第91話 マグロ対アジフライ兼キスの天ぷら前編

 朝のホームルームが終わり、私は次の時間の準備を始めつつ前の席にいる銀堂さんの観察をする。彼女は鞄の中からイチゴ味の飴を出すと口に入れて、少し頬を緩ませる。


「あ、夏子さんもどうぞ」

「ありがとう」


彼女は後ろを振り向いて、お菓子袋から飴玉を一つ私に差し出してくれる。一学期の時も思ったが彼女は必ずと言っていい程、お菓子袋の中にお菓子を所持している。体重気にしてるんじゃ……いや、何も言うまい。多分このことを彼女に告げたら不機嫌さマックスでチョップ連打をしてくることだろう。



そんな彼女の前に転校生のマグロ君が……女子たちが目をハートにしているよ。ん? 何やら視線を感じる。黒田君……へぇ、本当に両想いって感じがする。前から何となく分かってたけど



「俺の話を聞いてくれ!」

「どうぞ」



彼女は特に表情を変化させることなく、体を殆ど動かす事もなく、返事を返す。

なんか、冷たくない? いや、初対面だから仕方ないんだろうけどさ……なんか冷たくない? きっと黒田君なら……


『コハクさん、ちょっと良いですか?』

『はぁ~い なぁんですかぁ?』



まったりとした話し方で首なんか傾げちゃって可愛いさをアピールしつつ、女神のほほえみをするんだろうな……やっぱり、黒田君限定であざとい! いや、そういう部分があるって言うのが可愛いんだけどね。



さて、思考を戻そう。マグロ君は……彼女の前でいきなり



「改めて自己紹介させてくれ、俺は黒鮪タケシ! よろしく!」

「よろしくお願いします。タケシ君」

「それで、俺この学校にまだ慣れていないんだ! だから、昼休みに学校を案内してくれな……」

「ごめんなさい。お昼は予定があるので」



いや、返信が速過ぎ! 最後まで言ってない!! 


「あ、あのマグロ君、いきなり銀堂さんに」

「もしかして、乙女漫画みたいな!?」

「キャーキャー」



女子たちは騒いでいるが……当の本人は何とも思っていない。銀堂さんってギャルゲーとかに出てきたら滅茶苦茶難易度高そうな気がする。黒田君が特別なだけで、一般的な男性からの難易度はベリーハード越え、だ。


「昼休みは先約が既にありますから。申し訳ないのですが他の人に頼んでください。それが難しいのでしたら六道先生に私から頼みましょうか?」

「え、いや」


鈍感系か!? イケメンが一歩引いた!! 彼女は恐らく好意にはなんとなくだけど感づいているような気がする。しかし、ここで鈍感系を装ってイベントを回避しようとしている。



「ごほん、だったら放課後はどうだ?」

「放課後は先約がありますから、すいません」

「くっ、君は多忙なんだな」

「はい、そうです」

「出直してくる……」



す、すごい。ガツガツ系男子を清流のように綺麗にかわしていく彼女。と、とんでもない。彼女を攻略した黒田君ってやっぱりすごい。まぁ、黒田君だったらあそこで引かないしね、背後霊かよっていうくらい付きまとうのが目に見えている。


『付いてこないでください!』

『偶々行先が同じなんです!!』


もう、グイグイ来るからな……。最初の彼女はあれくらい冷たい感じがしたけど、今回は無理に殻にこもった印象を受けた。ちょっと聞いてみよう。



「銀堂さん、ちょっと冷たいんじゃない?」

「ええ、私もそう思いました。そこに関しては申し訳ないです」

「だったら何であんな対応を?」

「……普通の男子生徒ならあそこまでの対応はしません。しかし、あの転校生、タケシ君は私の自惚れでは無ければ……私に好意を持っていると予想できます」

「おお、ぶっちゃけたね」


それ普通言うかな……。まぁ、その通りなんだけど。しかし、やっぱり気付いてたんだね。


「はい、私は鈍くは無いので」

「おお、なんか出来る女って感じがする。黒田君の時はどうしようもないポンコツだったのに」

「そ、そんなことないですよ! あれは、十六夜君がテクニシャンだっただけです! 釣った瞬間に餌を上げないんですよ!」

「あ、そう」 

「そうですとも! さらに言うなら十六夜君は今まであって来たどの人とも違うタイプなのでどうしていいか分からなかったんです! ご、強引で、優しくて……でも、偶におどおどするところも可愛くて……」

「あ、そう。それでなんで冷たくしたの?」


これ以上の話は胸焼けするので早々に話題を変えて、マグロ君への塩対応の理由を聞くことにした。


「そうでした。話を戻します。あんないきなり好意を向けられても困るだけなので、気づかないふりして引いた方が勝手に諦めてくれるかなって思いました。それと変に仲良くして十六夜君との時間が減るのは絶対に避けなければならない事ですから。」

