第115話 火蓮ちゃんやらかす

 僕たちはバスタオル一枚体に巻いて、混浴と言えるお風呂に入る。露天風呂と言った感じなのだろうか。やっぱり現代と似ているような気がする。


 大石で作られた床と浴槽、良い雰囲気で景色もいい。現代であるのであればこの旅館かなりの値段がするんじゃないだろうか。




「ほ、本当に俺入っていいんですか?」

「いいんですよ。因みに私が背中を流しますから、ほら、座ってください」



コハクちゃんが彼の手を引いて椅子に座らせる。彼は膝の上に手を置いて背筋を伸ばし、緊張感を露わにする。


火蓮ちゃんもアオイちゃんも洗うつもりらしくて、泡立ててボディタオルを彼の体に当てる。



「くすぐったくないですか?」

「大丈夫です……」

「クロ、痒い所は?」

「大丈夫です……」

「こんな感じでいい?」

「良い感じです」



それぞれが洗う中、彼は目を閉じてなるべく変な反応をしない様に心掛けているようであった。僕はあんまり派手な事をしない様に隣で見ているだけだ。


皆の気持ちはわかる。尽くしたいし好感だって稼ぎたい。ドキドキさせたい。でも、そんな皆でベタベタしなくても……



僕の彼氏なんだけど……



いや、いずれ皆の彼氏だけどさ。この時点では僕の、僕だけの彼氏なのにな。皆の事は好きだけどさ……何だろう、許容し難いこの感情は。


そうか、これが嫉妬か……こんな明確な感情を大好きな皆に抱いてしまうなんて。


ここは抑えて、抑えて頑張ろう。



「クロ、前も洗っていい?」

「いえ、前は自分で!?」



アオイちゃんの天然発言には毎度彼は大慌て状態になる。コハクちゃんと違うきれいさっぱり爽やかの感情。



「私が前を綺麗にしましょうか?」

「いえ!?」



毎度、色々狙っている彼女。声と表情全てを計算している彼女の反純粋な彼女の言動。更に彼女はここで止まらない。



「今度は、私を洗ってくれませんか?」

「はい、そこまでー」

「ちょっと!?」


コハクちゃんの一手を何とか阻止する火蓮ちゃん。しっかりと彼女は彼と間に入ってこれ以上の狼藉を阻止する。これにより、コハクちゃんは強制的にターンが終了する。


さて、皆体を洗って湯船に入ろうをする。



なんか、僕もやらないと、スッキリしない。どうしたものか。あざとい巨乳の後輩、少し、気難しいけど誰よりも好き好きな同級生、天然の成長が異常の同級生。



皆魅力的なのは分かる。だからといって、嫉妬が消えるわけじゃない。


こんなことをしていいのかは分からないけど……


そう思いながら僕は足が絡まったふりをして彼の方に倒れ込んだ。背中越しに体を預けて彼の背中と僕の体が薄皮バスタオル一枚と言う最早、直接的な感触を彼に与える。


「あ、ご、ごめん……」

「だ、大丈夫です」



こんなことを普通ならしないだろう。と言うか、コハクちゃんの十八番を勝手に使ってしまった。それは簡単に言うと人の土俵で相撲を取ろうとしているような物。そうなるとどうなるだろうか。


「ジぃー」


コハクちゃんのジト目の視線が凄い。あざとセンサーに引っかかってしまったかもしれない。いや、あざとセンサーってナニ!?


流石に派手に動きすぎたかな!?



コハクちゃんはそちらがその気ならこっちだって相撲を取ってやろうじゃないかと足が絡まったふりをした。そのまま転んで彼に抱き着くつもりだろう。


そんなのダメだ!!


「あー、いけないー、私ったらー、足がー絡まってー」

「ッ、転ばない様に僕が支えるよ」


あ、し、しまったぁぁぁぁ。つい、彼女の動きを制限するように止めてしまった!!!


ありがとうございます、萌黄先輩どういうつもりですか?


言葉の裏に彼女の意図をな感じる。表ではニコニコしているけど裏ではお前、何やってくれてんの? みたいなこと思っているような気がする……



「あ、うん。どういたしまして……」

いやー、ホントに助かりましたむぅ、自分はヤッておいて他の人は拒むのはずるくないですか?


