第116話 ヤンデレ
私達が抱き合いを開始してから、五分ほど経過した。もうすぐ、お料理の時間って自分で言ってたのに。もしかして、十六夜も何も考えてない? だとしたらちょっとまずくない? このまま、このまま一夜越す!?
そんな馬鹿な事を考えている場合じゃない。
取りあえず、何かしら言葉を交わしましょう。
「「その……」」
「「お先にどう……」」
こんな時に限って被ってしまう。抱き着きながらこの気まずい感じはキツイ。と言うか恥ずかしい。
だが、何故か彼の浴衣をギュッと掴んでしまっている私。矛盾した心と身体に戸惑っていると彼は遂に勇気を出して話しかけてきた。
「あ、流石にそろそろ戻りましょうか?」
その言葉を待っていたような、待っていなかったような複雑な感情ではあるけどその言葉をきっかけに取りあえず互いに手を遠ざけた。
真っ暗で月の明かりだけの異世界のベンチで一体何分抱き合っていたのか。分からないけ。ただ、皆に怪しまれている事だけは分かる。
折角、十六夜の今の所、唯一の彼女になったわけだし……。だけど皆にバレたら色々問題も起こるし、それで焦らせるわけにもいかないし。
「そうね……」
私達はベンチから立ち上がる。
そこで、私は特に意識なんてしてないがふと思った事を口に出してしまった。今の所、彼女は私だけなんだから……普通とは違う特別な事をあと少しだけ、しても問題は無い。だから最後にキス、くらい……
「今の所、十六夜の彼女は私だけよね……だから、その……」
「あ、そのことなんですけど……」
「なに?」
「えっと、その……もう、萌黄先輩とは付き合ってて……」
「はぁぁぁぁっぁぁあ!? いつから!?」
「三日前くらいです……」
「……」
初耳なんですけど!? だけど、同時に納得した。
そうか。だから、あんな急に距離が近くて異様にボディタッチの回数も増えていたのか。萌黄の奴、いつの間にそこにいたのよ。アサシンか!?
これはあとで話しておかないと……
畜生、二番煎じ。負けヒロインな立ち位置。私と十六夜が幼馴染でないのが最後の救いと思った。
そう思うと先ほどの幸せかんが吹っ飛んでしまい、途端に対抗心とか嫉妬とかそういったものでいっぱいになった。
彼の顔をグイッと引き寄せて唇を重ねた。深い愛を刻むように。
「……じゃ、先、戻ってるから」
唇を離すと私はその場から逃げるようにその場から立ち去った。
彼から離れながら私はついしてしまった自分の行動に恥ずかしさしか残していなかった。
もう、私の馬鹿かかぁぁぁぁぁぁ!
この後、皆で食事じゃないの! 絶対に顔合わせるじゃない! こういうのって寝る前の時にサラッとやるのが定石なのに! この後、食事!
絶対にあのキスがよぎって悶えるパターンじゃない! いい女演じて、感情抑えられずキス、実はこの後、皆で楽しくお食事って恥ずかしさマックスじゃないの!?
色々失敗した。もっと、素晴らしい魅せることもできたのに、出来なかった。
萌黄も実は裏で動いていたなんて事実も発覚。もう、なんなのよ!
まぁ、いいわ。それなりの結果だもの、特別な関係になったわけだし。ここからさらにグイグイ好感度を上げてやるわ!
