第65話 ヤンデレに近づいた銀
「どうして、こんな、事……しなくちゃ……いけないんだ……」
「お前が……やるって言ったんだろ……俺達を巻き込みやがって……」
「拙者、もう、無理でござる……」
俺達は現在、何段にも続く階段を炎天下の中、走り続けていた。一番上にはお寺がありそこを何回も往復、往復。全員夏休みなのに体操着である。
六道先生の精神強化合宿である。とりあえず肉体を鍛えようというコンセプトで五十往復することになっている。
いやいやいや、やっぱりとんでもないよ……金親も参加しているがあいつでさえわき腹を抑えているみたいだ。あのスーパーマンの金親がだ。これはもうとんでもない。一年Aクラスの男子達がゾンビのように階段を歩いている。
これは死ぬぞ……
なんとか終わると水を浴びるように飲み全員でお寺の日陰で休む。その後、お寺の中に入り座禅だ。生徒と教師である六道先生も座禅を組み精神統一。
「六道先生、これいつまでやるんですか?」
一人の男子生徒が六道先生に聞いた。
「何も考えなくなるまでだ」
「それって死んでるんじゃ……」
このお寺は貸し切り状態なので永遠と座禅を組むことになる。熱いぞ……他の生徒も腐ってきている……
朝から階段往復、そして座禅……これが昼休憩をはさみ夕方までとなると、例え一泊二日とは言えこの合宿に参加する生徒が居ないわけだ。
次は全員でラグビーの試合の前によくやるハカを全力でやり昼休憩。
「キツイ。もう帰りたい……」
「大丈夫だ……後は午後の部だけ……ああ、恐ろしい……」
全員疲弊しきってるな。お昼は冷やしそうめんなので何とか食べられると言った感じだ。器の中にあるめんつゆ。そして氷の冷たさ。
何処か風情がある……こんな呑気な感想を持っているのは俺だけのようだ。
何というか確かにきついが……思ったほどじゃないな。勿論体力的には限界ギリギリのギリなんだが……精神的には余裕があるような……
「やはり、僕たちが彼らを引っ張て行くしかないようだね。十六夜」
「え? 急にどうした?」
金親が急に俺の隣に座り話しかけてきた。どうやらこいつもまだ余裕があるようだ。まぁ、金親さんですからね? イケメンで何でもできる。これくらいはやってもらわないと……ちっ、ダウンしとけよ……
「涼し気に昼休憩をするのは僕たち位だからね。先頭に立って皆のやる気を掻き立てるべきだと思っただけさ」
「ああ、そういうこと……」
「しかし、僕より気楽そうにしている君はもはや超人だね」
「お前の方が気楽そうだが」
「いや、君の方が余裕そうだよ。全く午前のトレーニングが応えていない。大したもんさ」
「どうも」
まぁ、褒められて悪い気はしないんだがなんか上から来られているようで……と思ってしまう俺は心がすさんでいるんだろうな。
「午後の部を始める。全員整列!」
六道先生の号令が鳴り響く。張り上げた声はヤクザのようだ。まぁ、ヤクザの家系なんだけどね。
「ええ!? もう無理」
「地獄だ」
「鬼が呼んでいる」
男子生徒の声が聞こえてくる。さぁてと俺は整列するか。
午後の部は午前の部と同じものだった。同じものをするだけでメンタルには相当の負荷がかかる。そして、午前のきついという印象があるので余計に。セミの鳴き声をBGMにしながらもメニューを全員誰一人欠けることなく達成したのだった。
その後、お風呂に入った後、夕食。そしてそのまま就寝である。全員でお寺の隣にある宿舎のようなところの同じ部屋で泊まる。クーラーが付いている大部屋の和室ような感じで一日の疲れが溜まっているのか既に寝ている者もチラチラと見える。しかし、一部は俺に用があるようで
「ずっと、聞けなかったことを聞こう」
「そうだな……」
何やら男子達は物凄い剣幕で俺を睨む。大体察しは付くが……
「お前、あの美女三人と何処まで言ったんだぁぁっぁぁぁ!!!」
「そうだ!! 吐け!!」
「どうせ、股間のホワイトロケット砲を300パーセントチャージしてぶっ放してるんだろうが!!!」