笑顔の後ろに膨れ顔で文句を言っている彼女が見える。気付かないふりをしよう。



そのまま湯につかってコハクちゃんと目を合わせない様に星空を眺める。この世界は星座とかあるのかな?


「クロは星座好きだよね?」

「まぁ、嫌いじゃないですね」

「サジタリアスとか好きそうだもんね……」

「あ、はい」



彼は星座が好きのようだ。きっと北極星とか十二宮とか、オリオンとか好きなんだろうね。



「因みにあーしも星座は好き」

「そうでしたね」

「うん……うん? あれ? 言ったっけ? まぁ、いいや。だから今度一緒に……プラネタリウムでも」



自分で落としてから自分で上げた!? ちょっと厨二に触れて彼の気分を下げてから、実は自分も星座が好きと言う事で共有感を高めている。さらに、そこから流れるようにプラネタデートに持ち込んだ



余りにスムーズで清流が流れるのを思わず眺めてしまった。誰も止めることが出来ず。これは天然なのか、どうなのか。恐らく前者なんだろうけど、どちらにしても恐ろしい。



「アオイ先輩……私なんて一度もデート行ったことないのに……」

「……アオイtueeeeeね」



サラッと何事も無いようなアオイちゃんの行動で彼女の一人勝ち。それで露天風呂イベントは幕を閉じた。




◆◆



 湯上りにイチゴ牛乳みたいなものを飲んで口を潤す。何故か分からないがこの世界には浴衣みたいなものがあるのでそれを着て夕食までの時間、旅館の中を回って見る。


 誰かと一緒と言うわけじゃない。十六夜と一緒でも良かったんだけど、偶にはこうやって一人で考えたり何かをするのも大事な気がする。


 異世界の旅館は変わったものと言うのは特に無くて、クソ帽子とおもちゃの兵隊くらいしか変わったものがないくらい和風な感じ。足つぼのシートやマッサージマシーン的な物もあり親近感しか湧かない。


 まぁ、ラノベとかでも異世界に現代機器を持ち出して驚かれるという何度も見ている私だから、異世界と現代が似ているというこの現状に突っ込まないけれども。


 さて、そんなことを一旦考えるのを止めて私はただ、四股事情の事について考える。いや、ホント、どうしてこうなったと声を大にして言いたい。正直な所、ヒロインがここまえ増えるなんて思わなかった。コハクと私のダブルヒロイン構図で、行く感じだと思っていた。

 私達の物語が書籍化したら表紙に十六夜が控えめに書いてあって、私達の絵が堂々と書いてあるという構造だって頭の中にあったほどだ。にもかかわらず、四人もヒロインが居る。アオイがまさかあんなに強引だと思わなかった。しかも、成り上がり感が半端ない。萌黄だって隠してるつもりなんだろうけど、どう考えても十六夜が好きだし。さっきほお風呂の転んだのだって絶対ワザとだし。まさかとは思うけど更にここから増えたりしないわよね?


 

 ハーレム、認めてもいい。何度も思っている。だけどそれで私と言う存在が薄くなるならそれは許容できない。ヤンデレを一途を私は辿るだろう。


 もしかしたら、ナイフで……いや、それはない。そんなことは流石にしない。そんな心配は意味もない。十六夜だって蔑ろにしたりしたりすることはない。


 だって、彼だから。きっとそんなことはしない。皆だって信用できる。だから、そろそろこの中途半端な関係には終止符を打たなけれならない。いや、私が打ちたいのだ。


 今日の夜、彼と話して彼の。そう決めて私が旅館を見学しながら歩いていると……目の前から彼が歩いてきた。彼も単体で見学しているようであった。


「あ、先輩、この旅館、和風で、最早現代かよってツッコミをいれたくなりますよね?」

「そうね」


 丁度いい。善は急げと言う。更に言うなら今は互いにフリー。この機会を逃すという手は無いだろう。しかも、もう日は暮れてきている。私がゾーンに入れる時間帯。今私はロイヤルストレートフラッシュを出す手札を持っている。


「ちょっと来て」

「え? あ、はい」



 旅館を出て海の見える外に行く。星が輝いて美しい空。人なんて、妖精なんていなくて、ただ二人だけ。足並みなんて勝手に互いに合わせるくらいの関係になっていることを認識する。


