雨女フィーバータイム

 友達にとんでもない雨女がいた。

 学校のことある行事を雨で潰し、私用の遊びの日は毎回雨が降り、晴れたと思わせてのゲリラ豪雨。

 勿論、晴れの日はあるにはあるのだけど、雨が降るのはいつだってその友達が楽しみにしている当日だった。


「ハル。風邪引くよ」


 雨宮あまみや晴子はるこ。そんな名前の友達。雨の神を祀っているのか、晴れてほしいのか分からん名前をしている友達。

 ハルは自分が雨女だと自覚している。自覚しているからこそ、ハルは雨が好きだった。

 雨が降る日、ハルは傘も雨合羽も使わず、髪や服をビッチャビチャにしながらはしゃいでいた。今時の小学生ですらしないはしゃぎ方をしているからこそ、この雨は文字通り故意で降らせているのではないかと疑ってしまう。さては竜王か?

 とはいえ、ハルが自覚ありの雨女であっても、決して学校の行事や遊びに行く予定が嫌だから降らしているわけではない。寧ろ楽しみにさえしている。

 中学の頃、例の如く毎度雨が降り、延期に延期を重ね、小雨程度で雨天決行した体育祭があった。ハルは誰よりも楽しそうに走り、跳び、応援していた。そこでなんとなく行事も雨もどっちも好きなんだろうと察した。


「私はどうしようもない程の雨女だからさ。もう降るって分かっているのなら好きになったほうが良くない? それなら雨でも嫌な思いしないでいいでしょ?」


 ……雨なのに太陽みたいに笑う友達だった。

 ハンバーグとカレー。どっちも食べたらお腹を壊しそうだけど、どちらも揃えばこれ以上にない程喜ぶような、子供のような友達だった。


「……また雨」

「ちょっとハル〜。雨降らさないでよ」

「降らせないようにコントロール出来たら私だって苦労しないって!」


 ハルはとんでもない程の雨女だ。だからこそ、ハルには雨を降らさず、晴れを維持させる事ができなかった。

ハルは雨が好きだったけど、他の人は雨が好きじゃなかった。

 どんなに晴れていても鞄には折り畳み傘が入っており、クラスの傘立ては常に満員。何でもない日でも雨が降ればハルを見てため息を吐いていた。


「もうお前、学校に来んな」


 ハルがいじめられるようになった。

 雨が降るのを全部ハルに押し付けて事あるごとにハルはいじめられた。

 雨にちなんで荷物やジャージをトイレや水溜りに落とされ、本人はバケツで水をかけられた。

 始めこそ、ちょっとした冗談で済ませられたのに、一度流れた水が呼び水となり、いじめる人が一人、もうひとりと増えていった。

 教師は止めはしなかった。今まで生徒と一緒に雨女ネタで笑っていたのだ。今更辞めろと言ったら手のひら返しと言われ、非難されるのを恐れているからだ。


 ……私は弱かった。ハルを庇う事もできず、放課後にべしょべしょに泣いている所を、全身べしょべしょのハルが励ましてしまう程に弱かった。

 ハルを庇えず、ハルに励ましてもらって……陰でハルと仲良くする事でしか出来なかった。


「今日は……雨宮は休みか?」


 ハルが学校を休んだ。理由は風邪。いじめの水掛けではなく、普通に雨に当たり過ぎただけだった。

 そんな小学生みたいな理由で休んだハルのいない日は、これまでにないぐらい快晴だった。


「……もうハル来なくてよくね?」


 誰かが言った言葉に私は何も言い返せず、涙を溢した。そしたら「やっぱりお前も本当はハルがいない方が良かったんだな」なんて言われ、小学生以来の男子とマジの喧嘩をした。

 ハルがいじめられた事に立ち上がれなかったくせに、お門違いに腹を立てて殴りかかってしまった。

 結局、周りからすれば陰気女が図星で逆ギレしたと思われ、私と私を笑った男子は停学処分を受けた。


 それでもって、停学明けに学校に行ったらハルが事故で死んだ事を告げられた。


 急いで飛ばした車が、前日の雨で出来た水溜りに突っ込み、タイヤが浮いてしまい、そのまま登校中のハルに突っ込んだらしい。


「…………」


 ハルが死んだらしい。

 葬式に行ってお焼香もあげた。

 火葬の日は学校だった。

 ……ハルが死んで二週間ぐらいずっと晴れだった。


「アイツが死んだのは自業自得だ」


 どっかのバカがそんな事を言った。

 ハルが雨を降らし、その雨で水溜りができ、雨のせいで車が急いで、雨が降ったからハルが事故にあった。

 ——雨が降ったからハルが死んだ。


「………バカみたい」


 そんな事を言ったバカに、雨で死んだハルに、何の力にもなれなかった自分にそう呟いた。

 停学前の様に拳を握る事もない。あまりにも虚し過ぎて相手をする気力も起きない。


 停学明け、ハルの葬式後、私は一週間学校を休んだ。……その一週間、毎日の様に季節外れの豪雨が降った。


 ハルより少し劣っている晴れ女として、ハルの助けになれなくて酷く悔しかった。

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