何食べたい?
子供の頃、時間になると沢山の料理が食卓に並んだ。和・洋・中関係なく其々の皿に盛り付けられ、そのどれもが家庭で味わえる簡単にされたものだというものだと気がついたのはつい最近だ。
「夕飯は何が食べたい?」
母の問いに私は悩む。
「ん〜なんでもいい」
なんでもいい。実に困る答えだけれども、実の所本当になんでもよかった。母の料理は子供の自分にはどれもご馳走で、吐き出す程不味くなければなんだって美味しかったし、なんだってよかった。
故になんでもいい。
一人暮らしを始めて数年が経った。生活に慣れ、仕事に慣れ、一人に慣れていた。
慣れというのは恐ろしく、細かい悩み事が起きた時、選択は決まって現状維持だった。
「今日の夕飯は何にしようか」
冷蔵庫を開けた際、中身はほぼ空っぽ。だからこれから材料を買いに行くと思った時の問い。
「まぁ、なんでもいいか」
なんでもいい。というのも実際のところ、今決めたところで、スーパーに行った時に考えが変わる可能性がある為、今決めても仕方がない。結論を先延ばしにしているだけにすぎない。その時に食べたいものをかえばいい。
故になんでもいい。
恋人が出来た私は浮かれていた。誰かの為に何かをしてあげる。奉仕の喜びを知ってしまった。頻繁には会えないけれども、会えるだけで嬉しかったし、またねを告げるのが酷くつらかった。
少しでもあの人の喜ぶ顔が見たい。あの人を私の側に繋ぎ止めていたい。そう思う日々だった。
「夕飯、何が食べたい?」
とびきりの笑みで問いかける。冷蔵庫の中身は様々な食材が詰め込まれており、余程のことがない限り、買い出しに出る必要もない。
「なんでもいい」
だからこそ、その返答には少し困ってしまう。私は貴方ではないからこそ、今の気分が分からない。和洋中の三択ならまだしも無数の選択肢があり、その選択肢がどれも黒く塗り潰されており、その中から一つしか選ばなければならない。
相手を一番困らせる答え。
故になんでもいい。
綺麗な部屋を維持するのは案外簡単で、無意識のうちにそれが癖付いてしまっていた。
部屋にゴミが落ちている事が違和感で直ぐに捨て、気を引く何かを見る度に不快に思ってしまう。
「……何食べよう」
夕飯時に呟く。正直にいえばお腹は空いていない。胸焼けか胃もたれか、はたまた別のナニかのせいか。
「……なんでもいいか」
別に無理して食べなくてもいいけれども、人生の癖なのか何かしらをお腹の中に押し込めないと落ち着かなかった。
例えそれが菓子だろうがインスタントだろうが高級食材だろうがなんでもよかった。
故に思ってしまうのだ。
——最後の晩餐で口にするのは一杯の水が良い、と。
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