◆◆
皆で食事やトランプなどをして色々過ごした後に僕は火蓮ちゃんに呼び出された。しかも、ただ、呼び出されるだけでなくコッソリとだ。
旅館のちょっとしたお茶とか飲めたりする休憩スペース。そこに呼びだれたのでそこに行くと既に彼女は居た。
「どうしたの?」
「……取りあえず、座って貰っていい?」
「うん……」
彼女に言われるがままにそこにあるソファのような物に座った。そのまま気難しい趣で話してきた
「萌黄……十六夜と付き合ってたのね」
「え!?」
ば、バレてた!? いや、ハッタリの可能性もある……彼との秘密でもあるし、一応誤魔化しておこう。
「そ、そんなことないよ」
「いや、知ってるから。私も付き合ってるし」
「ええ!?」
「つい、さっき恋人になった」
「ええ!?」
知らない間に増えてた。まぁ、こうなることは予想と言うか覚悟はしていたけど、僕だけ彼女期間は終了かー。指のささくれ位に気持ちがもどかしいけど仕方ない。
「そうなんだ……えっと、おめでとう? でいいのかな?」
「良いと思うわよ」
「あ、そっかぁ」
「……一つ聞くけど萌黄は十六夜が好き?」
「……まぁ、そうなのかな、あ、でも、僕は何番でもいいからね? 火蓮ちゃんと彼の時間をなるべく優先……」
彼女にそう言うと腕を組んで語り始めた。
「そう、話は変わるけど。萌黄はラブコメアニメとか見る?」
「えっと、あんまり見ないかな?」
「まぁ、ラブコメアニメにも色々あるんだけど大抵最後になるとヒロイン一人に絞って終わってそれが以外のヒロインは脱落するのよ」
「そうなんだ……」
「そして、推しのヒロインが脱落したり、脱落が示唆されたりするとネットが荒れるものなの」
「そうだろうね……推しだから……幸せになって欲しいだろうし」
彼女は何が言いたいのだろう。火蓮ちゃんの言う事は偶に理解できない時があるけど……
「そして、ヒロインレースから脱落したヒロインって結構、どんな人でも大体、主人公とヒロインの幸せを願うものなの。メインヒロインのサポートしたり、最後まで遠慮して想いを秘めたまま学校を卒業したり」
「へ、へぇ……」
「自分より、誰かの幸せを願うって本当に凄いと思う。だけど、物凄い辛いとも思う。萌黄もそうなんじゃない?」
「……そうかもしれないね」
彼女の言っている事の半分は分からないけど、もう半分は分かった気がする。
「だったら、何番でも良いとか言わない方が良いわ。きっと、十六夜は萌黄が辛くなったり我慢したりすることを望んではいないから。十六夜は皆が最高で納得するルートを選んだんだから」
「うん……ありがとう。火蓮ちゃん」
「……別にいいわよ。言いたいことを言っただけだから」
彼女は少し照れながらそう言った。だけど、その後に少し、好戦的な表情になった。こんな表情を向けられるなんて今まで一度もなかった。だから、息を飲んでしまった。
「――それに、何番でも良いとか思ってる奴に十六夜との時間を取られるのは癪だから」
そう言って彼女は部屋に戻って行った。
彼女はこれから彼との時間が僕が居ることで減ることも分かっている。僕以外でもコハクちゃんやアオイちゃんも居ると二人きりの時間だって削られる。それを彼女は全部納得したんだ。それでも、彼との道を選んで想いを誓った。
完全に抜かれた。僅かに優越感に浸っていた自分が恥ずかしい。火原火蓮と言う少女は油断していい相手なんかじゃなかった
僅かな一番と言う称号、それは無意識で嬉しく感じていた。取られたくないと無意識で思っていた。
だけど、遠慮なんかしてたから刹那に並ばれ、置いてかれた。
完全に、僕は火原火蓮という女性に敗北感を抱いてしまった。
――悔しい
僕だって……彼女に直ぐに追いついてやる……ッ
どうすればいいのか、まだ分からないけど。新たな決意を胸に僕は彼女の後を追った。
◆◆
私はその近くで息を殺してで二人の話を聞いていた。そして、絶句した。
私が知らないうちに二人が彼女になっていたなんて知らなかった。そんな先に行かれたなんて知らなかった。
覚悟はしていたつもりだ。火蓮先輩は物凄い人だし、萌黄先輩も途轍もない人。だけど、いざ自分より上をいかれると不安が津波のように押し寄せる。
火蓮先輩の覚悟を決めた風貌、あの顔を見て分かってしまった。彼女の意思の強さと想いの強さ。
火蓮先輩が今、一番彼に近いと……感じてしまった。
私の知らないところで、全部が進んでいた。十六夜君の事なら何でも分かっているつもりだったのに、全然分かっていなかった。皆の事も分かっていなかった。
一番が良い。一番が……彼の一番じゃないと納得できない。
焦りがドンドン強くなり、私は完全に自分を見失ってしまった。
◆◆
私は皆が寝静まった深夜に彼の部屋に行った。皆でトランプをして楽しんで、沢山お話して楽しくはあった。ただ、どこか今までの楽しさではなかった。アオイ先輩は純粋に楽しんでたけど、萌黄先輩と火蓮先輩が互いに負けずと意識していた気がする。
私だってこのままではいられない。もっと、もっと彼との距離を縮めたい。誰よりも。
異世界なのに和風の襖。そこから入る。
彼には相談事があるから深夜に二人きりで話したいと言ってある。
部屋に入ると若干薄暗いオレンジの光。
「十六夜君……すいません。こんな夜更けに」
「大丈夫です! 夜には慣れているので」
「そうなんですか」
「はい!」
深夜に相談だというのに一切の不快感を出さず、お茶を沸かしてくれるなんて流石です。
しかも、テーブルに柿ピー。相談しやすい感じが出てる!
