好奇心

「明確に殺意を持って殺したいと思った人はありますか?」


 電車を待つ最中、隣に座る先輩がそう呟いた。先輩の近くにいるのは私だけ。つまりは私に問いかけたのだろう。

「いませんよ。仮にいたとしてもそれはきっと私自身ですよ」

「思春期の発想ですね」

 クスクスと笑う先輩に呆れた様に溜息を吐く。

「そういう先輩はいるんですか?」

 先輩に問いかけると笑うのを止めては「いませんよ」と直ぐに答えた。なんなのだと再び溜息を吐きそうになると「……ただ」と声が聞こえた。

「……ただ、不意にあの人を突き飛ばしたらどうなるんだろう?って思う時はありますよ」

 先輩の視線の先、白線の前に立つ一人の男性。学生ではないのか、私服を羽織っており「知り合いですか?」と問いかけると「いいえ、知らない人です」と答えた。

「電車に限った話じゃないんだけどね。階段から突き飛ばしたら落ちて死ぬ。信号待ちしている人の背中を押して車に轢かれて死ぬ。そんな事、考える必要なんてないぐらい分かりきっている筈なのに、実際にやってみたらどうなるのか見てみたくなる」

 例えば学校の非常ベルのボタン。

 例えば万引き。

 例えば不意打ちで頭を殴打。

 例えば突然の心無い暴言。

 どれもこれも決してしてはいけない事なのに、やってみたいという好奇心が湧いてしまう。

 そう言いながら先輩は男性の背後に並ぶ様に立つ。私もそれに連れられるように追いかけて並ぶと同時に電車がやってくる。

「さん……に……いち——」


『プシュ———』


 停車した扉がゆっくりと開く。電車から数人の乗客が降りると、入れ替わる様に男性が乗り込んで行く。

「大丈夫だよ」

 先輩に言われて我に返り、掴んだ手を離すとまたクスクスと笑われてしまう。

「大丈夫。……好奇心猫をも殺すとは言うけど、私は自分じゃなくて本当に猫を殺しそうだね」

 そう言った先輩は私の手を掴んで電車の中に引き摺り込んでいった。

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