第112話 癒し
ソファに力なく座り、虚空を見つめ何も話さない彼。最早、いつもの勢いも優しい雰囲気もなくただ、抜け殻のようだ。
「もしもーし? 十六夜君? 貴方のコハクですよぉ~」
コハクちゃんが耳元で囁くが彼は目のハイライトを消して無言だった。いつもなら顔をニヤニヤさせるのだが無言。圧倒的な無……あ、ちょっと意識してる
「十六夜君……」
彼女は彼の隣から一旦離れて、僕たちの方に寄って来る
「十六夜君、相当萎えているようです」
「クロは傷口に柚子胡椒を塗ったくらい酷いはず。しょうがない」
「ううぅ、十六夜君いつもならデレデレしてくれるのに……」
コハクちゃんが悔しがるような声を上げる。だが仕方ない、今の彼は相当病んでいるのだから正攻法では立ち直らないだろう。
だからこそ火蓮ちゃんが立ち上がった。彼女はもう、沸騰したタコのように顔を赤くしてメイド服を着て彼の元に近づく。カチュウーシャを頭につけて黒を基調としてミニスカート。
この間も劇で同じような格好をしていたが、この間より数段恥ずかしいようだ。
「きょ、今日だけ、十六夜はゴゴゴ、ご、ごしゅ主人さまっ! だぁから! 何でも、め、命令して頂いて構わない所存であるのよ!」
語尾!! 語尾が滅茶苦茶!! 目が! 目がぐるぐるして錯乱してるよ! まぁ、恥ずかしいというのは分かるけど……
「……可愛い」
あ! 彼がちょっと反応した! 目のハイライトに少し光が戻り絶望の繭から僅かに羽化する可能性があるきがする。
「でも、その、あんまり過激なのは特別な関係になってからだけど……まぁ、でも、ひ、膝枕くらいならしてあげるわよ。ほら、ここに頭乗せて……」
彼女はソファに座り、自分の膝を指さす。柔らかそうで美しい彼女の太もも。細身に見えるけどそこが良い。
「いいんですか?」
「いい、わよ」
彼は良いと言われても判断しかねるようで頭がフラフラしている。変な所でチキンな彼である。彼女もそれは分かっているようで彼の頭を掴んで自分の太ももに落とす。
「こ、これは……」
「耳かきもしてあげてもいいけど……」
「マジですか?」
「マジよ」
「なん……だと……お願いします!」
元気になるの速過ぎるんだけど!? 恐るべし、火蓮ちゃんのメイド姿。そして、彼女は元々の準備していたであろう、耳かき棒で彼の耳を掃除を始める。
「何て、ずるい人……」
「あーしがしてあげたかった」
二人の嫉妬の視線を向ける。アオイちゃんは彼限定で世話好きの所があるから、コハクちゃんは真っすぐの視線。
しかし、今は火蓮ちゃんのターン。
「どう?」
「幸せです!」
「元気出た?」
「出ました!」
「そう……もう、ホントにしょうがないんだから……」
仕方ないと言いつつそれも悪くないと思っている彼女。表情は薄く微笑んで今までとは少し違う感じがする。彼女にカキカキされながら彼は至福の表情でデレデレである
「癖になりそうです……」
彼がそう言うと彼女は薄く微笑んだ。
「そう……癖にしていいのよ?」
そのセリフは何か分からないけど凄く良い!!
艶があって母性のある感じて童心に帰ってしまいそうなこの……何と表現すればよいやら。バブみを感じると言う事だろうか!? 何だろうこの感じ!? いつもメインヒロインと言っている彼女だけど、間違いなくそう感じてしまう。
彼も彼女に完全身を預けて、脱力して時間が過ぎていく。
「じゃあ、今度は反対側……」
「それは私がやります」
火蓮ちゃんが片耳を掃除をやり終わると、いつの間ににかメイド服に着替えたコハクちゃんが彼を挟んで火蓮ちゃんと対立するように座っていた。隠密で速すぎて見逃してしまった。
「二番煎じかしら?」
「ただ、十六夜君に喜んで欲しいという純粋な気持ちですっ」
「あざとい……」
彼女は短いスカートなのにそれをさらに少し、めくって白い太ももを大いに彼の元に晒す。うわぁぁぁぁぁぁぁ。太ももが肉付きが凄く良いと声を出して言いたい! 僕を寝かしてくれないだろうか?