座布団も互いに向き合うようにしてある。しかも、何かアロマみたいなのも焚いてある。気遣いの塊か!?
流石、私の十六夜君。
彼は私に座るように促す。部屋には彼が寝る布団も敷いてあり、広さが際立つ部屋である。
色々考えることはあるが、ようやく二人きり。この機会をどれだけ待ったか。ようやく、ようやく、私のターン。
際どいアピールは皆が居るとやりにくい。私は出遅れている。強引でもここで彼の一番になる。
彼は机の下の座布団に腰を下ろした。そして、客をもてなすようにどうぞどうぞと向かいの座布団に手を向ける。
しかし、私は座布団には座らずに敢えて布団に座った。
「えっと、そっちではなく……」
「ここが良いです。ダメですか?」
ちょっと、あざとく言う。十六夜君に効果的なのでよく使う。すると彼は顔を赤くしながら親指を立てて、それ以外の指は握りグッジョブの手を繰り出す。
「十六夜君もこっちに来てくれませんか?」
「えっと……同じ布団は」
彼は私が布団に座ることを了承したが彼自身は座布団に座ったままなのでこちらに呼ぶ。
「少し、ここは寒いので……」
「えっと、こっちの世界は今は夏で……」
「ううぅ、凍えてしまいそう……」
「行きましょう」
何というか、私があざとくして彼を無理に動かしているのだが……彼は女性にとことん弱い気がする……特に私のようにあざとい女性なんかに手のひらの上で転がされそうというか……
まぁ、私くらいしかあざとくはないから大丈夫だろうけど。アオイ先輩も火蓮先輩も萌黄先輩もあざとさなら私は負けない。
布団の上で男女で向かい合うなんて自分で招いておいてなんだけど、恥ずかしい。
「その、相談事とは?」
「また、声が聞こえるんです。頻度が前より増えているというか」
彼との二人きりの空間を作る為に相談と言う手段を用いたがこれは嘘ではない。本当に相談することがあったのだ。頻度が本当に増えてるのだ。
「うーん、そうなんですか……」
「もしよければ、また、私の中の誰かに話しかけてくれませんか?」
「……分かりました」
「ちょ!? 浴衣はそのままで!!」
私は彼の前で浴衣を胸元が見えるように開いた。前のお風呂では予想外の動きに翻弄されたが予想さえできていれば恥ずかしいだけで済む。
「より、内側に近い方が聞きやすいと思いますが?」
「いや、それは、まぁ、そうですけど!? 浴衣越しでいきましょう!」
彼は恥ずかしがる表情から私を心配する表情に変わった。この眼が一番好きだ。誰よりもまっすぐ奥まで見てくれるこの眼が。
彼は一通り以前のように話しかけると、やはりと言ったようで溜息を吐き自分の無力さを噛みしめるように私に謝った。
「すいません……何も起こりませんでした」
「いえ、十六夜君が謝る事では……私が無理に相談したわけですし」
「……何というか、中途半端ですいません」
「十六夜君はいつでも一生懸命じゃないですか。中途半端では絶対ありません!」
「こ、コハクさん! 流石です!」
「十六夜君の方が流石です!」
「いえいえ、コハクさんの方が……」
「いえいえ、十六夜君の方が……」
等と、互いに謙遜をしているうちに本格的に夜が更けてきてしまった。
「そろそろ、寝た方がいいかと……明日に響くと思いますし……」
「そうですね。では、そろそろ就寝することにしましょう」
彼が私を気遣い寝ようと言ってくるので私は布団に横になり掛布団を自分に掛けた。
「えっと、それは流石に……」
「いや、なんですかぁ……?」
「うぅ、そのキラキラした眼と甘える声は……でも、……」
彼は色々、悩んで踏ん切りがつかないようなので私は彼の手を引いて胴体を寝かせた。そして、彼にくっついて彼の腕を枕にして掛布団を掛ける。
「これで、良いじゃないですか? 何もしません。ただ、添い寝するだけですよ?」
「添い寝……」
「それすら、ダメなんですか?」
「ううぅ、添い寝だけなら……いいんでしょうか?」
「私はいいと思います」
「そうですか……」
彼は戸惑いながらも添い寝だけだと心に決めたようでそれ以降は何も言わなかった。
……なぜ、手を出してこない……と私は不満になった。
私だって顔は悪くない、スタイルもいい、声も艶があるって言われる、色気も色香もある。そして、二人きりで寝ているこの状況なのに何で手を出してこない?
