第104話 え? そこで言う?

 緊張する。異常に喉が渇き、呼吸が何もしていないのに荒くなる。いつもなら軽く十キロを走らないと息切れなんてしないのに……



『アオイちゃん頑張ろうね!』

『なんかあったら言いなさい』

『楽しみにしてますね!』


皆、期待している。頑張らないと思うが本番が近づくにつれて焦りがドンドン湧いてくる。表情だって多少は改善できた。ここまで頑張ってきた。なのに、上手くいかなかったらどうしようという焦りがここにきてピークに達する。


人が沢山いる。変な風に見られたらどうしよう。また、怖いってひそひそ言われたら……どうしよう……




チクタク、チクタク。時間が速く感じる。焦り、焦り、焦り、焦り。どこまでも焦りが強くなっていく。視線が怖くて仕方ない。


「出番ですよ」

「あ、はい……」




出番がきた。最初は虐められているところから。出来るか? 視線が怖くて、人の眼が怖くて、評価が怖くて何もできないのではないだろうか。そう思いながらステージの近くまで来てしまった。今は幕で見えないがこれが上がれば……



まだ、少しだけ時間がある。観客席には生徒、教師、一般の人。百単位で人が居る。落ち着こう。ここは彼が異世界からとってきた清流水を飲んで……うん、美味しい。


おばあちゃんが言っていた。『人前で緊張したらジャガイモかかぼちゃか山芋辺りに思え』


ひょっこり頭を出して観客を見る……ええっと……無理かも、おばあちゃん……


「本番まで五分前でーっす」


五分、300秒ということ……あと298、297……ああ、どうしよう。どうしよう。


「大丈夫、ですか?」


そこに大きな石が投じられたように不安と言う波紋をその大きな石の波紋が打ち消す。何度も聞いたその声。


「どうして? ここは二年生の……待機場所……」

「その、心配になってしまって……つい……」

「そう……ありがと」

「あの、やっぱり緊張してますよね?」

「まぁ、それなりには……」


それなりどころではない。足ががくがく震えるほど緊張している。


「……人からどう見られるかってやっぱり気になっちゃいますよね。これだけ居ると独特な空気感もありますし……失敗したらどうしようって思ってしまいますよね……」

「……」



黙って、彼の話を聞いた。彼はあーしのことなんて全部分かっているのかもしれない。


「えっと、その、……すいません……あんまり大した事言えなくて……」

「あ、その、それだけでもありがたいよ……?」

「………………」



彼は少し、悩んでいるようだった。悩んで、悩んで、悩んで……そして、彼はポケットから何かを出した。それは容器の中に液が入っているコンタクトのような物であった。


「これ……使ってください……」

「これは?」

「つけて見ればわかります……」



言われるがままにつける。時間が無いため、急いでツケタ。そして、彼を見ると……彼の顔がジャガイモだった……ええ? どういうこと?


そのまま観客の方をひょっこり顔を出して見ると最早そこは芋畑だった。里芋、長芋、じゃがいも、カボチャ。わんさか置いてある。



ふふ、なんかツボに入る。



「これって、何かのマジックアイテム?」

「はい……そう、ですね……使ってください。メルさんに人の顔が芋に見えるコンタクトを作ってもらいました」

「そう、なんだ……ありがと……」

「いえ……」



何か、彼の顔が曇っているように見えた。だけど、もう本番が始まる。彼を後にしてあーしは舞台に上がった。



幕が上がるとそこには芋だけなので視線も感じない。ちょっとツボであった為、心の余裕ができた。そして、ずっと練習してきたから不格好でもそれなりにまとまっていたと思う。自分の中ではよくできたとも思う。


これが出来たのはあーしだけの力じゃない。皆のおかげだから、終わったと後はあいさつ回りをした。コンタクト付けたままだから芋に全員見えたけどそれでも誰かはわかる。



だけど、彼は何処にもいなくて……何処に……校内を歩き回っていると



「アオイ先輩ですよね?」

「え、あ、うん」


えっと、知らない芋の子だ。声も聞いたことない。


「私、劇見たんです。すっごいかっこよかったです。可愛いカッコいいというか、笑顔の鋭さがとても良かったです」

「そう?」

「はい。ばっちりです!」

「どうも……」


あ、ヤバい、コミュ障感が出てる。話す前に、あ、とか入れてしまうのはどうしても治らない。



「あの、アイツ……黒田十六夜ってどこにいるかわかる?」

「ああー、二つ名が沢山ある人ですよね?」

「そう……」

「屋上で体育座りしてましたよ」

「あ、そうなんだ」

「そうですよ」

「あんがと……」


言われるがままに階段を上がっていく。校内はまだ、賑わい続けている。人と人の間を抜けて屋上に行くと、青い空が広がる空。そこで彼は体育座りしながら全部見下ろしている。


「何してんの?」

「えっと……人を見てました」

「そう……劇、成功したよ。あんがと……アンタと皆のおかげ……」

「そうですか……」



歯切れが悪い感じがした、悩んで心がここに非ずの状態の彼。



「どうかしたの? 話してほしい」

「えっと……特に……」

「話して……」

「ええ、その……」

「話して…‥」

「あ、はい……今日は成功してそれは滅茶苦茶良かったと思うんですけど……あの時、コンタクトを渡さなくても成功してたら、それはアオイ先輩にとってもっと良い経験になってて、そっちの方が貴方の先の人生に大きなプラスになったんじゃないかって思うんです。魔族を倒してハイ終わりじゃない、これからずっとこの世界で生きていくから、その場の誤魔化しじゃダメだなって。もっと上手い支え方があって……だから本当にあれが貴方にとっての最善だったのかと……俺ダメだなと……」

