1対29と1

「彼女には会った?」

「……いや、ここ数日会ってないな」


 先生はそう言うと、顎に手を当て視線を少し上げる。釣られて視線を上げれば、そこにあったのは大きな蜘蛛が空に浮かんでいた。正確にいえば、両サイドにある大きな薄汚い建物と建物の間に糸を張って、巨大な蜘蛛の巣を作っていた。


「胴体に黄色と黒の縞々模様。コガネグモかジョウログモのどっちかだろうね」


 距離があるから分からないなぁと笑う先生に何も応えず、ただ空に浮かぶ蜘蛛を眺める。目を凝らせばアレが作った蜘蛛の巣が陽に当たってキラキラと光って見えた。ただ、目を凝らして見れば所々白い玉の様な物が見え、それがアレに捕まった残念なもの達だというのはいうまでもない。


「先生は虫は好きですか?」

「モノによる。カブトやクワガタとかそういう男の子が好きそうな虫は好きだけど、芋虫や蟻、蜂とか嫌いな人が多そうなのは苦手かな」


 そう言っている間に、先程の蜘蛛の巣に一匹の蜂が引っかかった。スズメバチだろうか、かなり大きな蜂が蜘蛛の巣に突っ込んだ。始めは直ぐに抜け出せそうだったのに、年季の入った蜘蛛の巣は硬かったのか、羽が引っかかり、アレよアレというまに自らが動き回り動けなくなってしまった。

 そんな蜂を蜘蛛はゆっくりと近づく。蜂は威嚇の為に巣を震わす程暴れ回るが、そんなの日常茶飯事なのか、蜘蛛は蜂が疲れるまで待った。

 暴れて、暴れて、絡まって、

 待って、待って、近づいて、

 そんなやりとりを眺めていると、蜘蛛が蜂の所に辿り着き、そして


「久しぶりにあの子に会いに行こうと思うんだけど、一人だと驚かせちゃうし、一緒に来てくれないか?」

「いや、私が彼女に刺されるんですが?」


 手を引かれるままに後を追う。手を払ってもこちらに振り向いてはくれない。ついてくる事に信頼でもしているのだろうか? ……まぁ、ついていくのだけれども。

 正妻は夫の半歩後ろを歩くなんて何処かで言ってた気がするが、私は正妻ではないし、彼女でも愛人でもない。先生は私の先生であり、私は先生の生徒である。ただ、それだけの関係だ。


「……先生は君達、生徒の事が嫌いです」

「奇遇ですね先生。私は先生の事が嫌いです」

「おや? 両思いでしたか?」

「他の人に嫉妬されちゃいますね」

「互いに刺されない様に注意しないとね」


 楽しくもない会話を続ける。何せもう何十回と交わした会話だ。良い加減諦めて欲しいものだ。


「私達なんて見捨てて早く逃げればいいのに」

「僕は先生だからね。皆んなの下校を見送らないとダメなんだ。……施錠された時、誰かがいたら大変だろ?」

 その誰かの役を私がやろうとしてるのに。

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