火蓮先輩には手を出しかけて癖に……
不満と焦り、で突き動かされた私は彼の太ももに触れた。
「あ、え!?」
「太ももに触れただけです。何もやましいことなんてありませんよ?」
「そ、そうですよね……」
彼の余裕はなくなっているようで私とは違う方向を向いて、理性を保とうとしている
「こっち、見てくれませんか?」
「ええっと……」
「私の顔なんて見たくないですか?」
「そんなこと!」
「じゃあ、見てください」
「は、はい……」
彼と目線が合う。彼の眼が徐々に理性を失った獣のように見えてきた。あと少しで私が彼の一番に慣れる。火蓮先輩よりも萌黄先輩よりもアオイ先輩よりも、誰よりも一番に……
一番が良い、でも、それだけじゃない。証が欲しいのだ。私を捨てない、捨てられない絶対の証。
黒田十六夜と言う人物は責任感の塊であると私は感じている。特に私達の事に関しては。
きっと、ここで手を出せば彼はいくらでも、いつまでも私の側で愛をくれる。それがどうしても欲しい。欲しくて欲しくて、欲しくて欲しくてたまらない。
あの夏祭りの日からずっとこの日までその想いが消えなかった。
だけど、抑え込んできた。それは彼を私に縛り付けることになって、窮屈になってしまうから。
皆との時間も楽しい物だから。
でも、火蓮先輩も萌黄先輩もアオイ先輩もどんどん十六夜君に惹かれてしまった。そして、彼はハーレムの選択をした。
不満が無いと言えば嘘になる、だけど彼の側に居られる。なら、それでも良いと思っていた。皆も嫌いじゃない。
……でも、皆、私達。彼はこういったものを重視している。だから、つい考えてしまうのだ。思ってしまうのだ。皆が私を嫌ってしまった時は彼の好意関係なく彼が私から離れるてしまうのではないかと。
また、あの暗闇には戻りたくない。
お願い、証を私に……不安を無くす、貴方の愛を……歪な感情だと思った、でもきっと彼なら受け入れてくれると思っていた。
「こ、コハクさん……俺その、中途半端でこういった事はしたくなくて、皆が、全員が俺とその、何と言うか……」
そう、思って。きっと彼はそれに答えるって思っていた。だって、私がより深い関係になることを望んでいると彼も分かっているから。そして、この想いが抑えられない物だと彼も分かっていると思っていたから。
でも、彼は皆を理由に私を拒んだ。
その、瞬間、彼に僅かに拒まれた瞬間。もう、何もかもどうでもよくなった。常識とか、あざとさとか、可愛さとか相互な愛情とか。
全部どうでも良い。
彼がいてくれれば、側にいてくれれば、他に何もいらない。
「あの、俺……その、なんていうか……あれ?、急に……」
彼は言葉の途中で倒れた。いや、私が眠らせたのだ。魔装にはこういった力もあると知っているから使った。
自分が歪だと感じる。彼の側に居たいなら居ればいい。彼と言う存在を私は絶対に信じている。
だけど、皆と言うものが付いた瞬間に私は彼を信じられなくなる。それは、つまり、私が先輩たちを信じていないと言う事になる。
そのことに、情けなさと自分の歪さ、そう言ったものがごちゃ混ぜになって瞳から涙が落ちた。
「情けない、こんなッ、私でごめんなさい……ッ。信じられない、私でごめんなさい……」
自分の弱さに打ち抜かれながら私は彼を背負って荷物を一部持ってその、旅館から消えた。
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