とんでもない偏見だな。全く如何わしいことはしていない
「何もしていない。俺は童貞だ」
「嘘つけ!! あんなに一緒に居て何にもないわけ無いだろうが!!」
「そうだそうだ!!」
「落ち着け。既に寝ている生徒もいるんだ」
やっぱり、何時か聞かれると思っていたがこのタイミングで来るか。あんなに美女と一緒に居たらそういう風に思うのは当然だが本当に何もないんだ。言っても分かってはくれ無さそうだな。
「全部吐くまで……」
男子生徒が追及を続けようとしたその時、部屋のふすまが開く。そこには六道先生が。
「今日はしっかりと体を休めろ」
その一言で全員が眠りの世界に旅立った。しっかりと睡眠をとり次の日にこの合宿は終了となった。終わった後、号泣するものが多かった。感動が全員に沸き上がり全員が二度とこの合宿には参加しないと決めた。
◆◆◆
夏休みはかなりの浪費した日々が続いた。久しぶりにゲームをしたり何となくで今後を考えたりしたらドンドン日にちは過ぎていき気付けば八月に突入し祭りの日になっていた。
『七色祭』
この町で行われる大きなお祭り。かなり有名なお祭りの様でテレビ局などの取材もある。そして、今日は銀堂コハク、火原火蓮。黄川萌黄と一緒に行くことになっている。
本来の『ストーリー』ならこの時点では彼女達の接点は無く、祭りには黄川萌黄しか行かなかった。銀堂コハクは誰も信用していないから行きたくない。火原火蓮は興味がない。黄川萌黄はなんとなく祭りの雰囲気を感じる為に来たという描写が少しだけされた程度。この後の『魔装少女』がメインなためあっさりとした感じだった。
しかし、今は全員が祭りに揃う。これくらいなら多少の『ストーリー』との齟齬があっても大丈夫だろう。
俺は黒のパーカーにジーンズで待ち合わせ場所に向かう。人がものすごく多い。俺たち以外にも待ち合わせの人達は多いようだ。頭をキョロキョロ動かしながら三人を探す。夕暮れ時。カップルなどの待ち合わせが多いな。
十分前に到着しているが三人はすでにいるかもしれない。そう思って探しているとざわざわと人の声が聞こえてくる
「何だあの三人……」
「美人揃いだ……」
「誰を待ってんだ?」
どうやら、あそこら辺にいるみたいだ。こういう時美人って便利だなとしみじみ思う。待たせているようなので早足で向かうと……
三人の女神が居た。
銀堂コハクは純白ともいえる綺麗な生地を基調に美しい花柄が描かれた着物。しかも、ちょっとお団子にしている。火原火蓮は深紅の生地を基調に椿が描かれた着物。黄川萌黄は太陽の様な眩しい生地にヒマワリや沢山の華が描かれている着物。
おいおい、綺麗すぎるだろ……そこに向かう俺の場違い感ときたら……
「あ、十六夜君! こっちですよ!」
銀堂コハクが俺に気づき手を振る。周りの人たちもあんな美女を待たせるなんて一体誰なんだ? と言った感じで俺を見ると……
「え? あの子?」
「何だろう……フランス料理のフルコースにいきなりアジフライ出されたこの感じ……」
「モブみたいな子……」
最近この手のざわめきに徐々に適応しているのかあんまり心が動かなくなった俺である。いや、やっぱりちょっと来るものはあるな。
「すいません。お待たせしました」
「いえいえ、私達も今来たところなんです」
「そうよ、だから気にしなくていいわ」
「うんうん、謝る必要なんて無いよ」
「お気遣いありがとうございます」
三人共優しい……それにしても本当に可愛い。えへへへへ、尊い。うなじがエロい……
あんまり見てると不快かもしれない。この辺にしておこう。それより、こういう時って一言褒めたほうがいいんだろうな。
なんて言おう……慣れてないから分からないよ……
「えっと、三人共お綺麗ですね……まるで……えっと……」
三人が俺の言葉の続きが気になったようにグイッと視線を向ける。ここはとんでもなくきれいな彼女達に普通以上の褒め方をしたい。どうしよう……混乱してきた……こ、こんなの初めてだよ!!
