理想の妻

「貴方、起きて。朝ご飯できてるよ」

「……ん…ありがとう」

 妻に呼ばれて起こされる。開いた扉からはほんのりと空腹を誘う匂いがした。


「いただきます」

「……いただきます」

 顔を洗ってテーブルに着くと妻の作った手料理を食べる。昔からの白米にわかめの味噌汁、お浸しに焼き鮭というなんとも古い考えの朝食だけれども私はそれが好きだった。


「いってらっしゃい」

「……いってきます」

 身嗜みを整えて玄関で振り返ると妻が口付けをして微笑んだ。私はその姿を見ては少し頬を綻ばして背を向けた。


「お?先輩、今日も愛妻弁当っスか?」

「……まぁな」

 お昼のお弁当を開けるとそこには昨日の作り置きの唐揚げがメインのものだった。冷めても美味しい大きな唐揚げが三つも入っていると、とても贅沢をしている気がしてゆっくり味わって食べた。


「お帰りなさい貴方」

「……ただいま」

 家に帰ると妻が玄関で出迎えてくれた。いつも出迎えなくて良いのにと言っているのに妻は頑なに譲らなかった。口ではそう拒否していたけれども、毎日出迎えてくれて嬉しかった。


「——今夜はどうします?」

「今夜は——」




 妻は私の理想の人だった。

 小学生からの幼馴染。

 中・高と青春をし、

 大学で互いに学び合い、

 卒業・就職後に結婚した。

 妻は在宅で仕事をしていていつも家にいてくれる。

 家にいてくれるから常に私の為にと尽くしてくれた。

 いつの日だかに、日頃のお礼がしたくて何かないか?何か直してもらいたい所はないか?と聞いた事があった。

 それに対して妻は言った。

「特にないですよ。……まぁ、強いていえば、今度の休みにデートに行きませんか?」


 妻は理想の人だった。

 料理は美味しいし、在宅ワークで稼ぎもある。笑顔が素敵で気も効くし、努力している姿を見せず悟らせない。体の相性も良くてそれで……

 ……それで、私は分からなくなってしまった。


 妻は理想の人だった。理想の人過ぎる為に、私は本当に妻を愛しているのか分からなかった。

 妻は私を愛してくれているのは分かっている。勿論私も妻の事は好きである。

 けれど、恋人同士と考えると私からベクトルは伸ばせているのか分からない。

 もしかしたら私は、妻が理想の人だから好きなだけあって、妻自身が好きというわけではないのかもしれない。

 そう考えると日に日に分からなくなる。自分から渡す愛がメッキの様に見えてしまって仕方がない。

 自分には勿体無い人だ。そう思い、別れを切り出そうとした時もあった。

「……嫌です。それでも私は貴方を愛しています。愛しているから貴方の側にいさせて下さい」

 しかし、それも妻に止められてしまった。滅多に見ることのない涙を流させてしまい、私は自分から別れてほしいと言えなくなってしまった。

 自分の愛を信じれなくなり、その罪悪感で別れる事もできない。

 あるのは理想の妻から与えられる愛と幸せの日々。

 毎日泥沼の中にいる感覚。

 そんな感覚に飲まれながらも私は与えられる愛を手放す事が出来ずに今日も眠る事しかできない。

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