第41話 株を上げてから下げるアジフライ
気が付くと、白い空間に居た。あれ? これ、何処かで見覚えがあるような……。
え? 嘘でしょ?
「十六夜君……」
背後から呼びかけられる。デジャブが過ぎるな。おいおい、どうせこれは前回の同じパターンだろ。ゆっくりと振り返るとそこには……『魔装』ではなく、パーカーを着ていた、かなりラフな格好。
しかし、髪は所々ぼさぼさ、目の下には大きな隈ができている。こういう彼女も味があっていいな。だが怖い感じもする。
「好きですか? 大好きですか?」
「え?」
展開についていけていない自分がいる。これは夢だろうけど、急すぎないか? でも答えたほうがいいよね? 答えないと夢とはいえ殺される。一応好きなことには変わらないし。
「……大好きですよ」
「私は、宇宙一好きなのに……、たかが大好きなんですか?」
「いや、だって二択で良い方を……」
「その二択を超えて欲しかったのに……。超えて欲しかったのに……」
無茶苦茶すぎないか!? 二択の良い方を答えたのに!? いや、夢なんだろうけど……。
彼女の手には包丁が……いつの間に……そのまま彼女は……それを俺に向けて、腹部に。
「なんだ!! この夢は!!」
そこで、ハッと意識が覚醒した。どんな夢だよ。恐らく、火原火蓮が急にヤンデレしたのが頭に残ってたな。大分、リアルな夢で凄いビビる。
刺された場所を思わず擦ってしまう。いくら夢でも、リアルな夢は何となく現実にも影響があるもんだな。
◆◆◆
朝から、とんでもない夢だ。登校しながらも未だに刺された場所を気にしている。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日はありがとう。パパもママも喜んでた」
「こちらこそ、お世話になりました」
火原火蓮が歩み寄ってきて隣で歩調を合わせる。良かった。いつもの元気いっぱいの感じだ。こうでなくてはな。
「おはようございます。十六夜君」
背後から呼びかけられる。夢に近しい展開に、僅かな緊張感が走る。火原火蓮も顔を顰めて振り返る。
俺達は今日の彼女の姿を見ると、自身の目を疑った。
ツインテール。いつものさらさらの銀髪の長髪を纏めていた。ん? どうした? 可愛いな。おい。
「か、勘違いしないでくださいね。別に十六夜君だから挨拶をしたわけでなく、人として当然の行動なんですからね」
「「……」」
可愛いが展開について行けない。どういう事か説明を要求したい。
「何してんのよ!? それ私の十八番! 属性を安易に増やそうとするんじゃないわよ!」
「勘違いしないでください。別に属性を増やそうとかそんなんじゃないんですから」
「ツンデレ、なめんな。言う事が安直すぎるわ!」
「貴方も同じような事しか言わないじゃないですか!」
朝の平和なひと時のはずが……止めに入り、なだめるまでに登校時間全てを費やした。しかし、ここの仲を改善するにはどうするべきか、もっとしっかり考えないといけない。この二人を……仲良くさせたい。どうしたものか?
◆◆◆
教室内は大騒ぎだった。銀堂コハクのツインテールはとんでもなく話題になっている。男女ともに目が釘付けだ。佐々本と一緒に彼女を眺めながら会話を続ける。
「いや、コハクちゃん可愛いな」
「確かに」
「お前は毎日一緒だからいいよな」
「まぁ、幸せ者と言う事には変わりないな」
本来なら、一緒に居ること自体が幸せな事。彼女との時間も貴重な物だ。釣り合ってない。だからこそ、妬みも生まれてしまう。このクラスにはそんな奴はいないが、他の学年やクラスにはいるだろう。だからこそ、あんな事がネットに書かれてしまった。仕方ないと言えば仕方ないんだよな。
「羨ましいぜ。本当に可愛いからな。ツインテールって最高すぎるな」
「確かに、夏ガチャの限定キャラくらいの特別感はあるな」
「その褒め方は絶対やめといた方がいいな」
言ってから、俺もこれはないなと思った。そうだ。乙女二人について佐々本に相談してみよう。何かいいアイデアがあるかもしれない。
「なぁ」
「どうした?」
「仲の悪い女子二人を仲良くさせたいんだが、どうしたらいいと思う?」
「うーん、乙女心は複雑って言うからな。難しいかもな」
「そうか……」
確かに、そうだよな。そう簡単にあの仲悪さをどうにかできるわけではないか。
「でも」
「??」
「俺の母さんが言ってたけど、女って仲が悪くてもひょんなことがきっかけで仲良くなる時があるらしいぜ」
「そうなのか?」
「俺の母さんが言ってただけだが、そうらしい」
「なるほど。参考になった。ありがとう」
そうか。女の子にはそういう事があるのか。少し見守るのもありかもしれないな。だが、あくまで一つの手段として考えるだけ。色んな策も考えておいた方が良いな。あの二人は『魔装少女』の中でも特に仲の良い二人だったから、相性は悪くないはずなんだ。『魔族』が攻めてきた時の為にも、この『絆』を作りにくい状況をどうにかしたい。
「あ、そうだ。これ例の物だ」
「そうか、値段は?」
「相場の1.5倍でいい」
「良し」
金を渡し、紙袋を受け取る。中には聖書が入っている。ロマンがあるため、ついエロ本博士の彼から買ってしまう。これで五冊目だ。相場より高いが、自分で買うよりは良い。エロ本は買うとき恥ずかしいからな。うん。
さて、聖書は置いておいて二人の事を考えないと……。どうしたものか?