「まるで絵本から飛び出してきた、お、お姫様みたいです……」
「えへへ、ありがとうございます」
「ありがと……」
「僕も一応礼は言っておく。褒めてもらったわけだし」
は、はずかしいな……こんなセリフを言う事になるとは……
「そ、そろそろ、歩き出しましょう!」
「そうですね、沢山の出店があるので楽しみましょう」
四人で歩き出す。来る人来る人、全員が振り返る。振り返るしかないと言う程に三人は可愛い、美しい。
先ずはたこ焼き屋。
「四つたこ焼きください」
「おう、よ……?」
おい、俺と彼女達の顔を見比べるな。ちょっと気にしてるんだから
「俺がここは奢ります」
「十六夜、そこまではいいわよ。自分で」
「そうですよ」
「そうだよ」
「ここは俺が奢らないと……何というかマナーだと思いますから! 絶対俺が払います!」
「そ、そう? 悪いわね」
「すいません……十六夜君。私から誘ったのに」
「偶にはわがまま言っても良いんだよ?」
「いえ、俺が奢りたいので」
たこ焼き代を払いそれを三人に渡す。
「座れる場所探しませんか? こんなに人が居ると食べられませんし」
「そうですね」
「そうね」
「でも、本当に多くなってきたね」
座れる場所を探す。四人で並んで歩く。しかし、大分人が多く、徐々に位置がずれていく。どんどん人が増えてる。手を繋いで……いいのか? 一瞬の迷い。今までになかったその迷いで離れていく。
「人、多すぎ……」
「十六夜君何処ですか!?」
「波が凄いよ!!」
三人の声が聞こえてくるが見えない
「どこですか!!!???」
大声で叫ぶが三人とのコミュニケーションが取れない。スマホで連絡を取るしかない。取りあえずメールで最初の場所に集まろうという趣旨のメールを三人に送る。そうするとすぐに了解の返信が返ってくる。
人と人の間をかき分けつつ急いで元の待ち合わせ場所に向かう。しかし、中々進めない。
ある程度祭りから離れると人も徐々に減ってきた。
「十六夜君!」
後ろから銀堂コハクの声が聞こえる。振り返ると女神のごとき美しさ。
「すいません。俺がもっと上手くやればはぐれなかったのに」
「謝らないでください。あれだけ人が居ればしかたないですよ」
「そうですか……」
火原火蓮と黄川萌黄はまだ来ない。人混みのせいで上手くここまで来れないのだろう。
「十六夜君。二人で最初の待ち合わせ場所に行きましょう」
「はい」
二人で歩く。なんとなくドキドキする……傍から見たらカップルに……見えるわけ無いな。あれ? 銀堂コハクの歩き方がオカシイ。
「銀堂さん大丈夫ですか!?」
「あ、い、いえ、大丈夫です……」
彼女の足を見る。すると右足の草履の鼻緒が当たる足の甲が少し赤くなっていた。人混みの中急いで来たのだろう。靴擦れだ。
「靴擦れしてる……すいません……あの時人混みの中ではぐれなければ」
「……十六夜君。なんでもかんでも一人で責任を感じて背負い込むのはやめてください。これは私のせいです」
「でも」
「これ以上、言ったら私、怒っちゃいますよ」
「……すいませ……」
「むぅ」
「あ、えっとなんでもないです」
「フフ、はい、それでいいです」
彼女は笑った……俺が迷ったからこういうことになる。迷いは今後は捨てないと。せめてここからは俺が運ばないと
そう思っていたその時……
「あれぇ? コハクじゃん?」
「っ!」
俺の後ろからある女の声が聞こえてくる。銀堂コハクの方からは見えているようで彼女は驚きと恐怖の顔をした。
俺も何事かと振り返る。
そこには、三人ほどの女子高生と二人の男子高校生のチャラいグループだった。誰だ? こいつら?
