第81話 ヤンデレな銀

 とある夜、僕たち四人は二人の帰りを待っていた。コハクちゃんもアオイちゃんもメルちゃんも夕食を食べずに待って居た。


 既に時刻は七時を回っている。こんなに遅くまで二人で出かけるなんて……いや、二人で出かけるとは言っていないけど、ここで二人が居ないって事はそういうことなんだろう。


 それを察してかコハクちゃんはニコニコしながらも何処か怖い。アオイちゃんはどことなく不機嫌そう。因みにメルちゃんは寝たふりをして二人に触れないようにしている。


 それにしても連絡もなくここまで遅いなんて一体何をしてるんだろう?


 まさかとは思うけど如何わしいことはしてないよね?


『い、十六夜、優しくしてね?』

『はぁ、はぁ、火原先輩』

『私を手籠めにして……』



無い無い。二人に限ってそんなことはない。こんな妄想をしてしまう僕はどうかしてる。


今日の夕食は麻婆豆腐。コハクちゃんが作ってくれた。とっても美味しそうなんだけど……味するかな?


そんなことを考えていると……遂に玄関のドアが開く音が聞こえる。


「すいません、お待たせしました」

「あれ? 食べてていいって言わなかった?」



彼と火蓮ちゃんが帰ってきた。そうするとコハクちゃんは薔薇のような笑顔で出迎える


「ずいぶん遅いお帰りですね? 二人してどこで何をしていたのやら……ご説明頂けますよね?」

「あ、そ、そんな言う程のことじゃないわよ……」


彼も火蓮ちゃんも顔を赤くして互いにチラチラ見ては逸らす……え? 何があったの?


「ねぇ、早く座ってくんない? 待ちくたびれたんだけど」


アオイちゃんが二人に座るように促す。かなり怒気を含みながら。意識的か無意識的か、判断しかねるが面白くないと思っているのは分かった。


「すいません」

「悪かったわ。ありがとう、待っててくれて」


二人が席に着くと全てを察していたメルちゃんが白々しく起きる。


「よう寝たわ。じゃ、食べようや」


それぞれ挨拶をすると夕食のメニューの麻婆豆腐を取り皿に取り、食べ始めたり、味噌汁をすすったり。


特に会話はない。しかし、そこにいる女の子達は全員分かっていた。火蓮ちゃんと彼に何かあった事が。


そして、彼女が現在リードしていることも……


それぞれが状況を分かっていた。彼は特に分かっていないようだが。


まず最初に動いたのはメルちゃんだった。巻き込まれたくないと思っているのかいち早く食べ終え部屋を出て行った。



ダイニングのテーブル席は彼が縦でそこに向かい合うのがメルちゃん。右側の横の辺に火蓮ちゃんとアオイちゃん。左側の辺にコハクちゃんと僕が並ぶ。


まぁ、彼を挟むのはいつもの二人と言うわけで……



そこでまず動いたのはコハクちゃんだった。この中で間違いなく独占欲が強いのは誰かと聞かれたら彼女だろう。


「十六夜君、あーん」


レンゲに彼女特製の麻婆豆腐を乗せて彼の口元に運ぶ。コハクちゃんは普段はこんなことはしない。彼女はなにやらよからぬものを感じ、自分に気を向ける為に唐突な行動に出る。



「あ、いや、その」


彼はどうしたらいいか分からないような表情でアタフタし始める。そして、火蓮ちゃんをチラ見した。それにアオイちゃんも気づき目を細め、コハクちゃんは意地でも食べさせようと笑顔を向ける。


その笑顔が何処か闇がある感じ。そして、食べるまで私は引かないという確固たる意志が感じ取れた。


それを彼も感じたようでおどおどしながらも口を開ける。



「あーん」

「あ、あーん」


すると、今度は火蓮ちゃんがレンゲに麻婆豆腐を乗せて彼の口元に運ぶ


「ほら、仕方ないから食べさせてあげる。口開けなさい……」

「いえ、先輩はそんなことしなくていいですよー。私があーんするんですから」

「いや、仕方ないから私がする」

「仕方ないなら、すっこんでいてもらえます?」



荒れ狂う二人。未だかつてないくらいに大きく、しかし、二人は静かに闘志を燃やしていた。コハクちゃんの後ろには白いトラ、火蓮ちゃんの後ろには朱雀が見える……


彼の後ろには小魚一匹で冷や汗を垂らしながら膝に拳を置き、顔を蒼くしている。


「ほら、十六夜君あーん」

「わ、私のも食べなさいよ……だ、だって、私達は……ごにょごにょ」


二人してレンゲを向ける。火蓮ちゃんは小さい声で何かを言っていたようだが聞こえない。


彼は両方のマーボーを食べる。


「はい、ご飯と一緒に食べるともっと美味しいですよ。あーん」

「わ、私のもた、食べるわよね?」


次々と彼の口に放り込んでいく。数分経過……


あ、これ、収集付かなくなるやつだ。二人はわんこそばか!? と言う位のペースでどんどん彼に食べさせる。ライバル関係である相手がいることで歯止めが利かなくなってしまった。


もう、止めて彼の胃袋の残量はゼロだよ!!



