第117話 十六夜君消失
その日、僕は欠伸をしながらいつものように目覚めた。隣ではいつものように寝ている火蓮ちゃんとアオイちゃん。だけど、コハクちゃんが居なかった。それはいつものことで彼女は朝食を作ったりするために早起きするけど……
なんだか、言いえない違和感のような物があった。布団から起きて、彼の部屋に向かう。襖を開けて中を見ると彼も居なかった。
これは偶然? 二人が朝の散歩をしている可能性、デートしている可能性色々考えることが出来る。だけど、それは違うと勘が言っていた。
火蓮ちゃんとアオイちゃんを起こして皆で二人を探したけど、二人は何処にもいなかった……
◆◆
俺は目を覚ました。そこは何やらベッドの上。周りは一階建ての木造建築。
えっと……ここは何処? 旅館に居たはずだったのに……いつの間にか、知らない場所に俺は居た。
ベッドから取りあえず起きると、キッチンの方で料理をしている彼女の背中が見えた。彼女は俺が起きたのが分かると手を止めてこちらに寄ってきた。
そうだ、昨日、彼女と話している途中で寝てしまって……
「おはようございます、十六夜君」
「おはようございます……えっと、ここは何処なんですか?」
「私にも良く分からないのですが大都市のはずれあたりらしいです」
「へ、へぇ……えっと、その……皆は……」
それを聞いた瞬間、彼女の雰囲気が変わった。
「また、皆……大丈夫、ここには私達しかいないんだから……」
自分自身を納得させるように呟くと彼女は華のような笑顔を向ける。
「もう、私達だけですよ。皆は居ません」
「ええ!? ど、どういうことですか!?」
「ですから、言葉通りの意味です。十六夜君、私とここで一生暮らしませんか?」
「あの、段階を数段どころか数十段とばしてるきが……」
彼女は自分のものだと主張するように逃がさないという意思表示を俺に知らしめるためなのか俺に抱き着いてきた。
「あ、あの……」
「ここで、一生暮らしてくれますよね?」
彼女の眼は悲壮や焦り、不安をぐちゃぐちゃに混ぜたような物だった。俺の答えを待たずに彼女はより一層ハグを強める、体の柔らかさが只管に感じる。
「貴方を逃がさない、ここで二人で暮らして、子供も産んで、家族になって幸せになるってきめたんです。この世界って冒険者制度があるらしくて魔力がある人はモンスターとか適当にたおすだけでお金が入って来るらしいので財産なんてすぐできます」
「急に、それは……」
「……ごめんなさい……これ以外の選択肢は認めません」
そういうと彼女は複雑な顔でキッチンに戻って料理を再開し始めた。まさかとは思っていたけど……これはヤンデレの監禁みたいな感じなのか? 彼女の母親にもそういった傾向があると聞いてはいたが娘の彼女にまでそう言った……ヤンデレ遺伝子が……
そもそも、この場所はどうやって手に入れたんだ? 異世界なんて彼女にコネの一つもないはず……
色々考えていると彼女はパンとかエッグなどを皿にのせてテーブルに置いた。
「朝食、出来ました。一緒にどうですか?」
「頂きます」
木造の味のある椅子に座って朝食を食べ始める。色々彼女には聞きたいことがある。
「あの、ここってどうやって……」
「この家は貰いました」
「誰からですか?」
「妖精貴族さんから」
「ええ!?」
「十六夜君を背負ってこの辺りをうろうろしていたら、ドラゴンに襲われている妖精さんがいたので助けたら、実はその妖精が貴族さんだったらしくて、お礼がしたいという話になり、この家を貰うという流れに」
「そ、そうなんですか」
何という、最近の異世界主人公のような流れイベント。しかし、どうやらこれで終わりと言うわけではないらしく彼女は話を進めた。
「さらに、ドラゴンの買取金額がかなり貰うことが出来ました。金貨500枚? まぁ、詳しい価値は分からないのですが周りの反応を見るにかなりの額かと」
「俺が寝ている間に……そんなに」
「あと、冒険者登録もしました」
