万能処理法

 いつも通りだった。地元をほんの少しだけ離れた場所で一人暮らしをし、月に一回、実家に帰って顔を出すのがいつもだった。

 別段、特別な事があるわけでもなく、とりあえず顔を出して、一人暮らしの始めたてにしてた借金を少しだけ返して、帰りに米とかの食料を貰う。そんな予定だった。

 今日だってそう。実家に帰ったら両親となんの面白味の無い会話をし、一泊し、翌日の昼食を食べてから帰る。そんなものだった。


「はいこれ。いつもの」


 親から渡されたのは中身の詰まった大きな保冷バック。きっと冷凍食品が幾つかとカップ麺とかが入っているのだろう。

「ありがとうございます。それじゃあまた来月に来ます」

 家族に敬語を使うと周りから不思議そうに思われるが、癖付いてしまった以上しょうがない。両親にお礼を言い、片道一時間半程の帰路へと着いた。

 道中何かあるわけでもなく、何度も通ったのに少しづつ変わり続ける景色に意味のない感想を抱きながらも、寄り道する事なくアパートに到着する。

 部屋に入ると締め切ったせいもあり、籠った熱気に思わず顔を顰める。時刻は十四時半とまだ日は高く、カーテンや窓を開けて空気を入れ替える。空気を入れ替えている最中に一泊した際に着ていた衣類を洗濯機に投げ込み、鞄から充電器や薬類を片付けていく。

 一通り片付け終えた後、冷蔵庫前に置いてある保冷バックの前に屈む。持った際にそれなりの重さがあった為、予想としては大盛りの冷凍パスタや炒飯、もしかしたら畑で取れたキャベツなんかが入っているかもしれない。

 そんな事を思い、今日の夕飯をどれで済まそうかと考えながら保冷バックを開けると中には食材は入っておらず、代わりに一人の女の子の死体が入っていた。


「——ん?」


 一瞬、何があったのか分からず思考が停止してしまう。改めて中を確認するも、どこからどう見てもそれは人間であり、徐に手首から脈を測ろうとするも当然という様に無い。触れて気がつくが死後硬直がまだなのか比較的に柔らかく、死臭もしない。

 次第に考えに現実味が帯びてきてしまい、揺れる洗濯機に寄りかかりながらすぐに母に連絡をした。

『もしもし?何?どうかした?』

「お母さん、コレ何?」

 母に電話をしながら死体に視線を向ける。入れて手渡したのは母だ。なら何かしらの意図や願いがあるはずだ。そう願い母の言葉を待つ。

『え?何の事?』

 しかし、返ってきた言葉は疑問に満ちたもの。一瞬呼吸が止まるものの、慌てながらももう一度「いや、お母さんが保冷バックに入れたモノだよ」と声をかける。

『いや、知らないけど何かあった?あっ、腐った物とか入ってた?』

 答えようとしない母に僅かながらに焦りと苛立ちが湧き、携帯を握る手が汗ばんでいた。一旦落ち着こうと息を整えると、ある事が過ぎった。

「……お母さん。もしかしてそこにお父さんや兄さんとか、誰かしらいる?」

 もしかしたら誰かそこに居て、質問に答えられないのだと考える。確かに母が直接的にしろ間接的にしろ、他の家族が死体が家にあった事を知らない可能性があり、その前でハッキリと言えないというのもある。

『いや?私一人だけど?』

 だからこそ、それでさえシラを切ろうとする母にどうしたらいいか分からなくなってしまう。

「……お母さん。……鞄に入ってたの誰?」

 遂に言葉を濁さず正体を問いかける。頼むから早く答えを言って欲しい。いや、この際コイツが誰とかもうどうでもいい、何でもいいから指令を出してくれ。

 無意識ながらに胸元を握り締めて母の言葉を待った。息苦しい。気持ち悪い。不安。不満。ネガティブな感覚が喉元で渦巻き、吐き出される母の言葉を待つ時間が何十時間と感じた。