「も、もう、そろそろ一旦止まろうか!? 彼もお腹いっぱいだと思うし!」

「そ、そうですね……すいません、十六夜君」

「わ、私もやり過ぎたかも、ごめん」

「いえ、滅茶苦茶美味しいので全然大丈夫です」


彼がそう言うと二人はほっと一息をつく。


「十六夜君、この麻婆豆腐は私が作ったんです。こーんなに美味しい物を私は作れます。長い目で見て色々判断してくださいね? 例えば料理があんまりできない年上とか……」

「なっ! 十六夜。この意地のわるーい後輩は無視しなさい。最近、太って来てるし」

「た、体重は関係ないじゃないですか!?」

「なによ!」


彼は相変わらずこういった場面ではどうしていいか分からない様子。だけど、分かる。彼の視線が前とは違う。


それは僕たち全員に共通するけど、火蓮ちゃんだけ、若干違う。それに気づいたからコハクちゃんも焦ってるんだ……アオイちゃんも……


「あーし、風呂入る……お先に」


アオイちゃんが出て行った。心の中にモヤモヤものが残っているんだ……僕だって……



いや、止めよう。負け戦をするほど僕は馬鹿じゃない……



その後、二人を何とか宥めてこの場は収まった。




◆◆




 あーしは一人湯船に浸かる。暖かい湯はあーしの心身に染みわたる。いつもなら疲れが取れてスッキリする。



 だけど、今日は……スッキリしない。アイツが……アイツの目が……火蓮だけ違う。何となくだけど……



 火蓮は友達、それはゆるぎない事実。なのに、あの一瞬、彼女に向けて黒い感情が芽生えた気がした。


 アイツと信頼し合った火蓮を見たくない。あーん、だってイライラした。


 コハクにも……黒い感情があった。何かは分からない。気のせいかもしれない。きっとそうだろう。友達にそんな気持ちを向けるはずがない。あーしは湯船に潜る。


頭のてっぺんまで湯船に浸かり全てを落とした気分にした



◆◆



 湯気が立ち上る十六夜の家のお風呂。


湯船に浸かり気持ちを落ち着ける……今日告白された……好きって言われた。ああ、愉悦、最高、幸福。


ありとあらゆる感情。


ただ、付き合うとまでは至らなかった。今現在の私達は簡単に言えばチームで動いている。コハク、萌黄、アオイ、メル。十六夜の事をどう思っているかは大体想像できる。



メルは一切考えなくていい。安全安心。危険度はスライム。


アオイは……駆け出し冒険者位かしら? なんとなくまだ大丈夫そうね。とんでもない才能を秘めている可能性はあるけど警戒はしなくていい。


萌黄は……いや、萌黄も微妙ね。中堅冒険者くらい。だけど牙を隠してるって感じ……俺駆け出しだって言ってるけど、実は!?


見たいな感じね……多分だけど……




それで、英雄クラスのコハク。豊潤な肉体の塊、いつも私は太ってるとか言ってるけど彼女はそんなことは一切ない。若干ひがんでいるんだ


英雄、しかもかなりの肉食系。あざとい事も出来て本当の意味で全部使われたら一溜りもない位危険。びりびりと電撃のように乙女の信号に彼女は引っかかる。



まぁ、しかし、今現在、堂々の一位なのがこの私なのだけれど……



 私達は世界を背負っている。だからこそ、ここで十六夜と付き合ったりすることはできない。一応チームなわけで、その中がギクシャクするのは良くないだろう。十六夜は私達の仲を気にしているし……

 それに彼は私を好きと言ったがどんぐりの背比べ状態。確かに頭一つ抜けた感じはするが逆に言えばそれだけ。これから四つくらい抜けるまではアピールを続けよう。


上手く出来るとは限らないが……



色々事情は重なっており、思うように動けない私だが……でもね……



私がメインヒロインなのは変わりない。



「好きって言ったんだから、私に言わせたんだから……責任は取ってもらうわよ……十六夜」





◆◆



 十六夜君と火蓮先輩に何かあった……と私は直ぐに見破った。彼の向ける目がいつもと違う。それにどうしようもない焦りと嫉妬が私を支配した。


 今まで十六夜君が私と火蓮先輩に若干意識した視線を向けることは何度かあった。だけど、お互いにそれ以上にはならなかった。だから、余裕を持ってずっと接していたのにその均衡が崩れ始めた。



