に乗ってジャンプするんだが、問題は着地だ。これをマスターしておかないと大怪我をしてしまうからな」

 源爺の指示で、二人は高さ五メートルの崖の上からジャンプする訓練が始まった。ジャンプして風に乗って、ゆっくり降りる着地の練習である。下は深い川なので怪我をする事は無かったが、動きながら風を動かす技は、一段ランクが上がり、座して精神集中する事とは訳が違った。

 神一と真王は、代わる代わる石の上からジャンプしたが、普通に水面にドボンと落ちて引力を証明するだけだった。夏の事で、水遊びのようにも見えたが、二人の顔は真剣だった。

 着地寸前に上昇気流を起こして自分の身体を浮かせる訓練を重ねるうち、体勢を崩しながらも着水前に身体がふわっと浮くようになった。今度も真王が一日早かった。そして、夏休みが終わる頃には、数十メートル自力で浮き上がり、降下して、ゆっくり着地する事が出来るまでになっていた。

 二人の成長の速さに、源爺も舌を巻いた。

「数カ月で、ここまで出来るとは大したもんだ。最後に、風の無いところで、風を使う訓練がある。これを習得すれば、いつでもどこでも風を使うことが出来る。その為には常に風の子を自分の近くに持っておくことだ。そうすれば、その風を増幅させて、いつでも使うことができる。これは応用編だ。自分達で考えてやってみろ。

 それから、最終段階になると、大気を動かして、雨や雷を操ることが出来るが、それはまた次の話だ。お前たちの力はまだまだ未熟だ。今後とも修練を怠るんじゃないぞ」

 頷く幼い二人の逞しい顔が、夕日に照らされて赤く染まった。

 この時、二人は修行の果てに何があるのか、又、自分達がやろうとしている事は何なのかもよく分かっていなかった。

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