『誰って……いつも通り冷凍食品やカップ麺しか入れてないけど……どうかしたの?』


「——あれ?…お母さん…ん?俺なんか言ってた?……なんか帰って直ぐ寝て…あれ?」

『……アンタねぇ。寝ぼけてんじゃないよ』

「あはは。ごめんなさい。……なんかまだふらつくし顔を洗うから切ります」

 電話を切り、鞄に視線を向けず頭から冷水を頭から被った。寝起きではないが、長時間の運転で疲れていたのは確かだった為、冷水のお陰で疲労からくる眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 床をビチャビチャにしながらも息を整える。そうだ。きっと疲労からきた見間違いとか勘違いだ。だからもう一度鞄を見ればそこには女の子の死体なんて無くて、毎回の様に母が入れてくれた冷凍食品やカップ麺とかが詰まっているに違いない。

 そう自分に言い聞かせ鞄をもう一度開いた時、そこにあったのは冷凍食品の大盛りパスタや炒飯、特盛サイズのカップ麺なんて物は一切入っておらず、最初と変わらない見ず知らずの女の子の死体が入っていた。


 §


「というか本当に誰なんだよコイツ」

 女の子に対してコイツ呼ばわりはどうかと思うけれど、コイツと呼ぶしかない程、自分の気持ちは参っていた。

 月一程度しか実家に帰らない上に、元々人付き合いが良かった訳もなく、寧ろ他人に興味を持たなさ過ぎて近所の人の名前すら覚えていない。そんな自分が女の子、それも子供の顔なんて見分けもつくはずもなく、本当に誰かも分からない女の子が鞄に詰まっていた。

 流石に現実として目を向けないといけない。折角開けたカーテンと窓を閉めて鞄から女の子を取り出す。死んだばかりなのかまだある程度は重くて柔らかい。全裸という訳でもなく、乱れた様子もない衣服を着込んでいた。頭部や首等に外傷は無く、死体とはいえ、大人の男性が女の子の服を剥くことに圧倒的な犯罪臭というか後ろめたさを感じるものの、上半身の服を捲り上げては外傷が無いと確認して直ぐに戻した。

「さて……どうするのさ」

 見ず知らずの女の子。見たところこれといった外傷は無く、死後硬直も殆どない。鞄に入っていた以上、時間帯は実家から帰る直前に空のまま母に手渡した時から車に乗り込んでからの今の今までの約二時間。道中は信号以外では停止する事はなく、母以外に入れる人物はいない。

 しかし、その母すら知らないという事。普通に考えれば母がシラを切っていると考えるのが当然。でなければ超常現象・霊的現象等の非現実を疑うしかない。

「……そんなの疑ってどうするんだよ」

 考えたところで答えが出る訳もない。今やらなければいけないのはこの女の子の死体をどうするかだ。

 普通に考えるのなら警察に連絡する事。しかし、その考えを『却下』と切り捨てる。

「俺とお母さんの無実を証明出来ない」

 仮に母が本当に知らない場合、現状として母と自分の無実を証明する事ができなかった。何故なら車にはドライブレコーダーが付いており、実家からアパートまでの間はずっと起動していたのだ。つまり車内がどうなったかは不明だが、車はずっと走り続けていた事だけは証明している。その結果、死体が入るタイミングは出発前に母が入れたか、到着後に自分で入れたかの二択。

 こんな状況で警察を呼んでしまえば両方を捕まえる理由はあれど、二人とも捕まらない理由は無かった。なら、これは警察には言えない。

「……なら、埋めるか?」

 次に浮かんだのは死体を秘密裏に処理する事。部屋には除雪用の鉄製スコップが置いてある。日が暮れたタイミングで車に積み込み、何処か適当な所に埋めて仕舞えば良い。幸い、都会程ではない為、会社の裏側に長年使われていないスペースがあるし、なんなら実家は田舎の為、時間と体力を使うがバレずに処理出来る可能性が高かった。