「私の方が、柔らかくて寝心地が良いと思いますよ?」
まるで蜘蛛。糸を吐き罠を作った蜘蛛! しかし、先ずは獲物が引っかからないないと意味がな……ああ、うん引っかかるよね。
「くっ、見えそうで見えない感じがたまらない……」
「ちょっと! そういうのはダメじゃないの!?」
ちょっとエッチな彼女の誘惑的な誘い。絡まった糸はもがこうとすればするほど、絡まって行く。彼も彼女を意識することしかできない。
「ささ、どうぞ?」
彼女は自分の太ももに誘うように指を差す。彼もフラフラとそこに誘われていき……
「ちょっと、私が居るのよ!」
「はッ!」
彼は火蓮ちゃんの言葉に覚醒する。すると、コハクちゃんが追い打ちにとそっと両手で包んで上目遣いで甘える猫のような声で言った。
「十六夜君っ? 私の耳かきは嫌ですか?」
「あ、い、その……」
負けじともう片方の手を火蓮ちゃんが掴んだ。強気で負けないという意思をひしひしと感じさせるいつも通りの彼女。凛として目で僅かに上目遣い。
「私じゃ、満足できない?」
「え、そ、そんなこと……」
「でも、コハクのとこに行こうとしてるじゃない……私より、コハク?」
「あ、そんなこと……皆、いちば……」
「そうですよね……頼りがいのある年上の方が甘えられた十六夜君の好みですよね……」
「あ、いえ、おれは、み……」
なにこの新手の修羅場……悲壮感を互いに纏うってどうなんだろう……効果的な手であることは今目の前で行われていることで分かるけど。
と思っているとアオイちゃんが二人を止めた。
「それ以上はダメ……クロが困ってる」
「そうね……」
「そうですね」
彼女が間に入った事で修羅場の事なきを得た。
「クロ」
「はい」
「元気になった?」
「はい。おかげさまで」
「そう……なら、よかった」
でた! アオイちゃんの『無自覚』頭ナデナデと微笑み。何て屈託のない笑顔なんだろう。打算とかあざとさとか無いからこその最強の一手。
「ど、どうも……」
「ナデポとニコポを無自覚にこれでもかと使われたら……何も言えないじゃない」
「私だって! 十六夜君が無事でよかったです!」
今度はコハクちゃんが頭をなでなでしてウインクをする。ウインクから星が飛び出してきそうな勢いがあり素晴らしいんだけど、アオイちゃんとちょっと違うような気がするのは僕だけだろうか。
「ニコポとナデポは無自覚だから効くのよ。コハクと私じゃこの領域には敵わないわ」
「無自覚ですが?」
「嘘つけ! いい加減天然と無垢なヒロインを装うのはやめなさい!」
「ん~? 私~、よく分かりませ~ん?」
「あっそ」
「急に冷たくないですか?」
「いや、言うだけ無駄かなって……」
二人が話す中、アオイちゃんが大きなゴーグルを持ってきた。
「これやってみて、もっと元気になって欲しいから。きっと楽しい」
「VRですか?」
「何かで当選した」
「俺がやって良いんですか?」
「うん。剣のゲームだよ」
彼はゴーグルを掛けてゲームを始める。
「お、おおおぉ、これすげぇぇぇぇ! あ、あぶねぇ!」
これ、外から見ると結構シュールだし家の中だから危ないんじゃ……
「いってぇ!」
あ、テーブルに弁慶の泣き所をぶつけた。痛い痛いと片足で立ち、ゴーグルで視覚は違う景色を見ているから混乱したのだろう、そのままバランスを崩した。彼はフラフラして……何かにつかまってバランスを保った。
「あ、え、? いざ、よい、くん? あ、ああの……これは……」
「すいませぇぇぇぇんんんんんん!!!!!!!」
彼女の胸に右手が埋まって、掴んでコハクちゃんの顔が赤くなる。彼は視覚がないけど、感触で察した様で勢いよくそこから手を離す。しかし、ビックリしたのか勢いが良すぎて……右手が……
「い、いざよいッ! こ、これはいくら、なんでもッ!」
「す、すいませぇぇぇぇん!!」
今度は程よい胸部をタッチしてしまい、ビックリして勢いよく手を彼は離した。火蓮ちゃんは控えめの胸に触られ、ビックリして、流石にこれは彼女的にはまだ、ダメなようだ。
さて、そのまま彼の勢いは止まらず、神速の右手はアオイちゃんの方に向かって、言うまでも無く胸部に摑まってしまった。
なんなの、この謎の軌跡は?
「クロ?」
「まじで、すんませぇぇぇん!!!!!」
彼はそこから離れるのだが足が絡まってバランスを崩し、僕の方に倒れてきた。危ないから支えてあげようとしたら……彼はバランスを整えようとして、逆に変な速さになり、彼の両手が僕の両胸を思いっきり掴んだ。
僕はFくらいの大きさはあるからコハクちゃんの次に大きい。まぁ、どうでもいいけど。
これは……わざとやってるとしか思えないんだけど。いやでも、VR中だし……奇跡が起きたの?
