第103話 開幕

 アオイちゃんは天然で無自覚系な少女である。普段は表情に変化はなく、おとなしいクールなイメージがある可愛い少女。


 そんな彼女が最近、変化を見せている。端的に言うと彼と距離が近い。肩と肩が触れ合う位の距離なのだ。彼女自身は意識はしていないけど本能的にそれが彼女の行動に現れる。


 それに彼も気づいてアタフタし、それを見てコハクちゃんと火蓮ちゃんがやりきれない歯がゆさを噛みしめる。やりきれない理由はたった一つ。彼女が劇の練習を頑張っているからであり、下手に突っかかるわけにもいかず、さらに彼女は本番が近づくにつれて緊張してたまらなそうになり、それを彼が支える為に距離が近いと言う理由だからだ。端的に言うと手出しがしずらいのだ。


『これが無自覚クーデレの恐ろしさか……くっ、あんなに一生懸命練習されたら手出しできないじゃない……私ももっと濃いキャラにならないと』

『私だって、私だって……』



大丈夫だろうか。二人共……



まぁ、そんなこんなで文化祭に向って行く。その間にアオイちゃんの緊張を抑える為に色々彼は検討していた。


「水飲むと緊張がほぐれると聞いたことがある……アオイ先輩には少しでもいい水を飲んでもらいたい、水道水より天然水、天然水より異世界の清流の水となるのは至極真っ当の発想……そうだ、異世界に行こう……」


と呟きいきなりメルちゃんを連れて異世界に行ったり、ツボが良いと聞けばそれを押し、ヨーグルト、チョコレートが良いと聞けば乱獲。緊張を抑える為の手段と言う手段をネットで検索。



あらゆる手を出し尽くし、ついに明日、本番を迎える。




◆◆



 がやがやと人の賑わう音やら、でいつもより騒がしい。理由は簡単。一般客も文化祭と言う事で入場を許されている。さて、そんな中、我らが銀堂さんが宣伝のプラカードを持って入り口付近を私と一緒にウロウロして客を呼ぶ。



いやいやいやモテるね。通り過ぎた人も過ぎない人も皆、見ている。


「この格好で見られると恥ずかしいですね……」

「まぁ、仕方ないよ」



メイド服である。私も銀堂さんも。



「いや、可愛い!」

「モデルかな?」

「おいおい、そんな可愛いわけ……可愛い」

「おいおい、そんな言いすぎ……可愛い」

「隣の子もそこそこ可愛いね」

「……カレーの福神漬けの感じだな」

「福神メイドかぁ。結構好き」




おい、誰が福神漬けか? 戦争か? まぁ、福神漬け好きだけれども。とそんなことを思いながらウロウロしていると見覚えのある赤い髪にカチューシャ。今日はツインテールではないらしい。


「あ、どうも先輩、こんにちは」

「えっと、夏子だっけ? どうも……」


この人、意外と対人能力が低いんだよね。多分、時間をかければ軽めに話せると思うんだけどそんなに接する機会もないしな……



「火蓮先輩似合ってますね」

「まぁ、当然よね」

「謙遜って言葉知ってますか?」

「コハクと程遠い言葉よね?」

「おほほ、言ってくれますね」


まぁ、憎まれ口をおふざけで言えるほどまでは親しくは時間だけじゃなく、相性の問題もあるだろうね。


火原先輩は強気な顔つきをしているが本当はかなり弱い精神の持ち主。天邪鬼というわけではないけど、本当の事は言いずらいと。ただ、それを黒田君が上手く察せるから両想いと。


ああ、この人は本当はもっと甘えたいんだろうな。出来るようになるのはいつかな……


と話していると入口の方から一人の女性が歩いていた。いや、他にも歩いているんだけどその人に何処か誰かの面影があったからだ。真っ黒髪と瞳。



「あらぁ? 紅蓮の赤ちゃんね?」

「あ! お、お久しぶりです! 十六夜君のママさん!」

「ええ!? 十六夜君のお母様ですか!?」

「貴方は至高の銀白ちゃんね。えっと貴方は……」

「至高の銀白ちゃんの友達で黒田君の友達です」

「あらあら、こんな可愛い子と友達なんて……幸運が限界突破して神ね」





なんか、感想が独特の人だな。でも、黒田君ほどのオーラと言うか、風貌を感じない。黒田君の場合、一般人の皮を被ったアジって言う感じだけど……この人は何というか普通。でも、私の勘が言っている。この人もヤバいと……