 暗いからあんまり見えないけど私の顔は赤くなっている。きっと彼も。何も会話をせずに気まずい感じで、何かあるその辺のソファに座る。彼は取りあえず何らかの会話が無いと気まずくなってしまうと思ったのか空を見上げた。

 

「星が綺麗ですね……」

「そうね」

「今日は……」

「あのさ」


私は彼にかぶせるように話した。


「何ですか?」

「話していい?」

「どうぞ」

「本当は、もっとムード高めてから言おうと思ったんだけど、その、やっぱり、善は急げの精神で言ってしまおうと思って!!」

「そ、そうですか」



 ちょっと、恥ずかしくなって来た。ちょっと先送りしたとしても問題ないし。いや、いい訳なんてしなくていい。ここで言わずにいついうんだ。こんなに場が整っているんだから。


『――私、私を十六夜の彼女にしてくださいッ』



 目を合わせて一切逃げずに言ってやった、言ってやったわよ!! どうよ!? これがメインヒロインの力よ!? 死ぬほど恥ずかしいけど、ゾーンに入っている私は言えたわ!! 



「あ、ええ!?」

「ど、どうなのよ」

「俺としてはまさに幸せ以外の何物でもないですが……いいんですか?」

「うん……その、十六夜はちゃんと私を見てくれるし、皆も嫌いじゃないし、常識的に考えてハーレムってどうかなって思うけど……納得したの」

「本当にいいんですか?」

「うん……」

「や、やった! よろしくお願いします!」




月の明かりが彼を照らして不器用ながら喜びを最大限アピールする笑顔を見ることが出来る。



私は変わった。彼と出会ってから。でもそれは彼も同じ。変わってここまできた。変わらないものもあるけど私達の関係は大きく変わった。


ただの他人から始まって、いきなり来てビックリはしたがまさか恋心を抱くなんて思わなかった。正直、そんなに顔はカッコよくない、フツメン。アジフライ。


だけど、彼を好きになった。その笑顔も心も全部好きになった。ここまで大分長い事かかった気がするけど、もう、私達は恋人。色々、するんだろう……色々……ただ、最初はちゃんと挨拶しないといけない。



「こちらこそ、よろしくお願いします……」



月明かりが私達を照らす。不思議と異世界の月が私達を祝福するようだった。異世界で告白とは何か風情がある。


彼はここからどうすればいいのか分からない。恋人関係になったはいいがそこでどのような言動をすればいいのか、何処までが許されるのか。嫌われたくないからここで下手に動けないという感情を感じる。


多分だけど、私もそうだし……



「「……」」


いや、どうするのよ!? キス位したら!? この恋人になった瞬間に互いに特別な関係を意識して何もできない感じはなんなのよ!?


いや、それも嫌いじゃないけど!!! 何か、心地いいけど!!



「あ、……」

「……なによ?」

「あ、いえ、その」

「な、なによ」



うん……この恋人しか味わえない煮え切らないやり取りいいじゃない。嫌いじゃない。



「じゃ、じゃあ、そろそろ皆の所戻りましょうか?」




その選択は違う!! 確かにもうすぐ異世界の美味しい旅館の料理が食事の時間だけれども、もうちょっと居てもいいじゃない!


この世界は電波がない。携帯が使えず誰かに連絡をされて場の空気がシラケる、もしくは中途半端な所で中途半端になる漫画のようなことはあり得ない。このタイミングは完璧でどうしようもない最高の展開。



ここで、直ぐに帰るわけには……私は脳をフルスロットルにした。




◆◆




 おおおおおおおお、よっしゃー! よっしゃぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!