「誰ですか? この人達?」
「あの、この、人達は……」
彼女の怯えようで俺は直ぐに分かった。こいつらは中学時代に彼女を虐めていた奴らだ。『ストーリー』にはこいつらが来るような描写はない。いや、描く必要がないだけか……本来ならここに銀堂コハクが来るはずはないから出会う事もない。この祭りは有名だから来てたのか……
「久しぶりぃ、まだ、男漁りして……」
俺は彼女が何かを言う前に銀堂コハクの耳をふさいだ。イヤホンに音楽を流し完全にシャットアウト。
「い、十六夜君!?」
耳をふさいでいるから彼女には声が聞こえない。相手は何だこいつと言った表情で俺を見る。
「ああ。アンタそいつに騙されてるよ」
「そうそう、援行しておじさま方から人気のコハクちゃーんに騙されてるよ。離れた方が良いよ」
「って言うかマジでこの子顔とスタイル良い感じじゃん。俺も金あげるからさ……」
俺はそのまま彼女をおんぶするとその場から離れるように歩いて行った。こいつらの話は聞く意味はないからだ
「待ちなって、モブ顔のアンタはそいつに騙されてるから善意で私たちは言ってるわけじゃん」
「ねぇ、そいつ中古だよ? かなり使われた中古」
「色んな男から金とかむしり取って……」
彼女達はごちゃごちゃ言っていたが俺がずっと無視すると面白くなくなったのか消えて行った。訳の分からんイレギュラー……今後もありうるかもしれない……
もう、迷っていられない……俺が最善の最高ルートでこの世界を歩めるように彼女を、いや彼女達をサポートしよう。
「……」
「……」
彼女をおんぶして歩き待ち合わせ場所に到着する。彼女は何も言わなかった。
「十六夜!!」
「ふぅ~、ようやく人混みから戻ってこれたよ」
「すいません。俺がはぐれない様に出来れば」
「いいわよ。十六夜のせいじゃないんだし。それより、むぅ。なんでコハクをおんぶしてるの?」
彼女はフグのように顔を少し膨らませるとちょっとだけ羨ましそうに銀堂コハクを見た。
「銀堂さん、靴擦れしたみたいで。火原先輩と黄川先輩は大丈夫ですか? もし、ダメなら三人共俺が背負いますが」
「私は大丈夫。それよりコハクの足の処置をしてあげましょう。えっと……絆創膏……持ってないわ……萌黄は?」
「持ってるよ。クロスにして貼るから一回何処かで座らないと……あ、あそこ空いてる」
「行きましょう。それと今日はスーパーで色々買って俺の家でぱぁーと過ごしませんか? 人が多すぎて祭りどころじゃないですし」
「そうね。十六夜の家で買ったお菓子とかでぱぁーっとやりましょう」
「いいね、そうしようか」
銀堂コハクを背負いながら歩いて行く。この後、処置をした後、スーパーで色々買って彼女達は俺の家に泊めた。
別にやましいことはしてない。普通に彼女達と過ごした。
ただ今日で俺は新たなる覚悟を決めた。ただ、それだけ
◆◆◆
あの時、中学の時に私を虐めていた相手にあった時。時間が凍ったように思えた。怖い怖い怖い。ただひたすらにそう思った。
彼との暖かい時間が冷たいものになって行く……そう思い始めていた。
でも、彼はまるで全て分かっているかのように私の耳にイヤホンを刺すと大音量でアニソンを流しその後私をおんぶすると黙ってその場から離れて行った。
冷たくなりかけた私を彼は一瞬で暖かくしてくれた。
あいつらは彼に色々な言葉をかけた。口の動きで大体言っていることは分かった。だが彼は一切気にすることなく黙って私を連れて歩いた。
その嬉しさ。カッコよさ。愛おしさ。全てが理想を超えた……
惚れなおした
彼を好きになって良かったと思った
そして……同時に自分の気持ちを抑えきれなくなりそうだった。
欲しい、欲しい、欲しい。彼が欲しい。喉から手が出るほどに……ひたすらに欲しくなった。
最近彼に迷惑をかけないように控えめに行動していたがそんなことはどうでもよくなるくらいに欲しくなってしまう
このまま既成事実を作って彼を私に縛り付けたい……彼は責任感が強いからもし行為に及んだらきっと私の側にいる……それを考えるとどうしようもなく高揚感が湧いてくる。
欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。彼が……でも。こんなことをしたら迷惑だ……
欲しい、彼の気持ちを考えて、でも欲しい。相手の気持ちを考えないと。
最近、ゆっくり行くと私自身が決めたのに……
欲しい、欲しい……
このまま、家に上がらせてもらって色仕掛けで……無理やり……
そこまで考えて私はお母様の言葉を思い出す。そして胸に手を当ててゆっくりと考える。
欲望の盃からあふれ出る欲を抑える……しかし、なかなか止まらない
止まれ、欲しい、止まれ、欲しい、止まれ、欲しい
止まれ止まれ欲しい止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ欲しい止まれ止まれ止まれ!!!!
――止まれぇっぇぇええ!!!!!!!!!!!!!!
彼におんぶされながら一人胸に手を当ててからどれくらいの時間が経っただろうか?
私は凄く長く感じ、私は汗を沢山かいていた。
そして、なんとか抑えられた……
その後は、彼の家で四人で過ごした。彼は祭りに人が多すぎると言ったが私にあいつらを会わせない為だろう。
嬉しい……また……欲が……良かった……大丈夫だ。この欲望の奔流……またいつか……出てしまうのだろうか……
いや、大丈夫。今抑えられたんだから……僅かに残るが……
その日は彼の家で楽しくワイワイ過ごした。過ごしているうちに私の中で欲は次第に完全に収まって行った……
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