「……いや、そんな長時間の運転出来ない。きっと周りが見えなくなる。それでスピードの出し過ぎや事故を起こしたら尚の事言い逃れが出来なくなる」

 今の自分に安全運転が出来る自信が無い。自身の脈を測れば異常な程早まっており、想像が現実になる予感がして仕方がなかった。

「……なら」

 流しの収納スペースを開ける。ボウルや鍋、インスタント食品等の奥の方に、薄い大きな箱が隠れて置いてあった。箱には『包丁七点セット』と書かれており、その箱を引っ張り出す。

 一人暮らしを始めた際に親から渡されたものの一つ。別段本気で料理をする訳ではなかった為、万能包丁とピーラーしか使っておらず、ハサミやパンや果物専用の包丁などの他の物は数年経った今も新品同然だった。そんな中、箱から一本の大きな包丁を取り出す。

「牛刀包丁……まぁ、同じ肉相手だし大丈夫だろ……多分」

 汚れてもいい様にジャージに着替え、浴室に服を脱がせた死体と包丁、大量のタオルとゴミ袋を持ち込む。換気扇は回しておき、入口に着替えと予備のタオルを置き、タブレットでVtuberの配信を垂れ流し設定をしてから扉を閉めた。

 最後に脈をもう一度だけ測る。不健全と思いながらも直接心臓部分に耳を当てて確認してみるし、口元に頬を寄せて吐息の有無も確認した。

 全部確認を終え、欲情なんてすることなく溜息混じりにゴム手袋を嵌めては包丁をしっかりと握り締めた。

「——お願いだからラブドールでもマネキンでもシリコン製でもいいから本物じゃないでくれ」


 意を決して少女の死体の解体を始めた。


 §


 人生で人間の解体なんてするとは思ってはいなかった。そもそもグロテスクな表現が苦手な為、ホラー映画やスプラッター映画とかも極力見ないようにしており、死体の損傷表現としては変に偏った知識しか持ち合わせていない。

 手始めに手の指先を切ってみる。するとゆっくりとだが血が染み出し始め、自分の無意味な願いは呆気なく崩れてしまう。

「まぁいいさ。いや、よくないけど」

 独り言の様に呟き姿勢を変える。

「……まずは血抜きから」

 死体を処理するに当たって血抜きの必要性はなるべく汚れない為としか浮かばなかった。創作物とかなら包丁ではなく、斧や鋸で大雑把とはいえ手早く解体するのだろうけど、そうした場合、辺りに血が飛び散る可能性がある。実際にどの様に噴き出すかは分からないけれども、借りたアパートの一室であり、自分が犯人だとバレない為にも汚れは分かり難く最小限にとどめたかった。

 自殺と言われて考える時、真っ先に浮かぶのが首吊りや飛び降りだけれども、自傷行為の延長線上としてリストカットが思い浮かぶ。手首から永遠と血を流し続けた結果死に至る。手順としても手首を切って固まらない様に湯船に浸すだけ。実際に手首の脈を切った場合にどれ程の勢いで噴き出すかは不明だが、ポンプとなる心臓が動いていない以上、おそらく大丈夫だと感じる。

「……なんかごめん」

 何故、指先を切った時に謝らなかったのかは不明だけれども、謝罪と共に女の子の手首を切った。切る力が弱かったからか、思っていた以上に血は出てこず、まるでソースを垂らしているか様に感じた。

 更に手首を強く切る。今度は骨に当たり、先程の数倍の勢いで血が溢れ出していた。溢れる血を静かにシャワーで洗い流しながらも、反対側の手首を切る。倍の速度で流れる血液。血抜きをする場合、逆様にして吊るした方がいいのか悩んだけれども、そんな長時間も死体を持てないし、こんな作業を長く続けたくもなかった。


