命が燃えださないように

「見てて」


 そう言って君は火のついたマッチを口の中に落とした。

 落ちる瞬間、目を引く程のスローモーションなんて事はなく、ゴミ箱に投げ捨てられたくしゃくしゃに丸められた紙玉の様に呆気なかった。

 コクン。君がそれを呑み込むと「んべぇ」と口を開いて喉の奥を見せる。綺麗に磨かれた歯に薄ピンクの舌、喉の奥にぶら下がる物。何処にも焼かれた痕も傷ついた痕も無かった。


「手品?魔法?」

「何だろうね?」


 にへらと笑う。長年の付き合いからきっと本人も分かっていないのだろう。

 また君はマッチに火をつけて口の中に落としていく。袋詰めされたお菓子を食べる様に、私の前で次々と火をつけて口の中に落としていく。


「ふぅ…お腹いっぱい」

「マッチ十数本でお腹いっぱいになるのはカロリー的にどうなの?」


 暫く落とした後、君はマッチを食べるのをやめた。満足そうな顔に私はマッチを一本引き抜いては、火を付けることなく口に咥えた。


「……おえっ」

「あ〜、やっぱり食べれないかぁ」


 私が吐き出したマッチを君は、火が付くことを確認すると、うまく着火されなかったのか近くのゴミ箱に投げ捨てた。


「火が付いていないと食べれないの?」

「そうだね。他は試した事ないけど、火を食べる感覚。棒は……燃え尽きればギリ食べられる」

「ギリでも食べないで欲しいなぁ」


 §


 あれから君は私と二人きりの時だけ、火のついたマッチを食べる様になった。

 燃やすものが無いのに、当たり前の様に火をつけて、お菓子を食べる様に自分の中に落としていき、満足そうに笑う。

 君はその行為を当たり前の食生活の様に振る舞うけど、私は何度見てもその光景に慣れる事ができなかった。

 食べる度にその様子を凝視して、食べ終えた度に口の中を確認した。

 口を見られて君は照れ臭そうな顔をするけれども、私はそんな君に不要な心配をしてあげる事しか出来なかった。


 まぁ、心配したところで、君が食べるのを辞めはしないのだけれどもね。


「いやはや、お恥ずかしい」

「湯冷めして風邪をひくって……何歳よもぅ」


 学校帰りにお見舞いに行った。『何が欲しい?』と聞いたら、飲み物やゼリーなんかよりも先に『マッチ』と返ってきた。

 テーブルに買った物を並べる。レトルトのお粥にスポーツドリンク、ゼリーに冷えピタ。……そしてマッチ。


「何が欲しい?」

「あ……マッチ。……食べさせて」


 横たわる君は口を開けて待つ。まるで餌を待つ雛鳥だ。

 少し考えてマッチを手に取る。何処にでもある普通のマッチ。側面はザラザラとした着火用の赤リンが付いている。一本取り出し、火をつけようとした時、ふと、小皿が無い事を思い出す。もちろん、そんな物は必要ない。何故なら火をつけたマッチは捨てずに食べられてしまうのだから。

 そんなちょっとした当たり前の違和感に、マッチに火をつける事なく、テーブルの上に置いた。


「まだ〜?」

「ねぇ、あれからマッチ以外にちゃんとしたご飯はどれだけ食べてきた?」


 布団に隠れた腕を掴み、引きずり出す。白く細い腕。手首は私の親指と中指で抑えると少しだけ余裕がある。肉付きが悪いとはいわないけれども、少しだけ痩せた気がする。


「ちょ、ど、どうしひゃっ!?」


 今度は布団に手を突っ込み、君のお腹に触れる。ズボンに服の裾が入っていないのか、素肌に触れた。ペラペラのお腹。腹筋があるのかを疑うより先に臓器の有無を心配してしまう。


「温かいのは何で?」

「何でって……そりゃ、布団にずっと入ってたから温かいでしょ?」


 ずっと火を食べてたからと言わない事に安堵する。君は火のついたマッチを好んで食べているけれども、ちゃんと人間の考えはまだあるんだな、と。


「……マッチを食べるのってどんな感覚?熱い?喉に引っかかったりしない?」

「え〜?どうだろう……口に入った瞬間に小さくなってそのまま落ちていく感覚?あ、呑み込むと食道が温かくはなるよ」

「なるんだ」


 それなら、ここにあるのはマッチの燃え滓……それともまだ燃え続けているのだろうか?それなら、その小さな炎が積み重なり……いつか、君を焼き尽くしてしまうのだろうか。


「……ねぇ、これからは私の前以外で火のついたマッチを食べないで」

「んふっ…どうした?独占欲高めだねぇ?」

「お願い」

「……まぁいいよ。別に、食べてるのに大した理由はないからね。ガムや小分けのお菓子みたいに、少ないお金で沢山入っててお得みたいな感じ」


 口寂しい時に食べてる様な物だよ。そう言うと君は話は終わり?じゃあ入れてよ。とでも言う様にまた口を開けて、私の火のついたマッチを落とすのを待っていた。

 私はマッチを擦り、君の口の中に落とした。喉に触れる前に閉じられた口の奥で火のついたマッチがどうなったかは分からない。

 火を食べ終えた君は少し満足そうに笑い、穏やかな寝息をたて始め、私は一人残されてしまった。


「……温かい」


 君が温かいのは本当に布団にいたからだけだろうか?

 君の中では今でも火が燃え残っているのではないのだろうか?

 それか、君は火を灯さなければ死んでしまうのだろうか?

 いずれにせよ、君はこれからもマッチの火を食べ続けるのだろう。


「絶対に食べるのは私の前だけにしてよ。……寝タバコみたいに燃えたりしないでよ?」


 いつか君ごと燃えた時、私が必ずそばにいる為に。

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