「それにしても文化祭なんて久しぶりね……十年ぶりかしら?」

「そうなんですか? お母様?」

「お母様なんて……言われる日が来るとは……至高の銀白ちゃんは上流階級の人なのかしら?」

「えっと……まぁ、その普通のご家庭よりは裕福かもしれません」

「ああ、分かるわぁ。もう、滲み出てるのよ。高貴な伯爵感と言うか皇帝と書いてエンペラー感と言うか……」

「そ、そうですかね?」

「そうよ」



いや、濃いなこの人……



「文化祭ね……色々思い出すわ……」



そういう黒田君のお母さんの顔は哀愁漂っていた。もしかして、何か過去にあったのか……気になった銀堂さんがお母さんに聞いた。


「あの、何かあったんですか?」

「ええ、まぁ、特にないわ……」

「ど、どっちなんですか?」

「あると言えばそうだけど、話すような事でも無いわね。ごめんなさいね、折角の楽しい雰囲気を壊してしまって」

「い、いえ、そんなことは……」



お母さんは雰囲気を変えて笑顔で話しかけてきた。


「十六夜は皆さんにご迷惑をかけていないかしら?」

「そんなことありません!」

「十六夜は、あ、十六夜君は物凄い良い後輩です」



銀堂さんはもう十六夜ファーストで肯定、火原先輩はお母さんの前では君付けをしながら良い後輩であることをアピール。


「なら、よかったわ。それじゃあ……これからも宜しくお願いしてもいいかしら?」

「勿論ですとも!」

「わ、私としましては……これからずっとでも良いというか、ゴニョゴニョ……」

「いいともです」


いや、火原先輩の恥ずかしがって言えない感じがくぁいいんだが? 銀堂さんも負けてないけど。



「それじゃあ、私はあれこれ見て回るわね。失礼……」

「あ、一ついいですか?」


黒田君のお母さんが私達の邪魔をしない為に去ろうとするのを私は止めてしまった。何というか彼女の過去を聞きたいと思ったからだ。



「文化祭で昔何かあったんですか?」

「気になるのかしら?」

「えっと、まぁ……」

「そう……実はこの話、私と夫の出会いの話なの」

「あ、そうなんですか?」

「でも、話し過ぎて夫から呆れてしまって、しかも結構な内容だから二度と人に言うなって言われてるのよ」

「ああ、それなら仕方ないですね……」

「まぁ、どうしてもと言うなら語ろうかしら?」

「お願いしても?」

「ふふふ、では語りましょう」



この感じ……この人一般人の皮をかぶっていたな……



「これは私が高校生の時の話。当時私は……ちょっと荒れていたわ。いわゆる中二病って奴なのかしら? 文化祭でスクールカーストトップ苛めっ子に真っすぐ喧嘩を売ってしまったの」

「そ、そんなことが……」


銀堂さんが何かに共感するように、かみしめるように話を聞いていた。



「そうなのよ。もう、苛めっ子がムカついて、ムカついてしょうがなくて……ちょっと顔が可愛いからってもう、やりたい放題。悪口、蹴りや殴り、給食をわざと気に入らない奴に溢す。色んな子が迷惑してたの、言わなかっただけでね」

「それで、どう、したんですか?」

「だから、文化祭の日にイキリ散らかしてから、言ってやったの。お前は口は排気ガスか? 皆がその有害ガスで迷惑してたんだよ。お前の取り巻き男の腐ったチ〇ポでその口閉じてやろうかって」

「そ、そんなにハッキリ……」

「まぁ、次の日から浮くわよね、それは。今思うとちょっとやり過ぎたかなと思うわ。浮いた次の日にその苛めっ子と取り巻きに体育時間にボールぶつけられて、それで睨んだらぶりっこしながら怖い怖い言うから、本当の怖さを教えてやろうとして顔面にボールぶつけたり……ちょっとやり過ぎたわね……私のせいでもあるんだけど、皆離れちゃって……でも、一人だけ手を取ってくれて………………………………」

「そ、それで?」

「……………………………………………………………………………」


溜めるな、この人。何だろう……何があるんだろう?



「その人が今の夫で私を守ってくれたって言う、惚気話なのよね! これが。いや、私達の武勇伝と言うか何というか、人間、一人でも分かってくれる人がいるだけで救われるのねと言う話なの。夫の凄さを知ってもらいたくて近所でこの話をしまくったら夫が怒る怒る。もう二度とするなよって釘を刺されたけど定期的に何処かしらで話してるのよ」

「一人でも分かってくれる人が居るだけで救われる……そうかもしれませんね……」

「あ、でもこの話、参考にしちゃダメよ! 私はもっといい手があったはずだから! 盗聴器とかカメラとか。穏便に済ませるに越したことは無いわ!」

「はい、そうですね……でも、話聞けて良かったです。ありがとうございます……」



銀堂さんにとってその人が黒田君って事だよね。きっと、彼女は救われたんだ。それは彼女だけはないようで火原先輩もだった。



「あ、、わ、私も十六夜、君に家族のこと色々お世話になって、その、私も同じです! 救って貰いました!」

「そうだったの?」

「はい、十六夜は私のヒーローです!」

「えへへ、照れちゃうわね! 息子を褒められると!」

「私にとっても十六夜君はヒーローです……」

「照れるわ~。息子がそう言われると!」


笑う感じ黒田君そっくりなこの人皮の中は相当であった。この親あってこの子有りとはまさにこのことと思う私であった。




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