 麻婆豆腐をあーんで食べさせてあげて、本当は凄く恥ずかしかった。だけどこれくらい大胆にしないといけない。


 でも、火蓮先輩との差が埋まってはいなかった……


 彼女が食べさせるときだけ、十六夜君の反応は僅かに違う


 ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。


 なんで? 私の時よりドキドキしてるの? なんで? ねぇ? なんでなの?


 その時は上手く取り繕って、ただ張り合って少しでも差を埋めたくて、接していた。だけど、その差は埋まらない……二人が特別になりつつあると思えた



 火蓮先輩は嫌いじゃない……偶にイライラはするが嫌いではない。彼女に嫉妬したり妬んだりすることは多かった。彼女だけが十六夜君とラノベや漫画の話が楽しそうに出来る。最近、私も読んではいるがどうしてもその知識は及ばない、天と地の差がある。


 だけど、私には彼女にはない勝っている部分もあるから大丈夫だと、それ以外の部分で勝負ができるからと、思っていた安心感が株価が暴落したくらい崩壊した。株なんてやったことないけど、株主って株が暴落するとこんな気持ちになるんだなって思った。火蓮先輩に今まで感じた事のないくらいの大きな渦潮のような感情が生まれた。




妬み、嫉み、羨望、嫉妬をグルグル混ぜて泥にした様な醜いもの。大きな、大きなものだったがそれ以上に彼への感情が大きかった。





 ――あの、夏祭りと同じ位の強い感情を……




 切望、渇望、彼へ想いが伝わって欲しいと言う熱望、欲しいと言う欲望、何故私を見ないと言う疑問、彼への愛情、異常に大きい彼への慈しみ、彼への愛着、彼が私へ同じ視線を向ける想望。


 

――そして、何より、異常な独占欲



 私だって、私だって……直ぐに貴方火蓮と同じ土俵に上がってやる。


 こんなはしたない事はしたくなかったけど、意地でも彼にもっと意識させてやる……


 その時の私はお母様の忠告など頭の片隅にもなかった。



◆◆






 俺はお風呂に入っている。肩にシャワーを当てて取りあえず全身を濡らす。お風呂に入っているとつい、一日にあった色々な事を思い出すことは多々ある。


 今日何があったかと言えば……告白っぽい事をしてしまったという事だ。恥ずかしい、そして罪悪感が凄い……だけど



――あの告白で彼女への認識が変わったのは確かだ……



勿論、彼女だけじゃない。他の皆の認識も変わった。だけど……愛を伝えた事で……そして想いを確かめ合ったことで益々意識してしまう。


 コハクの気持ちも火蓮の気持ちにも両方の気持ちには気づいていた。それに気づかないふりをしているにも今まで不純であり、信義、誠実に反する行為だった。



もしかしたら、萌黄やアオイも……これは何とも言えないが、そんな中で火蓮だけに告白すると言う行為。とんでもないクソ野郎じゃないか。しかも、何だかんだで俺は火蓮とは特別な関係にはなれない……


コハクと彼女の仲が拗れることはできないからだ。もう、ヤバい、正直に真実を話すことがあの時は必要だったけどそれでも……どうしよう……


ああ、どうしよう……


一人風呂で考え込んでいると、お風呂場のドアが開いた。え? 何で? 俺最後に入ったんだけど!?


「十六夜君、お背中お流しします……」


背中越しに彼女の声が聞こえてくる。いやいや、ど、どういう状況!?



