興味範囲外を求めないで欲しい。
「止めないからさ、君の死ぬところを見させてくれよ」
ひと月ほど前からずっと廃屋だと思っていた。
平日は朝と夕方の登下校の時間に前を通った。
休日は朝と正午、正午と夕方の間に通った。
偶に早朝と夜中の散歩として長く眺めていた。
ボロボロの家、泥と雑草の道、視界を覆う様な木々。
誰かが言った「空き巣すら寄り付かない」と。
そりゃ雨風凌げるかすら怪しいし、盗む物すらあるのかも怪しい。
少し入れば木々で敷地内は昼間以外は薄暗く、ずっとじめっとしていた。
そんな所だから丁度良いと思った。
湿度があるから植物は育ち、日光を求めて我先にと高く成長する。
誰も近寄らず、外から見られる事もまずない。
……なら、人が一人死んだ所で見つけられはしないだろうと。
そう思っていたのに。
「……あ、あの」
「ん?どうかしたんだい?」
「み、見せ物じゃないんで」
「それはこれから死ぬ君が気にすることかい?」
家主らしき女が不思議そう首を傾げる。
「理由はどうあれ君はコレから死ぬんだ。みる限り選んだのは首吊りだろ?行動して約十数分で死に至れるお手軽な死に方だ。ならばだった十数分の恥なんて我慢してくれたってバチは当たらないんじゃないか?」
「で、でも」
「でもなんだい?屋上から飛び降り奴が下の通行人にの可能性を気にするのかい?駅のホームから飛び降りる奴が電車のダイヤを気にするのかい?……コレから首を吊る君は残った死体を気にするのかい?」
女は立ち上がる事なく、ボロボロの縁側に腰掛けてこちらを見ている。遠目から分かるその目からは『好奇心』というものしかなかった。コレから生の自殺が見れる。そんな好奇心。
徐に準備を終えた周囲を見渡す。
立派な木に縄を結んだ。作った輪っかに首を通した。後は足下の踏み台を蹴るだけ。
それなのに、蹴る瞬間に女と目が合ってしまった。
蛇に睨まれた蛙とでもいう様に、今か今かと待ちわびるその視線に、踏み台を蹴る事を躊躇ってしまう。
「あ、あの…貴女の敷地内みたいなので、違う所で」
「気にしなくていいよ。ここは私の敷地内だけど、別荘な様な所だ。君が此処を人気のない場所と知り、迷惑をかけない様に……かは知らないけど、死に場として選んだんだ。滅多にやって来ない主人としては死なれた所で言い訳の一つや二つ考えつくさ」
「ですが」
「それに、君はもうそこまで準備を終えている。後は足下の踏み台を蹴っ飛ばして十数分吊されるだけだ。それだけで死ねるし、勿論、私は君を説得したりしないし、君を助けたりしない。死んだのなら死んだ姿をしっかり観察したら、死体そのままで泊まっているホテル帰るよ」
死ぬなら今しかないぞ?そう言われた気がした。
正直、自殺を前にした時、普通なら「死ぬのは良くない事だ」とか「生きてれば良い事ある」とかそういう偽善的な説得をされる様なものだと思っていた。
勿論、数分前までの自分なら説得されようが説教されようが自殺してやろうという気持ちでしかなかった。
それなのに目の前の女は自死を否定するどころか、自死を催促してきた。死に場のお膳立てまでして、その対価に観察だけ求めてきた。
君が悪いとか恥ずかしくなってきたのではない。単純に怖い。狂った殺人鬼や自分を追い詰めてきた何もかもより怖い。此処で自殺しようと思った事を後悔するよりも、自殺する瞬間に目を合わせてしまった方に後悔を感じてしまっている。
「……私は君の心情なんて毛ほども興味が無い。イジメだろうが身内の死とかなんとなくとか本当にどうでもいい。私が今、興味があるのはなんやかんやあって自殺を決行した『今』だよ」
「そ、そんなに人が死ぬのを見たいんですか?」
「そりゃ、見る機会なんてそうそう無いからね」
「見て何になるんです?」
「勉強になる。知識となる。百聞は一見にしかず。今後、首吊りのニュースや話を聞いた際、ぼんやりとしたイメージでなく、君の死んでゆく十数分を思い出す事になるだろうね」
「トラウマになりません?」
「なったところで君の気にする事じゃないだろ?」
言葉を交わしたところで何の事もなく、ただ理解できず、理解されず、時間だけが過ぎていく。