「ああ、結構私的で黒い理由……」

「十六夜君なら、いきなり、貴方とは付き合えませんと言う所なんでしょうけど、私にはその度胸は無く……お恥ずかしい限りです。結論は十六夜君は凄いってことです! ああ、あんな人に告白されてしまった。両想いになってしまった……」

「あの、無理やり胸焼け展開に入らないで。話が九十度くらい変わってるから」



彼女は結局、マグロ君に構っている時間は無いと言う事を言いたいんだろう。彼女は今現在、二股事情とかで色々考えないといけない事もあるだろうし、大変だな。人を惹きつける人は。




◆◆



昼休みになった。コハクがマグロを全く何とも思っていない事が分かったので安心して俺は彼女を食事に誘うことが出来る。本来もマグロ君が彼女に一目ぼれして告白までするが冷たく振られて、その後も何度もアピールするが彼女には響かなかったようで特に進展もなかった。魔装少女をやっていたり、女の友情とかを第一に優先したからという理由もあるけど。兎にも角にも彼女に何も変化が無くて安心した。日常回で特になにか大きな事が起きるわけでも無いので特に介入とかはするつもりはなかったが彼女があっさりして彼を退けてくれてよかった。俺はコハク達と食事をするべく彼女を食事に誘う。


「コハクさん」

「はぁ~い、何でしょうか?」



くっ、可愛い。なんで、首をかしげて甘ったるい声で答えるんだよ。骨抜きにされそう、あ、もうされてるか。


「食事行きましょう」

「はい!」


彼女は満面の笑みで了承してくれた。他にも二年生組を誘うつもりだが、先に彼女達が俺達の教室に足を運んでくれた。



「十六夜、いくわよ」

「アオイちゃんも一緒です」

「ども」


紅蓮と大海と稲妻と。三者三様の魅力的少女たちが誘ってくれるなんてなんて幸せなんだ。



「おいおい、女の子が一人増えてないか?」

「とんでもねぇ、アイツは……ガチハーレム系主人公かよ」

「一体いつからアイツはキスの天ぷらになっていたんだ……」

「しかし、未だにアジフライ感はぬぐえず」


男子達からはあんまり好ましい視線はないが、かと言ってマグロのような負の視線は無いな。一方女子からは疑惑の目線と考察が行われている。


「黒田君ってモテるの?」

「いや、そんなはず……しかし、モテるのか? もしかして、髪切ったらイケメ……いや、髪短いから顔ガッツリ見える……結局アジ……」

「うーん? 性格が良いのかな?」

「確かにそう見えるけど。内心イケメンってやつなのかな?」

「見た目はアジフライ、心はキスの天ぷらみたいな感じ?」

「両方、リーズナブル」



ふっ、どうやら俺の株が上がっているようだな





さて、食堂へ向かおうとした時、彼が俺達の前に立ちはだかった。


「待ってくれ! 君の予定って言うのはそこの彼と食堂に行くことなのか?」

「はい、申し訳ありません」


彼女は軽く頭を下げて、謝罪をしつつ距離を取る。するとマグロは今度は俺の顔を見た……。


「そうか……君が……? なるほど? よろしい……ならば決闘だ!!」


マグロがコハクに一目ぼれしたのは分かっていたし、彼女の方に何か言っても無駄だと言う事が分かれば、もしかしたら俺の方に何か来るんじゃないかと予想はしていたがまさかの王道的な展開に驚きを隠せない。っていうか俺と彼女を見比べて何か言いたいことがあるようだな……


「俺は銀堂コハクに一目ぼれしてしまった。だから、お前が気に喰わない。だから彼女をかけて勝負しろ!」



彼の一言に教室の女子たちは歓声を上げて、男子達はうわぁー、と引いていた。


「でたよ、女賭けて勝負。いやだね、いやだね」

「でも、女子たちからは人気だぞ」

「俺もやったら言われるか?」

「別の意味の悲鳴じゃないか?」

「歓声はイケメンに限るって事か」



一方、魔装少女組は



「なんか、乙女漫画みたいな展開ね。テンプレって奴ね」

「コハクちゃんはやっぱりモテるね」

「コハク……凄い」

「ノーコメントでお願いします」



コハクはどうしていいか分からないと言った感じで、火蓮は二次元にあてはめ、アオイと萌黄はコハクを褒める。そして、俺に勝負をしかけてきたマグロはずっと俺に指をビシッと向け続けている。



この彼の勝負への解答は決まっている。



「断る」

「なに!? どうしてだ!?」

「コハクさんをかけて勝負と言っても、俺が勝っても君が勝っても彼女をどうこうする権利は俺達にはない。だから意味がない。結論、やらない。そもそも、銀堂コハク、一人の少女を賭け事に使うなんて言語道断! 彼女の人生は彼女だけのものだ!」