 血の勢いが緩い事を理解すると、血抜きをしている間に解体を始めても問題なさそうだと予測する。

 始めに関節の部位に軽く切り込みを入れて目印とし、記憶の骨の形を頼りに包丁を入れる。鋸の様に前後に引き、骨に当たると回す様に肉を少しずつ切り込んでいき、最後に関節を慎重に切り離し、時には力に任せて引き千切ったりする。

 初めて人間を解体しようとしているのに対し、包丁から伝う感覚は牛すじを切り分ける様な感覚をしているのに、人間を切っているという倫理観に反している行動をしているためかバグった感覚に不安感が重くのしかかる。

 とはいえ決して焦ってはいけない。此処で包丁が折れてはいけないし、欠けさせるわけにもいかない。少しずつ少しずつ慎重に切っていき、パーツ毎にバラバラにしていくしかない。

 時には湿気ったタオルで汗を拭ったり、シャンプーやボディソープで包丁に付いた油を落としたりした。遠くから聞こえるVtuberの陽気な笑い声で集中力を偶にワザと途切らせていく。

 解体を開始して三十分程した辺りから流血は止まりつつあり、血を気にする事があまりなくなった。とはいえシャワーは流れっぱなしで、時折感じる異臭を少しでも軽減させる様にした。


 一時間以上かけて女の子を頭部、両腕両足を三分割、胴体と切り分け終える。その頃にはとっくに自分の手は痺れているし、拭いきれないほど汗は流れている。シャワーの水で水分補給を済ませて一息つく。

 いつもなら『キリも良いし残りは明日で』なんていうのに、そうもいかずに死体を見る。見ず知らずの女の子の死体は不恰好に切り離されており、血の気を失ったその姿は昔葬儀で見た死体よりグロテスクに見えた。

「当然といえば当然か」

 不安感はあるが吐く事はない。そんな事を気にするのはとっくに過ぎている。改めて包丁を握り直し、今度は骨に沿って肉を可能な限り削ぎ落とし、肉と骨を別の袋に入れていく。手に伝わる感触は相変わらず気持ち悪く、切り離す時以上の異臭に吐き気を覚えながらも分けていく。

 両手両足はつつがなく終える事ができ、胴体を手に取る。痩せ過ぎず太り過ぎていない体。人体模型のある学校に通っていた訳でもない為、臓器の位置もうろ覚え。見たくないと思いながらも包丁を水落ちに軽く刺し、少しずつお腹を切り開いていく。

「ヴグッ!」

 一瞬、流石に吐きそうになるもののそれを堪える。実際に生で見ることはない筈の生々しい臓器の数々が小さな女の子の体に所狭しと敷き詰められていた。切り開く際に幾つかの臓器に傷をつけてしまい余計に生々しくなってしまったが仕方がない。

 お腹に手を突っ込み、臓器を慎重に引き摺り出す。自分の力強さのせいで変に千切れて処理を面倒にしたくない。その一心で臓器を引き摺り出し、ある程度の箇所で切り離し、臭いを嗅がない様に最低限の口呼吸で臓器をゴミ袋に入れる。

 そうして胴体の肉を削ぎ落とし終え、最後に頭部を手に取る。四キロもなさそうな小さく歪な球体。血はほぼ抜けきり、その瞼は閉じ切られている為視線が合うことは無い。肉を削ぎ落とそうとも、少しの頬肉ぐらいしか無い。脳味噌と考えるものの、頭蓋骨を開けて穿り出すというのも——。そうして変わり果てた顔を夢にまで見たくないとひよってしまい、ある程度綺麗なまま骨の袋の中に頭部を投げ入れてきつく締めた。


