個人用終末時計
独りで死ぬ夢を見た。
冷蔵庫しかない静かな部屋の中、耳鳴りが止まず、ただひたすらに冷蔵庫の扉を開けたり閉めたりを繰り返していた。冷蔵庫の中身は何度見ても空っぽで、閉めるたびに『ヴゥーン』という機械音が頭の中で二重に聞こえた。
私はずっと冷蔵庫と戯れている内に頭がおかしくなって死ぬ。
そんな夢を見た。
§
そしてそんな部屋が私の家の一室にある。
夢が先か、現が先かといえば前者である。夢を見たからそんな部屋を用意してしまった。
そこそこ広い部屋のど真ん中に小さな冷蔵庫が鎮座している。コンセントまで足りない長さを中途半端な延長コードで補っている。
大きさは腰ぐらいの小さな物。よく作業中に飲み物をすぐ取れるように部屋の中に置いてあるようなサイズ。冷凍機能もなく、よくてペットボトルとおつまみ用ぐらいにしか使えないそんな冷蔵庫。
部屋に入ると扉・照明・冷蔵庫・窓・壁しか見るものがない。そして入室した私が一番異物と感じてしまうのが窓だというぐらいには夢に毒されている。
夢を見た日の散歩道。偶々電気屋に寄ったら夢で見たのと瓜二つの冷蔵庫が売っていたのだ。店内で何度も確認し、用途を考え、『不要』と定義したのにも関わらず、私はそのまま店員に購入する旨を伝え、数時間後に届いてしまった。
私はわざわざ夢で見た冷蔵庫を新品で購入した。
「(設置時)
「いや、部屋の中心に置きたい」
「中心ですか?……ですと延長コードが必要になりますが」
「……ちょっと探してみます。無かったらそちらに買いに行きます」
微妙な長さの延長コードを買いに行ったから二度と同じ店員と顔を合わせることになったのは少し恥ずかしかった。
それでも、帰る頃には夢で見たような薄暗さになっており、冷蔵庫からは夢と全く同じような『ヴゥーン』という音がした。開くと音は止まり、新品特有のプラスチックの臭いが鼻を刺した。扉を閉めるとやはり夢と同じような『ヴゥーン』という音が聞こえた。
私はこのプラスチックの臭いに悩んでいたのか?
何度も扉を開け閉めしてみるも理解ができず、「そういえば」と夢では臭いはしなかったようなと思い出した。
結局、何度か開け閉めを繰り返して分かったことは一つだけで、頭の中で『ヴゥーン』という音は聞こえなかったことだ。
それだけが夢と現の違い。どれだけ私が扉を開けたり閉めたりを繰り返したとしても私は死ぬ事なく、電気代やら時間やらなんやらをただただ浪費しているだけにすぎなかった。
諦めて冷蔵庫を閉じ、再び『ヴゥーン』という音が聞こえた。
私は今でも冷蔵庫しかない部屋を残している。中には何も入っていない冷蔵庫。何の役に立つかは知らないけれども、あの『ヴゥーン』という音が聞こえない辺り、今日も生きるしかないのだろう。
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