「流れが速い」
「あと、Sランク昇格だそうです」
「展開が凄い」
このことから察するにギルド職員はさぞ驚いただろ。異世界のギルド職員は大抵大声を上げて周りの冒険者を驚かせると相場は決まっている。
彼女から他にもいろいろ話を聞いて朝食を終えた。
ある程度話を聞いたがどうするべきかは俺には分からなかった。今の彼女は俺のせいで不安定な状態になっている。
それを俺はどうするべきか。彼女の不安を取り除くためには、彼女と一緒にここで住むのが正解なのか。しかし、そしたら、火蓮や萌黄、アオイはどうするべきなのか。
俺は今まで思考がここまで止まることは無かった。だけど、初めて本当の意味でどうしたらいいのか、どうするべきなのか。分からなくなってしまった。
◆◆
「十六夜君、お買い物に行きませんか?」
「お買い物ですか……」
「はい、私一人でも良いのですが貴方が居ないと不安になってしまいますから……」
「行きます……」
私は彼と一緒にまだ見ぬ都市へと繰り出す。都市のはずれから二人で歩いて、賑やかな場所へ出る。
一度、もう見ている。ついさっきは掠るようにしか見なかったが今一度見ると、驚きや新鮮味が湧いてくる。
今までにない賑やかさ、現代人と同じような顔つきが並んでいるけど背中には羽。大きさはさまざまで隠している者も居る。
似ているようで全くにていない新たな新天地。これが、異世界なんだと分かる。
出店のように並んだ様々な店舗。教科書に載っている中世のような建物。吹く風も何処か違う気がする。
そんな風景を眺めながら彼の腕に自分の身を預けるようにして、同時に逃がさない様に腕で固定して一緒に歩いて行く。ここで、彼と一緒に暮らすことは間違いなのかもしれない。
正解なんかじゃなくて、不正解。そんなことは分かっている。無理やり彼を眠らせてこんな場所まで来て、家まで既に手に入れて、彼の選択肢を極限まで無くして……こんなの正しいわけがない。
一方通行の愛。
『貴方は欲張りなのです。私もそれでいいと思うのです……もう、私も暗闇なんて、一人なんてなるのは嫌なのです……』
声が聞こえる。声の主も怯えている。
もしかしたら、この声は……いや、そんなことはどうでもいい。彼女の言う通り私は我儘だ。きっと、誰よりも我儘で子供なのだろう。
「今日の夕食は何がいいですか?」
「えっと、何でも……」
「何でもが一番困るんです」
「あ、いや、その……」
分かる、彼は迷っているんだ。皆の所に戻ろうと私に本当は言いたいんだ。だけど、私が皆と言う言葉を聞くと不安定になって、皆と言う場所に戻りたくないと先ほどの家でのやり取りですでに彼は感じている。だから、何も言えない。私がここまでしたことに彼は責任を感じている。どうすればいいのか分からない。でも、皆と言う選択を彼は捨てている。
安心してしまっている自分がいる。自分だけの自己満足だけど、それに幸せを感じてしまっている。
自分がもう、どうしようもない存在だと自覚しながらも、そんなものはどうでもいいと捨てた。
歩いて行くと一つのお店にたどり着いた。お肉屋さんの様で見たことのない骨付き肉、似てるようで違う数々の肉。そうだ、今日の夕食はから揚げにしようと私は心に決めた
「お、見ない顔だね、新婚さんかい?」
「いえ、今は違います」
「そうかい、それじゃあ、これからと言うわけだ」
「そうですね……これからです……えっと、美味しいお肉、えっと、グラム……は通じないだろうから……これで買えるだけ」
私は何百枚ある金貨を一枚出した。すると店主は驚いた顔をする
「おいおい、良いのかい? かなりの量になってまってどう考えても食べきれないと思うが……」
「え?」
「箱入り娘か何かなのか? これは金貨だからかなりの価値があるんだが……まぁ、二人で今晩食べるくらい見繕っておくよ」
「あ、ありがとうございます?」
良く分からないけど、この世界でこの金貨はかなりの価値のようだ。現代での一万円感覚が良いのかな?