「……とりあえずひと段落したな」


 浴槽には肉・臓器・骨類・ゴミに分類された袋が置かれており、血塗れの床を洗い流すついでにシャワーを浴びた。


 §


 ひとしきり解体を終え、パッと見ても分からない程度の掃除は終えた。浴室から出れば窓を閉め切っていた事を思い出させる様な熱気を感じ思わず眉を顰めた。

 時間の経過とは裏腹に窓の外は未だに明るく、今から散歩しに出かけても違和感を感じさせない。

「……カレーのルーを買ってこないとな」

 バラした死体を冷蔵庫に放り込み、財布と携帯、鍵だけを持って歩いて近所のスーパーに向かった。道中、自分から異臭がするのではと考えながらも、直接血を触れたところは新しく着替えた上で着込んでいるし、手はゴム手袋の残り香で血の匂いは残っていない……はず。

 考えても仕方がない上に疲労困憊で碌に頭も回っていない。とりあえずカレーのルーを一箱、カット済みの野菜類を一袋。そしてお肉を……それは家に沢山あるか。

 買い物籠にざっと入れていき、余計な物を買わずに直ぐに家に戻る。未だに回っている洗濯機の上に荷物を載せてはゴム手袋を嵌めて冷蔵庫を開ける。

 もう何度も見たし見飽きた女の子の死体。流石に臓器類の入った袋は見たくはないので、肉の入った袋だけを取り出す。

「人の肉って食べれるんかな」

 昔読んだ漫画では草食・雑食・肉食とでは味が違うというのは読んだ事があった。この女の子が今までに何を食べたのかは胃袋を開けば分かりそうだがそんな面倒な事はしたくない。

 袋の中に流水を当てながら肉を一つとってはよく洗い、細かく切っていく。フードプロセッサーが有ればこんな事をしなくても良いのだけれども、生憎とそんな料理をよくする奴の家にしかない物を自分が持っているわけがない。

 切りにくい肉を細かく切り、皮の部分を別のゴミ袋に投げ捨てる。そんな作業を子供一人分の量をこなしていく。

 終わったら適当に味付けをし、適当に火を通し、臭いを嗅がずに野菜と一緒に煮込む。煮込んでいる間に人を解体した手で米を研ぎ、米が炊き上がるまでの間、冷蔵庫から臓器と骨が入った袋を取り出す。

 それぞれの袋にクッキングペーパーを贅沢に詰め込み、袋に入ったまま、実家からお米の入っていた空の大きな米袋に入れて中身を見えなくした。量自体はそんなに無いとはいえ、そのまま捨てては目立ってしまう為、更に中身を圧迫しないといけない。

「そこで取り出すのは大きなテコバール」

 何でそんな物が家にあるのかって?北国の圧雪された氷を舐めるなよ。

 フローリングでは音が響きそうなので、冬用の掛け布団の上に乗せ、米袋をバールで押し潰したり叩いたりした。手に何かを潰す様な感覚を覚えるけれども、クッキングペーパーの厚みやバールの硬さ重さのお陰で気にする事なく潰し続ける。

 カレーのルーを入れるタイミングの頃には大分小さくなっており、袋を見たところで大きな穴や液漏れといったものは見つからず、溜息を吐きながらゴミ箱に投げ入れた。


 §


「はぁ」

 人生でカレーを作る機会は多々あれど、人肉カレーを作る事になるとは思わなかった。これならまだジビエ肉として鹿や猪とかならまだ可能性があったにしろ……まぁ、作ってしまったものは仕方がない。

 炊飯器で炊かれたお米は学生時代なら一回で食べきれそうな五号炊き。炊き立ての白米の上にかけられたカレーは、一見したら普通のカレーにしか見えないのだが、知ってしまっている以上、このカレーが普通ではないのは理解している。

 お皿によそったカレーライスを机に置き、作り置きしていた麦茶を添える。そして食事のお供に適当に動画を垂れ流す。ただ何も考えずにゲラゲラと笑えるようなものなら内容は何でもよかった。

