いつかしわくちゃになる

 初めて人を殺したのは十四歳の夏でした。

 相手は私を虐めていたリーダーの女の子。

 偶々学校の帰り道で見つかってしまい、土手から突き飛ばされたのがきっかけだった。

 大雨の為か口の中が泥まみれ。それを吐き出している所に雨の音を掻き消すような甲高い笑い声。

 きっと普段から虐められているからきっとやり返して来ないのだと思ったのだろう。笑いながら私に背を向けた女の子は本当にガラ空きで、雨音と傘のせいで私が近寄ってくる事に気が付きもしなかった。

「いい、加減にしてよ!」

 私は拾った大きな石を投げつけて怪我をさせ、うずくまった所を傘で強打。訳も分からず泣き出した所を石で何度も何度も殴った。

 ゴン!ゴン!ゴン!

 甲高い声も次第に消えていく。溢れた血も大雨に流れては土に染み込んで消えていく。そして私が息が絶え絶えになり、石を振り上げる事に疲れた頃には女の子はいなくなり、醜い肉塊がそこに倒れ込んでいました。


 ——人を殺した。


 そんな言葉が脳裏を過ぎる。どんなに私が虐められ、苦しくて、こうしてやり返して殺してしまった以上、私は周りから人殺しと言われてしまう。

 逃げて知らぬ存ぜぬを突き通すか、それともこのゴミを何処かに処分するか。

「やぁ、お嬢ちゃん。困り事?お姉さんが手伝ってあげようか?」

 そんな時、私に声をかけてくれたのは見ず知らずの女性でした。

 女性は私が殺した事について何も聞かず「コレをどうにかしたら良いのかい?」と聞かれ頷くと、女性はソレを手際良く回収すると近くに停めてあった車に乗せては「送っていくよ」と言って、私を家まで送り届けてくれました。


 §


「送っていくよ」

「……」

 それから数年が経った今、基、あの日からずっと女性は私に付き纏う様になりました。


 あの日、あの後、あの子がいなくなった事が大きく取り上げられたけれど、犯人は見つかる事は無かった。始めは私が最後の目撃者だからと疑われたものの、その時は普段の虐めの事や土手から突き飛ばされた時に出来た怪我があった為、より面倒事にならない様にと私の事は伏せられた。

 アレの遺体は無い。アレの血の跡は流れて消えた。今でも捜索願は出されているけれどきっと見つかる事はないだろう。

 時折、テレビで失踪のニュースや親の「あの子はとても優しくて……」と言った涙交じりの話をする姿を見ては酷く胸が軽くなった。


「お姉さん」

 私は運転席に座る女性に声をかける。女性は「なぁに?」とこちらを見ずに笑いかけてくれる。

「……最近、変な噂になってるんですよ。お姉さん私に付き纏う変質者だって」

「あはは。そりゃ間違いじゃないからね。現にずっと付き纏っているんだ。……でも、君も君だ」

「私?」

「君だって変質者の私に家まで送られているじゃないか?」

 確かに。普通に考えておかしな状況だ。だけど、その感覚はとうの昔に過ぎ去っていた。

 当時こそ、自分の殺人現場を目撃された上に、証拠でもある遺体を持っていかれたんだ。何かしらの脅しがあるとビクビクしていた。ところが、女性は私に特別何かするわけでもなく、ただ私を観察しては「送っていくよ」と言って家まで送り届けてくれる。そんな日々を数年も過ごせば日常になり、気にすらしなくなる。

 一度「お姉さんの目的はなんですか?」と聞いた事があった。それに対する女性の返答はといえば、

『人を殺した君がこれからどうなっていくか見てみたいんだよ』


「……お姉さん。私はあの日、初めて人を殺しました。殺したアレの顔はハッキリ覚えているのに、興奮のせいか殺した感覚が無いんです。それにアレは私が嫌いな奴だったので罪悪感なんて感じていません」

「それで?『私は人殺しをしたけど気分は一般人だから見てもおもしろくないですよ?』ってか?」

 頷くと女性は大声で笑う。その姿はとても子供っぽくて大人っぽい姿とのギャップで目を見開いていた。

「良いんだよそれで。君は一般人というけど、人を殺した経験を持っている。初めてカラオケに行った人が二回目に行くと恥が無くなるみたいに、君の中では既に"折り目“がついているんだ。それはふとした時に本当の一般人とは違う発想が浮かび上がらせてしまう」

「……またいつか人を殺すとでも?」

「かもしれない。あの日は大雨で人気の少ない田舎だったから上手くいった。なら同じ環境下ならまた上手くいくかもしれない。はた真逆の都会の環境下でももしかしたら上手くいくかもしれない。そんな発想で殺すかもしれないし、殺さないかもしれない」

 女性の言葉を受けた私は窓に映った自分の顔を見つめた。それは『そんな事はあるのか?』と少し疑った表情。けれども、それを否定するのは難しいとも思っている。

「私は他の人とほんの少しだけズレている君がどう生活していくのかを見ているのが楽しいんだ。例えそれが他の一般人と変わらない物だとしてもそれはそれでありだろう」

 不意にブレーキがかけられる。顔を上げれば私の住むアパートに着いていた。

「だから君は気にせず生活を続けるといい。そしていつかまた、一般人とは違う一瞬を見せてくれると願っているよ」

 車から降りる瞬間、女性と目が合った。

「……仮にその時が訪れたら、また手伝ってくれますか?」

「勿論。あの日みたいにね」

 あれは正に次回の放送を楽しみにしている子供の目だった。

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