◆◆◆
私の名前は野口夏子。ごく普通の女子高生である。
昨日、銀堂さんを尾行して様子を伺っていたんだけど……。いやぁー、凄かったね。あんな展開になるとは分からなかった。と言うか、火原先輩も尾行してたという事実にも驚きを隠せなかった。
あの二人って、何だかんだ仲良さそう……かな? 相性は凄くいい感じがするんだけどな。それに、黒田君への好感度が二人とも高すぎる。
いつの間にあそこまで……。二人とも好感度がドンドン高くなって、いつか限界突破しそうで怖い。特に銀堂さんは負けず嫌いで何かの片鱗を感じるし。火原先輩も物凄い負けず嫌いって感じがするから、それが二人の関係と好感度に拍車をかけてるんだと思う。
ボクシング用語で何かあったっけ。ええっと『ミックスアップ』。互いに高め合うっていう意味だっけ? あんな感じがする。このまま行くとどうなるのか少し気になる所ではあるが、私は銀堂さんの恋を応援するという立場なので、色々アドバイス的な事はしているが……。今日はかなりビックリした。
いきなりのツインテール。多分、前に私が言った「相手を知ることが大事」を実行したのだと思うけど、直球過ぎない? いや、可愛いけどね? 需要はたっぷりあるけど。これでも黒田君には効果が薄い。いや、効果はあるけどそれだけと言った方が正しいかな?
手強いね。かなり手強いね。好意はあるけど付き合うつもりはないっていうのが一番難航するね。うーん、弱点だらけなんだけどな、黒田君。
女子への免疫無し。銀堂さんへの好意はあり。だけど、落とせない。これは……正直お手上げに近いかもしれない。でも、何かできないか考え続けよう。
友達の為だからね。
◆◆◆
さて、昼休み。食堂に行くか。彼女が俺の下に来た。ツインテールという可愛さマックスの姿でだ。
「十六夜君、一緒に食堂行きましょう」
「ハイ……」
「か、勘違いしないでくださいね、べ、別に貴方と食べたいんじゃなくて……えっと、確か……仕方ないから誘ってあげてるだけなんですからね!!」
えっと、確かって聞こえたんだが。無理してツンデレを演じなくてもいいと思う。本家が居るわけだし。
「あの、無理して……」
「十六夜!!」
本家が来た。ツンデレオブツンデレの火原火蓮だ。ドアをバンっと開けて堂々の登場を果たす。
「仕方ないから、お昼一緒に行ってあげる。感謝してよね」
「あ、はい」
「ちょっと、私が仕方ないから一緒に食べるんです!」
「私が仕方ないから食べるのよ!」
「仕方ないのは私です!」
「仕方ないのは私よ!」
周りがざわざわする。男子達、シャーペンを投げようとするのはやめてくれ。
佐々本が言っていたけど、本当にひょんなことから仲良くなるのか? 不味いな。どうすればいいか。そうだ! 中間テストの勉強なんてどうだ?
無理だ。二人とも勉強は全くする必要はなく、学年も違う。考えていると、火原火蓮にもう美女が控えているのに気付いた。
「あ、ど、どうも」
黄川萌黄だ。彼女は申し訳なさそうに俺に頭を下げた。昨日のことを気にしているのはすぐに分かった。わざわざ謝罪に来たということか?