「……じゃあいただきます」

 いただきますの意味合いが急に重く感じた気がしたが気にしてはいけない。スプーンでひとすくいした後、口元に運ぼうとすると途端に食欲がなくなってしまう。

「明日が仕事でも酒を買ってこればよかったな」

 人間の死体を見て、解体し、調理し、潰し、食そうとしている。どう考えたって普通の人間が平気でいられるわけがない。役満である。

 スプーンの上にある人肉カレーライスがやけに重く感じ、口をつけないまま皿の上に戻った。そんな姿を嘲笑うかのように、画面の先ではゲラゲラと笑い声が響いていた。

 それからどれだけ時間が経ったのだろうか。どれほど複雑な感情に苛まれながらも、自分の体はとても正直で、お昼から何も食べてない体にカレーライスの匂いを我慢し続ける事などできず、いつしか空腹を訴え始める。

「分かった…分かったから。分かりました分かりました。食べますよ食べるよ」

 何処の誰でいつ誰にどうやって殺されたかも分からない女の子。死体を食べる選択をしたのは自分だ。今更鍋いっぱいのカレーを捨てるのは勿体無いが、以前に悪くなった野菜を入れてシチューを丸々ダメにして捨てた経験があるんだ。不味かったら同じ様に捨てればいい。

 腹を括ってスプーンですくい、躊躇う暇を与えない様に口の中に押し込んだ。


「………………まぁ、うん。……よくわかんないや」


 肉にした下味が濃すぎたのか肉の風味がよく分からず、香辛料も合間ってかなんか味の濃いカレーライスを食べている感覚だった。

 しかし、一度食べて飲み込んでしまえば後は慣れた作業だった。黙々とカレーライスを頬張り、早く忘れる様にと食べれる内に食べれるだけお皿によそった。

 食べている最中に思い浮かんだのは、人間を食べた時のカロリーは馬鹿高いだとか、死体を損傷させる行為は重罪だとかそんなもの。そんな考えを出来るだけ考えないように動画とお腹を満たす事だけに集中してひたすらカレーライスをかき込んだ。

 ひたすらに考えない様に食べて、大丈夫だとたかを括って食べて、食べて食べて食べて。そして「いや無理」トイレで吐き出した。

 吐き出した理由が不安や倫理観からきたストレスからなのか、後数年で三十路になる為か流石に鍋いっぱいのカレーライスは胃が受け付けなかったのかは分からない。分かりはしないけれども、吐き出されたカレーライスを見ては、こんなのなら始めから少しずつトイレに流せば良かったなと思った。


 §


 吐き出し終えた後、それ以上食べる気力も起きずにあまりにラップをかけて冷蔵庫にしまった。

 時計を見ればもう少ししたら寝る時間。明日の燃えるゴミの日の為に、女の子のバラバラ死体の入った丸めた米袋の上にゴミと生ゴミを入れて結んで封をする。見た目はギリギリアウトの気もするけれども、田舎故か割と適当な分別でもゴミの回収率は割と良い。

 最後に部屋のあちこちを見て周り、お風呂場をもう一度掃除しながらもシャワーを浴びて布団に潜り込む。

 布団の中で目を閉じれば、浮かんでくるのは死体が見つかってやった事がバレる不安感。次第に体は今更ガタガタと震え始める。早く朝になれと願いつつも中々寝付けず、目が覚めた時、死体も何もかも夢なら良いと願う。

 しかし、当然ながら今日で何度も夢であって欲しいと願って最後まで行動したのだ。夢な訳がない。

「……考えても仕方がないんだけどさぁ」

 不安になったところで今出来ることは正直無い。出来るのは疲労からやって来た眠気に身を任せ、朝一番にあのゴミ袋を捨てる事。

 恐らくゴミは回収されるし、一週間ぐらい心配で震えてそうだけれどもどうせ忘れる。だって人間だもの。興味も次第に薄れてく。

 それでもダメそうなら魔法の言葉を呟く。


「この物語はフィクションであり、実際の人物とは関係ありません。……これでよし」

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