「あーしの為にそれを悩んでくれてたの?」

「えっと、まぁ、そうとも言いますかね?」

「そうとしか言えない……」



彼はぎこちなさそうに笑った。でも、心からではなくあーしを心配させない気遣いを感じる。ずっと、あーしは支えたくれた。ずっと、あーしのことだけを考えてくれた。それで今も悩んでる……



「……あーしは凄く嬉しくて楽しくて最高だった。毎日一緒に練習して、毎日笑顔の訓練してくれて……これは、誤魔化しでもない、あの時コンタクトが無かったら失敗をしてたと思う……上手く言えないけど、全部繋がって成功したから、全部が、アンタも含めて、かけがえのない宝物だから、えっと、その、ダメとか最善じゃないとか言って落ち込まないでほしい……」

「…………うぅ、何ていい子なんだ……卒業式の感動の言葉みたいなことを素で言えるなんて……うぅ、涙が……」

「あ、あ、えっと、な、泣かないで? あの、ティッシュ……」



彼は感動の涙を流す……そんな良いこと言ったかな? 良く分からないけど取りあえず、ティッシュを渡しておく。



「何か、元気出ました」

「そう……なら、よかった」

「全部繋がって、それが宝物……いや、これは、名言ですね……」

「ちょっと、恥ずかしい……」

「スマホの着メロにしたい……」

「それはやめて……」



ちょっと、笑顔を見せていつもの雰囲気に彼が戻り僅かに嬉しさが湧いてくる。


「それじゃあ、俺は自分の学級で仕事がありますので俺も先輩のように、頑張ってきます!」

「うん……いってらっしゃい……」



タタタタと走って彼が行ってしまう。一人になった屋上で太陽があーしを照らして風が吹きぬける。その風が吹き抜けると彼との記憶を呼び覚ます。


記憶を辿って、辿って、繋いで、繋いで……その最初から最後までが


宝物……。出会いは急で、唐突で……暖かくて、カッコよくて……



颯爽と現れた……まるで、まるで、まるで……《王子様》



それを自覚したとき、胸が跳ねた。でも、不思議と驚きはなかった。ずっと、その気持ちを感じていたから、分かっていなかっただけで、ずっと、ずっと、好きだった。


 あの、祭りの日から今日まで色あせることなく、寧ろずっと膨大になり続けるほどに好きであった。


 こういう時はどうするのが正解なのだろうか。普通に告白をすればいいのだろうか? あーしには分からない。だからといって。この気持ちは諦めたくはない。だとするなら、普通に付き合う……あ、そもそも、火蓮とコハクが居た……



 ……あーしが付き合いたいって言ったら二人は何て言うかな……彼の事でいつもいがみ合ってる二人だ。そこにあーしが入ったら……三つ巴の大決戦……



それは避けたい。



だとするなら……



◆◆



「打ち上げ、打ち上げ、楽しみだな♪ ピザにから揚げ、モンブラン♪」

「コハクちゃん楽しそうだね」

「ええ、こう見えて私はパーティーとか好きなんです。美味しいもの食べて、トランプとかして、お菓子食べて……」

「えっと、体重気にしてたんじゃ……」

「今日は一週間に一度のチートデイですから♪」

「あ、そっかぁ! あれ? 一昨日も確か……」



……この辺で何も言わないであげよう。今日は劇も成功したし、喜びを分かち合って楽しければそれでいい。チートデイが一昨日あったなんて些細な事だ。


そう言えば、彼のお母さんと彼女は話して、連絡先を交換したって言ってたな。僕もあったけど……


『あ、稲妻の少女ちゃんよね? もう、初見で看破よ!』



いきなりでビックリしたなー。まぁ、その後に僕も連絡先は交換したけど……何というか、いや、ホントにビックリだ。こんなにビックリしたのは久しぶり……いや、結構毎日ビックリしてるからそうでもないかも。


と考えならがダイニングテーブルに料理を並べる。火蓮ちゃんもアオイちゃんも彼も。


「文化祭って結構あっさり終わるもんね……何にも進展がないなんて、やっぱり現実は違うものね……はぁ~。何か、最近、私のキャラが薄い気がするし……眼鏡でもかけてみようかしら? いや、安直すぎるキャラ付けね……いやでも、十六夜が眼鏡フェチの可能性も……」


悩んでるなぁ……とそこで準備が終わり皆が席につく。メルちゃんは……起こさないでと部屋に張り紙を張って寝ていた。


「「「「いただき…‥」」」」

「待って……」



豪華な食事がテーブルに並び自然とよだれが出そうになる。そして、食べ始めようとするとアオイちゃんがそれをとめた。


「ご飯食べる前に、火蓮とコハクに言いたいことがある」

「え?」

「なによ」



何だろう。と疑問に思う皆。彼女は一息を入れて声を発して、爆弾を落とした。




「あーし、クロの事が好き。だから二人にはクロを諦めて欲しい」




クロとは? 誰だろう……いや、大体察しはついているけど……文化祭が平穏に終わったが僕たちの関係は平穏ではなく、劇的な変化を迎えたのだ。


























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