「萌黄は昨日のことをもう一度謝りたいんだって」
「ああ、なるほど」
火原火蓮が教えてくれる。俺の読み通り、彼女は律儀だな。
「あの、色々、本当に申し訳ありませんでした」
魔装少女達に謝れっぱなしだな。三人そろって……。まぁ、もう気にしてはいないが、本人からしたらあそこまで言ったら気にせざるを得ない感じか。
俺は男だから嫌い。だが、それとこれとは別。悪いと思ったから謝る。線引きがしっかりしてるな。
「昨日も言いましたが大丈夫ですよ。勘違いだったわけですし。これ以上気にしなくて大丈夫ですよ」
「そう……」
彼女は少し落ち着いた雰囲気を取り戻した。先ほどまでは罪悪感による焦りが見えていたが、それも薄まって行く。
「それじゃあ、僕は失礼します」
彼女はもう一度頭を下げて、その場を去って行った。
「十六夜君、懐が深すぎです」
「さすいざのバーゲンセールね」
いつの間にか彼女達の喧嘩が収まっていた。恥ずかしいからさすいざだけは止めてくれ。
お昼は二人に付き添われながら食べた。
◆◆◆
昼食後、一人で外にある自販機に向かっていた。あの二人を仲良くさせたかったが何もできず、胃にダメージが来たため一息つきたい。
自販機の近くには見慣れた顔があった。
「あっ」
「どうも」
黄川萌黄が複雑そうな顔して自販機の前に佇んでいた。鼻かんだちり紙を思い出す。恐らく彼女も思い出しているだろう。どうすればいいか分からずアタフタしている。
「ゆっくり選んでいいですよ」
「あ、はい」
畏まってるな。一応、学年的には俺後輩なんだが。彼女は急いで自販機のボタンを押し、急いで飲み物を取り出し、急いで釣り銭を掻き出す。しかし慌て過ぎたのか、お釣りを取り零した。硬貨がそこら中に散乱する。
「あ!」
「大丈夫ですか?」
「す、すみません」
俺も彼女も屈んで硬貨を拾う。集めた硬貨を彼女に手渡した。
「ありがとうございます」
「いえ、それとあんまり畏まらなくていいですよ。俺一年ですし」
「そ、そんなわけにはいきません。失礼な事をしてしまいましたし……」
「二度も謝ってもらったら、もういいですよ。流石に」
「そ、そう?」
「はい」
フランクな話し方が彼女の特徴だし、そっちの方が合ってるからというのが本当の理由なのだが。
「じゃ、じゃあ、そうしようかな?」
「そうしてください」
「こんな男もいるんだ……」
彼女から呟いが漏れた。普通は何か言った? とか聞くのだろうが、俺はがっつり聞こえているのでそんなことはせずに聞き流す。彼女の男嫌いはそう簡単には直らない。でも、ほんの少しだけ信頼が芽生えたのかもしれない。
そこに、二匹の蜂が飛んできた。俺と彼女に一匹ずつ向かってくる。刺されると大変危険である。彼女は虫と心霊系が大の苦手。俺と同じである。
「うわ! 蜂!!」
「ヤバッ!」
お互いに頭を下げるがそれでも襲い掛かってくる。彼女が刺されてはいけないと手で払う。それでも中々消えない。
彼女が一匹を払うと、その隙にもう一匹が顔に迫る。……さらに、もう一匹追加。
彼女が少しパニックになる。ついでに俺も。
「もう、走って逃げましょう」
「う、うん」
二人して覚悟を決めて走る。しかし、彼女は余りにも慌てていたため躓く。俺も慌てていたが、転んではいけないと咄嗟に支えるために腕を出すと……。彼女は持ち前のバランス力で転ばず、付き出した俺の手は……。
「あっ」
「ッ!!!!!!」
銀堂コハクとの思い出がフラッシュバックする。あの時もこんな感じだったな。いやいや、俺にはラッキースケベの性質でもあったのか?
柔らかく、なかなかの重圧。確か……Ⅾ……。何故か、いつの間にか蜂は居なくなっていた。なんでだ? 急に? 彼女の目はゴミを見る目に戻っていた。
「ちょっと、優しい奴って思ってたらこれだよ……これだから……男は」
「じ、事故ですよ……」
「うるさい」
世界が反転した。彼女は俺の腕を掴んで背負い地面に叩きつける。俺も左手で地面を叩いて受け身を取る。しかし、痛い。
「……どさくさに紛れて触るなんて」
「だ、だって、転びそうでしたから……」
「肩を掴めば良かったじゃん」
「俺も慌てていたので……」
「信用できないな……もしかして、僕だけじゃなく、二人にもセクハラしてない? 適当な言い訳を言って」
心当たりしかない。や、ヤバい。どうしよう。ここで再び鼻かんだちり紙に戻りたくねぇ……。と言うか二人にした、胸とパンツがバレたら……。
「そ、そんなこと……」
「そう、じゃあ、二人に聞いてもいいよね?」
「え? 聞いても何もないと思いますよ……」
「それでも二人の意見詳しく聞きたいよ。正直、この時点で警察だけど……昨日のこともあるし、二人にも話聞かないとね?」
「いや、でも……」
「それじゃあね。また放課後に」
彼女はスタスタと去って行った。放課後……ヤバい。二人にしたセクハラ的なのがバレたら、もしかして警察!?
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