彼は勢いよく離して、VRのゴーグルを置いて土下座をした
「本当に申し訳ございません!!!! いや、でも本当にワザとじゃなくて、真摯な軌跡と言うか!! あり得ない偶然が固まってと言うか、でも、ワザとじゃなくて!!」
「分かってますよ……まぁ、出来過ぎな軌跡だと思いますが……それに、前にもゴニョニョ……」
「まぁ、そんなに謝るなら……許してあげても、マンガみたいに触った事すら分んないとかじゃないみたいだし、悪いと思ってるみたいだし……でも、何なのかしら? この奇跡の怒涛の4連続のラッキースケベは?」
「本当にすいません! こんな事が起こるなんて! いや、マジですいません! 変な事でいじけてすいません! 厨二ですいません!」
コハクちゃん的には前にも同じことがあったんだっけ。思い出して恥ずかしさが倍増、火蓮ちゃんは胸元を手で隠しているが許す方向らしい。彼は土下座。頭を下げたままで一切上げようとしない。
「あーし、許すよ。ワザとじゃないって分かるし」
「ありがとうございます」
「うん。いいよ。おばあちゃんも無闇に人に体を触らせてはいけないって言ってたけど、大切な人なら良いって言ってたから、そんなに謝らないで?」
「アオイ様……」
彼女は微笑みながら再び頭を撫でた。彼の中では神格化になってる。
「萌黄先輩もすいません!」
「いいよ、別に……ワザとじゃないなら」
「ありがとうございます!」
彼の土下座はそのまま数分間続いた。
◆◆
彼は先ほどのことを反省しているのか。2階の自室のベランダで風にあたっていた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……」
再び、目からハイライトが消えて絶望の表情している。
「話してほしいな?」
「……皆が実は嫌がってたらって思うと……」
「皆許すって言ってたよ。勿論僕もだけど」
「本当は心では嫌がってたらどうしようって」
「……大丈夫だよ、僕が保証する」
こういうところが皆好きなんだよって言った方が良いのかな?
「萌黄先輩は本当に嫌じゃなかったですか?」
「ビックリはしたかな……でも、本当に気にしないでいいよ」
「本当の本当ですか?」
「本当の本当」
「……」
変な所で悩んじゃうのも彼らしい。自分の事は直ぐに立ち直ったり思考を放棄したりするのに僕たちのことになると何処までも考える。でも、もうちょっと楽に気軽に考えても良いと思うけどな……
「君は、その、何と言うか、自分の彼女の言う事が信用できない?」
「あ、か、彼女!?」
「な、何驚いてるの? えっと、ハーレムを僕は認めて告白しあったんだから……僕は今の所、唯一の君の彼女じゃないの?」
「そ、そうでした!」
「う、うん。それで、君の彼女が気にしなくて良いって言ってるにまだ気にするのかな……?」
「それじゃあ、一応……」
「一応?」
「あんまり……」
「あんまり?」
「ま、全く気にしません……」
「よろしい、それでいいんだよ」
自分で自分の事を彼女と言うのは恥ずかしさの極みだね……今後は控えて言うことにしよう。
夕日が僕たちを照らして、風が透き通るように僕たちを駆け抜ける。この時、一緒に居るこの時間を共有しているという事実が嬉しいのは秘密だ。
「皆には、このこと言った方がいいんでしょうか?」
『このこと』とは現在の恋人関係のことだろう。秘密にするのもどうかと思うが言わない方が僕は良いと思っている。
「言わなくて良いと思うよ。言ったら皆慌てるから。判断を焦って出させるのは君の求めるものじゃないでしょ?」
「そうですね。じゃあ、秘密と言う事で行きましょう」
「そうだね……」
秘密の恋人関係とは……何というか、こう、心がもぞもぞするというか何というか。皆に申し訳ないという気持ち等が混ざり合って複雑だけど、嬉しいという感情もある。
「恋人か……萌黄先輩が俺の恋人で彼女……くっ、最高かよ」
「そういう事言われると恥ずかしいんだけど……」
「すいません。ただ、もう、嬉しくて! こんな素敵な人が恋人なんて俺って、幸せ者だなってッ!」
彼は、笑った。心の底から嬉しそうに。その笑顔を見た時に僕はこの人がやっぱり好きだと気づいて、自然と自身も心からの笑顔を浮かべていた。
「僕も幸せ者だよ」
彼と心の底から笑いあって、恋人になったと僕は改めて感じた。
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