ずっと立ちっぱなしだし座りたくなってきた。最後の食事だってコンビニの菓子パンとかをジュースで流し込んだだけだったし。……正直、死ぬ気が萎えてきた。
「……君が今死ななかったどうなると思う?」
「君は家に帰って、普通に過ごして、明日を迎える。君がイジメを受けていたのなら学校に行っていじめられるだろうね。家にいた所で君は『どうして自分ばかりこんな目に』と理不尽に苛まれるだろうね。……言ってしまえば、今、自分を変える策が無ければ、また君は自殺を考えるよ。そう考えたら今死ぬのは悪い選択ではないんじゃないか?」
「………」
「今、帰れば次此処に来る時は『私有地だからよくない』と別の死に場を探す羽目になる。誰の迷惑にもならない死に場。そんなのはこの世の中には何処にもない。あったとするなら断崖絶壁の崖や富士の樹海といった自殺の名所、人間のゴミ箱に行くしかないんじゃないか?そんな所に行ってまで死にに行くのなら、誰も近寄らず、家主もほぼ帰って来ない此処。家主の許可をえたこの場所で死ぬのは絶好のチャンスだとは思わないかい?なに、私ひとり観客がいた所で気にする事じゃない。映像に撮るわけでもないし、死体を辱める事も、通報する事もない。
———今死ななくていつ死ぬつもりだ?」
あまりにも意味不明な説得。自分の為に死を強要している。しかし、あくまでもコレは対等の話。死に場の提供とその観察。あまり対等には思えないものの、あそこまで熱弁されてしまうと別に良いかなと笑ってしまう。
「お姉さん。キスする時に目は閉じる?」
「昔した事あったけど閉じなかったな。恥ずかしくもなかったし、何とも思わない相手だから恋愛モノみたいな感覚ではなかったね」
「ふっ…でしょうね」
「なんだいその言い方は?そういう君はどうなんだい?」
「……生憎、初めてのキスは害虫だったよ」
そう言って僕は踏み台を蹴っ飛ばした。
§
「……まぁなんだ。思った程、面白いものでもないな」
鬱血してぶら下がる男の死体を眺める。幸せそうな顔をしてるわけもなく、だらんと舌が垂れ、時折流れる風と共にギッギッと音を鳴らしながら揺られていた。
暫くすれば筋肉の緩みから脱糞や排尿をするだろう。
もう暫くすればその見開かれた目から眼球が落ちるだろう。
更にもう暫くすれば胃酸がその体を溶かしながら腐敗していくだろう。
カラスが食べに来るかもしれない。
蝿が卵を産みつけ蛆が産まれるかもしれない。
腐敗臭から誰かが見つけるかもしれない。
……まぁ、そんな事はどうでもよかった。
終わってみれば案外「そんなもんだな」と思う話だった。イメージしてたのが少しだけリアルになったぐらい。
もっと観察するのであればまた違う知見を得られるかもしれない。けれども、
「腐った人間を喜んで見る程の変人でもないしね」
人が死ぬのを見たかったけれども、食い啄まれたり、蛆が湧く所を見たいわけではない。
私は学者ではない。花の散り際の美しさを理解したとしても、散った後の花びらの観察をする趣味はない。
「だから君がこれから脱糞しようが鳥や虫に食われようが興味が無いんだ」
立ち上がり、服についた土埃を払う。足跡を残して置くのもアレだからと態々雑草の上を歩き、敷地内を歩く。
出ていく瞬間、一際大きく風が吹き『ギシッ』と音が鳴った。
「さようなら名前も知らない何処かの誰かさん。私はもう君に興味は無いし、死体が見つかって騒ぎになっても大丈夫な様に数年は此処には戻って来ないよ。何なら誰かに売り渡すかもね」
そう言って敷地内から出ていく。
興味が無くなってから君のぶら下がった姿に見向きもしなかったけど、君は私の事を憎んだ目で見てたのかい?感謝の目で見ていたのかい?まぁどうでもいい。
「君は目的の誰にも迷惑をかけずに死ねたんだ誇ると良いよ。……まぁ、私としては死ぬ時ぐらい、誰かの迷惑になる死に方をした方が面白かったのだけどね」
勿論、私以外の誰かにだけどね。
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