「くっ、確かに……」



こんどは俺が彼に指を差した。


「そんな思考になるなんて、 恥を知れ! 馬鹿者!」

「ぐっ、出直してくる……」



そういうと彼は去って行った。



「流石です。十六夜君! さすいざです! 私、感動しました!」

「良いこと言うじゃない……さすいざ」

「ほぇ、意外と心に響いたよ、さすいざ」

「あーしも意外とカッコいいと思った……さ、さすいざ?」



アオイだけはノリで言っただけのようだが、さすいざ……何気に嬉しい。あと、普通に褒めてくれるのも嬉しくてたまらない。ニヤニヤしてしまうとダサいので草食系のような感じで食堂に向かう。



◆◆



いやー、まさか彼があんな素敵なセリフをいきなり言ってくると、関係ない僕がちょっとドキドキして……さて、食堂に到着。受付の所で僕たちは食堂のメニューを選択するために並ぶ。そして、僕たちの番になり先ずはアオイちゃんの番になる。



「どれがいいかな……」

「エビフライ美味しいよ」

「肉じゃがも絶品ですよ」

「オムライスもいい味出してるわよ」


ここの食堂のメニューは豊富でどれも美味しそうだから、初見だと迷ってしまうのは分かる。だからこそコハクちゃん、僕、火蓮ちゃんの順番で彼女におススメを言うがそのせいで余計に迷ってしまう。



「う、うーん……エビフライ、肉じゃが、オムライス……どれも美味しそうで迷う……サバの味噌煮もあるんだ……え、ええっと……アンタは何かおすすめはない?」

「そうですね。カレーです」

「じゃ、カレーで」


速い、決断が速い。彼におススメを聞いた瞬間、すぐに決定。その行動に二人の眼が少し鋭くなる。なにやら乙女の勘に引っかかるようだ。


「「「……」」」

「なに?」

「「「いや、別に」」」



その後、僕たちも頼んで彼の番になる。彼は少しカッコつけて……


「いつも……」

「カレーだね」


『いつもの』と言うセリフを言う前に言葉を遮ぎられて注文を終えた。食堂のおばちゃんに完全に覚えられてる。その後、皆で席に着くと周りからの視線をくぎ付けだった。一学期の時もそうだったけど、今回は転校生のアオイちゃんが居ると言う理由もあるだろう。するとアオイちゃんが両手で顔を覆った。


「アオイちゃんどうしたの?」

「視線やだ……もぞもぞする。あと、緊張と焦り」

「すいません。俺が悪目立ちするから……何だったら魔装技で全員に幻術を掛けましょうか?」

「いや、そこまではいい。周りをジャガイモとカボチャだと思って頑張る」

「くっ、アオイ先輩、なんて健気なんだ……」



くっ、アオイちゃんなんて健気なんだ……僕も全く同じ感想を抱いている。その後、食事をしてコハクちゃんと彼とは別れて教室に戻った。






◆◆




 放課後、私達が下校した後、十六夜の家で料理を始める。今日は私の食事当番だからである。さて、料理をしながら今日一日を振り返って行こう。


 まさかのコハクに一目ぼれする、テンプレ主人公のような転校生が登場。そして、十六夜に勝負を挑むが『テンプレ殺し』の十六夜はそれを受けずしっかりとカッコいいことを言ってその場を凌ぐ。流石十六夜と言ったところである。振り返りながらトントンとニンジンを切って行く。最初に比べたら大分上達している。流石天才の私。


 転校生のマグロがコハクとくっついてくれればそれでいいんだけど、そんな都合のいいことは起こらないのであまり考えず、私のちょっとした不満事を思い浮かべる。十六夜がコハクを取られたくないのか、ライバル登場で焦っている。そのせいでチラチラコハクを見ているのだ。詰まんない事この上ない。


 包丁で野菜に怒りをぶつけるがごとく、バンバン切って、肉を炒めて、野菜を炒めて、大体火が通ったら煮込みを始める。


「肉じゃが、肉じゃが、今夜は肉じゃが~」


自己構築した音楽を発しながら、煮込みを始めてその間にアニメを見る。ここが注意だ。前回はつい、アニメを見すぎて焦がしてしまったので今回はほんのちょっとだけ、見るだけだ。本当にちょっとだけ、五分から七分だけ……それだけしか見ないんだから!



……



……




「うんうん、このシーンは何回みてもいいわよね……」



「ああ、この詠唱がいいのよ」



「ここ作画良すぎ!」



「このシーン、さいこ……ん? 焦げ臭い……ああ!!!!」



その後、私は食卓に料理を運んだ。皆が座っているなかにおかずを複数置いた。レンコンのはさみ揚げ、から揚げ、ソースとんかつ。色々、沢山の料理である。



「……今晩は冷凍食品のフルコースです……」




私は目を逸らしながらエプロンを外した。






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