お肉を貰って、それを彼が持ってくれた。その後も調味料とかを感覚で色々買った。それで何となくだが金銭の感覚が分かった気がする。それに十六夜君も何となくだが金銭の測りが出来たのでそれも助かった。
服も色々買った。十六夜君に選んでもらったり、自分で選んだり、デートのようにしながら買い物をした。荷物が多くなったら一旦、家に戻って、それから又行って、それを繰り返しているうちに日は暮れた。
◆◆
「居た!?」
「居ない……」
火蓮ちゃんとアオイちゃんが近辺を探し回り、戻ってきた。彼とコハクちゃんが居なくなってから僕たちは大慌てで探し回った。近くの村や都市。知らない所だけど聞きまわった。
「何処に行ったのよ……」
「そもそも、何で二人は居なくなったんだろう……」
二人は心配で焦りが生まれる。勿論、僕だって心配だ。メルちゃんだって探してくれているが何も知らないし分からないらしい。
「コハクが……前に凄い不安定だったのが関係あるのかな……」
アオイちゃんがぼそりと一言言った。それは僕も火蓮ちゃんも気にしていたこと。この前、彼が天使に心中には居られた時。僕たちも不安や心配もした。
だけど、コハクちゃんは……
『はやくッ、はやくッ、何とかしないと!!!! 十六夜君が、十六夜君が!!!!! ねぇ、どうすればいいんですか、皆さんなら分かりますよね、それともメルさんなら、はやく、はやく、はやく、何とかしないと、何とかしないとッ……』
僕達の不安とかそれ以上に、彼女はどうにかなってしまいそうだった。彼を失う恐怖だけで全てが支配されて、もし、彼にあの時何かあったら彼女も……
彼が無事で直ぐに元気になったから何かをしたわけじゃなかったけど……アオイちゃんの言う通りそれが関係している気がする……
「……取りあえず、見つけないと」
「うん」
「そうだね……」
その日は頑張ったけど、二人は見つからなかった。僕たち三人は一度旅館に戻り明日何としても見つける為に作戦を立てたり、僅かな情報でも、関係ないかもしれない情報でも話し合った。
◆◆
俺は彼女との生活を迷いながらも続けていた。
「あーんっ」
「あ、あーん……」
火蓮も萌黄もアオイも心配しているだろう。だけど、コハクにそれを言う事は出来なかった。
なし崩しのように続けていい訳がないことは分かっている。
だけど、それを言いだすことだけは出来なかった。彼女の不安がる顔をさせられない。彼女は本当に俺に尽くしてくれるから。
今だって、美味しい料理を作ってくれて、食べさせてくれる。笑顔をずっと向けてくれる。
でも、これはずっと彼女がしててくれた事。当たり前になりつつだったこと。簡単じゃないこと。
俺は彼女が前世から好きだった。今を彼女と過ごしているうちに一人の女性としても好きになった。でも、それは彼女だけじゃなくて皆で。皆も好意を向けてくれたからハーレムと言う選択肢を俺は選んでしまった。
それが彼女を銀堂コハクを苦しめていた……
「十六夜君?」
「すいません……俺は、ずっとあなたを……」
謝りかけたら彼女は俺を抱き寄せた、彼女の心臓の鼓動を感じる。
「私もごめんない……無理にこんなことをして、でも、もう、自分でも自分を抑えられなくて……」
「貴方が謝る必要はないですよ……俺が」
「十六夜君……皆が心配ですか?」
「……」
なんと言えばいいのか微塵も分からなかった。でも、彼女はそれすら分かっているようで。
「私も、皆さんには申し訳ないと思っています……本当に……でも、もう、捨てることにしました……」
「……」
「十六夜君、全部捨てて、私と一緒にこれからの道を歩んでくれませんか……?」
「っ……」
「後悔はさせないつもりです、貴方に全部捧げて、尽くします」
こんな人が側にいてくれたのに、そのありがたさを俺は当たり前だと感じていたんだ。だから、彼女の気持ちに変化に気づけなかった。
彼女は並々ならぬ想いでずっと俺を想ってくれていたのに……自分が恥ずかしい。何でも、自分の思った通りにしようとしていたことが愚かしい。
「ごめんなさい。十六夜君……こんなことを提案しておきながら私は貴方を無理にでも縛るつもりです。今の私は……それが簡単にできるから……」
彼女はギュッと少し痛みが走るほど抱き寄せる。俺は……彼女の想いに答えるべきなんだろう。
でも……やっぱり……
「俺、は……」
「そこから先は聞きたくありません……言わないでもらっていいですか?」
「っ……すい、ません……」
言い出せない。これを彼女に言う事だけは、今の俺には出来なかった。
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