「ええ!? いや、だ、大丈夫です!」

「遠慮しないでください……でも、どうしても嫌で、どうしようもなく嫌なら……出て行きますけど……」


 未だ彼女の姿は見ていない。背中越しに彼女の気配を感じる。そして彼女のソプラノ声がお風呂場を反響して耳に届く。

 ど、ど、どういう感じなんだろう。目をつむって背を向ける。彼女の声は美しいが物凄い悲壮感を漂わせていた。


「あ、嫌ではないです」

「じゃあ、いいですよね?」

「あ、で、でも」

「嫌……なんですね? 私みたいな豚は……」

「そんなことないです」

「じゃあ、背中流しますね」


彼女は体の洗うボディタオルに石鹸を付け泡立てる。眼を閉じているので見えているわけではないが泡の音が耳越しに聞こえる。


「まだ、体は洗っていませんよね?」

「ひゃ、ひゃい」

「では、腕から……」


彼女は腕を洗い、その後、背中を洗ってくれた。位置はずっと後ろで洗っていると思う。


「前は、どうしますか?」

「マ、前!?」

「はい、もしよろしければ……優しく洗いますけど……」



そ、そんなことは流石に……いやでも、ちょっといいかも……なんて思う俺はクソだ。


この世界は本来健全な世界なんだ。多少のお色気はあるけど、正当で誰でも見れるような世界なんだ。



ここで前なんて……洗って貰ったら……この世界が『僧侶枠』になってしまう。倫理的にも流石にダメだ!!



「自分で洗います!」

「そうですよね……流石に踏み込み過ぎました……」



彼女の話の後半は良く聞こえないがここは潔く引いてくれたよかった。その後、ボディタオルを渡して貰い、体を洗って髪を洗って湯船に浸かる。未だに彼女の姿は見ていない。


大体の場所は分かるので目をつむっているのだが時折聞こえる彼女の息遣いとか、エロいため息が耳から入り頭の中で妄想してしまう。完璧に彼女の姿がイメージできるため目を閉じても恥ずかしい。



「私もお湯につかっていいですか? 体が汗で蒸れてしまって……」

「どどどどっど、どう、じょ」


彼女は軽く全身を洗うと俺と同じ湯船に浸かる。彼女が入ることで湯船と人二人で体積が増えてお湯が僅かに浴槽から出て行く。


「あの、そんなに私と目を合わせるのが嫌なんですか?」

「そ、そんなことありません」

「でしたら、開けてください。眼を瞑られると悲しくなります……」


彼女の悲しそうな声に俺は目を開ける。


「やっと、目が合いましたね」


お団子に長髪の美しい銀髪を纏め、体には白いタオル一枚。胸元は隠しているがお湯で体に張り付いて余計エロい。


そして、鎖骨がどうしてそんなにエロいんだ……


人間じゃない……次元が違う女神とか天使とか、そういった次元の存在と錯覚しそうになる。


思わず生唾を飲んでしまう。男なら意識しないなんて無理だ……彼女の美しさと色気と可愛さと声の艶と、成熟以上の身体……etc。


――たじろいでいると彼女はいきなり俺に抱き着いてきた



「あひぃ、そ、そんなことをしては」

「……違う、その目じゃない。何で? 何で? 何で? 何が足りないの? どうしてもっと愛に溢れないの? 私だけがこんなずるずる堕ちていくの? ずるい、ずるい、ずるい、ずるい。もっと意識して、私を意識して、依存する位、好きになって……ねぇ、もっともっともっともっともっと好きになってよ、誰よりも、何よりも……」

「あ、え、その……」


なんて反応するのが正解なのか俺には分からなかった。これは本心なのか? 



「なーんて、冗談ですよ♪」


唐突に彼女のからかう声が響いた。想想おもおもしい声じゃなく爽やかな声。


「ちょっと、からかいたくなっただけです♪ あー、凄く楽しかったです。十六夜君って初心で可愛いですね?」

「そ、そうですか?」

「そうですよ、とっても可愛かったです。そろそろ飽きましたから私は先に上がりますね。失礼します……」



そう言って彼女は湯船から上がって行った。



冗談だったのか……? まぁ、偶に彼女はいたずらごころが芽生えたりする時があるが……


『ストーリー』でも火蓮に円周率が遂に解読されたとか嘘を言っていた時があるから……どうなんだ?


色々考えたが彼女がからかったと言うのが正しいのだろうか? 答えは出なかった。



◆◆



「……何ですか? 誰なんですか? 貴方は……」



声が聞こえた。本当は十六夜君に意識してもらうために一緒に湯船に浸かり会話をするくらいいするつもりだった。



なのに、彼の目を見た瞬間……



『もっと、大胆にならないと負けますよ?』


『全部、全部、全部使って、何でも使って、何でもやって、彼を手に入れましょう?』


『貴方のポテンシャルはこんなものじゃない。もっと大胆になれば簡単に手に入れられますよ? ほら、もっとくっついて?』



自分を抑えきれなくなり、思わず彼に飛びついてしまった。あんなに重い想いを告げて……


このままじゃ不味いと私が感じたのはお母様の忠告を唐突に思い出したからだ。後は演技力でなんとか取り繕って誤魔化した……


あの時の私は私であって私じゃない。そう感じたからだ……



あの声はもう聞こえない。



夏なのに何処か寒気がその日は収まらなかった。































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