 しかし、このロマンチックすぎる異世界の雰囲気にどうしたらいいのか、良く分からない。本当にロマンチックすぎる。畜生、こんな展開になるなんてもっと漫画とかで予習と復習をしておくべきだった……



 何で、こんなに今日は火蓮いつも以上に素晴らしく見える。これが恋人補正とロマン補正なのだろうか。これ以上いると気まずくなる。皆の所に一旦戻ろう。そろそろ、夕飯の時間でもあるしな。




「じゃ、じゃあ、そろそろ皆の所戻りましょうか?」



 ツインテールじゃないお風呂上がりの彼女。今の髪型だけならコハクと若干似ている要素もある感じがする。


 何というか今日の彼女は色気がある気がする。いや、普段もあるけど。普段以上にあるというか。髪型のせい? いや、違う。雰囲気が違う。この感じ……何処かで見覚えが……



 火蓮ママだ……あの、ちょっと大人な色香を漂わせる美人ママ。結構、奇抜な面も見せてくれることもあるけど、本当なら大人な色気を持ってるママ。


 血統なのか? ツンデレ体質もあるし、今まで知らない、全く知りもしない彼女に最早、どうしていいのか分からない。これは念入りに計画を建てて、頭で妄想シュミレーションをしないといけない。


 一旦、皆の元に戻ろうとしてベンチを立ち上がろうとした時、彼女は俺の手を握った。


「――ねぇ、もっと一緒にいたいの? ダメ?」



 

 時が止まった。世界の色が彼女以外から抜け落ちて彼女以外を見るなんてあり得ない。




 あれ? いつの間に時空魔法を覚えたんだ? 彼女の眼はルビーのように輝いていた。あれ? いつの間にそんな綺麗な魔眼を手に入れたの?


 いけない、考えろ。紳士的で良い感じの行動を……ダメだ。思いつかない!



 彼女は俺に身を預けるように抱き着いて顔を近づける。石鹸のいい匂いが風に乗って俺を刺激する。彼女の小さくて柔らかい肉体が甘えるように密着している。思考が出来ない程に混乱した



「え、あえっと」


『え』とか『あ』しか言えねぇよ!! どうすればいいんだよ。可愛すぎるだろこの子!!



「もっと、くっつこう?」

「ッ……」

「なんで、何も言ってくれないの? いやなの?」

「いや、そ、そんなこと……」

「なら、十六夜からも抱いて?」



か、かわいい!!! 可愛い!! 抱いてってなに? そんな言い方止めてくれない!? こっちが困り過ぎてオーバーワークだわ!!!!



「ねぇ、はやく、抱いて? 恋人なんでしょ?」

「――ッ……」



落ち着け。落ち着いてゆっくり彼女に手を回して、手が震えながらも何とか抱き着けた。しかし、緊張とか色々で腕からの震えが全身に伝わった。変な風に思われたらどうしよう……


「大丈夫? 体、震えてるわよ?」

「あ、いや、き、緊張して……」



くそ、やっぱり指摘された。どう思ってるんだ? 彼女と目が合った。眼は慈愛でしょうがない子供をあやすようで、完全に俺より上の次元の人に感じた。彼女はそっと俺の頬に触れた。



「ふふ、可愛い所もあるのね。十六夜?」

「――ッ……」




満点だよ!!!! 五億点、いや、五兆!! 君の瞳は五兆ボルトだよ!!! こっちの心境も考えてくれよ!! 困ってんだよ!!! 畜生、完全におれがからかわれてる……



クソ……俺がこの子を守りたい。ずっと、一緒に居たい。幸せにしたい。泣かせたりもしない。絶対にだ。俺は彼女を少し、強めに抱いた。いつもなら、自分から何かをしたりしない。基本的にほどほどにするけど、今だけは抑えれなかった。


彼女もそれに気づいたんだろう。俺の首元に顔をうずめた。



そして、一分が経過……いや、こっからどうすんだよ!? どうすればいいんだよ!? どこで区切りつけんの!?



ここは、彼女に任せよう。きっと、彼女なら何か考えている。世界を救う力を持った彼女だ。きっと、ここからの流れも考えているだろう。


◆◆




いや、こっからどうすんのよ!!!!!!!!!?????????


つい、調子に乗ってママ感出し過ぎた。大人な色気を出し過ぎた。適当に馬鹿みたいにその場しのぎの行動。こんなのどうすればいいのよ!?


いや、この構図は最高だけれども。どうすんのよ!? 抱き着いて、一分くらい経過したら普通に元のポジションに戻ればいいの!? 


と言うか十六夜もいつまで抱いてんの!? そんなに私が好きなの!? いや、両想いだから恋人なんだけどさ!!


このままでどうすんの!? 




しかし、十六夜の事だ。きっと、ここから何かしらの策を考えている、もしくはプロットを練っているに違いない。さぁ、頼むわよ、十六夜。









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